Chapter_8『言っただろう?長い付き合いになると』
気が付けば10試合以上プレイしていた。
「.....ハッ!? オレは一体何を!?」
その事に気が付いたのは、初期解放されているプレイアブルキャラを全て試し、チャンピオンに拘って安定ムーブを徹底し、最終エリアの戦闘まで参加出来るようになった頃だった。
うわぁ今の戦闘クソ惜しかったぁ! あと数試合やれば確実にチャンピオンを取ることが―――
なんて、例のごとく一人反省会を始めた時に。
あれ?そういえば何試合やったっけ?
と気付いてしまった。
初期解放キャラは8体。それを2周ずつぐらいの勢いでぶん回していたので、10試合どころか20試合近くやっていたかもしれない。
「E:ros.....恐ろしい子」
時間を忘れて没頭してしまう、このやり込み要素と中毒性。世界の30億人が愛して止まないのも納得である。
今はシェリー(というかE:ros公式)からレベル1の初期アカウントを借りている形になるので、最初から解放されているキャラクターしか使えなかったのだが。
もしこれが自分のアカウント―――全キャラ解放済みの、しかも『リーグ』に潜れるアカウントでの試運転だった場合、一体何試合潜っていただろうか。
考えるだけで身震いが起きた。
「ていうかそうじゃない! さすがにやり過ぎた!」
やらぬゲームのプレイ時間算用。浪費せずに済んだ時間ではなく、実際に費やした時間について考えるべく、シェリーを探す事にした。
この没入型E:rosをやり始めてどれぐらい経っただろう。試合数から計算すると3時間以上はプレイしている筈だ。外はすっかり日が暮れていてもおかしくない。
まぁ、今の我が家は放任主義の極致なので、帰宅が夜中になろうが翌朝になろうが、文句を言われる心配は無いのだが――― 一応、可能ならその日のうちには帰っておきたい。
が、正直まだもう少し遊びたい。
そのため、現在の時刻と、あとどの程度コレで遊び続けていいか、という確認が必要なのだ。
「シェリーさん! すいません流石にやり過ぎました!」
訓練場の奥地―――最初に召喚された岩の景色とは打って変わり、建物や車などの人工物が豊富に存在する、都市を模したエリア。
その一角で、白衣の背中を見つけた。
「...............」
呼びかけた白衣は、ゆっくりと振り向き、黒髪がビル風に吹かれて揺れた。
「.....ん?」
そう。黒髪だった。
耳が隠れる程度の長さの黒髪、東洋的な整った顔立ちに、表情の読めない黒い瞳。
目鼻立ちに、どことなくシェリーの面影を感じるが、しかし明らかに別人だと分かる容姿で。
そのシェリー(別地方の姿)みたいな人物が、ゆっくりと口を開く。
「.....あなたが『煎茶』こと、桜川優斗さんですね」
「え、はい、そうですけど.....」
天使爛漫!元気ハツラツぅ!さぁコイツにどんな悪戯をしてやろうかな!?というイメージのシェリーとは異なり、落ち着いた印象を受ける正体不明の女性。
もしかして、あの人の姉、もしくは親族の―――いやひょっとして親だったりするだろうか。
「あなたの事は、開発主任のシェリー.....姉から聞いています」
「妹ォ!?」
「えっ」
「あ.....いや、すいません、何でも無いです。予想外過ぎて」
ビックリしてリアクションがそのまま出てしまった。背もオレとそう変わらないため、輪をかけてシェリーの姉にしか見えない。
「.....私は黒岩桃。あなたの今後をサポートするために来ました」
そう名乗ったもう一人の白衣、もとい、桃さん。
名前も容姿も思いっきり日本人に思えるのだが、あの北欧系美少女(※ド偏見)なシェリーの妹だという。気にはなったが、詮索するのはやめておいた。
そんなことより。
「サポート...っていうと、まだ遊んでいていいってことですか?」
「..........広義の意味では、そうなります」
目を逸らして答える桃さん。なぜそんな含みのある言い方で言い辛そうにするのだろうか。
狭義の意味ではどういう事か、聞こうとするよりも早く、
「全く.....しょうがないなぁ」
聞き覚えのある声が、上から降ってきて。
桃より頭1つ小さい白衣が、その隣にふわっと着地した。
「お姉ちゃん!?どうして.....」
「きっぱり言わない妹に業を煮やしてね。しっかりしてくれよ、本当に」
「.....ごめんなさい」
申し訳なさそうに肩を落とす桃に対し、やれやれと肩をすくめるシェリー。
確かに姉妹のやり取りっぽいのだが、どうも姉と妹の見た目が入れ替わっているようにしか見えず、なんとも言えない違和感が拭えなかった。
「なんだい少年?言いたい事があるなら言ってくれ?」
「..........仲良いんですね」
ただこの圧力は姉としてとても相応しいと思った。小並感。
「もちろんだとも。私たちは姉妹でありながら、親友であり、ズッ友さ。なぁ妹よ?」
「.........................そうだね」
肩を組まれながら、遠い目をして同意する桃さん。いじめっ子が気弱なクラスメイトに「オレ達って友達だよな!?」と言っている構図が脳裏に浮かんだが、他意は無い。
「さて、そんなことよりだ。没入型E:rosはどうだい? 変わらず楽しんでくれているかな?」
「そりゃもう、最高に楽しんでますよ」
「そうかそうか、それは良かった」
ニヤリ、と笑みを浮かべるシェリー。
その笑顔が。
これまでに見てきた笑顔の、どんなものよりも。
邪悪と呼べる代物で。
「では、引き続き頑張ってくれたまえ」
これまでのやり取りで節々に感じていた恐ろしさが、助走を付けて襲い掛かってきた。
「.....引き続き?」
「あぁ。まずはそうだね...今使ってもらっているアカウントが、40レベルになるまで頑張ってもらおうかな」
「ちょ、ちょっと待ってください。レベル40って.....何試合かかると思ってんですか?」
「言っただろう?『何回でもやってもらって構わない』と」
確かに言っていた。最初の試合が終わった直後のやり取りで。
『あと何回プレイできますか』という質問に対して、『何回でも』と答えられた。
本来なら最高に喜べる回答なのだが、今この場では『何試合でもやらせる』という風に聞こえる。
そして、それは気のせいでは無いらしく。
「君の大好きなゲームを、ゲームの中で、好きなだけ、何回でも、何時間でもプレイさせてあげよう。それは君の『権利』であり『義務』だ。飽きるまで存分に、飽きてもなお楽しみ続けてくれ、少年」
ここまで言われて、ようやくオレは。
この悪魔みたいに笑う女に。
E:rosの中に閉じ込められた。
という事を理解した。
「最初に言っただろう?『長い付き合いになるだろうから』と」