Chapter_2『邂逅』
都内某所、高層ビル。
オレが招待されたその建物は、厳かに、武骨に、都心のど真ん中で堂々と鎮座していた。
「うっひょー.....」
地上30階はありそうなビルを見上げて、圧倒された。デカァァァァァい。説明不要。
現代的なお洒落デザインとはかけ離れたドシンプルな、直方体がそのまま地上から生えてきたかのようなボックス建築で、唯一出入り口らしき箇所に、申し訳程度の装飾が施されている。
その申し訳程度の装飾で、おそらくここが入口なんだろうな、というのは分かるのだが―――
「.....やってるのか? これ.....」
自動ドアの窓ガラス越しの景色では、ビルの中の様子は伺えなかった。
中が真っ暗で何も見えないのだ。
覗き対策でマジックミラーのような感じになっているのだろうか。それとも本当に中は真っ暗で、実は営業日じゃ無いでーす、なんてオチだろうか。
「.....でも招待は今日なんだよなぁ」
E:ros 日本支部 営業日
で検索しても、検索エンジン先生はE:rosの最新アプデ情報のまとめサイトしか表示してくれない。文明の利器にも限界はあるらしい。
このまま帰るか、いっそ突撃するか。
5分ほど悩んだ結果、真夏のコンクリートジャングルの暑さも手伝い、
「ええい!ままよ!」
意を決して入る事にした。
カシュン、と自動ドアが横に開き、ひんやりとした冷気が身体を包み込む。
そうして、中に足を踏み入れると、予想通り真っ暗だった。
「...............?」
いや、違う。予想とは違った。
真っ暗なのではなく、真っ黒だった。
床も、壁も、天井も、一切の光を吸収するような真っ黒に染まっていて。
まるで暗闇の中に―――星の光が無い宇宙空間に立っているような、そんな不思議な感覚だった。
壁、天井、床と、それぞれの境目に、白線で微かな区切りが付けられていて、それでかろうじて、自分の立っている地面と、今いるこの場所が直線状の「通路」だという事が認識出来る。
その通路の終端に、白い塊が見えた。
「やぁ、少年」
非常に気さくなテンションで、白い塊―――白衣姿の女性が、こちらに歩み寄ってくる。
真っ黒な世界ではあるが、暗いわけでは無いようで、その目鼻立ちはハッキリと確認することが出来た。
「.....ど、どうも?」
曖昧な相槌を返してしまったのは、その容姿に驚いてしまったから。
肩までギリ届かないぐらいの金髪、緑の瞳、おしろいを塗っているのか疑うほどの白い肌―――と、明らかに日本人離れした容姿で。
何より特筆すべきは、遠近法かと思ったその体躯だった。
白衣の身長は、春の健康診断で165cmを叩き出した自分よりも、頭1つ分ほど低い位置に顔があるのだ。
総じて、日本にやってきた年下の北欧系留学生にしか見えない、というのが正直な第一印象なのだが―――
「君が今日来る予定の『煎茶』君だね? ようこそE:rosの日本支部へ。歓迎しよう」
一切の違和感が無いアルティメット流暢な日本語と、言葉の節々に感じる謎の尊大さ、そして妙に白衣が似合っている姿に「あれ?もしかして年上のお姉さん?」と脳がバグり散らかした。
「.....おーい? 煎茶君? 漢字の読みは合ってるはずなんだが.....もしかして人違いかい?」
改めて声を掛けられて、手を差し出されている事に初めて気が付いた。
差し出された手を握り、握手を交わす。
年齢不詳の白衣は、満足そうな笑みを浮かべた。にっこりと言うよりは、ニヤリといった方がしっくりくる、どこか悪役めいた笑顔で。
「いいねぇ。やはり握手は万国共通の挨拶だね」
「.....あの、つかぬことお伺いしてもよろしいでしょうか」
「うん? あぁ、私は日本人じゃ無いよ?」
「そうじゃなく―――えっ日本語クソ上手いですね」
「よく言われるよ。誉め言葉をありがとう。で、本題は何だい?」
「あー、えっと.....なんでオレが『煎茶』だって分かったんですか?」
「今日の来客は君以外に呼んでいないからね。まさか少年だとは思わなかったが」
言いながら、白衣のポケットを探り始める女性。
取り出した物は、2つ。1つは名刺だった。
「私はシェリー・黒岩。気軽にシェリーと呼んでくれたまえ。長い付き合いになるだろうからね」
差し出された長方形の紙には、英語と日本語、二か国語でプロフィールが記載されていた。満面の笑みでダブルピースをしているシェリー氏の顔写真も載っていて、それが名刺の左半分を占拠している。
社会人ってこんなフリーダムでいいのだろうか。
それとも海外の人は大体こんな感じなのだろうか。
「で、こっちが、今日君に付けておいて欲しい.....ちょっとかがんでくれるかい?」
「はい.....?」
言われた通りしゃがむと、首に何かを掛けられた。
手に取って確認してみると、会社員とかが首から下げているネームプレート、のようなものだった。
透明な長方形のカード入れに、筆ペンで書かれたであろう、達筆なひらがなで 「げすと」 と書かれた紙が入っている。
「...............」
いちいち情報量が多くて困る。
これで通るのだろうか。このビルに居ていい証拠になるのか。
「おや? 私の字は間違っていたかい?」
違うそうじゃない。
でもどこを指摘すればいいか分からない。
なんて事を考えて、そもそも指摘しなくていいか、と思い至る。
「.....いえ。オレより上手いです、この字」
「なんと。それは嬉しい評価だね。練習した甲斐があったというものだ」
ご満悦そうな表情を浮かべ、その場でくるりと回るシェリー。
そして、オレに背を向け、おもむろに歩き出した。
「さて、付いてきたまえ少年。今日の本題に移ろうじゃないか」
そう言われて、思い出した。
というか、この人のインパクトが強すぎて、一瞬忘れていた。
この場所は、世界中で大流行しているFPS『E:ros』の日本支部で。
そのE:rosに関して意見を言うために、オレはこの場所に呼び出されたのだ。
その『意見を言う』って用件が、未だによく分かっていないのだが。
「.....はい」
シェリーの後に続き、真っ黒な通路を歩いていく。
日本語をぺらっぺら喋る異国の人と、現実離れした空間を歩く―――という状況は、なんだかファンタジーの世界に居るような気分にさせられた。
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