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スパイ②

 「私を殺さないんの?」

 「殺して欲しいのか?」

 「そういうワケじゃないけど・・・。

 理由が聞きたくって」

 「理由?

 そんなモンはない。

 俺が受けた依頼は『皇女暗殺』だ。

 街娘を殺しても何の得もない。

 それに、今の俺は暗殺者じゃない。

 単なる失業者だ。

 人を殺しても腹は膨れん」

 「もう!

 はぐらかしてばっかりで全然真面目に答えてくれないんだから!

 貴方が暗殺者じゃなくなったのも、アサシンギルドのお尋ね者なのも『私を助けたから』でしょ?」

 「知らん。

 自意識過剰もいい加減にしろ」

 娘の言う事は半分正しい。

 だか半分は不正解だ。

 敬語はお互い禁止だ。

 『街娘はそんな堅苦しい喋り方はしない』と。


 俺が暗殺を行わなかった理由の半分は『気に食わなかったから』だ。

 俺は暗殺前、段取りの確認のため娘の義母に会った。

 義母は一言も喋らなかった。

 俺に指令を告げたのはこの国の宰相だ。

 宰相は義母とデキてるようだ。

 義母は宰相に俺の視線も気にせずベタベタとしなだれかかっていた。

 だが義母は『汚らわしい暗殺者となんて一言も喋りたくない』とばかりにこちらに視線すらよこさなかった。

 俺は心の中で毒づいていた。

 「俺もアンタも『同じ穴の狢』だろ?

 お前、どんだけ城の中のヤツらを殺したんだよ?

 今も義理の娘を殺そうとしてるんだろ?」と。

 腹が立ってきた。

 俺ら暗殺者はその何倍もの殺されるリスクを負う。

 暗殺に成功しても口封じのために殺された暗殺者なんて数えきれない。

 『殺すんだから殺される覚悟はしていて当たり前』だと思っている。

 なのにコイツは『人を殺してきた』自覚が全くない。

 俺らを『薄汚い暗殺者』だと思っておきながら、自分の掌は綺麗なままだと思っている。

 豪華なドレスの下の(はらわた)はドス黒く腐りきっているクセに。

 娘を殺そうとした時に思った。

 『この娘は殺される覚悟が出来ているな』と。

 その時に理不尽を感じた。

 この娘は誰かを殺したか?

 なのに何で殺される覚悟が出来ているんだ?

 コイツの義母は散々人を殺しておきながら『人殺し』の自覚も『殺される覚悟』もない。

 何で俺があんなクズのために人を殺さなきゃいけないんだ?

 そう思ったらダメだった。

 もう娘は殺せなくなっていた。

 そんな事は言えない。

 言っても娘には理解出来ないだろうし。


 「そんな事よりマジョルカ、腹が減らないか?」

 俺は意図的に話を逸らす。

 "マジョルカ"というのは当然偽名だ。

 本名は別にある。

 でも市井で生きる上で"マジョルカ"というのはこれからの本名とも言える。

 「あ、レオンさんったらまた話を逸らして!」

 俺の名前"レオン"というのも当然偽名だ。

 俺には今まで任務のために名乗った名前はそれこそ無数にあったが本当の名前、というのは存在しない。

 "レオン"という名前は"マジョルカ"がつけてくれた。

 子供の頃、俺にも名前があった。

 でもそれは過去の話だ。

 "マジョルカ"という名前は俺がつけた。

 俺を産んだアバズレの名前だ。

 俺の知っている母親はアルコール中毒で男は取っ替えひっかえ。

 俺が五歳になった時にスラムのドブ川に死体として浮いていた。

 おそらく酔ってもつれた足でドブ川に落ちて、そのまま溺れたのだろう。

 父親は知らない。

 母親だって誰が俺の父親かは知らないだろう。

 そんな孤児の俺がアサシン組織に拐われて、暗殺者としての教育を受けた。

 生きるため、死なないために殺して、殺して、殺して、殺した。

 それを疑問に思う事なんてなかったし、理不尽に感じる事はなかった。

 つい、この間までは。


 一応変装はしている。

 しかし、この変装がプロに通用するとは思えない。

 追っ手の背格好が似たような男女を俺とマジョルカの死体に偽装した。

 しばらくは『男と皇女は既に死んだ』と思わせられるだろう。

 しかしそれが通用するのは一瞬だけだろう。

 だがその間だけでもマジョルカの希望である"市井の女の喜び"を味わせてやろう。


 「何が食べたい?」

 「屋台の肉の串焼き!

 アレが食べたい!

 アレが美味しかった!

 でもアレって何のお肉なのかしら?」

 「知らん。

 でも店主がネズミの罠を沢山持って、下水道に入って行くのはたまに見るな」

 「そ、それって本当!?」

 「ウソじゃないが、ネズミ肉と決まった訳じゃない。

 それに上手くて安ければネズミの肉でも別に問題はないだろう?」

 「レオンの言う"市井の視点"が一般的とは思えなくなってきた・・・」

 「失礼な。

 俺がガキの頃を過ごしたスラムじゃ、ごく一般的な視点だ」

 「やっぱりスラムの視点じゃない!」

 「それより朝飯だ」

 「やっぱり屋台は止めて朝市に行こう!」

 「やれやれ、気まぐれだな」

 「そういう話じゃない!

 ネズミの肉かも知れないのよ!」


 つかの間の平和。

 いつ終わるかわからない日常。

 俺達ははしゃいでいた。

 しかし日常の終わりは俺が思うより遥かに早く訪れた。 

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