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Chapter_3『君の名は?』


案内された部屋は、案外普通の部屋だった。


背の低いテーブルを挟むようにして、高そうなソファが二脚置かれた一室。

窓際には、鎮守府で提督が座っていそうな西洋チックな机が置かれていて、その上に薄型モニター、マウス、キーボードと、コーヒーカップが置かれていた。


うちの学校の教室よりは狭く、校長室よりはちょっと広いんじゃないかな、ぐらいの広さの部屋に、若い男女が二人。


何も起きないはずも無く。


「さ、かけたまえ。遠慮しなくていいとも」


ようやく、当初の予定が始まろうとしていた。


ソファの片方にシェリーがさっさと腰掛け、オレに反対側へ座るように示してくる。


遠慮なく座り、向かいのシェリーを見やると―――どこから取り出したのか、幾つかのファイルを手札のように広げていた。


それを眺めながら、


「どうだい座り心地は。いいソファだろう?」


なんて雑談を仕掛けてきた。


見た目では年下にしか見えない、白衣の外国人美少女(美女?もしくは美魔女?)に、尊大かつ流暢な言葉で話しかけられることに未だに違和感を覚えながら、適当に応じる。


「.....えぇ、そうですね」


「いやーほんとに、お値段以上だね。日本の雑貨屋は」


どこで買ったソファなのか大体想像できてしまった。なるほど、納得の座り心地だ。


ということはリクライニング機能とか付いているんだろうか。


なんて下らない事を考えているうちに、目の前に1枚の紙を突き付けられた。


「前置きが長くて悪かったね。ここから本題だ」


A4用紙に、箇条書きの質問がずらっと並んた代物(しろもの)。まるでテストや受験対策で使う、一問一答用紙のようだった。


「これは.....?」


「今からE:rosの長時間利用者(ヘビーユーザー)である君に、アンケートを行いたくてね。その中身さ。今後のゲーム開発のために、そこに書いてある内容を聞く予定なんだが.....ざっと見てNG項目はあるかな?」


「.....なーるほど?」


ざっと見て、と言われたものの、質問内容は用紙の裏面にまで至っており、最後の設問番号は「No.100」と書かれていた。


ざっと見れる量ではない。というか見るのが非常に面倒くさい。


「聞かれた段階で「ノーコメント」って言うのはアリですか?」


「アリだね」


「じゃあそんな感じで」


「いいだろう。では早速始めようかな」


カチャ、と、目の前―――テーブルの上にカップが置かれる。

湯気が立っているその中身は、紅茶のようだった。独特の香りが鼻孔をくすぐる。


「.....どっから出したんですかコレ?」


「ひーみつ♡」


茶目っ気たっぷりにウィンクして見せるその姿は、同級生の思春期男子(やろうども)に見せたら野太い歓声が上がるだろうが、個人的には不気味さが勝って萌えられなかった。本当にどっから用意したのだろう。ポッドも見当たらないのに。


まぁ、長丁場になるだろうから、飲み物の提供自体は非常にありがたいのだが。


「.....いい香りですね、コレ」


「ふむ.....紅茶の感想はいい香りだった、と」


「それアンケートなんですか???」


「書いてあるよ? ほら、88問目に」


「.....ほんとだ」


この辺にたどり着く頃には、紅茶もすっかり冷めてるんだろうなぁ。


そんな億劫な気持ちを引きずりながら、100問に渡る質疑応答が、ついに幕を開けた。


「さて、改めまして一問目―――君の名は?」



――――――――――――――――――――――――



E:rosにハマったきっかけは何だったか。


長い長い質疑応答の最中に、ふとそんなことを思い返した。


「.....あいつが始めたからだっけ」


「はぁん?」


思わずぽつりと出た呟きは、シェリーにしっかり聞こえていたらしく。


向かいのソファで尊大に組んでいた足を解き、前傾姿勢になってこちらの顔色をのぞき込んできた。


「なんだい? 君が始めた物語じゃないのかい?」


「なんすか物語って。E:rosを始めたきっかけを思い出しただけですよ」


「ふぅん.....友人か何かがやり始めて、って口かな?」


「まさしくそうです。ミーハーな友人(やつ)が居ましてね」


今年の2月で3周年を迎えたE:rosは、世界中で大流行しているゲームだが、それは今に始まった話ではない。


3年前のリリース当初から、爆発的な人気を誇っていたのだ。


リリース当日、それまでトップを走っていたFPSゲームの10倍を超えるユーザーを獲得し、あまりのアクセス数の多さに、サーバーが連日ダウンし続けたほどだ。


その勢いは留まるところを知らず。


事あるごとにネットニュースに載り、リリース以来FPS部門で不動の1位に君臨し続けたE:rosは、ジャンルの壁を越え他ゲームのプレイ人口までごっそり奪い、4年目の今日に至ってもなお、トップを独走し続けている。


ゲーム史にその名を刻みつけた伝説のゲーム、と言っても過言ではないだろう。


『このゲームやべぇぞ!!マジやべぇ!!どんぐらいやばいかってマジでやべぇ!!』


そんなゲームにまんまと魅了された、小学校からの友人が居た。


それが始まりだった。


コレ噂通りクソおもれーぞ!なんてアイツに誘われるがままに始め、うっひょーなんだこの中毒性たまんねーなんて言いながらズブズブ沼にハマっていき―――


「―――気付けば3,000時間越えの猛者プレイヤーになり、E:rosの中で最高ランクに位置する『Maste(マスター)』の末席に名を連ねた、と」


「.....えぇ。はい。おっしゃる通りで..........」


「何を恥ずかしがっているんだい? 立派な君の戦績じゃないか。誇りたまえよ少年」


「いやぁ.....改めて聞くと3,000時間もやってんだなって..........」


3,000時間。それだけあれば人は何が出来るだろうか。大抵の事は出来る気がする。


例えばそう、これまでにFPS系のゲームをやったことが無いド素人でも、30億人がプレイしている化け物ゲームで最高ランクの『Maste(マスター)』まで到達することだって出来る。ソースはオレ。


受験期真っ只中にこのゲームにハマっていなければ、オレもアイツも、もっといい高校に通えたかもしれない。これもソースはオレ。


「それだけやってくれれば開発者冥利に尽きるというものさ、少年―――いや」


もったいぶって一呼吸を置き、


優斗(ゆうと)君、と言った方がいいかな?」


自分の分の紅茶を飲みながら、いやらしい笑みを浮かべるシェリー。


そりゃ、アンケート内容に基づき本名を公表したが、そうわざとらしく名を呼ばれていい気分はしない。何を企んでやがる貴様、と言いたくなる。


「これ、本当にE:rosの開発に関係あるんですか?」


こちらも紅茶を啜りながら、シンプルな疑問をぶつけてみる。


名前や年齢、職業はともかく、好きな食べ物や最近ハマっているアニメ、本を読むか否か、などなど。聞かれるのはゲームに関する質問というよりは、()()()()()()()()ばかりだった。


E:rosに関係あるとは到底思えないのだが、


「いいや、全部重要な情報だとも」


カップを置きながら、シェリーは断言する。


「どんなユーザーが、どの程度このゲームにハマっているのか、の統計を取る意味でもあるからね。特に君のようなヘビーユーザー、しかもマスター到達者の情報は貴重さ」


「ふぅーん.....」


オレがカルボナーラをこよなく愛している、という情報は、果たしてE:rosの今後に役立つのだろうか。反語である。


「さて、これで質問は全部終わったわけだが.....」


「え? まだ半分も答えて無くないですか?」


「残りも全て答えてくれたとも。途中途中の会話で、君自身がね。『E:rosを楽しんでくれている』『始めたきっかけは友人』『プレイ時間は3,000時間』『3,000時間やったことを若干後悔している』―――とか」


ちら、と手元の紙を見せるシェリー。オレが持っている用紙と同じ内容だったソレは、両面の余白を埋め尽くすように、びっっっしりとメモが書かれていた。どうやら各質問に対する回答や、それに関する会話の一部らしい。


質問を起点に、どうでもいい(と、オレは思っていた)雑談をしながら、その要点をメモしつつ、他の質問に該当する発言を書き留めていたというのか。


「...............」


この人、もしかして頭がいいのだろか。


少なくとも、母国語ではない言語でそつなく会話しながら、マルチタスクで仕事をこなせる人材のようだ。


うちの学校の教師陣も見習ってほしいものである。


「それで.....質問が全部終わったってことは、今日はもう終わりですか?」


「いいや? むしろこれからが本番かな」


呪文がびっしり書かれているようにも見える用紙を、満足げに眺めながら、流し目でこちらを見やるシェリー女史。


どんなイベントが待っているのかと言うと。


「本日のメインイベントはね―――君に、私が開発した新型デバイスの被検体になって欲しいのさ」


手元に再び数枚のファイルを召喚し、その中から1つを渡してくるシェリー。


中身は、先ほどのシンプルな一問一答プリントとは打って変わり、資料のような代物で。


その中には。


ヘッドホンとヘルメットのかけ合わせのような、近未来型ヘッドギアの図が描かれていた。


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