Chapter_0『とあるAIの完敗記録(スクリムマッチ)』
前略。
顔を出したら死にかけた。
「うわっぶねぇ!!?」
遮蔽物越しに、ちらりと顔を出したその先―――飛び移れるほどの距離にある向かいのビルに、こちらの様子を伺う敵が居て。
条件反射で顔を背けると、直前までオレの顔があった空間を、実に正確に、スナイパーライフルの弾が突き抜けていった。
眉間直撃コース、当たれば即ダウンだったろう。まさに突然の死である。
「おや、無事かい少年?」
「.....今んとこな」
仲間の言葉に適当に答えながら、今後の動きを必死で考える。
残り部隊数は10部隊。第4エリア収縮まであと2分。現在地が次の安全地帯から外れているので、2分以内に移動しなければならない。
しかし、向かいのビルと、自分達の階下に居る敵が邪魔で、おいそれと動けないのだ。
一瞬の顔出しで即死するこの状況、何も対策せずに外へ出ようものなら、両パーティからの射線にサンドイッチされてGGだろう。
いや全然GoodGameじゃない。そんな結末はごめんだ。
「せめて片方だけならなぁ.....まだ対処出来たんだけどなぁ.....」
「では、階下のパーティを倒しに行きますか?」
「.....いや、リスクが高い。勝てても向かいの奴らに漁夫られる」
なんなら、そもそも勝てる保証はどこにもない。
この試合の敵は、半数以上がプロで、残りはゲーム配信で生活を成り立たせている配信者だ。
どいつこもいつもオレ達より遥かに強い。それはこの1つ前の試合で嫌と言うほど分からせられた。
「だが、こうして籠城していても埒が明かないだろう」
そう言いながら、スナイパーライフルを構えるシェリー。
言っていることはその通りなのだが―――
「待て。お前、何しようとしてる?」
「両部隊からの射線を分散させ、安全に移動する方法.....それは『敵同士でやり合わせ、そこを私たちが漁夫って滅ぼす』、が最適解だとは思わないかい?」
「そりゃ.....キルも拾えて、物資も潤って、移動も出来ての一石三鳥な最適解だけど、そんな都合よく事が運ぶわけ.....」
「運ぶさ。そのきっかけを作るのだよ少年。この私がね」
自信満々に告げ、先ほどオレが顔を出した場所に、堂々とスコープを置いたシェリー。
そして、
「なぁに、他ゲーで鍛えた私のスナぶぺっ」
見事に眉間を撃ち抜かれた。
即落ち2コマである。
「お姉ちゃん!?」
ダウンした姉をノータイムで起こしにかかる妹。
この後の展開が予想でき、頭から血の気が引く―――ような錯覚を起こした。この体に血なんか通っていないというのに。
「たっはー.....流石だねぇプロは。また分からせられてしまった」
「言ってねぇで!!巻け!!回復!!」
屋上への扉とシェリーを桃に守らせつつ、先んじて階段にグレネードを投げる。
予想通り、そこから敵部隊が雪崩れ込もうとしていたようだ。装甲の砕ける音とともに、与えた大ダメージが視界に表示され、突入を諦めた部隊は階下へ帰っていく。
いや、帰ろうとしたのだろうが―――全滅した。
視界の端で、一気に流れる戦闘記録。
階下から上がってきた別の部隊に、全員狩られたのだ。
戦闘記録から見るに、狩った部隊の名は、
「やッ........ば」
グレネードをもう1つ投げるが、遅かった。
それが起爆するよりも早く、敵部隊がフロアに雪崩れ込んできて。
「よぉ。元気そうじゃねーか」
不適に笑うV率いる、チーム『 Δ 』に、実に小気味よく蹂躙された。
最前列のオレ、姉を守っていた桃、回復を巻き終えたばかりのシェリーの順番で、テンポよくダウンを取られる。
1人につき1秒も無かっただろう。総じても3秒掛からなかったかもしれない。
「まだまだだな。もっと練習してこい」
部隊が壊滅し、景色が切り替わる―――サーバーとの接続が切れる刹那、そんなぐうの音も出ない事を言われて。
色んな意味で言い返すことも出来ず、オレ達3人は文字通り、問答無用で試合会場から切断されたのだった。
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視界いっぱいに広がる青空。
仰向けになって動かない3人。
何を語るわけでもない、他2人の心境は分からなかったが。
オレはいっそ清々しい気分だった。
ここまで完膚なきまでに叩きのめされたのは、E:rosを始めたばかり以来だったから。
「..........化け物がよぉ」
訓練場の空を仰ぎながら、思わず笑ってしまった。
正気に戻ったのか、桃とシェリーが、起き上がるや否や言い争いを始めて。
その声を聞きながら、今し方体験した化け物達の動きを、頭の中で反芻していた。
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