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1 プロローグ

 その日も疲れた身体に鞭打つように家路に着いた。

 アパートの階段を足を引き摺るように上がり、鍵を開けて部屋に入る。


「…ただいま…」


 そう声をかけたものの先に帰っているはずのジェシカの返事がない。

 おかしいな、と思いながらキッチンに向かうと、そこの床に倒れているジェシカを発見した。


「ジェシカ! どうしたの?」


 慌てて駆け寄りジェシカの身体を抱き起こしたが、彼女はぐったりとしたままだった。

 何度か呼びかけるとようやく微かに目を開けて私を見てくれた。


「…フェリ…シア… 」


「今、ベッドに連れて行ってあげる。…立てる?」 


 力の入らないジェシカの身体を支えて彼女の部屋のベッドへと連れて行く。


 …また、痩せたのね…


 ただでさえ細い身体が更に痩せこけてしまっている。


 ジェシカをベッドに寝かせて布団を掛けてやった。額に手を当てるが思った通り焼けるように熱い。


 医者を呼びたくてもお金は無いし、こんな貧民街に来てくれるような奇特な医者なんていない。


 タライに水を汲んでタオルを濡らしてジェシカの額の上に乗せる。


 こんな時、熱冷まし用のジェルがあればどんなにいいかと思ってしまう。


 前世の記憶を持っていても、その商品を作り出す力は私にはない。


 前世の記憶を持っていてもそれを活かす事が出来ないなんて宝の持ち腐れよね。


 ジェシカの看病をしながら、私は転生に気付いた時の事を思い返していた。


 私が物心ついた時には既に孤児院で生活をしていた。


 後で聞いたところによると私の母親はこの孤児院で子供達の世話をしながら身重のお腹を抱えていたそうだ。


 そして臨月が来て出産したものの出血が酷くてそのまま亡くなったらしい。


 それでも母は亡くなる前に私にフェリシアという名前を付けてくれた。


 私はそのままこの孤児院で孤児として生活をするようになった。


 だが、5歳の頃に高熱を出して寝込んだ時、自分が前世の記憶がある事に気が付いた。


 そこで孤児院にある本を読んだりして何とか生活の向上を図ろうとしたけれど、結局無駄に終わった。


 多少の教養を身に付けた所で孤児に手を差し伸べてくれる人なんて皆無に等しい。


 魔法がある世界だけれど、魔力もそこそこしかないし、生活魔法しか使えないとわかったしね。


 ジェシカは8歳の頃に両親を馬車の事故で亡くして、孤児院に送られてきた。


 ジェシカが来た時は皆が私と見比べて驚いたものだ。


 歳は一緒でも誕生日が違うのに、双子のようによく似ていたからだ。


 髪の色と瞳の色も多少の濃淡の違いはあっても、どちらも金髪碧眼だった。


「他人の空似ってよく言うけれど、本当にそんな事ってあるのね」


 院長先生は私とジェシカを見比べてしみじみと呟いていたわ。


 私とジェシカはすぐに打ち解けて仲良くなった。


 そして十五歳になって孤児院を出なければならなくなって、二人で部屋を借りて住む事にした。


 仕事は見つかったけれど、給料は安いし毎日を生きて行くだけで精一杯だった。


 だからジェシカが病気になって、私はどうしていいかわからなくなってしまった。


「ジェシカ、しっかりして。私を一人にしないで」


 額にのせたタオルを取り替えながらジェシカに声をかけると、ジェシカは薄っすらと微笑み返す。


「…大丈夫… すぐに…良くなるから…」


 だけどジェシカの熱は一向に下がる気配はなかった。


 私はなけなしのお金をはたいて、貧民街でも来てくれるという医者を呼んだ。


 だが、医者はジェシカを診るなり首を横に振った。


「この子はもう助からないよ。最後に何でも好きな物を食べさせておやり」


 医者が言うにはこの病で既に何人もの死者が出ているそうだ。


 私はベッドに寝ているジェシカを見つめた。


 キラキラと光っていた髪はツヤを無くして、頬もこけている。


 布団から出ている手は更に細くなって骨と皮しかない。


「…ジェシカ…」


 私が手を握ってもそれを握り返す力さえないようだ。


「ジェシカ、何か食べたい物がある? 遠慮しなくていいわよ」


 努めて明るく声をかけたけれど、ジェシカは何も言わずに目に涙を溜めていた。


「…フェリシア… 私ね…」


 ポツリポツリと語るジェシカの話を私は黙って聞いていた。


 病に倒れて二週間後、ジェシカは短い生涯を終えた。

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