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第95話 タゥエンドリンの受難

何時も誤字脱字修正ありがとう御座います。

毎度のことで恐縮です。この場にて御礼申し上げます。

 その頃、カレントゥ城の会議室ではレアンティアが真っ青になって昌長と対峙していた。

 昌長の後方には彼に心酔している重武装の兵が多数おり、無言でレアンティアを見ていた。

 そんな圧迫を受けながらも、レアンティアは気丈に質問する。


「……その様な大それたことを本当に考えておいでですか?」

「おう」

「マサナガ様、お言葉ですがフィリーシアにタゥエンドリンの王位は荷が過ぎます」


 言葉短く答えた昌長に、レアンティアはその提案を拒否する内容の言葉を発した。


「反対する事は許さへんで。それにそもそもこれは決定事項の通知なんやで?母御殿の意見は聞いてへんわえ」

「いえ、反対致します」


 昌長の言葉をきっぱり否定したレアンティアの顔は青いままだ。

 レアンティアの言を聞き、昌長は溜息を一つつくと説得の言葉を発する。


「本人もやるて言うてるんや、認めちゃらんか?」

「それは当たり前でしょう……あの子はあなたの意見に逆らう事は絶対にしません。それはあなた自身が一番ご存じのはずです……たとえそれがタゥエンドリン王になるなどと言う無謀な事だとしても、です」


 そしてじっと昌長を見つめると、レアンティアは真摯な声色で言葉を継いだ。


「……マサナガ様、あの子の気持ちを利用しないで下さい」


 頑強に反対を貫くレアンティア。

 そこには娘を思う母の気持ち、そして平穏を望む族長の娘としての思いがある。

 彼女は昌長が自分の娘であるフィリーシアを利用して、フェレアルネン王亡き後のタゥエンドリンにおける覇権争いに参戦しようとしている事に対し、明確に拒否の意思を示したのだ。

 書簡での通知に拒否の返答を寄越したレアンティアのもとへ、昌長は直ちに兵を率いてやって来た

 そしてレアンティアを呼び出して、書簡の真意について尋ねるべく面談したのである。

 昌長はレアンティアを見返してから再び溜息をついた。

 そして厳しい表情で言葉を発する。


「……しゃあないな。おい、連れてこい」


 昌長の命令で連れてこられたのは、幼いフィリーシアの弟妹。

 ただ無理矢理連れてこられた訳ではないようで、素直に津田照算の先導に従っている。

 弟妹の手を握っているのは、昌長の盟友とも言うべき佐武義昌だ。

 それを見て昌長の言外の意味を理解したレアンティアは、激しく動揺して思わず椅子から腰を浮かせた。


「あ、あなたは……!」

「いっぺんは許しちゃったやろ?2回目はないて言うたで」


 非難の声を上げようとしたレアンティアの言葉を遮り、昌長に代わって答えたのは、子供達と手を繋いでいる義昌。

 照算はそれだけを聞くとレアンティアが止める間もなく、義昌と共に子供達を連れてそのまま部屋から見えなくなった。


「姫さんはほんまの姫さんに戻る。母御殿よ、おまんも早う引っ越しの用意せえ」

「……私をどうするつもりですか?」


 立ち尽くして問うたレアンティアに、昌長は冷然と言った。


「どうもせん、ただ監視は付けさせて貰うで……仕事は今までどおり官吏としてのもんや。心配せんでもこの城は今までどおりの統治方法で行くさけよ」





タゥエンドリン=エルフィンク王国 王都オルクリア 王宮


「どうするのだ、南の女王様は待ってはくれないぞ?」

「うぐぐうっ、この様な事で裏目に出るとはっ」


 カフィル王子の言葉に悔しそうにうめくレウンデルだが、時は既に遅し。

 最初は国家の乗っ取りを恐れて躊躇していたが、月霜銃士爵的場昌長がフィリーシア王女を立てて王位継承を主張したと聞いた段階で、背に腹は替えられないとレウンデルはカランドリンに派遣していたメゥリンクを通じ、カランドリン王城のメウネウェーナに援助を求めたのだ。

 しかしそのメウネウェーナの動きがおかしい。

 援助という規模や動きではなく、完全にタゥエンドリンの切り取りを狙っているとしか思えないのだ。

 今もカランドリンとの国境地帯から、カランドリン軍が現れたとの報告が上がってきている。

 それは一カ所に留まらず、複数箇所からのものであり、また軍勢の規模や攻勢もまちまちなのだ。

 オーク王バルバローセンとの戦いで痛打を受け、王まで失ったタゥエンドリンには何もかもが足りておらず、カランドリンに対しても有効な対抗措置がとれていない。

 明らかにカランドリンはタゥエンドリンの軍事占領を狙っている。

 そう思わせるに十分な状況であるが、機能不全に陥ったフェレアルネン政権には取るべき手立てが最早ないのだ。


「こ、こんなはずでは……」

「ふう、好きにするが良い」


 答えないレウンデルらを見限り、カフィルはマントを翻して場に背を向ける。

 いつまでもうかうかしていては南の女王に掴まって、御輿とされてしまいかねない。

 今のうちに王都を脱出しなければ、その機会は失われてしまう。


「ふん、無能共め……さっさと早馬でも飛ばして、南の軍が越境する前に抗議でもして押しとどめれば良いものを……」


 廊下を歩きながらつぶやくカフィル。

 その顔には焦りと憤りがあるが、しかし時は戻せない。


「ちっ」


 最後に舌打ちを放ってから、カフィルは急いで兵舎へと戻るのだった。





 同時期、タゥエンドリン=エルフィンク王国の南部国境に、カランドリン=エルフィンク王国軍の先遣隊が近付いてきていた。


 その数およそ5000。


 タゥエンドリン軍は慌ただしく動き回っているが、それが攻撃や防御のための行動でない事は、誰1人として武器を構えている兵士がいないことで知れた。

 移動方陣を組んで整然と進行してくるカランドリン軍。

 その様子を複雑な思いで見ているのは、長年国境警備にあたってきたタゥエンドリンの兵士達である。

 普段閉じられている関所の門は既に大きく開かれており、周辺のみならず、国境警備施設の全てにおいて清掃まで済ませてあるという念の入れようであった。

 そして、先遣隊の先頭が関所の門を越える。

 儀仗のために集められた兵士達がざわめいた。


「……とうとう南の奴らにやられるのか」

「月霜銃士爵と戦うための援軍だろ?」

「勝てるのかよ……あの月霜銃士爵だぞ?返り討ちにされるのじゃないか?」

「そもそも本当に援軍か?」


 先につぶやいた剣兵の言葉を訝るように弓兵が言う。

 剣兵は馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、言葉を発した。


「はっ、ただで助けてくれるほど南の女王はお人好しじゃない。上でどんな話し合いがあったのかは知らないが、きっと色んな物を持って行かれてしまうだろうよ」 「まあ、な……はあ、今まで頑張って南の連中を見張っていたのは何だったんだか……」


 剣兵の話の内容を聞いて、先程まで訝っていた弓兵も頷く。

 同族ではあるものの、長年厳しく対立してきた相手のカランドリン軍。

 その本隊が敢えなく国境を越える。

 それが今までに無かった時代の到来を意味することを、図らずも2人は言葉にしていたのだった。




 そのカランドリン軍は、先遣隊を指揮するヘンウェルメセナの威令もあって整然と、そして静粛に国境の関所を越える。

 ヘンウェルメセナの任務は、タゥエンドリン国境警備施設の接収とタゥエンドリン軍の穏便な排除。

 先導するタゥエンドリン貴族のメゥリンクがそのヘンウェルメセナに声を掛ける。


「一旦休まれますか?」

「いえ、このまま王都へ進みます。女王ももう間もなく追いついてきます」


 ヘンウェルメセナが表情を変えずに応じる。


「女王……?」

「我らが女王メウネウェーナが率いる本隊は、この関所の安全を確保し次第やって来ますので」


 訝るメゥリンクに冷たくそう言うと、ヘンウェルメセナは副官に命じる。


「直ちに関所を占拠せよ!その後タゥエンドリン兵の武装解除を行え。そして兵舎の一角にでも閉じ込めておくのだ。抵抗する者は……殺せ」

「なっ?何と言うことをっ!約定と違うではありませんかっ」


 カランドリン軍はあくまでも援軍のはずだ。

 女王が直接タゥエンドリンへ来るということも聞いてはいない。

 その命令の内容に驚いたメゥリンクが抗議の声を上げ、ヘンウェルメセナへ詰め寄ろうとするが、言葉と態度以上に冷たい物を周囲のカランドリン兵から突きつけられて足を止める。


「お、おのれ……!」

「自分の不明を恥じるのだな」


 槍や剣を突きつけられて動きを封じられたメゥリンクを冷たく見下ろし、ヘンウェルメセナは傲然と命じた。


「連れて行け」




 カランドリン軍の国内侵入とその後周辺地域の占拠が果たされ、タゥエンドリンは大混乱に陥った。

 南の関所が設置されているホウハン州はカランドリン軍の手に落ち、抵抗どころか受け入れ準備をしていた州の官吏や軍兵は、その大半が戦わずしてメウネウェーナ女王の膝下に屈した。

 月霜銃士爵との戦いに対する援軍であったはずのカランドリン軍は、まずその牙をタゥエンドリンへと向けたのである。


「あっはっはっはっはっは!こうも上手くいくと笑いが止まらないねえ!」


 豪快な笑い声と共に機嫌良く言ったのは、カランドリン女王のメウネウェーナ。

 周囲の官吏や将官達も緊張こそしていても、顔には堪えきれない笑みがある。

 いつもは慢心を戒める側近のヘンウェルメセナも、素っ気ない表情ながら口角がわずかに上がっており、計画通り事が動いていることを嫌でも周囲に知らしめた。


「さて、フェレアルネンの坊やが行き方知れず、先頃の大戦で功を上げた昌長とフィリーシア姫はまだ王都から遠い。他ならない2人の働きによってマーラバントは既に滅亡。そして私の手元には王都への手形があるって訳だ」


 再度そう言いつつ、メウネウェーナが左手に持っているのは、フェレアルネン政権の筆頭であるレウンデルらから彼女に送られた書状。

 そこには援軍の依頼と政権への支援要請、更にはそれに伴ってタゥエンドリンへの越境を求める内容が記されている。

 王が不在のタゥエンドリンにおいて、国政を代行しているレウンデルの立場は決して軽くない。

 カフィル王子も能力や意思はともかく、王から委任されたのは王都の治安維持だけであり、レウンデルの国政代行権限には及ぶべくもない。


「……カフィル王子の動向が気になっていましたが、彼の王子は軍兵を率いて下野したようです。向かったのはフィンボルアと思われます」

「そうかい、あの王子様もフェレアルネンの元じゃ苦労しただけだったね。全く苦労した甲斐のない結末だが……やっぱり侮れないね」


 ヘンウェルメセナの報告に、メウネウェーナは難しい顔で応じる。

 カフィル王子は自分に従う者達を引き連れ、王都オルクリアから落ちた。

 彼が向かったフィンボルア州は、王都の南西にある峻険な山岳地帯。

 寡兵でも守るに易く攻めるに難い土地だ。

 大森林地帯の西の端にいたる険しい山並みの広がる地域だが、決して貧しくはない。


 なぜなら山岳地帯はエルフの森林農法にとってあまり障害とならないからだ。

 平原人や獣人達であれば、地味が薄く、峻険で足場の悪い山岳地帯の開発や居住には大きな労力が伴うが、樹木栽培を行うエルフにはむしろ住み良い土地柄である。

 故に、フィンボルアやその奥のカウテ、ケントールなどの州は、タゥエンドリンの南部でも食料生産量の多い地域であり、王都への食料供給地としても知られている。

 その重要性を歴代王はしっかりと認識しており、軍兵も精強な者達が配されている。


 カフィル王子はまず食料供給地を確保し、山岳地帯に精兵でもって立て籠もることでカランドリンの侵攻を防ぎ、メウネウェーナの王都オルクリアへの進出を牽制しようとしているのだ。


「食料供給地を抑えられては、長期のオルクリア滞在は難しいのではありませんか?」

「確かにそうだね。カランドリンから運ぶにしても、カフィル坊やはその兵站線を狙って来るだろうからねえ……まあ手配はするさ」


 官吏の1人が発した言葉を受けてメウネウェーナが難しい顔のまま答えると、ヘンウェルメセナが口を開く。


「次善に過ぎませんが、食糧輸送の計画は既に立案済みです。当初の計画では、フェレアルネン政権を引き継ぐカフィル王子を支援してタゥエンドリンの主導権を握るはずだったのですが……」


 そしてその視線はこの場の末席に佇むタゥエンドリンからの使者、メゥリンクへと向けられた。

 一応、会議には参加している形をとってはいるが、その両脇には鋭い目つきのカランドリン=エルフ兵が付き添っている。

 それが護衛でないことは、監視の目がメゥリンクに向いていることで容易に知れた。


「……状況が変わりました」


 憮然として答えるメゥリンク。

 それをからかうような口調でメウネウェーナが言う。


「確かに状況は大きく変わったさね、それでも王子の1人ぐらい用意しておいて貰わないことには、私がこの国に入った正当性が薄くなっちまうじゃないか?」

「そ、それはあなた方が勝手にやったことではありませんか!」


 フェレアルネン政権として要請したのは、カフィル王子の即位についての援助と支持に加えて、月霜銃士爵とその傀儡となっているフィリーシアに対する援軍だ。

 しかし、その前提条件は既に崩れていた。

 メゥリンクがメウネウェーナの背信とその動き方を知ったのは、ごく最近のこと。

 その時は既に手遅れであり、あれよあれよという間にカランドリン軍が大きく開け放たれた関所の扉をくぐってしまった。

 おそらくフェレアルネン政権の重鎮達も、この重大情報を知るのが遅れていることだろう。


 そうでなければ、メゥリンクに何らかの知らせが届いたはずであり、知らせさえ来ていれば、むざむざカランドリンなどと言う親族のふりをした盗賊を家に呼び込むような真似をしなくて済んだのだ。

 どうやったのか分からないが、カランドリンの首脳陣はタゥエンドリンの内情に関する情報をいち早く手に入れていた様子で、行動に迷いが見られない。

 メゥリンクを謀ったままの関所の突破も、国境周辺の制圧やタゥエンドリン軍の勧誘や武装解除も滞りない。


 なにより、女王自らが乗り込んでくるなどと言うのは、計画していなければ出来ない。


「ああ、まあ構わないよ。別に王子がいなくても困りやしない、いればもっと楽だっただろうけどね」


 にんまりと笑みを浮かべたメウネウェーナを見て、メゥリンクは再び嫌な予感を覚える。

 しかしここまで言われて知らぬ振りも、聞かないでいることも出来ない。

 たとえそれが自分やタゥエンドリンにとって悪いものであってもだ。

 その悪いものを聞くべく、メゥリンクはためらいながらも質問を発する。


「……それはどういうことでしょうか?」

「ああ、元々はカランドリンもタゥエンドリンもエルフィンク王国っていう1つの国だったんだから、別に王を置く必要はないだろう?」

「なっ!?」


 さすがに驚愕し、席を立とうとするメゥリンクを左右の兵が押さえつける。

 悔しそうなメゥリンク見て、メウネウェーナは笑みを深めた。


「そういうことさ。ま、私が統一王を名乗るのはもう少し後になりそうだけどね」


 そう言ってから意味深に北の方向を見るメウネウェーナ。


「タゥエンドリンの民は納得致しませぬ!」


 両肩を兵に押さえられながらも言い放つメゥリンクを愉快そうに見ながら、メウネウェーナは答えた。


「ふふふ、その内納得しなければならなくなるさ、まあ、いわゆる妥協ってやつかね?」

「それはどう言う意味ですか!」


 反発して更に言い放つメゥリンク。

 メウネウェーナは拳を振り上げたヘンウェルメセナを手で制しながら口を開く。


「すぐに分かるさ」



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