スズランの花
初めて出会ったとき、君は大学生だったね。
顔の半分を覆うような黒髪から、大きめの黒縁メガネが見えていた。シンプルな青いワンピースに白のカーディガンを羽織った、清楚で大人っぽいスタイル。
正直に言うよ。僕はあのとき、君に一目惚れしたんだ。
その気持ちがばれないように頑張っていたんだけど、なんとまあ君の方からデートに誘ってきた。
一回りも年下の子が僕を誘うなんて、あの時は驚いた。
年下の君から誘われるなんて。もしかして僕のことが好きなのかと、少し自惚れてしまった。
しばらくすると君は僕に告白した。
返事をするまで一週間も待たせてごめん。
言い訳させてほしい。あれは僕の悪いくせで、すごく先のことまで考えてしまうんだ。
たとえばお付き合いして結婚したとしよう。
家を買って、そうだね、子どもが三人、いや四人はほしいかな。家族で旅行に行きたい。温かい家族を作りたい。そう願った。僕はそんな先のことまで考えちゃってたんだ。
とは言え、子育てがこれほど大変だとは想像できていなかった。仕事が大変だという言葉に逃げて、君にばかり負担をかけてしまったね。本当にすまなかった。
幸いにも子どもたちはすくすく育ち、悲しいけれど僕たちの元から元気よく巣立っていった。
せっかく買ったこの家も、二人きりになると少し広すぎるね。君はそう言って寂しそうな顔をしていた。
そのとき僕は、ほんのちょっとだけ違うことを考えてたんだ。寂しくなるけど、二人でまた恋人同士に戻れるってね。
あれから楽しかったなあ。二人で映画に行ったり、ランチに行ったり。旅行にもたくさん行ったね。孫ができたときは、本当にうれしかった。君が孫を抱っこしたとき、その小さな指がふいに目に入って「痛い!」って叫んだのを思い出すよ。「目に入れても痛くないなんて嘘っぱちね!」なんて言いながらも、君の顔は幸せそうだった。
それでも笑える家族。夢のように幸せな人生だったよ。
先に逝くことになってしまってごめん。君に再び幸せが訪れますように。これまで本当にありがとう。
さえ子へ。
*
「なあ母さん、その手紙と、これも預かってるんだけど……」
私が倒れないようにそばで支えてくれている長男が、一輪の白いスズランを手渡した。
六十年前の結婚式でも飾った思い出の花。私の大好きな花と、素敵な手紙を遺して逝ってしまった。最期までかっこよかったな、私の旦那様。
「ほーら、母さんしっかりして。病室の外でみんな待ってるんだから入れてあげないと。おーい、みんな入ってきていいよ」
その声で私たちの子どもたち、孫たち、そしてまだ小さなひ孫たちがゾロゾロと入ってきた。
「ばあば、なんで泣いてるの? 悲しいの?」
「いいえ悲しくないわ。私はいま、とーっても幸せなの」
「えー、へーんなのー」
私は涙を拭って、ひ孫を抱きしめた。