1 婚約破棄と婚約発表
「システィナ・コナーズ!筆頭聖女だかなんだか知らんが!この、 傲慢なうぬぼれ屋めっ!貴様となど結婚できるものかっ!破談だっ!婚約破棄だっ!」
青髪の美男子ロラン・シッセイが高らかに宣言する。リベイシア帝国南部に領地を持つシッセイ侯爵の嫡男だ。
新生ティダール公爵の叙爵に伴う、晴れの舞台その祝宴である。リベイシア帝国の貴族皇族総出で集まった、せっかくの宴会場が静まり返ってしまう。
「並びに私は!ここに新生ティダール公爵クレイ・ディドルと、竜の巫女ティア・ブランソン公爵令嬢の婚約を正式に発表する!」
時を置かず、皇太子ルディ・リベイシアが高らかに叫ぶ。
静まり返っていた会場が爆発するような歓声に湧く。
システィナは自身の婚約破棄が掻き消されたかのように感じる。
ただし当の婚約発表の当事者、緑がかった金髪の美少女ティア・ブランソンが、ものすごい目で皇太子ルディを睨みつけていた。まるで人形のように整った容姿でありながら、友人たちから揉みくちゃにされて祝福されながらなので、睨まれているのは自分ではないにも関わらず、本当に怖い。
視線だけでルディ・リベイシアを殺害しようとするかのように、視線を突き刺しているのだった。
(あの娘、あぁ見えて、物凄く気が強いのよね)
自身の幸せな婚約発表の宣言を、他人の破談を掻き消すために使われたのだ。怒るのも無理はない。
ティアの口が動く。
繰り返し何度も。
『殿下許さない』と言っているように思えてならない。まったく同じ動きを何回も繰り返していた。
(あの殿下とティアさんは、婚約されていた頃からの因縁もあるものね)
ルディ・リベイシアの方は涼しい顔のまま他人事のように謝辞を述べているのだから、ティアの怒りもひとしおだろう。
取り残されて呆然としている、かつての婚約者ロランが、口をパクパクさせていた。腫れ物扱いで誰も近寄ろうともしない。
「もう、これ以上、傷つきたくない」
小さくシスティナは呟く。
自分も最早、何を言われるかしれたものではなかった。つい先程までまだ、気持ちは残っていたから。恥をかかせる格好での、婚約破棄には傷つけられている。
何を言われるか。何をされるかも分からない。当然に害意を向けてくることだけは想像に難くなかった。
システィナはこっそりと会場の端に移動する。
更にはティアとその婚約者がチヤホヤされている隙に、そっと会場を後にする。
(確かにこの数ヶ月で私たちは。いいえ、ロランは。本当に変わってしまった)
寂寥感が重く肩にのしかかる。
システィナは皇城の出口を目指して歩く。
かつては自分を尊重し、愛してくれていたはずのロランの心が離れた。笑顔1つ、もう向けてはくれない。
自分の実家であるコナーズ伯爵家と、ロランのシッセイ侯爵家とは代々領地が隣り合っていて、両家は密接な関係にあった。ともにリベイシア帝国南東部の国防を担う旧家である。
(そうよ、私だって)
大聖女レティ亡き後、彼女には及ばないながらも神聖魔術の使い手として、筆頭聖女と呼称されてきた。各地で魔獣撃退のために力を振るってきたのだが、いつしかロランが冷たい眼差しを向けるようになる。
そのロランも剣術には優れており、自分たちの婚約をもって、リベイシア帝国南東部は安泰だ、などとも言われていたのだが。
(あの娘を、拾ってきてから)
1つ、思い浮かぶ顔があった。ここにはいない、ロランが領地に残してきた、メルティという平民の少女だ。その娘を保護してきてから、ロランが豹変した。
物思いに沈みながらも、システィナは皇城の正門近くに至る。
「お嬢様っ?!」
コナーズ家の侍女ジゼルが自分を見つめて駆け寄ってきた。
「どうされたのですかっ?!酷いお顔色です」
更にジゼルが心配そうに問うてくる。
顔色が悪くなるほど、やはり自分は衝撃を受けたのだ。
「それが、ちょっと、一言では説明できないけど、ロランが」
泣きたくなってくる。しかし、自分は筆頭聖女なのだ。リベイシア帝国の現存する聖女の中では最高位の呼称を与えられている。
涙などは見せられない。
「シッセイ侯爵家の、ロラン様が?」
何を察したのか。ジゼルの顔が険しくなる。
「端的に言うと、破談されたの。お父様ともお話をしなくては、ね」
なんとか無理矢理に微笑んでシスティナは告げる。
自分は筆頭聖女でもあり、伯爵家の令嬢でもあった。
「そんな、そこまであの御方は」
ジゼルの瞳に怒りが滲む。
自分のために怒ってくれている。
「私たちからだって、ここまでのお嬢様の扱いで言いたいことはいくらでもあります」
何度も非礼をここ数ヶ月で繰り返されている。誕生日すらも忘れ去られていた。
「いいの、家同士のことだから。お父様にお任せしないと。でも、ここにはもういたくないから、帰りましょう」
なんとかシスティナは言い切ることが出来た。
そしてコナーズ伯爵家の馬車に乗り込んで皇城を後にする。
(あとで謝らなくちゃね)
システィナは馬車に揺られながら思う。
ティア・ブランソンのことだ。自分たちのせいで、せっかくの晴れ舞台を台無しにしてしまったのだから。
しかし、この自身の婚約破棄が、ティアにとっての災いとつながることを、システィナはまだ気付く由も無いのであった。




