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第99話 王都上洛2

 月霜銃士爵軍がフィリーシア王女を帯同して軍を発した。

 その報せは驚きと共にタゥエンドリン各地に伝達される。

 各勢力がタゥエンドリンの北に注目し、間諜が放たれる。

 普通ならば猫忍に排除される彼らであったが、この時ばかりは何故か特に妨害も受けないままその軍の陣容が晒された。

 総勢2万5千にも達する軍勢には、エルフやドワーフ、小人や獣人、平原人などの各人族の兵が混在しており、一際目立つのは雷杖が大量に装備されている点だ。

 数千丁にも達しようかという大量の雷杖の筒先を揃え、進軍を開始した大軍に肝を潰す間諜達。

 彼らは慌てて自身の勢力に報告するべく立ち去るのだった。

 




タゥエンドリン王都・オルクリア・王宮


「……マサナガが来るのかい、この忙しい時に」


 カランドリン女王のメウネウェーナは間諜頭からの報告を受けてそうつぶやくと、苦々しい顔で傍らに控えるヘンウェルメセナに目をやる。

 ヘンウェルメセナはその視線を受けて肩を僅かにすくめると口を開いた。


「糧食の目処は未だ立っておりません、それに荷運人足となっている獣人達の集まりが悪く、奴隷身分の者達にはやる気がありません。月霜銃士爵からの手が入ったのではないかと思われます」

「こんな搦め手を使ってくるなんてねえ、参ったよ」


 ヘンウェルメセナの言葉にため息をつきながら言うメウネウェーナ。

 ようやくオルクリアの官吏を掌握して行政が整い始めたところに突然入った昌長挙兵の報せは、王都や周辺のみならずタゥエンドリン全土に動揺をもたらした。

 しかも、ここに来てタゥエンドリンのみならず本拠地であるカランドリンを含めた地域で奴隷を含めた獣人達の逃亡や暴動が頻発しており、治安維持のために軍兵を割かなければならなくなった。

 加えて、獣人達の消極的なサボタージュも起こっており、カランドリンからタゥエンドリンへの食糧輸送が滞っている。


「このまま王都での籠城は得策ではありません」

「わかっているよ、王都の住人と兵の両方を喰わせるだけの食料備蓄はないからねえ」


 元々闇の勢力との戦いにフェレアルネン王が大量の食料を持ち出していたところに、タゥエンドリン各地の氏族や勢力が独立色を強め、カフィル王子が食料生産力の高い地域で挙兵したことで、オルクリアやその周辺の食糧事情が悪化していた。


 エンデは元よりリンヴェティやサラリエルは月霜銃士爵の支配下にあり、食料などの戦略物資となり得る物はほとんど北から入ってこなくなってしまっているのである。

 そこに来て整い始めたカランドリンからの糧道が、獣人のサボタージュや暴動逃亡といった原因で滞っている。


「こちらの兵はどれくらい揃ったかねえ?」

「5千を本国に戻しましたので、カランドリン兵は2万。それに王都守備隊や周辺の守備兵でこちらに協力的な者達が約1万と言ったところです」


 女王の問に表情を変えることなく答えるヘンウェルメセナ。


「マサナガの兵は少なく見積もっても2万から3万といったところだろうからねえ……分が悪いね」


 顰め面のままつぶやくように言うメウネウェーナにヘンウェルメセナが提案する。


「ここは北部の諸州を割譲することを提案し、揺さぶりを掛けては如何でしょうか。その上でタゥエンドリンの南北分割を提案してみては?」

「それは揺さぶりかい?」

「はい、月霜銃士爵はフィリーシア王女を王に立ててタゥエンドリンの全土支配を謳ってはいますが、月霜銃士爵領の内政が不十分なのは間違いありません。一旦は新王の支配領域を確立させることを優先させるかも知れません」


 ヘンウェルメセナの回答に、メウネウェーナは暫し思案する。

 マサナガの挙兵はかなり早く誤算だったが、いずれは対決を余儀なくされただろう。

 それを思えば、こちらの態勢が整っていない以上に相手も態勢は整っていないに違いなく、思わぬ大軍の動員も短期決戦を目指す、ある意味マサナガの焦りの表れとも取れなくはない。

 そこまで考えたメウネウェーナは、ヘンウェルメセナに向かって口を開く。


「ふん、なるほどね……まあ相手の情勢も知りたいし、使者を立てるのは悪くないか。メゥリンクに行かせるとしようか。それと合わせてマサナガの足止めは別の手段を執ることにするよ」

「……邪法の行使はあまりお勧めしません」


 珍しく眉間に皺を寄せて言うヘンウェルメセナに、メウネウェーナはからからと笑い声を上げてから言う。


「数百年もあたしには悪評がついて回ってるんだ、今更さね。なに、これ以上の悪評が付いてもどうってことはないさ。それよりも今は時間が要る」

「……既に本国に派兵の増派を命じてあります」


 自分の言葉に困ったような表情を浮かべてから、ヘンウェルメセナが頭を垂れてから言うのを見て、メウネウェーナはその肩に手を置いて言う。


「あたしには頼りになる部下がいればそれで十分なのさ」

「恐縮です」


 短く答えるヘンウェルメセナに、メウネウェーナは笑みを深めるのだった。







中央湖南西岸、カランドリン=エルフィンク王国、王都外港・シルフン市


 雪を頂くゴルデリア山脈を湖面に写す風光明媚な中央湖を航行する無骨な船団。

 遥か戦国の日の本より持ち込まれた関船が左右の櫂を規則正しく動かしながら進む。

 漕ぎ手は一般的なグランドアース世界においては獣人奴隷が務めていることが多いが、月霜銃士爵軍では膂力に優れたドワーフ達が雇用されている。

 無骨な見かけとは裏腹に、湖面を滑るような速度で航行を続ける船団の最先頭、旗艦となっている関船の船先。

 そこで湊高秀は足を掛けて腕組みをしたまま前方を睨み据えていた。


「タカヒデ様、敵の船団の姿はありませんね」

「おう、どうも大いに油断しちゃあるようやな……まあ、ゴルデリアのせいでタゥエンドリンの大港が使えやんさかい、水軍衆は休めちゃあるんやろうな」


 水先案内人として舳先に掴まっているのは、大河水族の戦士。

 彼らの協力を得た上で、湊高秀はかねてからの計画通りに水軍を動かした。

 ゴルデリアの補給船団をやり過ごし、中央湖を北から一気にカランドリンまでやって来たのだ。

 大河水族の戦士と高秀の会話が終わると同時に、エルフの見張りが大声を上げた。


「タカヒデ様!見えました!シルフン市の港です!」

「おう!」


 報告に手を上げつつ応じた高秀は、不敵な笑みを浮かべると前方にうっすらと見えてきたシルフン市の町並みの影を見やり、号令を発する。


「大筒用意!右舷から行くでえ!」

「了解しました!」


 シルフン市に向かって大きく右側から迫る高秀の船団。

 その右舷の大筒狭間が開かれ、各関船の右舷から3門の大砲がその筒先を露わにする。

 高秀の差配で建造された関船は合計7隻で、その内の5隻がカランドリン襲撃に動かされた。

 関船は前後に1門ずつ、左右に3門ずつの十貫砲が装備される予定だが、未だ鍛造が間に合っていないために十貫砲は左右に1門ずつのみで、他は間に合わせの一貫砲が積み込まれている。


 しかしそれでもこの船団だけで合計10門の十貫砲が装備されており、このグランドアース世界の戦艦としては破格の威力を持っているのは間違いない。

 潮の満ち引きも潮流もなく、極めて滑らかな中央湖の湖面であるが、波は小なりともあるし、それなりに船も揺れる中、大筒担当の兵達は苦心して十貫砲や一貫砲の装填作業を進める。

 右舷の櫂が強く漕がれ、ぐっと舳先が右に向きを変える。

 その段階になって、ようやくシルフン市に警戒の鐘が鳴り響いた。


「もう遅いわい!」


 港や灯台の兵が慌ただしく動き始めるのが見えるが、迎撃に出てくる船は無い。

 まさか中央湖を使っての攻撃を仕掛けてくるとは、思ってもみなかったのだろう。

 大港を押さえたゴルデリアが中央湖を制しているかのように考えがちだが、それは単純にタゥエンドリンとカランドリンを結ぶ航路がなくなっただけのことで、新たにエンデの東岸に根拠地を設けていた高秀らには全く関係のないことだ。


 警報の鐘が鳴り続け、船に乗り込む兵も増えてきたようだが、まだ出航には至らないシルフン市の衛兵達を余所に、高秀の耳に装填が完了した合図の鐘が短く鳴らされるのが聞こえて来た。

「おっしゃ!燻べちゃれ!」

 高秀の号令が復唱され、旗艦の右舷に備えられた1門の十貫砲と2門の1貫砲が轟音と閃光を砲口からほとばしらせる。

 続いて2番艦、3番艦と順に砲撃が開始され、砲撃の終わった大筒は直ちに洗悍で砲身内部を拭われ、火薬と砲弾が装填される。


「燻べよ!」


 再び装填完了の鐘の値を聞き取った高秀の号令がかかり、5隻の関船から15の砲声が轟くと、大小合わせた砲弾がシルフン市の港湾設備や停泊中の船に向かって放たれた。

 カランドリン戦艦の1隻に十貫弾が炸裂し、派手に破片をまき散らさせてから火災を生じさせる。

 岸壁に複数の1貫弾が命中し、桟橋諸共護岸を破壊する。


 大きく飛んだ十貫弾が倉庫に命中して倒壊を誘い、相次いで港に着弾した1貫弾が港湾設備を破壊した。

 吃水近くに巧く命中した十貫弾は、そのままカランドリン戦艦の船底を突き破ってしまい、それをたちまち沈没させてしまう。

 灯台に命中した複数の一貫弾は石壁を破砕し、階段を吹き飛ばしてたちまち瓦礫へと変えてしまった。


「よしええぞう!通過したら引き返してもう一撃加えちゃれ!」


 数回の砲撃で相応の被害を与えたことを確認した高秀は、笑顔を隠そうともせずにそう叫ぶのだった。











 昌長がハーオンシア川を渡ったとの通報を受け、メウネウェーナが列臣達に出陣準備を命じようとしたその時、凶報が舞い込んだ。

 何時もの沈着冷静な態度をかなぐり捨て、血相を変えてやって来るヘンウェルメセナを見たメウネウェーナは眉をひそめる。


「メウネウェーナ様」

「……緊急だね?」


 主君の言葉に無言で頷くと、不審の目でこちらを見てくるタゥエンドリンからの転向組の官吏や将官達をちらりと見たヘンウェルメセナは、すっとメウネウェーナに近寄ると口元を隠してから小声で告げる。


「……シルフン市がマサナガの水軍に襲われました。シルフン市の港湾設備は甚大な被害を被り、中央湖に配した艦船は尽く沈められたとのことです」

 囁くように告げられた急報に触れ、激しく動揺するメウネウェーナだったが、それをフェレアルネン政権の官吏達に悟られることのないように努めることが辛うじて出来た。


「まあ、そういう事もあるだろうねえ」


 冷や汗を隠しながら余裕たっぷりを装ってそう言ってから、メウネウェーナは口を動かさずに小声でヘンウェルメセナに指示を出す。


「出陣は取りやめだ。追加で5千をカランドリンに戻す」

「はい」


 項垂れて応じるヘンウェルメセナに負けず劣らず苦い顔になったメウネウェーナは、それを悟られないよう下を向いてから言う。


「術でマサナガが混乱したところを突こうと思ったんだけどねえ……これは本当に単なる足止めにしかならないよ」

「捨てますか?」


 メウネウェーナの言葉を聞いたヘンウェルメセナが、王都オルクリアの一時放棄を提案すると、メウネウェーナはため息をつきながら応じる。


「せっかくここまできたってのにさ……でも命には替えられないよ。このままだと後ろを気にして士気が下がったまま、大陸最強の軍事指揮官率いる精兵とぶつかることになっちまうからね」

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