Chapter_6『ハローE:ros』
もし、アニメやゲームの世界に自分が入れたら―――なんて事を考える人は、意外と多いのでは無かろうか。
それが今、まさしく実現していた。
「イヤッホォォォォォォォゥ!!」
砂の坂道、射撃場へと繋がるルートを、スライディングで滑っていく。
ゲーム内で戦場へ赴く前に、この『訓練所』に入り、いつもやっている動作なのだが。
今は違う。
風を切る感覚がある。舞い上がる砂の香りがする。
画面越しに何度も見てきた、何回も遊び回った世界に、自分が存在している。
その感覚に、たまらなく興奮した。
「す...すげぇ...!!」
射撃場まで下ってくると、周辺には、銃は勿論の事、スコープなどの各種装備、射撃練習用のダミー人形が置かれている。
いつも通りの光景だ。
そう、見飽きるほどに何度も見た光景なのだ。
しかし、その当たり前の光景に、感動が止まらない。
「おぉ...!」
そして、その『当たり前の先』が、今日は出来るのだ。
武器に、装備に、ダミーに、直接触ることが出来る。
それぞれに触れてみると、『既知』と『未知』の連続だった。
散々使い倒してきた愛銃を手に持つと、『非常によく手に馴染む感覚』と『銃を初めて手に取る感覚』、それら2つを同時に味わった。
銃への各種装備の取り付けも、『初めて』だが『分かる』。どのマガジンがどの銃に付き、どうやって付ければいいか、全て分かる。流れ作業で取り付けられる。
ダミー人形に関しては、背の高さ、耐久度はE:rosの知識で『知っていた』が、触ってみると金属の塊のような感触で、それは『初めて知った』。
何もかも見知っているのに、何もかもが新しい。
新しい事ばかりなのに、全て分かる。
「...すげぇ」
すげぇしか言えない。
感動のあまり、フルカスタマイズした愛銃を天に掲げてしまう。
不自然な重さは感じない。前述通り、銃なんて初めて持ったが、まぁこんな重さだろうな、と何の違和感も持たなかった。
「気に入ってもらえたようで何よりだ」
気付けばすぐ側、振り向けば銃がぶつかりそうな位置に、シェリーが立っていた。相変わらずの白衣姿で、オレと同じようにフルカスタマイズ銃を見上げている。
E:rosの世界に感動し過ぎて、すっかり存在を忘れていた。そういえばログインした瞬間に声を掛けられていたのだ。
「す、すみません、勝手に盛り上がって」
「全然構わないさ。むしろ幾つか動作確認をして欲しかったから、手間が省けてよかったね」
「動作確認?」
疑問に答えるように、シェリーは手元にタブレットを出現させる。現実世界で見せた手品のような出し方ではなく、本当に何も無い空間から、何かしらの粒子的なものを集めて物体を作り出すような、非常にゲームらしい演出だった。
「『その体が君の意思に応じて動くか』という点と『E:rosの仕様通りの動きをするか』という点だね」
タブレットの画面を見せてくるシェリー。ずらっと並ぶチェック項目の、7割程度が埋まっている。
残りの埋まっていない項目が何かは分からないが―――
「...とりあえず、身体は動くっぽいです」
「そうだね。しっかり見ていたとも」
にっこりと微笑まれ、非常に居たたまれない気持ちになる。高校生にもなって未だに中二病を患っていた同級生を見た時、オレをE:rosの沼に落とした友人がこんな顔をしていた。
「大体は君が勝手にやってくれたが、他にも確認したい項目が存在する。付き合ってくれるかい?」
「はい喜んで」
返事は秒でした。
生温かい目で見られたことを、とにかく動いて忘れたかったのと。
シェリーの言葉が『まだ他にも試せる事がある』という意味に聞こえたので。
それを是非とも試したい、と思ったからだ。
―――――――――――――――――――――――――
シェリーの指示通りに確認した内容は、主に『E:rosの仕様通りに機能するか』という内容だった。
壁を掴むことが出来るか、よじ登ることが出来るか、よじ登るまでに何秒かかるか―――などなど、ゲーム内で当たり前に行っていた動作を、自分の体を使って再検証する、といった感じだ。
「うむ、問題無いようで何よりだ」
手元のタブレットを眺めて、満足そうに告げるシェリー。タブレットは集めたデータの欠片が散り散りになるように、彼女の手の中で消えていった。
「あれ、もうチェック無いんですか?」
「...テスターに『え、もうおかわり無いの?』みたいな事を言われたのは初めてだよ」
一方のオレは、この世界で遊び足りていない感情を全面に押し出してしまった。ずっと笑っている顔しか見せなかったシェリーが、初めて引いたような表情を見せている。
「いや、だってほら、全武器の射撃反動とか、全キャラのスキルの使用感とか、グレネードの当たった時の感覚を全種類試したりとか...」
「OK、分かった少年。君がE:rosの事をこよなく愛してくれている事はよぉーく分かった。分かったから一旦落ち着こう」
「落ち着いています。ちょっと冷静じゃないだけです」
「私の知っている日本語では無いぞソレは」
そう言いながら、また物体を構築するシェリー。先ほどと同じく、手の中に光が集まっていき、しかし今度は違う物質を作り出した。
「君の試したい事は、訓練場じゃなくて実際に戦場で試せばいい。後で幾らでも時間を作って」
「マジで!!? 行っていいの!!?!?」
「だっから!! 落ち着けと!! 言っているんだ!!!」
一瞬、視界が真っ白になり、同時にパァン! という音が訓練場に響き渡る。
何事かと思うと、顔面に紙を叩きつけられたらしい。
「...紙?」
そう、紙だった。
顔から引きはがしたソレは、見覚えのあるA4用紙。
一問一答形式の質問が、100個並んだ代物だ。
「全く...さっきまでの殊勝な態度はどこへ行ったんだ。失敗か?」
晴れた視界の先で、シェリーも同じ紙を持っていた。その紙越しに、ジト目でこちらの様子を伺ってくる。
「君、この紙は憶えているかい?」
「そりゃ...もちろん。さっきと同じ内容じゃないですか、コレ」
一応、頭から質問項目を確認してみるも、やはり先ほど応接室で聞かれた内容がそのまま書かれていた。
しかし、憶えている、という回答に対して、シェリーからはふーんと信じていなそうな声を返された。
「では質問だ。君の名は?」
「...桜川 優斗です」
「年齢は?」
「...15」
「職業は?」
「高校生」
「好きな食べ物は?」
「カルボナーラ」
「嫌いな食べ物は?」
「ゴーヤチャンプル」
「今のE:rosをどう思う?」
「チーター多過ぎて吐きそう。っていうか何でまた同じ質疑応答が始まってるんですか?」
同じ質問項目で、聞かれる内容も全く同じ。応接室でやった事を繰り返すこの行為が意味不明過ぎて、思わず途中で質問をぶった切ってしまった。
しかし、ぶった切られた張本人は、機嫌を取り戻したように笑みを浮かべていた。
「いやぁ、心配になってしまってね。言っただろう? 君の意識を現実からこちらに連れてくる、と」
「...そうですね?」
「この質疑応答はね、その連れてくる過程で、意識にバグや変化が生じていないかの確認さ」
「バグ?」
「そう、バグ。例えば記憶が欠損していたり、自分を全然違う人物だと認識していたり、性格が戦闘狂になっていたりとかね」
「.........」
そうなる可能性があったという事か。改めて恐ろしい実験に付き合ってしまった事を思い知らされた。
「まぁまぁ! そうはならなかった、ならなかったんだよ少年!」
「...だからこの話はここでおしまいって言いたいんですか?」
「おしまいにしてくれたら、君はE:rosで存分に遊べるんだけどなぁ?」
「おしまいです」
「...結構チョロいね、君」
呆れたようにも、引いているようにも聞こえるシェリーの言葉。
そんな事はどうだっていい。
一刻も早く、この身体で、このゲームの中に居る状態で、思う存分に遊びたくて。
試合への参戦は訓練場から行えるらしく、シェリーにやり方を教わりながら、オレは即刻アンリーグへ潜ることにした。