Chapter_1『始まりは突然に』
うだるような暑さが鬱陶しい夏。
冷房の効いたゲーミング部屋にて。
E:ros公式から出頭命令を受けたオレは、ディスプレイの前から動けずにいた。
「.........................」
カラン、とタンブラーの氷が音を奏で、はっと意識が戻ってくる。
戻った意識で、出来得る限りの確認作業に入った。
「どういう.....いや、マジで.....どういうこと?」
届いたメールのアドレスを見てみる。
調べてみると、ちゃんとE:ros公式のものだった。
次いで、メールの送付先のアカウント名、メールアドレスを確認する。
アカウント:【煎茶】様
アドレス :otya_mettya_otya@■■■.com
「合ってんだよなぁ.....」
最後に、このふざけたフリーアドレスに届けられたメールの内容を、一字一句、丁寧に、何度も読み返してみる。
が、どう見直しても、何度読もうとも、そこには同じ内容が書かれていた。
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『拝啓、アカウント名【煎茶】様
日頃から、弊社のバトルロイヤルFPS『E:ros』を遊んでいただき、誠にありがとうございます。
先日はマスターランクへの到達、おめでとうございました。
謹んで拍手喝采させて頂きとう存じます。
さて、そんなゲームを最前線で走っていらっしゃる【煎茶】様の、『E:ros』に対する意見を是非とも伺いたく、本社に招待させて頂きたく存じます。
つきましては、招待日時・場所を記載した添付資料をご確認ください。
今後のゲーム開発・アップデートにおける重要なファクターとなりますので、【煎茶】様のお越しを心よりお待ち申し上げます。
※
本件は限られたプレイヤーにのみご連絡をさせて頂きました、非公開の極秘内容となっております。
そのため、公式から情報公開があるまでは、本件、並びに本メールの内容を何人たりともにも話さぬよう、謹んでお願い申し上げます。
以上』
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「.........................」
一応、ウィルスチェックをしてから、添付資料を開いてみる。
それはPDFが一枚―――簡略化された地図に、手書きでメモを記載したような資料だった。
都心の駅から徒歩数分の一等地、そこに雑な赤丸と、『come on here!』の煽り文句が記載されている。
調べてみると、その場所にはトンデモでっかいビルが建っており。
その特級建築物こそ、E:rosの運営が丸ごと保有する、日本支部のビルなのだ。
「.....マジかよ」
どうやらメールの内容はマジらしい、という事は何となく分かったが。
それにしても信じられなかった。あまりにも実感がわかない。
配信者でも、プロでも、動画投稿者でもゲーム解説者でも無い、ただの一般人が。
世界中で大流行している超BIGゲームの、運営会社の日本支部に呼ばれて、ゲームに対する意見を述べろと。
一体何の冗談だろうか。
ブラウザの裏で起動しっぱなしだったE:rosを落とし、タンブラーの中身を口に含んでから、一呼吸を置き。
「ま、行ってみりゃ分かるか」
少なくとも、ここでうんうん唸っていても何も始まらない、という事は確かなので。
行ってみる事にした。
スパムでも間違いメールでも、この際なんでもいい。
どうせこの部屋に居ても、何も変わらないのだから。
そうして。
この時のオレの、「ちょっと外の空気吸うか」ぐらいの、非常に軽い気持ちで。
一歩間違えれば人類史に刻まれたであろう、とんでもない物語が始まったのであった。
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