第88話 大同盟分裂2
「あほが!」
苛立ちを隠そうともせず昌長が吐き捨てると、メウネウェーナも怒りをそのままに言葉を吐く。
「馬鹿に付ける薬は無いとはよく言ったものだ。馬鹿共め」
「……どうする?後を追うか」
「止めとけ、一緒に餌食になるだけじょ……上手いこと立ち回ったら、ようけ人死にを出さいで済んだかも知れやんっちゅうのに、耳長のアホ共め」
エンテン王の言葉を否定し、昌長はフェレアルネン王をくさしつつ悔しそうにうめく。
自分が総帥になっていればこんな無様な戦にはしなかったという思いがあるが、然りとて今の昌長が率いているのは強力無比な月霜銃士隊とは言え僅か5500。
これでは主導権を握ることなど出来はしない。
「頼りないこっちゃ……」
今更ながら自分の不甲斐なさに腹が立つ。
もう少し早く準備を整えていれば、そしてもう少し早く勢力を拡大していれば、違った展開があったはずなのだ。
しかしここで無い物ねだりをして腐っていても何の解決にもならない。
幸いにもここに残っている王や将軍達の全てが、オークの罠と強力な戦力を正しく評価している。
その脅威を共有できていると言うのが唯一の救いだ。
おそらく追撃に出た軍は無事では済むまい。
それも誰もが理解している。
全滅は免れるにしても、軍として体裁を為さない程に手酷く叩かれることは、大いにあり得る。
そして失われた軍を補填する術は今ここに無い。
更に言うならば、半減した連合軍でもって、この場でオークを撃滅しなければならない。
それが成し遂げなければ、少なくとも大陸の5分の1は闇の勢力の尖兵たる、オーク王バルバローセンの手に落ちてしまうことになるのだ。
沈痛な沈黙が満ちる中、族長ドゥリオがやけを含んだ台詞を吐く。
「万事休す……か」
「こうなってはやむを得ない、私達だけでも一致団結してオーク共を撃退する他ないな」
エンテン王がそれでも何とか雰囲気を盛り返そうとするが、ネルガド王が鼻を鳴らしてから口を開く。
「平原人の小僧は無茶を言うわ、総勢でも劣っておるのに半数で勝てるわけがなかろう」
「では……ネルガド王に妙案がお有りか?」
「無いわ、そんな都合の良いもの!」
ガウロンから顔を背けつつ、怒り半分で言うネルガド王をメウネウェーナが窘める。
「おいおい、ただでさえ我らは半減したのだぞ、いがみ合っている場合か」
「出来ることを考える方がよいだろうな」
続いて沈痛な表情で言うのは、フェレアルネン王ととうとう袂を分かってしまったサラリエル族長のトリフィリシンである。
「そうやな」
すかさずその意見に賛同する昌長を全員が注視する。
事ここに至っては最早何をしても手遅れだ。
逆にそれだからこそ出来ることもあるし、思い切った策も取ることが出来る。
ならば兵の多寡は関係ない、自分が出来ることをするのだ。
昌長は一旦静かに目を閉じ、考えをまとめると徐に口を開く。
「皆の衆よ……ここはわいに全軍の指揮をば任せちゃらんか?」
昌長の申し出に、王や将軍達は互いに顔を見合わせる。
確かに昌長の戦術式や用兵、野戦築城術は非凡なものだ。
おまけに率いている兵は強い。
しかしながら連合軍で一番の寡兵である。
独立色が強いとは言えタゥエンドリンの一地方領主であるのだから当然だが、それでも地方領主としては破格の兵数を率いてはいる。
まっすぐ昌長が見つめる先には旬府とオーク軍が潜むであろう丘陵の切れ目があった。
グランドアース世界では珍しい鋭い一重の目は、空と大地を涼やかに写し込んでいる。
誰もが発言をためらう中、ガウロンが静かに言った。
「……ネルガド王、メウネウェーナ女王、この中であなた方が一番多くの戦士を率いている。どうするのか主導して貰いたい」
「あたしがかい?はん、連合軍を纏めきれなかったあたしじゃ力不足だね。他に手がないってんなら、誰がどう言おうともあたしはマサナガの指揮下に入るよ」
ガウロン族長の質問にメウネウェーナは肩をすくめて捨て鉢に言い放つ。
しかしその言葉の意味は極めて重いものだ。
残留組の最大勢力を誇るカランドリン=エルフィンク王国の女王が、一時的にとはいえ昌長の総指揮官就任をあっさりと認めたのだ。
いかに豪儀なメウネウェーナといえども、最低限でも何らかの条件を付けるとばかり思っていた諸王は驚く。
「ふん、どうもこうもしようが無いわい!この期に及んで何を決めると言うんじゃ?」
翻ってネルガド王は憤慨したように言うと、そこで一旦言葉を切り、ギロリと昌長を見てから再び口を開く。
「マサナガが妙案を持っておれば別だがのう」
再びの沈黙の後、ふて腐れた様子のネルガド王へガウロンが静かに問う。
「……それがあなたの意見か?」
「おう、そう取って貰ってよいぞ」
「私はマサナガ殿を総指揮官に推す」
ネルガド王が口をへの字にしたまま言うと、すかさずトリフィリシンが昌長の総指揮官就任を推した。
「わしも反対しているわけではないわ!」
最初にはっきり昌長の支持を表明し、どこか誇らしげなトリフィリシンの顔を見てネルガド王は面白くなさそうに言い放つ。
その様子を面白がるように見ていたメウネウェーナは、ちらりとドゥリオを見た。
ドゥリオはその視線に気付くと片手を軽く上げて応じ、ゆっくりと口を開いた。
「私もマサナガ殿を推そう……各地で迫害された獣人の受け入れ感謝する」
「……同じくだ、マサナガ殿、我らはあなたに感謝と支持を捧げよう」
感謝の言葉と共に、昌長の支持を表明する獅子獣人族長ドゥリオ。
そしてその後に続いたのは狼獣人族長のガウロン。
全員の意見が揃う。
満足そうに王達を眺め回し、メウネウェーナは明るく言った。
「決まったね!あたしは最初に言ったとおり、他に手がないようだからマサナガの指揮下に入るよ!」
「まあ、よろしく頼むわえ……ほな策をば捻くり転かしちゃろうかい」
言葉少なく礼を述べた昌長は早速軍略を練るべく、絵図面を用意させるのだった。
その頃、オーク軍を追撃に掛かったフェレアルネン王らは、丘陵の切れ目でようやくその後背を襲う事が出来た。
全く油断していたオーク軍は、猛烈な連合軍の追撃に遭い、悲鳴を上げて逃げ惑う。
風術の加護を受けたエルフ弓兵の矢がオークの厚い首筋を射貫き、ドワーフ重装歩兵の手斧がコブリンの頭蓋を叩き割る。
平原人の術兵が魔道杖を起動させてオークの背や後頭部を焼き、凍らせ、長槍兵がオークの背中を縫い止める。
混乱したオークの軍陣目掛けて平原人の騎兵が一斉に槍先を揃えて雪崩れ込み、その統制を破って四分五裂の状態へと追い込んでゆく。
「うわははははは!勝利は目前じゃ!」
高笑いと共に逃げ遅れたオークの頭を叩き割り、テオハン王が兵達を鼓舞していた。
「ふふん!臆病者共を嘲ろうぞ勇敢な兵達よ!」
「追撃戦こそ傭兵の真骨頂よ!」
サルード王とガボン傭兵隊長が機嫌良く追撃に加わり、更にはフェレアルネン王が本陣を前線へと押し出す。
「敵は逃げておるぞ!追え追えい!」
「神は今こそ我らに力を与えたもう!闇を彼方へ逐え、闇を葬り去れ!」
フェレアルネン王に続いてグレゴリウスが神聖杖を振りかざして威勢良く言う。
それはオーク出現の報告を聞いて腰を抜かしていた者とはとても思えない。
それぞれの思惑が交錯する連合軍。
勢いはあるが統制はない、そんな追撃戦が丘陵のあちこちで繰り広げられていた。
フェレアルネン王は焦っていた。
北の地で的場昌長が予想外に勢力を伸ばしているからだ。
エンデの地に侵入した強力で狡猾なリザードマンの盾になれば、という程度の思いで許した切り取り勝手次第の約束が、今やタゥエンドリンの重荷となりつつある。
昌長の勢力はタゥエンドリンの王臣の中でも突出しており、七大氏族に迫る勢いだ。
ニレイシンカのリンヴェティはマサナガに膝を屈し、トリフィリシン率いるサラリエルのようにあからさまに昌長に対して擦り寄る者も出始めている。
エンデの失陥から考えてもタゥエンドリンの支配体系が緩み始めており、王権強化を目指すフェレアルネンからすれば、これは由々しき問題である。
しかし昌長はあらゆる面において強い。
開拓困難な名も無き平原を獣人や平原人の農法を取り入れて開発し、堅固な城を築き、都市を造営し、強力な雷杖を操る軍兵を整備した。
エンデの民の支持を受けただけに留まらず、広く獣人や移住してきたドワーフや平原人達までもが彼を大いに、そして熱烈に支持している。
最近は青竜王アスライルスに大河水族、ハーオンシアの小人族までもが昌長に肩入れをしている。
加えてフィリーシアとレアンティアの存在が厄介だ。
彼女らは失われたとは言えエンデの族長に連なる者達。
フェレアルネン自身が持て余して追いやったのだが、ここまで昌長が力を持つとは想定しておらず、飼い殺しの意味が無くなってしまった。
このまま昌長が力を付け続けて彼女らとより深く結びつけば、タゥエンドリンの王権そのものを揺るがしかねない。
昌長自身は平原人であることからタゥエンドリンの王にはなれないが、その子供達、更にその子孫達はその限りでは無くなる可能性がある。
「早く……けりを付けねばならぬっ」
その為にもこの戦で大勝利を収め、フェレアルネン自身の軍功を他国や国民に見せつけなければならない。
「他の者共に負けてはならぬ!我らタゥエンドリンが軍功第1じゃ!」
フェレアルネンは声を励まして兵を鼓舞し、より深くオークの陣へと攻め込むのだった。




