60 レッスン
私がお茶を飲み終えてカップをソーサーに戻すと、それを待っていたかのようにアガサが近寄ってきた。
「フェリシア様。まもなくオルコット侯爵夫人がお見えになります。あちらへ参りましょう」
お父様の従姉妹と言うからこちらのプライベートゾーンまで来られるのかと思っていたが、そうではないようだ。
「わかったわ」
私は椅子から立ち上がるとアガサの後をついて食堂を出た。
昨日と同じようにプライベートゾーンから出て、公的なゾーンへと進んで行く。
アガサが私を連れて行ったのは、昨日と同じ応接室だった。
ソファーに座って待っていると、しばらくしてノックと共にアガサの声が聞こえた。
「フェリシア様、オルコット侯爵夫人がお見えになりました」
扉が開いてアガサと共に入って来たのはお父様と同じくらいの年齢の女性たった。
「はじめまして、フェリシア様。キャロライン・オルコットと申します」
彼女は私の前まで歩み寄って来ると、深々とお辞儀をした。
「フェリシアです。オルコット侯爵夫人、よろしくお願いします」
私も立ち上がって軽くお辞儀をすると、顔を上げた侯爵夫人が「まあ!」と声を上げた。
「話には聞いていましたが、本当に陛下にそっくりだわ。ユージーン様もソフィア様ではなく陛下に似ていたら良かったのに…」
お兄様がお父様に似ていたら何が良かったというのかしら?
「それは一体どういう意味ですか?」
私が尋ねると侯爵夫人は少し悲しそうな顔をした。
「そのままの意味ですわ。ソフィア様が陛下に並々ならぬ想いを抱いていた事はご存知かしら?」
私が軽く頷くと、侯爵夫人は更に話を続ける。
「産まれてきたのが男の子だったのは良かったのだけれど、ソフィア様にそっくりだったから酷くがっかりなさってたのよ。あれが陛下にそっくりな男の子だったらユージーン様もあそこまで邪険には扱われなかったでしょうに…」
つまりお兄様はソフィア様にそっくりだったから、放置されてしまったという事なのかしら。
「ソフィア様も、あそこまで陛下にベッタリでなければそれなりに愛情を受けられたでしょうに。もっともソフィア様はそれなりにでは満足されなかったでしょうけれどね」
少ししんみりした口調の侯爵夫人だったが、重くなった空気を払拭するように明るい声を張り上げた。
「まあ、私とした事が、こんな話をするために来たんじゃなかったわね。フェリシア様、早速レッスンを始めてもよろしいかしら?」
「はい、よろしくお願いします」
それから、私は立ち居振る舞いやお辞儀の仕方などを教わった。
ひと通り教わったところで、侯爵夫人が不思議そうに呟く。
「不思議だわ。平民の間で育ったと聞いたから、さぞかし立ち居振る舞いがなっていないと思っていたのに、フェリシア様はまるで貴族に育てられたかのようだわ」
それはきっと私に前世の記憶があって、子供の頃から食事のマナーや立ち居振る舞いを気を付けていたからだと思うんだけれど、流石にそんな事は口には出せないわ。
「きっとジェシカの行動を見てきたからだと思います」
「ジェシカ? もしかしてダグラスの娘だと言う子の事かしら?」
ジェシカを引き合いに出したが、これはあながち間違いではない。
ジェシカは孤児院に入って来た時から立ち居振る舞いや食事のマナーは完璧だった。
今から思えば父親であるダグラスが貴族だったから、自然と幼い頃から身に着けさせられたのだろう。
当時はジェシカの父親が貴族だとは思ってもみなかったので、随分としつけが厳しい家庭だったんだな、と思っていたものだ。
何度かレッスンを繰り返した後に、侯爵夫人がレッスンの終了を告げる。
「本日はここまでにいたしましょう。それでは失礼いたします」
「侯爵夫人、ありがとうございました」
退室する侯爵夫人を見送ると私はソファーに腰を下ろした。
間もなく昼食の時間だけれど、きっと昨日のようにお父様達と昼食を取るようになるんでしょうね。




