18 ドラコのダンスと父襲来2
テイアは客室の本棚へと向かう。あくまで来客向けだからなのだろうか。
(うん、ティダールの本は何もない)
テイアは目一杯、背伸びして上の蔵書まで確認する。
「ピィーーッ!」
ドラコが怒っている。咎めるように甲高い声でさえずっていた。
見ると踊りを見せつけられていたサンタが、パタパタと自分の右隣に浮かんでいる。まるで『飛んで見てきてあげたのに』と言わんばかりの態度なのだが。
「だって、サンタ、あなたは文字が分からないでしよ?」
テイアは指摘するのだった。自分も馬鹿ではないのである。無意味なことをさせなかったと解釈してもらいたい。
「ピィィ」
今度は低い声でドラコが怒る。せっかく踊ってあげていたのに、という顔だ。
「ジ」
自分とドラコを馬鹿にして笑うように、サンタが鳴いて床で丸くなる。
「ピィピィ」
遊んでほしいのかドラコがその背中に乗りかかっていく。
(いつの間にそんな仲良しになってたの?)
テイアは苦笑いである。
やはり当座は勉強するための資料が足りない。それこそまたリドナーと皇都の市場に繰り出して、書店を探したいぐらいだ。
不意にノックの音が響く。
「どちら様ですか?」
皇城とはいえ、リドナーの不在が心細い。
テイアは咄嗟にドラコとサンタを抱き上げて応答した。先程まで賑やかにしていたのだから、居留守の使いようもない。
客室には鍵がかかるようになっていた。かつて山岳都市ベイルでの誘拐事件もあったから、必ずリドナーが施錠してから勉強に行く。
「テイア、私だ」
実父のブランソン公爵だ。久しく会っていない。婚約発表の時も無視してやったのだが。
流石に声だけでも分かる。実の父親なのだ。昔は可愛がってくれていた。姉のレティが存命中の時だ。
「帰ってください」
硬い声が出た。テイアは会いたくない。顔も見たくなかった。
「テイア、お母さんよ、私もいるの」
柔らかい母の声も告げる。
「じゃぁ、もっと、嫌です。帰ってください」
テイアは子竜たちをぎゅっと抱き締めて告げる。
2人とも嫌いだ。ルディ皇子と一緒になって、自分をなじり、一時は勘当までしていたのだから。
勘当が解除されたのも一方的だった。しかも自分にはもう、リドナーという恋人がいるのに、一時はルディ皇子と復縁させる腹づもりだったらしい。
おそらくは勘当を解除したのだから、ブランソン公爵邸で過ごせという話ではないか。
(一応、私の社会的な名前もティア・ブランソンだから。嫌だけど。本当に嫌だけど)
リドナーと無事、成婚できればティア・ディドルと名乗れるのではないか。待ち遠しくてならない。
「ティア、帰ってきてちょうだい」
思った通りの言葉を母の声が告げる。
守衛がつまみ出してくれないか、ともティアは思うのだが。
(別に、公爵だから何かの用事で入ってきていてもおかしくなくって。で、ここにいてもおかしく無いんだわ、きっと)
ティアは思考を巡らせる。
以前は丁寧な口調で自分も話してはいなかった。他人行儀な話し方で壁を作ろうとしているのかもしれない。
以前は親子仲は良い方だった。
(でも、それは、まだお姉ちゃんがいた頃の話)
ティアは嫌でも、姉の死の直後、豹変した家族やルディ皇子のことを思い出す。目尻を釣り上げて祈りを強要し、自分をなじるのだ。
「今までのことを詫びたい。ティア、中に入れておくれ」
父の声が懇願してくる。
謝られることも赦しを強要されることも嫌だ。
ティアは無音、無言を貫く。父母に考えたり判断したりする材料すら与えたくなかった。
(何よ、今更)
ティアはぎゅっと目を閉じる。
鍵がかかっていて良かったと思う。過保護なリドナーのことだから、父母を必ずしも警戒したわけではないのだろうが。
「ティア、ごめんなさい。私たちにはもう、貴女しかいないの。お父様と私と、あの屋敷で2人きりになって、それがどれだけ淋しいことか。いなくなって分かったわ。貴女が大事なのよ。その気持ちを伝えたくて」
泣きそうな母の声が震えている。
(私しか娘がいないなんて、お姉ちゃんが死んだ時から、ずっとそうだったのに、何よ、今更)
娘が一人になろうとも、淋しさを埋めるために責めるのが、父母の人間性なのではないか。それを自分は実際にぶつけられたのだ。
(私は、お姉ちゃんがいなくなったら、お姉ちゃんと同じになることを押し付けられた、一生、忘れないから)
挙げ句、同じになれないと見るや、自分の子供ではないと、辺境の山岳都市にまで放り投げたのだから。今更、許すも復縁も無いのである。
「ピィ」
労るやうにドラコが頬をなめる。
(大丈夫)
ティアは内心で答える。
今、抱きしめている神竜も雷竜も。リドナーと掴みかけている幸せも、自分が苦労した上で勝ち取ってきたものだ。
ほとぼりが冷めたのを見計らうような、父母の来訪で、ケチをつけられたくはなかった。
ティアは耳を塞いでうずくまる。
やがて、気づいた頃には人の気配はなくなっていて、代わりにリドナーが帰ってきていた。




