98 誤算
翌朝目を覚ましたら気分は最悪だった。
ベッドに起き上がった私の顔を見てアガサは「まあっ!」と声をあげる。
「あまり良く眠れなかったようですね。少しお化粧をいたしましょう」
アガサと他の侍女達が整えてくれたおかげで少しは見られる顔になったようだ。
朝食の席に向かうとお父様もお兄様も気遣わしげな顔を私に向ける。
「フェリシア、大丈夫かい? 気分がすぐれないのならば部屋で休んでいてもいいんだぞ?」
「大丈夫ですわ、お父様。お兄様もお気遣いなく」
私は二人に笑いかけると食欲がないながらもなんとか朝食を終えた。
自室で本を読んでいるとアガサがハミルトンからの手紙を届けてくれた。
午後から王宮に来るという事で、私は侍女達にハミルトンを迎えるための準備をさせる。
正式に婚約を発表したから、これからは気兼ねなくハミルトンに会えるんだわ。
お兄様にもセシリアという婚約者が出来たから、私とハミルトンを邪魔するのはお父様しかいない事になるわね。
ハミルトンに会えると思うと、沈んでいた気分も少しは上向きになってきたようだ。
昼食を終えてウキウキ気分で、中庭の四阿でハミルトンを待っていると、そこに現れたのはセシリアだった。
そう言えば今日から王妃教育があるとか言っていたような気がする。
「まあ、セシリア様。これから王妃教育なんですか?」
セシリアはニッコリと笑うと、四阿の私の隣に腰を下ろした。
「そのつもりで来たのですけれど、ユージーン様からフェリシア様のお相手をするように頼まれましたの」
え?
どういう事?
驚きのあまり言葉を失っている所に、ハミルトンが侍女に案内されてやってきたが、私の他にセシリアがいるのに驚いていた。
「フェリシア様、セシリア様。お邪魔いたします」
すぐに平静を取り戻して挨拶をしてきたものの、どうしていいか困っているようだ。
「いらっしゃいませ、ハミルトン様。どうぞ、そちらにお掛けになってくださいませ」
私よりも先にセシリアが口を開いてハミルトンに席を勧めるが、私とは少し距離を置いた席だった。
「あの… セシリア様…」
どうしてこの場をセシリアが取り仕切るのか、問いたださなくては。
するとセシリアは申し訳なさそうな笑顔を見せた。
「ごめんなさいね、フェリシア様、ハミルトン様。ユージーン様からお二人を必要以上に近付けさせないようにと言われたの」
は?
お兄様から?
そういえば、先程の昼食の席で午後からハミルトンが来るとは言ったけれど、まさかセシリア様を使って邪魔をして来るとは思わなかったわ。
セシリアの話にハミルトンも顔を引きつらせている。
「必要以上にって…。そんな下心は…。ないとは…」
ハミルトンがしどろもどろになっているけれど、あわよくばなんて考えていたのかしら?
それでも三人で話をしながらお茶を飲んでいると、誰かがこちらへやって来るのが見えた。
あれは、パトリシア?
「ごきげんよう、フェリシア様、セシリア様。お邪魔しますわね」
「母上、どうしてここに?」
パトリシアが来る事はハミルトンも知らなかったみたい。
「お祖父様に『ハミルトンがフェリシア様に不埒な事をしないように見張っていろ』って言われて来ましたの。まさかセシリア様もいらっしゃるなんて思いませんでしたわ」
え、お祖父様まで?
パトリシアが席に座った事で私とハミルトンの距離がますます開いていく。
パトリシアが私に協力してくれて、お兄様に婚約者を見つけたのに、邪魔が減るどころか、逆に増えるなんて誤算だったわ。
ハミルトンに視線を向ければ、諦めたように首を振っている。
ハミルトンはお祖父様やお兄様と付き合いが長いから、抵抗しても無駄だとわかっているのだろう。
私とハミルトンが普通の恋人同士のように過ごせるのは一体いつになるのかしら?
私は乾いた笑顔を浮かべてお茶を飲み干した。
ー 完 ー




