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試し殴りがしたいのです

 次は流れてさらに2年、私は学校に通うことになりました。地域によってはもう少し遅く通わせたり、そもそも学校という場所すらないところもあるみたいだけど、私の住むウツフの村には5歳から15歳までの間、子供たちを教育する学校があった。

 ウツフの村は小さい村で、住んでいる子供たちの数は全員合わせても60人ほどしかいない。その60人すべてが、今私の目の前にあるボロい校舎で教育を受けているわけだ。壁が一部腐り落ちて穴が空いているけど、あれは補修しないのかな。

 担任のピシッとした背の高い女の先生に連れられて教室に入ると、先に教室にいた4人のくりくりとした目が私に向けられた。

「はじめまして!メアリー・スー、5さいです!好きなことは本をよむことで、きらいなことはめいれいされること!よろしくね!」

「「「……」」」

「えっと、す、素敵な自己紹介ありがとうメアリーちゃん!でも、その、命令って?」

「いっぽうてきにはなされるの、いや!」

「あ、そういうことね…命令なんて難しい言葉、よく覚えていたね。偉いねー」

 よしよしと頭を撫でられる。心地がいい。美人なお姉さんに無償で甘やかされるのはとてもいい気分だ。転生してよかったと心から思う。

 席に座ると、私の周りに3人集まってきた。教室の真ん中に横一列に席が並べられていて、私の席は入り口側の端だった。私の反対側の端にいる1人以外、全員が私に興味を持ってくれたみたいだ。

「お、おれアントン・ベイって言うんだ!お前と同い年の5歳!よろしくなスー!」

「俺はカモネ・ベイ。一応言っておくが7歳だ。お前の2歳上、あんまり舐めてると、女だからって容赦はしないからな。よろしく」

「俺はオーロカ・ベイだ、メアリー・スー!名前でわかるだろうがこいつらは俺の兄弟だ。そして俺は長男で8歳だ!命令されるのが嫌いなんて、変わった性根してんだな。後で校舎裏にこい。ちょっと躾けてやる」

「うん!よろしくね!」

 さすが寂れた村の男兄弟、末っ子以外可愛げが微塵もない。歳が離れてることもあるし、末っ子の子以外とはあんまり仲良くできなさそうだな。

 この学校では教師になれるほどの知識を持った人員がいないことと、低学年児童の数が少ないことから1〜4年生までは合同で授業を受けることになっている。兄弟3人が同い年に生まれたわけでもないのに一緒のクラスにいるのはそれが理由だ。

 3歳も歳が離れた生徒たちをまとめて指導する授業内容とはよっぽど優しいか、それとも適当なのかのどちらかだろう。少し不安な授業の中身だが、精神年齢18歳の私にとっては正直どうでもいい。

「ねぇ、あなたのなまえはなんていうの?」

「……え、え?わ、私?」

 窓際の席に両手を組んで、そのなかに顔を埋めて座る子に話しかける。このあたりでは珍しい黒い髪を肩幅で切り揃えた女の子だ。見るからに気弱そうで、私を見る黒い瞳には不安が満ちていた。

「わ、私はイヴ…5歳、です…よろしく…」

 ギリギリ聞き取れるような蚊の鳴くような声で自己紹介をした彼女は顔を真っ赤にして、机に再び突っ伏してしまった。

「イヴちゃん!かわいくてすてきななまえだね!」

 返事は聞こえなかったが、耳がさらに真っ赤になっているのがここからでも見えた。どうやら照れ屋さんらしい。ウブであまり喋らない上に最高に可愛い女の子が教室にいるなんて、私はなんてツイているんだろう。

 会堂で入学式の挨拶が終わり、担任の先生から軽く私とイヴちゃんに対してこの学校の案内がされ、明日からの時間割りが配られたのち解散となった。さっそくイヴちゃんと仲良くしようと席をたったのだが、なんでかベイ三兄弟に囲まれて校舎裏まで連れていかれた。

「なーにあなたたち?わたしとあそびたいのー?」

「ぎゃはっはっはっ!そうそう!そうなんだよスーちゃん!入学式も終えたし、親交を深めておこうと思ってな」

「あ、兄貴、いくらなんでも早すぎないか?それにこんなやり方、」

「相変わらず口だけで、根っこはチキンだなカモネ。こんなガキちょーっと派手に痛めつけてやれば、何にも喋らなくなるんだよ。誰にも喋りやしない、つーか喋ったら殺してやるよ」

「オーロカの兄ちゃん、なんでそんなことするんだよ。おれ、スーとは仲良くしたいよ」

「アントンは同い年だもんなー。同情する気持ちは分からんでもないが、こいつの目を見てみろ。俺たちのことを舐め腐ってやがる。さっき脅した時だって俺のことなんかまるで無視してあのヨソモノの女に声かけてやがったし、こいつは俺たちのことを馬鹿にしてるんだ。それが許せねぇ!」

 ずかずかと近寄ってくるオーロカ・ベイ。話の流れから察するに、私は態度が気に食わないとかいうよく分からない理由でこれからボコボコにされるらしい。それに何の意味があるのかさっぱりわからないけど、殴られるというのは私としても都合がよかった。

「オーロカ・ベイさん。わたしをなぐるの?」

「やっと不安そうな顔しやがったな?そうだよ。恨むんなら自分の腐った性根を恨め」

「それはべつにいいけど…なぐられたらわたしもなぐっていい?なぐられっぱなしはくやしいから…」

「お前、やっぱ俺のこと舐めてんだろ。やれるもんならやってみろよ!」

「ごめんなさいってなんども言うことになるし、いたくてくるしいのがずっとつづくよ?ほんとうにいいの?」

「やってみろつってんだろクソアマが!」

 真っ直ぐ突き出された右拳がわたしの左頬に突き刺さる。頬にはジンジンと腫れた痛み、口の中には血の味が広がった。

 困ったな…思っていたよりも悔しいし、痛いし、辛い。何で私はめでたいはずの入学式の日にこんな目にあっているんだろう…そう思うと知らず知らずのうちに、涙がボロボロと溢れはじめた。

「はっ、威勢がいいだけじゃねぇか。ボロボロ泣き出しやがって…」

「『ファイス』」

 涙声で詠唱をして、オーロカの足を凍らせる。今の魔法はアイス、対象を凍らせる中級魔法だ。

「……なん、なに、えっ。えっ?」

 バタリとオーロカは地面に倒れ込んだ。足は地面と一緒に凍りづいたままだ。壊死して血すら出ない足首と、氷に包まれた自分の足を交互に眺めながら、顔を真っ青にして体全体を震わせる子供が私を見る。

「いたかったじゃない!ほんとうはなぐるだけですませようとおもっていたけど、ようしゃしないからね!わたしがおぼえてるすべてのまほうをためしうちしてやるんだから!」

「ま、まほうって、なに、ひっ、やめてなにその炎、俺に向けないで!やめて!」

 『ファイア』、『サンダー』、『ニードル』と試したところで相手が泣き喚きはじめた。煤と血で一杯になった喉からごめんなさい、許してくださいと言っている。それを見ていると、私のやっていることはどう考えてもやりすぎだなと思った。

 生前の私は生まれが良かった上に、他の誰も持っていない特殊な異能を持っていたから子供の頃から大人でも使えないような魔法がたくさん使えた。それは今世でも同じらしい。

 だがそれはどこまで?私が生前使えた魔法は3桁を超える数になる。それを全て誰にもバレないように試すのはこの狭い村の中では無理だと思う。でも少なくとも基本的な攻撃魔法がどれくらいの威力で発動するのか、それくらいは見ておきたかった。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 のたうちまわりながら何度も謝罪を繰り返すこの子は平気で他者に暴力を振るう。とはいえまだ子供だ。もし私がもうすこし大人だったら、罪悪感が湧いたかもしれない。これから彼が負う苦痛の数々を思って涙を流せたかもしれない。でも悲しいことに、私は私だ。

 私はまだ他者の痛みに対して涙を流せるほど、大人じゃなかった。みんなどうやって、『涙を流せる心』を獲得していくのかいまだに不思議だ。もうすこし大人になったら、私にもわかる日が来るのだろうか。

「わたしのほうが悪い子なのに、あやまってくれてありがとう。わたしの気はもうはれたわ」

「ゆ、許して、お願い…」

「でもじっけんしたいから、もうすこしつきあってね。いいでしょ?さいしょに『やってみろ』って言ってたじゃない」

「違う!違う!言ってない!言ってないからやめてぇ!」

 やっぱり年下の男の子というのは苦手だ。自分の言ったことをすーぐに忘れちゃう。覚えてないふりをしているのか、それとも本当に忘れてるのかわからないから、加減がわからないじゃない。

 その日は30個ほど試したところでお開きにした。最後に『ヒール』で彼を治してあげたから、明日には普通に学校に来れるだろう。復讐とか変な気を起こされると困るけど、まあそれはその時考えよう。

 顔を真っ白にして突っ立っていたベイ兄弟の次男と三男はちょっと…ズボンが見るに耐えない状態になっていたので、『見なかったことにしてあげるから、誰かに見られる前に帰ったほうがいいよ』と言ってあげた。そしたらなんでか絶叫して気絶した。

 完全に見えてないふりをした方が良かったかなぁと思いながら、帰路に着く。大人になる前にやるべきことを一つ終わらせたし、明日はイヴちゃんと思いっきり遊びたいな。

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