12 緑衣の者たち3
昼下がりの神聖教会前の広場にて、ティアは不審な3人組と睨み合いになっていた。人目を引いてしまう状況となり、人の流れも止まる。
「あの、小さな竜を連れた子、可愛い」
小声で呟くのが聞こえた。
「ティア様じゃない?大聖女様の妹の」
別の誰かも自分の素性に気付く。
(あっ、そうだ、護衛の人たちは)
今回はドラコとサンタも連れているのでお忍びなど出来ていない。だから、隠れた護衛がいるのだ。こんな3人組など捕縛してくれるのではないか。
ティアは淡い期待を抱く。
「なんとお可愛らしい。この皇都は交易のため、人の出入りが緩いのですよ。王妃陛下。この度はご婚約おめでとうございます。なお、うろちょろしている無粋どもは眠らせて駆除しておきましたゆえ」
嘲るように祝福された上、嫌なことを知らされる。
パチパチと心のこもらない拍手まで送られてしまった。まったく嬉しくない。嬉しいわけもなかった。
「クルルルルルッ」
ドラコが威嚇の声をあげる。
「ジッ」
サンタもバチバチと電気を発して身構えていた。
2頭ともいざとなったら巨大化して戦ってくれるつもりのようだ。
「国土も王をも失った我らに国王となるべき御方が戻られた。リベイシアもいずれ認めることでしょう。ティダールは終わっていない。何度でも蘇ると。私は宣告者。緑衣の者。故に我らは翼と鱗の同胞を呼ぶ」
3人が同時に両腕を広げて天を仰ぐ。
釣られてティアとリドナーも空を見上げる。
いつの間に呼び出していたのか。
上空に3つの影が旋回している。遠目でも身体に対して、尾が長く翼も左右に大きいことが見て取れた。
「まっ、魔獣だっ!翼竜だっ!あれはっ!」
群衆のうち何人かが叫んだ。
「こんな町中でっ!」
ティアは視線を正面に戻して叫ぶ。
だが、もう前には緑衣の者たちがいなかった。
「これは探り。やすやすと潜入できたリベイシアの皇都がどれほどのものなのか」
言葉だけが耳の中に残る。
どこへ逃げたのか、ティアには見当もつかない。
(そんなことより)
翼竜が降下してきている。人混みの中に着陸し暴れられては大惨事だ。
「どうしよう、どうするのが一番、良いんだろう」
困り切ってティアは呟く。
駆除は確実に出来る。翼竜というのは竜種の中でも下の上程度の魔獣だ。ここは皇都であり、兵士も数多くいて、実力者という観点でも、ルディもリドナーも自分もいるのだから。
(でも、問題は)
犠牲を出してはならないと考えるならば。
リドナーの魔剣ズウエンでは冷気で一般人を巻き込む。ルディに至ってはまだ皇城でこの騒ぎに気付いてもいない。
(私たちだって、こんなところでドラコとサンタが大きくなったら)
潰されるか巻き込まれるかする人が確実に出てくる。
「降りてきたぞっ!逃げろおっ!」
誰か男の人が避難を促してくれているようなのだが。そう容易く群衆が動けるものでもない。
「駄目だ。やるしかない」
リドナーが掠れた声で呟く。ぐっとズウエンの柄を握り締めていた。
抜くつもりだ。抜けば氷の巨人が現れてしまう。
「でも、リド」
ティアはとりあえず弱々しく制止した。
「待ちなさいっ!」
バンッと前触れなく神聖教会の正門が開け放たれた。
「神よっ!私に力をお与えくださいっ!ホーリーライトッ!」
閃光が走り、降下してくる先頭の翼竜、その頭を正確に撃ち抜いた。
システィナ・コナーズが扉の前に立っている。
「皆様は避難をっ!でも落ち着いてっ!小さな子供が踏まれぬよう、気をつけて!」
システィナが叫び、神聖教会の中からはゾロゾロと神官たちが現れて避難誘導に当たる。
「聖女様だっ!」
「システィナ様がご滞在だったんだ!もう安心だ」
群衆の中からは安堵の叫びが聞こえてくる。
遅れて、墜落してきた翼竜の鮮やかな青緑色の亡骸が地面に激突した。かかった時間がそのまま翼竜の高度をあらわしている。
(あんな、遠くの、高いところにいる敵を魔術で撃ち抜くなんて)
ティアは信じられない気持ちで毅然としたシスティナを見つめる。
そのシスティナが右の掌に水晶球を乗せた。
「私の祈りを力として光の球に」
システィナが目を瞑ってまた小声で祈りを捧げる。
水晶球が眩い光を放った。
(きれい、すごい)
ティアは目を奪われていた。両腕にはそれぞれドラコとサンタを抱えたままだ。
「撃ち抜け、光よ。散光片」
残りの2匹、急降下してくる翼竜を、水晶球から放たれた数本の光線が撃ち抜いてしまう。先程よりも1本1本の光線が太くて強い。
翼竜の身体が空中で穴だらけとなって、地面に墜落してきた。
「さすがシスティナ様だっ!」
「筆頭聖女様っ!」
称賛の声が漏れる。
ティアもホッとして肩の力を抜く。
「ティダール公閣下!ティア様っ」
油断なく水晶球を掌に乗せたまま、システィナが駆け寄ってくる。
もう、ティアの頭上には翼竜はおろか魔獣が何もいない。
「今回はもう、何もいないみたいだね」
油断なくズウエンの柄に手をかけたままリドナーが言う。
「大丈夫です。システィナ様、ありがとうございます。翼竜を、あんな大きい魔竜を3匹もあっさり倒してしまうなんて、システィナ様は凄いです」
一般人の怪我人は誰もいないようだ。ティアは素直に頭を下げる。
システィナが戦うところを初めて見た。
「あれぐらいなら。私もレティ様のご指導を頂いて、実地の訓練も積んでいますから。出力は及ばないまでも」
柔らかく微笑んでシスティナが言う。
「でも、お二人がいたなら、出しゃばることもなかったかもしれませんね」
更にシスティナがリドナーの魔剣ズウエンと、続いてドラコとサンタに顔を向けて告げる。自分たちの戦力を正確に見て取ったのだ。
「俺たちは周りを巻き込むので。本当に助かりました」
リドナーもようやく警戒を解いて、魔剣ズウエンから手を離して頭を下げる。
「システィナ様!」
騎士の1団とともに、顔見知りでルディの護衛ジャクソンが駆けつけてきた。帯剣していて、白銀の鎧兜姿である。
「翼竜が出たと速報を受けて駆けつけましたが。既に倒された後でしたか」
ジャクソンが翼竜3体の死骸とシスティナとを見比べて言う。
「いえ、さすが騎士団長閣下です。私はたまたま近くにいただけですから」
たおやかにシスティナが微笑みかける。
(あっ、デレデレしてる)
ティアは真っ赤になって頭を掻くジャクソンを見て察した。どうやらシスティナに対し、恋する男らしい、と。
そしてリドナーを見る。
「ティアちゃんが可愛すぎて、また変な奴らに絡まれた」
こちらはひたすら自分を見つめている。他は目に入らないらしい恋人を前にして、ひとまずティアは満足するのであった。




