10 緑衣の者たち1
新たな公爵、まして元々は国家だったところを統轄する特殊な爵位を得るにつけて、領土運営や経済といった教養をリベイシア式に学び直しているリドナー。皇都リベイルに来てから勉強漬けの日々を過ごしている。
ティアはそのリドナーを外に連れ出すことに成功した。
(というより、私が出掛けるって言い出したら、絶対に独り歩きさせられないって、ついてきてくれただけなんだけど)
ティアは昨夜のやり取りを思い出して口元を緩める。
本音は息抜きをさせたかったのだが。なぜだかティアの外出ということになってしまった。
今は2人で皇城を離れ、主要な市場巡りを開始している。
「さすが大国リベイシアの市場だね。すごい人と物と建物」
リドナーが周りを見渡して告げる。興味津々で楽しそうだ。
「すごく頑張ってると思うから、私はリドナーにお菓子を買うの」
ティアは愛しい恋人、婚約者の横顔を見上げて宣言する。
寸暇を惜しんで、それこそ眠る時間も削って、ルディのつけてくれた教師の出した課題を遂行しているのだ。
少し痩せたのではないかと思う。
(私も皇妃教育させられたこともあったけど)
不足はないものとされた。一通りは学んでいて、まだ忘れてはいない。
「俺にとってはティアちゃんとのデートが何よりのご褒美だよ」
しかし、以前と変わらずキザなことを言って、リドナーが笑顔で抱きつこうとしてくる。
「きゃっ」
往来のど真ん中である。ティアはあまりの恥ずかしさに悲鳴を上げた。
ただの少年少女の戯れに見えるのか、クスクスと笑い声が聞こえる。
「ジッ」
サンタがリドナーの右脚を甘噛みした。
「いて」
リドナーか悲鳴と共に身を離す。
「ピィピィ」
ドラコも抗議の声をあげている。
「えっ、まさか竜の巫女様とその恋人?」
「ティダールの?」
一呼吸遅れて人々が幼竜たちに気付いて騒ぎになりかける。ひそかにルディのつけてくれた護衛の人たちが人払いをしてくれた。
旅先につき、ドラコとサンタを預けておける相手もいない。連れ歩くしかなかった。そして、それが故にただの外出にも皇族直属の護衛をつけてもらえている。
「なんだよ、いいだろ、少しぐらい」
リドナーがティアを離すことなく幼竜たちに言い返す。
今度は自分の後頭部に頬ずりを始めた。
やはりクスクスと笑われている。人目を引いていて、かつ恥ずかしい上に護衛の人たちには要らぬ手間をかけている。
ティアにとっては三重苦だ。
「リド、恥ずかしいよ」
ティアは消え入りそうな声で呟く。
大変なのもよく分かる。その反動で過剰な接触をしてくるのだ。
労いたい気持ちもあるが、ティアにも許容範囲というものがある。
「ごめんごめん、可愛すぎてつい」
笑って、ようやくリドナーが解放してくれた。ティアの限界に近づいたことを察した様子だ。
「もうっ」
ティアは真っ赤になって俯く。
また2人と2頭とで皇都リベイルの散策を再開する。
幸せなことだとは思う。リドナーか忙しくなったのも自分と一緒になることを確実にするため、身元を明らかにしたからだ。
(散々、振り回されているわけだから、不本意だけど。私、公爵令嬢に戻されちゃったんだもんね)
そうするとリドナーが庶民では釣り合わないとされる。
ティアは気にしないがリドナーの方が気にしてくれた。
(でなければ、こうも順調に進められなかったかもしれない)
実家のブランソン家とも深刻に揉めたかもしれない。勘当しておいてどうかとティアは思うも、一応、一人娘なのだ。
リドナーがクレイ・ディドルとなって、ティダール地方という広大な土地の新公爵となったから、周りを納得させられたのである。
(本当は、そこはルディ殿下に感謝しなくちゃいけないんだけど、やっぱりヤダ)
ティアは歩きつつ思うのだった。
有力な貴族に対して働きかけ、ティダール地方に旧王家の新公爵を置き、竜の巫女としてのティアを嫁がせるとしたのはルディである。メルディフ公爵家の力を背景としたらしい。
「こうしてティアちゃんとお出かけできるのも久し振りだよね、忙しくしてて、今回は付き合わせてごめんね」
リドナーがすまなそうに言う。
本当はただの剣士とヒーラーでも自分たちは幸せだった。
2人ともそれぞれに仕事も有って、安定した給金も貰える状態だったのだから。
「ううん、平気。それに悪いのはやっぱり殿下たと思う」
何も考えずにそう言っているのではない。
ルディが破談して、また公爵令嬢に戻すなどということをしたから、ややこしくなったのだ。
(別に勘当はそのままで良かったのに)
そうすれば自分はヒーラーのティアのままで、リドナーも剣士のままで良かったのだから。
「うん、そうだよ。殿下がもっと気を使ってくれてれば、私たちみんな、ベイルにいられて、それで良かったんだもん」
ティアは更に告げる。
リドナーにも分からない話ではないのだろう。苦笑いだ。
「ドラコがいるんだもん。そういうわけにはいかなかったと思うし、何の後ろ盾もなしで、ティアちゃんが色んなやつに狙われる、なんていうのよりは良かったと思うよ」
穏やかにリドナーから言われると、ティアもそんな気がしてくるのであった。




