お見舞いにきました
ベイ一家の屋敷は村の中央にある。先生から聞いた話だと、ベイ一家はこのウツフの村の創設メンバーの子孫だそうで、そのせいか家族全員妙にプライドが高く他の村人を見下しているみたいだ。私に絡んできたあの兄弟の態度が高圧的だったのはそういうわけらしい。
「スーちゃん、こんにちは」
「あ、バムおじさん!こんにちは!」
道を歩いていると、私の近所に住んでいるバムおじさんに声をかけられた。バムおじさんは背中がぐったりと曲がり、歩くのには常に杖を必要とする老人だ。趣味は散歩で、性格は温和、誰にでも優しく常に表情が柔らかいので色んな人から好かれている。私とバムおじさんは毎朝すれ違い、挨拶を交わす程度の仲だ。
「綺麗な花冠だねー。誰かに渡すのかい?」
「ベイさんちにもってくの!体調がわるいみたいだから、おみまいにいくの!」
「おーそうかそうか!あんな悪ガキたちのお見舞いに行くなんて、スーちゃんはなんていい子だねー…そんな良い子のスーちゃんには、はい!」
「わぁ!あめだー!いいの!?」
「いいとも。子供がいないワシにとっては、毎日会うスーちゃんは孫みたいなもんじゃからな。これからもこの老人に優しくしておくれ」
「うん!ありがとうね、バムおじさん!」
もらった飴玉(たぶん貴重品。この村では売っているところを見たことがないから、都まででて買ってきてくれたのかもしれない)をポケットに突っ込んで、私は再びベイ一家のお屋敷へと向かう。
「スーちゃんこんにちは!今日も可愛いわね〜」
「メアリーちゃーん!またスケッチのモデルになってほしいんだけどー!」
「あ、スーちゃん!これお母さんに渡しておいて!いつもお世話になってるお礼だよ!え、後で取りにくる?」
現在ウツフの村で5歳以下の女の子は私とイヴちゃんしかいない。だからだろうか、村の人たちはみんな私に笑顔を向けて声をかけてくれる。バムおじさん同様、孫や子供のように思ってくれているのかもしれない。なんだかちょっと、面映い。
「あ、」
「あ!アントンくん!こんにちはー!」
目的の人物にようやく出会えた。2メートル先にしっかりとした石造りの家がある。その家から体調不良で学校を休んでいるはずのアントン君が出てきて、私を見て固まっていた。
その目には生前何度も見た、恐怖と絶望の色が映っていた。
私の実験に付き合ってもらったオーロカくんならわかるけど、なんでなんの被害も受けていないアントン君がその色を見せるんだろう。
「アントンくん、もういっしゅうかんも休んでいるよね。わたしようすが気になって今日はおみまいにきたんだけど…でも元気そうだね?」
「……」
「顔色は悪いけど、外にでようとしてたんでしょ?体調がいいから、外にでようとしたんだよね」
「……」
「ねー!わたしの声、聞こえてるー!?」
「……」
だめだ。顔色が悪くなっていくだけで、まったく声が返ってこない。やっぱり体調が悪いのかな?
「ねぇ見て!3つ花かんむりを作ってきたの!はやく良くなってほしいって思ってね!」
花冠を持ち上げながら近づいていくと、限界だったのかアントン君はふらりと後ろに倒れて、地面に尻もちをついた。けれど恐怖と絶望に満ちた目は変わらず私に向けられている。それは私が目の前にきても変わらなかった。
「ねぇ」
腰を下ろして地面に膝をつけて、視線を合わせてじーっと、アントンくんの目を見つめる。何度見ても、その目は恐怖に満ちている。勘違いじゃないと確信した。
「……な、なに?」
「わたしのこと、こわい?」
「……う、ん」
こくこくと、震えながらアントン君は首を縦に振る。私はそれを聞いて首を傾げた。
「なんで?」
「……え、」
「わたし、アントンくんになにもひどいことしてないし、なにもひどいこと言ってないよね?アントンくんから嫌われる理由って、なにかな」
「な、なにって!お前はアニキにあんな、あんな恐ろしいことしたじゃないか!」
「うん。たしかにあなたのお兄ちゃんにはひどいことしたよ?」
「だからだよ!俺はだまって、それを見てたんだよ!」
ハーハーと荒い息遣いをしながら、アントン君は私を睨みつける。目には恐怖と一緒に、強い怒りが宿った。
「た、たしかにアニキはおまえをぶった!それはさいていだと思う!け、けどそのしかえしにあんな、あんなひどいことする必要はなかっただろ!?いまでもアニキはあの時のことが忘れられなくて、まいばんうなされてるんだよ!」
「そうなんだ」
「そ、そうなんだ、って…」
「なぐった仕返しに受けるくつうにしては、ちょっとかじょうだったよね。それはわかってたんだ。たぶんこういしょうも残るだろうなーって」
「……」
それはやった時にわかってた。
「でもかくにんはとっていたし、3日くらいたてばまた元気になるだろうって思ってたの。体も元に戻したし、ちょっと気持ちが凹んでいたとしてもよく眠ってよく食べてを繰り返したまた私に絡めるくらい、元気になっているだろうって」
「……」
「でも1週間たってもでてこないから、これは元気づけてあげないとダメかなって思って、今日はお見舞いにきたんだ。ごめんね。まさか1週間たっても持ち直せないなんて思ってなかったから…」
寒いのか、体を小刻みに震わせるアントンくんを安心させるために、きゃははと軽く笑いながら声をかけていると、突然に閃いた。アントンくんが私を怖がっているのは、兄のオーロカ君が私をいまだに怖がっているからかもしれないと。
生前、私はお父さんが毎日毎日悪口を言っている相手を、会って話したこともないのに嫌いになったことがある。
その人は財務官で、お父さんが遊ぶために使いたいお金を国のために使うと言って、使わせないように邪魔をしていた。お父さんはそれが不満だったみたい。
今振り返って考えてみればもちろん、悪いのはお父さんだ。でもその時の私の世界はお父さんとお母さんが全てで、その2人を邪魔する奴はみんな悪い奴だと思っていた。
ただ『大切な人が嫌っているから』『悪い奴に違いない』となんの根拠もなく信じた。私はその思い出を振り返り、アントン君に再び向き直った。
「アントンくん。この花かんむりを見て。自分で言うのもなんだけど、よくできてるでしょ?」
「……」
「わたしね。友達のイヴちゃんに作り方を教わって、あなたたち3兄弟のことを想いながら作ったの。また会いたいな、仲良くはできないかもしれないけどいっしょにじゅぎょうを受けたいなって」
「……」
「アントンくんに、これはあずけるね。わたしからじゃダメなら、あなたからお兄ちゃんに渡してあげて。またね」
アントンくんの足元に3つ花冠を置いて、私は門から離れた。お見舞いは相手を想う気持ちが大事だと、生前のお母さんは言っていた。
今のアントン君に無理に気持ちを押しつけても、パニックにさせてしまうだけだろう。時間をおいてゆっくりと、私という人間を知ってもらえばいい。
ポケットに入れていた飴玉を口の中に放り込む。ゆっくりとゆっくりと、甘みが口の中に広がっていくのを楽しみながら、帰路に着いた。