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2人をみちびく飯縄山、見守る環天頂アーク

 飯綱山登山口の、一の鳥居駐車場には、すでに、多くの車。

 平日で、これだけ車が停まっている山も珍しい。

 日本百名山にはおしくももれたけれど、さすが二百名山、人気がある。

 キレイなトイレも併設されていた。


 その頂きまでは、標高差約八百m、登り二時間半程度だ。

 急登らしい所もなく何かと程く、安全な登山が楽しめる初心者向きの山だ。


 夏には、ジャージ姿にズックを履いた長い列の小学生の一行と、すれ違うことがある。

 それが、長野特有の学校登山だ。

 多美も、学校登山で飯綱山に登り、その時見た、景色が忘れられなかった。

 長野市民の山、眺望の山と言っていいだろう。


 翔太は飯綱山は、これで2度目。  

 飯綱山は雪深い信州にあって、通年登れる貴重ななフィールドだ。

 積雪により、登る山が限られるなかで、とても大切な山である。

 そればかりか、雪の上という刺激と、いつもなら目にしない真っ白な景色も楽しめる。

 なので、翔太は、冬真っ只中の2月に登った。

 その日は、晴天。

 頂上からは、荒々しい岩肌の戸隠連峰目前に迫った。

 白馬三山から五竜岳までの北アルプスが、白い頂を青い空に突き刺していた。

 わずか2時間でこの景色が見れるとは、得した気分だった。


 積雪期ゆえの、印象的な出来事もあった。

 南峰を目前にして、仁王立ちしている年輩の単独者の姿を見かけた。

 長らく立ち続け、歩き出しそうな気配もない。

 休憩するにはこの急斜面はそぐわないし、どうも様子がおかしいのだ。

「こんにちは、どうしました」

 と、声をかけたが、軽く会釈をするのみ。

 視点が定まらず、空を泳いでいた。

 2000mもないので、高山病でもなさそう。

 いよいよ心配になり、近寄る。

「こんにちは、大丈夫ですか」

「どうしました?大丈夫!!!」

 何回か、そう強めに声をかけていると、

「あ、どうも、もう大丈夫です。ありがとう」

 と、彼は、正気を取り戻した。

 聞くと、初めての冬山で、あまりの自然の勢いに、気が動転したという。

 確かに森林限界を越えたとき、山が一度牙を向けたらひとたまりの無いと感じていた。

 圧倒的強者である自然に、畏敬の念すら覚えていた。

 男性は大きく息を吐いてから、

「登頂はまたにして、下山します」

 と、云って、山を降りていった。

 積雪期の山は、素晴らしい面がいくつもあるが、時に刺激が強すぎることもある。

 彼の気持ちが、十分わかった。



 翔太が先頭、多美が後に続き、いよいよ登り始めた。

 翔太は、あくまでゆっくり、たまに振り向き多美の表情を確認しながら登っていく。

 視線に多美が入るたび、嬉しくて、身震いがでた。

 彼女と今こうして、一緒に山に登っているのが、にわかに信じられずにいた。   


 ゆるい登りが終り、駒つなぎ場についた。

 多美は全く疲れていそうになかった。

 そんな健康的な彼女が、輝いて見えた。


 冬はここから直登になる。

 夏道はトラバースしているので、雪崩が起きるのだ。

 翔太が以前登りに来た時も、駒つなぎ場の横で、茶色い地面を荒々しくむき出しにした、全層雪崩の跡を見かけた。

 それは、ゾッとするほど、生々しい光景だった。

 こんな里山で、雪崩が起きることも驚きだった。

 冬山の怖さを感じていた。


 2人とも、僅かに水を口に含んでから、駒つなぎ場を後にする。

 すると、上から足音がしてきた。

 その音はあくまで力強く、大きな歩幅であることが、すぐに分かった。

 音は間近になり止まった。

 見上げると、翔太の見覚えのある登山者が、道を開けて待っていた。

「こんにちは、また、お会いしましたね」

 懐かしさと親しみを込めて、翔太が言った。

「あ~そうだったかな。この山、お馴染みさん多くて」

「あの時も、あみ傘被っていました」

「あ、これ、変なカッコしてると、覚えられちゃうな」

 と、日焼けした黒い顔から白い歯を覗かせた。

 そして、例の大きな音を立てながら大股で降りていった。


「翔太君、今の方知っているの?」

「前登った時に、会った気がする。あの風貌、歩き方、たぶんあの人毎日登っているとおもう」

 翔太はネットで、それらしき情報を目にしたこともあった。

「毎日って、お仕事どうしているのかな~」

 多美は、本当は、毎日山に登るということは、何かそれに意志があって、それはどこか山岳宗教的な、そんな思いがあるんじゃないかと思っていたが、つい現実的な疑問を口にした。

「自分だったら、会社、首になっちゃう」

 そう、翔太は返したが、多美言いたいことはよくわかる。


 いや、それはそれで……。今、翔太君って、聞こえたけど……。


 それからも、翔太は、ゆっくり登ることを意識していた。

「もう、身体動かすって本当に、きもちいわ。疲れないで登ろうってこのことだったのね」

「一歩一歩足裏に体重が乗ったのを確認しながらって感じで登るんだ。そうすれば、疲れないし、転倒も避けられる。くじいたら一大事だしね」


 多美は、そんな怪我をしたらどうなるのか想像していた。

 その時は、背負ってくれるのかな。

 それとも、腕を抱えられるのかしら。

 そうしたら、思いっきり抱きついちゃおうかな。

 多美は、ちょっとなら足をくじいてもいいかな、なんて、少し思った。


 樹々がだいぶ低くなり、眺めが良くなった。

 多美は思い立ったように振り返った。

 そして、眼下に広がる景色を見て、表情をいっそう明るくさせた。

「あ、あれ、大座法師池。小さいころ、家族でキャンプしたわ。ボートも漕いで。そういえば、あれ以来、ボートって全然乗ってないわ」

「それじゃ帰り、時間があったら、ボート乗ろうか」

「うん、乗ろう乗ろう。それと、戸隠蕎麦も食べなくちゃ。父にいつも連れて来てもらっている、美味しいお店あるんだ。山に連れて来てもらったお礼に、おごります!」

 翔太は多美に食事に誘ってもらい、うれしかった。

 が、ーー『父』……。

 彼女は、大会社の社長令嬢……。


 登り始めて2時間。

 右手に鳥居が現れた。


「前来た時は、雪が凄くて、鳥居の先端、笠木って言うらしんだけど、それがまるでベンチみたいで、座りそうになっちゃった」

「確かに、鳥居に腰かけている人見たことないわ。高すぎるし、恐れ多すぎ」

「悪気はないから、山の神様も見逃してくれるだろうけど、座らなくて、よかった。ギリギリセーフ」

「それじゃ、今度は、冬に来なくちゃ。また、連れて来てね。楽しそう」

「そうだね、天気とか休みとか、条件が合えば」

 条件はそれだけじゃない。

 彼女とは、住む世界が違う。


 ここは南峰の頂。

 登頂といっても間違えではないが、本峰はまだ先。

 そして、今日のメインイベントはここから本峰への稜線歩き。

 眺望を楽しみながら、なだらかに下り、ゆったりと登る。

 10分ほどの、天空の散歩だ。


 頂上では、既に多くの登山者が食事をしながら、ほのぼのとした時を送っていた。

「そんじゃ、写真撮るよ」

 翔太がそう言うと、多美は山頂標識の前で、少し恥ずかしそうに、万歳をした。

 写真に写る、多美の姿がまぶしかった。

 胸のふくらみ。

 小さくてスレンダーだが、女性らしいなめらかなボディーライン。

 そんな目で見てしまうこを、抑えきれなかった。

 彼女はかわいい。


 多美は、サンドイッチを作って持って来てくれた。

 山のカップラーメンも美味しいから、大変だし大丈夫だよ、といっていたがどうしてもと言うので、お願いしてあった。

 なので、翔太はコーヒー担当。

 それと、デザートにシュークリームを買ってきた。

 多美は、そんなに小さな体なのに、と思うほどよく食べる。

 その姿が、どこか無邪気な子供っぽくて、かわいかった。


 翔太は、もうどうしようもないほどに、多美が愛おしくなっていた。

 大自然が、そんな気持ちをいっそう後押ししたのだろう。


 しばらくすると、皆下山しはじめ、いつのまにか頂上には2人きり。

 デザートも食べ終え、帰りの用意を始めた。

 だけど多美は、まだ下山したくなかった。

 こうして、眺めを見ていたい。

 小学生の頃、美しいと思ったこの景色。


 そう、翔太と一緒。

 翔太と一緒に見ていたい。


 熱い視線を、翔太に向ける。


 翔太は、そんな気も知らず、北アルプスを眺めている。

 そして、

「あれ、白馬三山。あ!すごい、ほら、あそこ、見える?槍ヶ岳だよ」

「あの、尖ったの、わかるわかる」

 多美は、槍ヶ岳のことは、それなりに知っている。

 学校登山で燕岳に登った時、その尖った槍ヶ岳をどこか、恐々眺めたことがある。

「槍ヶ岳って、私でも経験を積めば登れるの?」

「体力は、これだけ最初から登れるから全然大丈夫。穂先も慎重に登れば十分登頂できるよ」


 ついさっき、翔太にむけていた多美の熱い視線は、今は槍ヶ岳に向かっている。

 その視線は、冷静だが熱く登頂意欲に満ちた、すでに登山者(山屋)のものだ。


 最後にもう一度、この景色を目に焼き付けようと、辺りに目をやった。

「え、あれ、虹?」

「すごい、初めて見た。逆さ虹だよね」

 逆さ虹、環天頂アークである。

 いつからだろう、澄み切った空に真横に、長く伸びた虹色の束があらわれていたのだ。

「すごくいい物見ちゃった。なんかいい事ありそうだわ」


 七色の光は、徐々に腕を伸ばすように、横に広がり、二人を取り巻く。


 まるで、若い二人の将来を、見守るかのように。






とうとう、2人は、山に登る。

互いに惹かれ合う2人。

どこか、山にこうなるように、山に導かれているようだ。

そして山頂で見たものは……。


これからも、2人で山に登りそう。


ヤマ屋の皆さん、ご期待ください。


次話もよみつぃかたは、ぜひブックマークお願いいたします。

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