過去の恋人、母の反対で別れた後悔
トオルが声をかけた女性は柚月と言った。40歳ぐらいの女性で、どこにでもいるような普通と言っては何だが、普通の会社員風のパンツスーツ姿の女性だった。
トオルは聞いた。
「どうして、電車になんて飛び込んだんですか。電車にひかれたらもちろん痛いし。それに、亡くならずに重い障害が残って生きることもある。残された家族に莫大な賠償金が求められることだってあるんです」
柚月は静かに涙を流していた。
「私の人生、こんなものになってしまった。こんなはずじゃなかったのに。このまま生きているなんて辛い」
駅の事務室に移動して、二人きりになった時、
「何があったんですか」
トオルはたずねた。柚月は静かに話しだした。
「私は、人生を間違えてしまったんです。」
柚月は大学時代に付き合っていた人がいた。しかし、柚月は一人っ子。相手も一人っ子だった。
柚月は栃木出身で、相手は福岡県。将来のことなんてまだ考えられないうちから、柚月は母親に
「相手は福岡に帰る人、あなたは栃木に帰って来る人、結婚はできないから別れなさい」と言われました。
母は柚月が子供の頃から本当に厳しく、口うるさくいろいろなことを強いていました。
柚月は母にそう言われると、そうなのか、と無意識にスイッチが入り、自然と別れる形を選んでしまったのです。
そのあとも、仕事で長崎に転勤して出会った人と恋に落ちたときも、柚月の母は「長崎で結婚なんてありえない」と反対し破局。
落ち込んでうつ状態になった柚月は仕事を休むこともありました。そんなとき、理解を示してくれた上司と恋に落ちたけれど、また母に「そんな年上でバツイチの養育費を払ってる人と結婚なんて。そんな苦労をさせるために生んだんじゃない!」と泣きつかれて別れました。
そのあと、その上司は柚月の同僚と結婚し、柚月は体調を崩しながらも自分の人生がなにかおかしいことに気づいたのでした。
「私は大事な結婚相手を決めるということを、母の意見にしたがって強していました。本当は好きなのに、結婚したかったのに別れてきた日々が重なって、もう、心も戻れないところにいます。職場も居づらくなってやめました。何もないんです。ただ、今私は転職して、たんたんと日々を送っています。残りの人生をただこなしている感覚なんです」
ここまで聞いて、トオルは聞いた。
「もし、過去に戻れるとしたら、どの時点に戻りたいですか」