スパイ①
「お兄さんは私を殺すんですか?」
「あぁ」
「そうか。
でも痛いのは嫌ですね。
出来るだけ痛くないようにして下さいね?」
「・・・おい、娘。
死ぬのが怖くないのか?」
「怖いしイヤですよ?
でもみんな私に死んで欲しいんですよね?
お母様もお城の人達も・・・。
お兄さんも私を殺したいんですよね?
何で私を殺したいのですか?
何で私は殺されなきゃいけないのですか?」
俺は返事に詰まる。
『何故殺すのか?』
考えた事がない。
敢えて言うなら仕事だから。
この娘はオハラ皇国の第一皇女だ。
『唯一の正妻の子供』だ。
オハラ皇国の皇位継承順位は性別よりも『正妻の子供であること』が優勢される。
つまり側室の子供の皇子よりこの娘が次期の皇帝に近い。
この娘の母親は、側室の雇った暗殺者に殺された。
毒殺だ。
病死という事になっている。
だが俺は正妻が暗殺された事を知っている。
知っているのは俺だけだ。
だって正妻を殺した暗殺者は俺だから。
この娘がいなくなれば側室の息子が皇位継承権第一位になるだけじゃない。
この娘がいなくなれば正妻の血縁者が絶える。
そうなれば新たに正妻が決められる。
皇帝の一番権力がある側室、皇子の母親が正妻になる可能性が高い。
この娘の母親が死んだ後、側室がこの娘の保護者、義母になった。
この娘の殺害依頼を出したのはこの娘の保護者、今の母親だ。
この城にはこの娘の味方は一人もいない。
皇帝である父親は側室により薬漬けで、既に正気ではない。
娘を可愛がってくれていた執事、メイド達は何故か不慮の死を遂げた。
娘が飼っていた犬すらもエサに毒を入れられ殺された。
食事の毒味をするメイド達が目の前で何人死んだだろうか?
食べ物に毒が入っているのはもう日常的だ。
この娘は既に『生きる事』を諦めている。
全く命乞いをしない。
抵抗もしない。
こんな人間を殺すのは初めてだ。
だからだろう。
調子が狂ったのだ。
魔が差したとしか言い様がない。
「死ぬ前に一つだけ願いを聞いてやろう」
俺は何を言ってるんだ?
「願い?」
「と言っても俺はしがない暗殺者だ。
俺に出来る事は限られてる。
願いは俺が出来る範囲内の事だぞ?」
娘は間をおかず答えた。
「皇女じゃなくて一人の女の子として死にたい」
ささやかな願いだ。
でも心からの願い。
何一つ自分の意思では物事が決まらない。
物を食べるのも命懸け。
自分と仲良くした人々は全員死ぬ。
そんな環境に身を置きたくないのだ。
死ぬ時は安らかに死にたいのだ。
「わかった。
じゃあすぐに着替えろ」
「え?
どうして?」
「一人の女の子として死にたいんだろう?
街娘はそんな豪華な服は着ていない。
一番質素な服に着替えろ」
「じ、じゃあ後ろを向いていて下さい。
人前で着替えるのはちょっと・・・」
「お前ら王族は着替えは人にやってもらっているんじゃないのか?」
「着替えをさせてくれていたメイドは既に一人もいません。
お母様がつけてくれたメイドが準備してくれたドレスにはまち針がついていました。
そのまち針を触っただけで私は高熱で三日間寝込みました。
おそらくまち針が身体に刺さったら命を落としていたでしょう。
それ以来、私は服は時間をかけて自分一人で着ています」
よく見ると娘の着ている服は貴族が身に付けるにしては質素だ。
自分で着るのはこの服くらいじゃなきゃ着れないんだろう。
「はい、着替えました」
質素な服だ。
メイドに用意してもらったんだろう。
『城から逃げる時用に』と。
しかし、服を準備してくれたメイドは既にこの世にいない。
娘が瞳を閉じる。
『さぁ、殺して下さい』と。
「何をしている?
街へ出るぞ」
「へ?」
「まさか『着替えたら街娘になれる』とか思ってないか?
『街で食べて、寝て、起きて、働いて』それが街娘だ。
だから街へ行くぞ」
「わ、私城から出た事ない・・・」
「じゃあ初めて城から出るんだな」
俺は城のバルコニーにフックのついたロープを垂らす。
「しっかり俺につかまってろよ?
お姫様?」
「ひ、姫じゃありません!
一人の街娘です!」
「そうだったな」
俺は娘を連れて城を抜け出した。
依頼失敗だ。
いや、組織に背いたのだ。
それの意味するところは『組織追放』
『裏切り者に死を』というヤツだ。