遠藤翔太と金沢多美
まだ、紅葉には早い9月の早朝、翔太は埼玉にある自宅のマンションのドアを開けた。
それから、車を飛ばし、4時間、待ち合わせ場所の、長野市のとあるコンビニについた。
そこに、金沢多美の姿。
ブルゾンパーカーを羽織り、ボトムはショートパンツにコンプレッションタイツ。
センスを感じる、ラベンダーの色目で統一させたコーディネート。
コンビニに入ろうとする男性客は、全員彼女の顔をチラリと覗く。
「遅くなってごめん、待った?」
「大丈夫、遠くからごめんなさい。疲れたでしょう」
「んーん。長野はいい山多いから、結構来てるから慣れてる」
「へー、長野によく来ているんだ」
それじゃ、もっと早く連れてってもらえたのにと、多美は思った。
それにしても、いくら私の実家が長野だからって、お互い埼玉に住んでいるし、マンションだって近いから、一緒に車で来れば良いのに。
もしかしたら、ちょっと迷惑だったのかも。
無理やりお願いしちゃって。
けれど、多美は、本当にうれしかった。
ようやく念願の、飯綱山に登れるのだ。
長野は教育の一環で、集団登山を行う。
学校登山ともいうが、多美はそれで、小学生の高学年になった時、飯綱山に登った。
中学生の時には、北アルプスの燕岳にも登った。
どちらも、本当に辛かったけれど、天気が良くて、目にしたことのない眺望に、目を見張ったことを覚えている。
多美はもう一度、あの眺めを見てみたかった。
燕岳だって、もう一度登ってみたかった。
だけど、その体力が自分にあるのだろうか?
それをみてもらえるのは、翔太しかいない。
だから、なるべく翔太に話しかけていたけど、このまえだって、名前を呼んでも、避けようとしているし。
なんか、嫌われちゃっているのかな?
もしかしたら、社長の娘だから、お高く留まってなんて、思われているのかしら。
あまり、わたし、愛想もよくないし、話も面白くないから。
「お願いします」
そう言ってから、多美は車に乗った。
多美の匂いがする。
石鹸のような翔太が好きな匂いだ。
金沢さんが隣にいる事を、本人の姿より、匂いが実感させていた。
なぜ彼女がとなりにいるのだろう。
もしかしたら、山内君のおかげ?
山内君に、金沢さんと会うセッテイングを依頼されて、2週間たつ。
それから、山内君とその話はしていないけれど。
なぜか、自分が金沢さんと、今2人きり。
不思議な感覚がしていた。
待ち合わせたコンビニから、飯綱山登山口の一の鳥居までは、車でまた1時間弱。
「あーだんだん、緊張してきた。私、登れるかしら」
「大丈夫、大丈夫。疲れないように、登ろうね」
「え、そんな事できるの」
「一歩一歩って感じかな、それより、天気良さそうだし、眺め凄いと思うよ」
「ほんと、楽しみ」
「車、山の道具、いっぱい積んでいるんだね」
「うん、結構車中泊多いから、こんな感じになっちゃた」
車は、中古の軽自動車、ホンダのバモス。
とにかく、この車、ソロ登山には、最高に使える。
室内が広く車中泊に持ってこい。
四駆で酷な林道も、ヘッチャラ。
翔太の唯一の贅沢品だ。
多美にとっては、車に積まれた、アウトドアのギアが珍しくて仕方ない。
どれもこれも使い込まれ、どこか、まるで翔太の分身をみているかのような気がする。
「それで、これは何?」
何に使うギアなのか、次々疑問が湧いてくる。
そんな会話が、途切れる事なく続いた。
翔太は、実はこれをとても心配していた。
車の中での、沈黙の時間が、怖かった。
何を話して良いものやら。
だけど、山の事を話していると、自分で不思議なほど、言葉が出てきた。
たぶん、多美さんも興味がありそうだ。
もしかしたら、多美は、山好きになるかもしれない。
うっすらそんな気がしていた。
筆者、山が大好き。
中でも飯綱山は別格で、今まで数えられないほどのぼってきたし、これからも登るだろう山。
長野市を代表する山でもあり、市民皆、学校登山、スキー教室、キャンプ、山菜、何かと関わり深い。
積雪期も登ることができ、四季を通して楽しむことができる。
次回は、飯綱山に2人で登る。
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山岳小説が少ないので、山屋の方は、是非応援してくださいね。
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