生徒会長のお姉様に憧れていたら女友達がくっつけようと画策していた。何やってるんだよ、俺が好きなのはお前だぞ
「よ~し! そこだ! いけ! 馬鹿、何やってる! そうだ、右、右! ああ、もう!」
「うおりゃああ! やれー! 殴れー! 引くな引くな! そうそう、殴れ殴れ! ぶち殺せ!」
ガラが悪いって?
自分でも分かってるさ。
でもスポーツ観戦している時はどうしてもこうなっちまうんだよな。
特に今回みたいにボクシングの時はそれがより顕著になる。
釈明するが、普段はまったくこんな過激な発言はしないんだぞ。
自分だけがそう思ってるとかじゃなくてマジだ。
きっとこの場でストレス発散が出来ているからなのだろう。
そして俺と同じく溜まりに溜まったストレスをぶちまけているのは、なんとクラスメイトの女の子。
「やったー!」
「よっしゃー!」
推し選手が見事にKO勝ちを収め、俺達はハイタッチをした後に抱き合って盛大に喜んだ。
遠慮なく観戦出来るからか、それとも感性が一緒だからか、こいつと一緒だと喜びも二倍以上に感じるな。
俺がこいつと出会ったのは高校入学した直後の事。
休み時間にボクシングの動画を見ていたところをこいつに見られ、お互い探り探りで話をしていたらスポーツ観戦という共通の趣味があることが分かり、しかも観戦中に熱中し過ぎて暴言を吐くところまで一緒だった。
それから俺達の距離は一気に近づき、高二になった今でもこうして一緒にスポーツを見に行っている。
それだけではない。
なぁなぁこの前の試合見たか?
などと言って遠慮なく肩を組んでくる男友達のような距離感。
それが俺、北村 透吾 と 墨田 梓 の関係だ。
――――――――
「やっぱり翠様はスゲェよな」
「マジそれな。一生ついて行きたいわ」
高校での俺の友達は梓だけと言う訳ではない。
男友達もそれなりに多く、その日はそいつらと普通に駄弁っていた。
「よお、何の話してんだよ」
そうしていると梓が乱入してそのまま駄弁り続けるのがいつもの流れだ。
「翠様の話だよ。体育祭のスピーチがヤバかっただろ?」
「おお、アレな。滅茶苦茶格好良かったよな」
うちの学校の生徒会長は生徒からの人気が非常に高い。
男女問わず見る者を虜にする学校一の麗人は多くの魅力を有している。
全ての生徒を包み込むような慈愛の精神。
辛い時にも決して折れない強い心。
トラブルにも動じず凛としており、この人ならなんとかしてくれると思わせる信頼感。
そして誰もが自分から望んでついていきたいと思わせるリーダーシップの持ち主なのだ。
その名を小金澤 翠。
親愛を篭めて、会長、翠様、女子からは翠お姉様などと呼ばれている。
「だろ、学校行事であそこまで燃えるとは思わなかったぜ」
「シュウ必死になって走ってたもんな」
「梓だって同じだろ?」
「まぁな」
梓と二人で思わずいつものように暴言を吐きかけてしまい、焦ってしまったのも良い想い出だ。
翠様は生徒達を煽ってやる気にさせるのが滅茶苦茶上手いんだよ。
「はぁ~一生ついていきてぇ」
そうしたら間違いなく退屈しない人生を送れるだろう。
なんて言ったら何故か梓が驚いていた。
「え? シュウって小金澤さんが良いのか?」
「むしろ悪いって奴、この学校に居ないんじゃねーか?」
会長が起業するなんて言ったら全員入社を希望するだろうな。
「そ、そうか、シュウも会長が良いのか……」
「なんだよ梓」
「いや、なんでもねぇ」
「なんでもねぇは無いだろ」
いつもは底抜けに明るい梓が、これまで見たことが無い複雑な表情をしているのだから気にするのは当然だ。
「だからなんでもねぇって。そんなことよりも小金澤さんに会わせてやろうか?」
「は?」
「アタシって実は小金澤さんと遠い親戚なんだぜ」
「マジで!?」
あの可憐な翠様と粗雑な梓が親戚だって。
ないない、マジでありえない。
そういうことは翠様と同じリーダーオーラを少しでも発してから言えよな。
「なんか今、妙なこと考えてただろ」
「梓がありえない嘘言うからだぞ」
「嘘じゃねーよ! まぁそう言われるとは思ってたがな」
ガハハ、と全く気にしていない様子。
しかし反射的に嘘だと思ってしまったが、梓はこんな無意味な嘘をつくやつじゃないんだよな。
それに前から『小金澤さん』って普通に呼んでたのが気になってた。
親戚だから神聖視することなく捉えていたのかもしれない。
「仲が良い訳じゃないけれど、一応本当に顔見知りなんだぜ。アタシと一緒に来れば話くらいは出来ると思うけどどうよ」
マジか。
翠様とお言葉を交わせるだと。
そんな極上の機会が得られるなんて!
「止めとくわ」
だが俺は断った。
ここで誘いに乗るのは、違うと思ったのだ。
「なんでだよ。アタシのことが信じられねーのか?」
「いや、そうじゃない。ほら、用もないのに会っても翠様の迷惑になるだろ」
「ふ~ん……このヘタレが」
「なにおぅ!?」
ビビったわけじゃないぞ。
本当に違うからな。
本当だからな!
「まぁシュウが良いってんなら良いけどさ。んじゃ週末の予定決めようぜ」
「お、おう」
これにて翠様の話はおしまい。
俺は貴重な機会を棒に振り、このまま翠様が卒業するのを指をくわえて眺めているだけになるはずだった。
しかし事態は予想外の方向へと進んでしまった。
どうやら俺は半分だけ正しく、半分だけ間違った回答をしていたようだ。
はっきりと断った理由を伝えるべきだったのだ。
――――――――
そのことが分かったのは次の週末。
その日は梓と一緒にサッカーの試合を見に行く予定だった。
推しチームが最近調子良いこともあり、俺はワクワクしながら待ち合わせ場所の駅前広場に向かった。
あれ、翠様が居る。
私服姿もなんて華麗なんだ。
翠様も誰かと待ち合わせかな。
まさかデートか!?
男がいるのか!?
いやいや、そんな話は聞いたことが無い。
きっと女友達とかご家族の方と待ち合わせなのだろう。
詮索は良くないな、うん。
だが俺はこの後、翠様と一緒の場所で梓を待たなければならないのか?
嬉しいような、気恥ずかしいような、俺なんかが近くに居て申し訳ないような、複雑な気分だ。
待ち合わせ時間まではまだ少し時間がある。
近くのカフェにでも移動して時間を潰そうかな。
はは、これじゃあ梓にヘタレって言われたのを否定できないわ。
ということで広場から離れようと思った時。
とんでもないことが起こった。
「北村さん!」
何故か翠様が俺の方に向かって来たのだ。
え、マジで、何でどういうこと?
そもそも俺は翠様と会ったことがないから、向こうは俺の事を知らないはずなんだけど。
「良かった。北村さんですよね」
「は、はい!」
ふわぁ、笑顔もめっちゃ綺麗だ。
じゃなくて、どうしてこうなった。
「ごめんなさい、突然話しかけてしまい混乱してますよね。私は小金澤翠です。北村さんと同じ高校の生徒会長をやってますので、もしかしたら見たことがあるかも」
見たことあるに決まってるでしょうが!
全校生徒があなたの姿を脳裏に焼き付けてますよ!
もしかしてご自分の評判をご存じない?
そんな馬鹿な。
「いや、その、知ってますけど……」
「本当ですか! 嬉しいです!」
ぬふん。
待って、本当にちょっと待って。
死ぬ、もう死ぬ。
メンタルが死ぬ。
男子に天使の笑みを向けないでください。
脳内で梓が『そこだー! 殺れー!』って叫んでる。
そう叫んでしまいそうな程にクリーンヒットしてノックアウト寸前だ。
だがここで倒れてしまったら、梓と試合観戦に行けなくなってしまう。
ふんばれ、俺!
「あの、何で俺に話しかけたんでしょうか?」
「北村さんを待っていたからです」
「え?」
「北村さんを待っていたからです」
「いや聞こえてますって!」
おかしいな。
俺の中で翠様天然説が湧いて来たぞ。
翠様に限ってそんな馬鹿な……
「何で俺を待っていたのかって話ですよ」
「一緒に遊びに行こうかと思いまして」
「え?」
「一緒に遊びに行こうかと思いまして」
「だから聞こえてますって!」
まったく意味が分からない。
会ったこともない男子と一緒に遊ぶとかあり得ないだろ。
というかこれってデートだよな。
俺が、翠様と、デート!?!?!?
これは夢に違いない。
そもそも何で翠様は俺がここに来るのを知ってたんだ。
それを知ってるのなんて……
『アタシって実は小金澤さんと遠い親戚なんだぜ』
『そんなことよりも小金澤さんに会わせてやろうか?』
『ふ~ん……このヘタレが』
まさか、そういうことなのか?
「翠さ……会長、もしかして梓に頼まれましたか?」
「はい、北村さんと遊んであげて欲しいとお願いされました」
やっぱりあいつの企みだったのか。
でもおかげで俺は翠様とデートが出来る。
親戚の頼みということなのでデートは今回限りかも知れないが、仲良くなれればこれからも翠様と話をする機会くらいは増えるかもしれない。
梓様々だな。
なんて思うか! あの馬鹿!
「会長、梓の頼みを聞いて来て頂いて申し訳ないのですが……」
「はい、行ってきなさい」
ぞくり、とした。
翠様からは先程までの天然さんのような雰囲気は消え、いつもの凛々しく美しい姿に戻っていた。
もしかしたら頼まれた時点で俺の事を調べ上げ、何もかもお見通しだったのかもしれない。
「はい、行ってきます!」
「がんばれ、男の子!」
やっぱり翠様は素晴らしいお人だ。
たった一言の掛け声だけで、こんなにも勇気を与えてくれるのだから。
――――――――
梓とは高校からの付き合いとはいえ、この一年半で濃密な時間を過ごしていた。
それゆえ、こういう時にあいつが何処に行くのかは分かっている。
この近くにある小高い丘の上。
梓は間違いなくそこにいる。
「俺との予定をすっぽかして、こんなところでなぁに黄昏てるんだよ」
これまで梓の色々な姿を見て来たけれど、驚きすぎて絶句する姿なんて初めて見たな。
いつもは驚くと大騒ぎするからな。
もちろん俺も一緒に。
「…………なんで?」
「何でって、今日は梓とサッカー見に行く予定だっただろ。いつまで経っても来ないから迎えに来たんだよ」
なんて何でもないような感じで誤魔化すのはちょっと格好つけ過ぎかな。
「そんなこと聞いてねーよ! シュウは今頃……!」
「翠様とデートしているはずだってか? まったく、マジでしてやられたぜ」
ドッキリに完全に嵌ってしまったわけだからな。
嵌められたお礼はしっかりとしてやるからな。
「そうだ、なんでデートしてないんだよ。せっかくアタシがセッティングしてやったのに。ヘタレにもほどがあんだろ!」
ヘタレねぇ。
確かにそうかもしれない。
俺は酷いヘタレだった。
だから梓にこんなことをさせてしまったんだ。
「そんなの梓と一緒の方が良いからに決まってるだろ」
「なっ!?」
もっと早くに言っておくべきだったのに。
今のままの関係で良いなんてヘタレてしまったがゆえの失態だ。
「だ、だって、シュウは、小金澤さんが好きなんじゃ」
「好きだよ」
「だったら!」
「人としてな。翠様は憧れの人だけれど、想いを寄せているわけじゃない」
「!?」
恋心と憧れは、似ているようで大きな差があるんだよ。
「嘘だ! だって小金澤さんのことあんなに褒めてたじゃん!」
「はぁ~マジかぁ」
あんなに気を使ってたのに、それでも勘違いされてしまったのか。
恋愛って難しいな。
「よ~く思い出してみろよ。俺が翠様を綺麗だとか付き合いたいだとか、異性として褒めた事が一度でもあったか?」
「そんなの何度も……………………あれ? …………あれ!? …………あるぇ!?」
好きな女の前で他の女のことを綺麗だの可愛いだのと言えるわけが無いだろう。
だからといって翠様に全く興味が無いなんて逆張りしてたら不自然だ。
だから俺は人として尊敬できるところだけを口にするようにかなり気を使ってた。
「で、でも小金澤さんと付き合えたら嬉しいでしょ!?」
翠様と付き合う。
その姿を思い描いてみる。
俺が翠様を幸せに出来るかどうかは別として、俺は間違いなく幸せに思えるだろう。
だがそんなものはどうでも良い。
俺は欲張りだからな。
もっと極上の幸せを掴み取りたいんだ。
「嬉しくないな。俺は梓が好きだから、他はどうでも良い」
「~~~~!」
『なぁなぁ、何見てんの?』
梓に声をかけられたあの日、俺は魅了されてしまったんだ。
なんて清々しい笑顔をする女の子なんだって。
その時からこの想いは育まれ、巨大に膨れ上がっていた。
それをぶつけてやる。
「嘘だ……そんなの嘘だ……アタシみたいなガサツな女なんて……」
「嘘じゃない。俺は出会った時から梓の事が好きだった。肩を組まれる度にドキドキしてた。屈託のない笑顔が可愛いと思ってた。一緒にスポーツを見に行くのはデートだと思ってた。同じものを見て、同じ気持ちを抱いて、遠慮することなく素直な気持ちでいられるのが幸せだ」
「~~~~!」
「梓が言うように俺はヘタレだったからな。気持ちがバレないように必死に誤魔化してた」
気持ちが漏れて、嫌われて、今の関係が壊れてしまうのが怖かったから。
その臆病な気持ちが今回の事件を引き起こしてしまった。
「でもそのせいで梓が変なお節介をしてしまった。だから二度とこんなことが起きないように、もう一度はっきりと言うぞ」
誰もが憧れる翠様では無く、これまで傍で一緒に笑い合ってくれた梓が良いと。
「俺は梓が好きだ」
ぶわぁ、と梓の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
それを一切拭うことなく、それでいて俺から決して目を逸らそうとはしない。
どうやら俺の想いを否定するのは止めたようだ。
揺れる瞳が、濡れた瞳が、いつもの鋭いものへと戻りつつある。
瞳以外は見たことが無い程に真っ赤だったけれど。
「アタシもずぎぃ!」
この日、俺達の関係は親友から恋人へと変わった。
――――――――
「よっしゃー! いけー! そこだー! 何やってんだよボケが!」
恋人になったからって俺達の関係はそう多くは変わらない。
肩を組んでくることが無くなった代わりに手をつなぐようになったとか、人目の無いところで会う回数が増えたとかその程度だ。
スポーツ観戦に行って変わらず二人で暴言を吐くのも続けている。
だが今日に限ってはそういうわけにもいかなかった。
「何だよシュウ。今日は静かじゃん。いつもみたいに騒ごうぜ」
「いや、騒ごうぜってお前なぁ」
「ははん、まさか照れてるのかな」
「照れると言うか、気まずいと言うか…………」
「私の事は気にしないでくださいね」
「気にしますよ!」
なんで翠様がいるの!?
しかも一番暴言が酷くなるボクシングの試合だぞ。
「ぐすん、アタシがいるのに小金澤さんに色目を使うなんて」
「そう思うなら呼ぶなよな! なんでデートによりによって会長を呼んだのさ!」
「シュウはアタシが好き過ぎるから浮気しないでしょ」
「当然だ」
「クスクス、ごちそうさまです」
あ~もうやりにくい。
そりゃあ翠様の事は恋愛的な意味で好きではないけれど、憧れの人に変わりないんだぞ。
そんな人の傍で暴言吐けるわけがないだろうが!
「それにアタシが呼んだんじゃないよ」
「え?」
「小金澤さんが一緒に行きたいって言ったんだぜ」
「マジで?」
「はい、マジです」
そういえばさっきからニッコニコだな。
殺伐とした雰囲気なのに全く物怖じせずに試合を見ている。
でもまぁ凛々しいモードを考えると変じゃないのかな。
「実は私、一度で良いからこうしてスポーツを見に来てやってみたかったことがあるんです」
翠様はそう言うと立ち上がった。
「梓ちゃんや北村さんも同じ趣味があるようで良かったです」
は?
「オルァー! 何ぬるいことやってんじゃワレェ! 一発かましたれや! 代わりにワイがぶっ殺したろか!」
作者的には普段どれほど良い人だとしても試合観戦中に暴言を吐く人はノーセンキューです。