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第87話 大同盟分裂

 ドワーフの抱大筒兵であるダエリンは、興奮の極みにあった。

 それまでは手斧や戦斧での戦いを主にするドワーフ兵であったダエリン。

 投げ手斧での腕を買われて抱大筒兵に選ばれたのだったが、正直最初はありがた迷惑だと考えていた。

 飛び道具の使用経験や腕前を買われたことについては、素直に喜ばしいと感じているが、ここ一番の大戦で得体の知れない武器を得体の知れない指揮官の下で使用する。


 熟練の戦士や兵士であればこそ、忌避することだ。


 しかし兵士でありながらもダエリンは新技術には興味を持つドワーフ。

 新しい絡繰りを使用した火縄銃の製造や使用方法の習熟に関しては、一も二もなく参加している。

 それでも戦いの中で武器に一番求められるものは、使用に関する信頼性であると考えているダエリン。

 習熟していない武器を使っての大戦には、ダエリン同様ドワーフの兵士達は誰もが非常に消極的であったのだ。

 しかしこの一戦でそんなちっぽけな矜持やこだわりは、火縄銃の轟発音と共に消し飛んでしまう。


 轟く銃声。

 走る赤い閃光。

 噴き上がる白煙。


 そして、今までなら打ち合い、押し合い、突き合ってようやく斃すことの出来たオーク達がばたばたと倒れる。

 ダエリンは心と身を震わせた。


「こ、このような武具がこの世にあるとはっ!」


 手の中のこれをもたらした昌長の用兵の巧みさは、火縄銃の特性を知り尽くし、弱点を知り尽くした者だからこそ持ち得るものだ。

 一体彼の指揮官はいか程の戦場を往来してきたのか?

 どれ程の戦いを経験してきたのか?

 そしていかにこの火縄銃を使用してきたのだろうか……!

 もっとこの武具を知り、昌長を知らねばなるまい。

 それでなくとも行き場を失った自分達を、好待遇で受け入れてくれたのだ。

 恩義もあれば、忠誠心もある、そして今回の戦いで尊敬の念も沸いた。


「興味は尽きぬわ!」


 歓喜を覚えて震える心をそのままに、ダエリンは叫ぶのだった。







 伝統的なタゥエンドリン=エルフの兵科である、弓兵と剣兵の他に、数千年の歴史で初めて新たに兵科が出来た。

 その名もエルフ銃兵。

 狙撃用の長鉄砲を主に装備する兵は、遠距離射撃と狙撃においてその目の良さと生来の射撃武器に対する適性によって、恐るべき命中精度を誇る銃兵となった。

 平原人や獣人、ドワーフに比べて筋力の劣るエルフ達に合わせ、口径の小さい長銃が配備されており、威力の面では若干劣るものの、急所を狙い撃つエルフ流の射撃技術がその弱点を十分以上に補っている。

 フィリーシア配下のエルフ銃兵、マルメーシアは、射撃の反動できしむ肩に顔をしかめつつも、訓練の成果を遺憾なく発揮できたことに武者震いを隠せずにいた。

 長い金髪を後ろで纏め、エンデ族の肘盾を肩に掛け、銃身の長い火縄銃を銃眼から差し出して、撃つ。


 マルメーシアは端正な顔を歪め、醜悪なオークの右目に狙いを定める。

 心に浮かべるのは、昌長ら雑賀武者から教わったあの言葉。

 月夜に霜の降りるが如く。

 ほっそりとした白い指によって、静かに引き絞られる真鍮製の引き金。

 引き金は粘りを持った動きでゆっくりと後手元に引かれ、最後に根負けしたかのようなあっけなさで落とされた。


 かちん


 エルフとは決して良い間柄とは言えないドワーフたちだが、仕事は間違い無いようだ。

 絡繰り発条が作動し、引き金の最終機構にある、火縄挟みが間を置かずに落ちる。

 ぱっと口薬の火花が横に飛び散り、瞬時に点火、轟発するマルメーシアの火縄銃。

 しっかりと把持された銃床の上、銃身から白煙と閃光が噴き出し、黒い点となった鉛玉が撃ち出された。

 そしてその狙いは誤ることなく、マルメーシアの狙いどおり正面にいるオークの右目の中心を撃ち抜いた。

 ぐあっと口を開き、一瞬仰け反ったオークは、忌々しげな視線で正面のマメルクスを残った左目で睨むが、そのままゆっくりと後方へ倒れる。


 弓と比べて静粛性と連射機能に劣り、また強い反動が身体に堪える火縄銃。

 しかし威力は強く、狙いを付けることも難しくない。

 加えてオークやリザードマン相手には矢を風術で強化しなければならず、神術力の消耗も馬鹿にならない為に長時間の戦闘は辛かったが、火縄銃の威力はそれを凌駕している上に神術の補助が必要ない。

 フィリーシア姫は、火縄銃にも威力や命中精度を高める為に神術を使用しているようだが、マルメーシアはそれ程神術が必要だとは思っていない。

 要は狙いをしっかり付けられれば問題がないからだ。


「衝撃には参りますけど……良い武具です」


 それに加えて、失われた故郷を取り戻し、エンデの民を呼び集めてくれている昌長のことを心底慕っているマルメーシア。

 百年以上住んだ地を逐われ、同胞達の助けもなくグランドアース大陸をさまよい続けたエンデの民は、ようやく故郷への帰還を果たしつつある。


「長い年月でした……」


 火縄銃に火薬と弾を手慣れた手つきで込めつつ、呟くマルメーシア。

 離散した一族は今再びエンデの地で村を開くことが出来た。

 そしてその恩を返すべく、彼女は昌長の募兵に応じたのである。

 リザードマンを撃ち、オークを撃つ。

 昌長の為なら、それ以外のものたちをも、撃とう。


「私は、決めたのです……マサナガ様についてゆくと」


 再び静かに火縄銃を構えるマルメーシアの青い瞳に、迷いはない。









「順番に鉄砲は分解掃除せえ!次がけえへんとは限らんで!まずは2組と3組や」


 昌長の指示で、2組と3組の銃士達は直ちに鉄砲を分解し始める。

 残った1組の銃士達は引き続き警戒に当たる。

 火縄銃は気候や火薬の質によって程度が変わるが、連続して射撃していると銃身内部に火薬滓や煤がたまる。


 熱を持つのと同じくらい厄介な現象である。


 加えてこのゴミは弾道を微妙に狂わせて正確な射撃の邪魔をする上に、万が一弾丸がこの滓に引っかかったり止まったりすれば、銃身は銃士ごと破裂することになるのだ。

 場合によっては溶けた鉛の欠片も残っている場合があり、それらが銃身の内径を狭め、暴発の危険性を高めてしまう。

 その為、ある程度射撃回数を経た火縄銃は、分解の上銃身の内側にこびりついた黒色火薬の燃え滓や、早合に使われている紙の煤、鉛玉の欠片を取り除く必要がある。


 連射に次ぐ連射で熱を持った銃身を冷やしつつ、持参している工具を使用して留め金を外し、台木から銃身部分を取り外す月霜銃士隊の銃士達。

 その後は尾栓となっている捻子を外し、槊杖の先に湿らせた布を巻き付けて銃身の内部にくっついたもろもろの滓をぬぐい取る。

 昌長自身も自分の使った鉄砲の整備を始めたその時、フィリーシアに伴われてメウネウェーナの使者がやって来た。


「マサナガ様、直ちに本営にお越し頂きたいとのことです」


 使者の口上に、昌長は火縄銃を手入れしていた手を止めて、渋い顔を返す。


「……まあしゃあないわな、ほなちょっと行ってくら。重賢、後は任せるわ」

「おう、分かった」


 重賢が興味津々といった様子で自分の手元をのぞき込む小妖精と一緒に、自分の火縄銃を整備しながらぶっきらぼうに応じるのを見て、昌長はにやにやしながら踵を返した。

 後方にはアスライルスとフィリ-シアが当然のように付いて来る。


「用件は……まあ大方予想は付くわ」








 連合軍本陣、カランドリン王国軍の野営陣の最奥部、メウネウェーナの天幕に怒号が響く。


「貴様!今何と言った!」

「無理やと言うた」

「おのれ!愚弄するか!」


 怒声を放っているのはテオハン王、努めて冷静に言葉を返しているのは昌長だ。


「さっきから言うちゃあらいしょ。敵は大軍、追撃なんぞ咬ましたあかつきには平地に誘い込まれて猛烈に反抗されてまう。平地で一ぺんでもあの大軍に食いつかれたら、寡勢のわいらじゃどうもこうもならへんわ」


 オーク軍が撤退したのを見て、テオハン王やフェレアルネン王、上神官グレゴリウスは野営陣から出ての追撃を主張したのだが、昌長これを一蹴したのだ。


「見て分かるやろう、あれは誘ってるんじょ」

「構わんではないか、後退しているのは事実なのだ」


 フェレアルネン王が言うが、昌長は首を左右に振る。


「ここで陣地に籠もって、敵が攻撃してくんのをあしらいつつ反撃の機会を待つんが正解やで……まだ敵が元気のある内にのこのこ陣地から出たら、なぶり殺しになってまう」


 予想どおりの主張が出て来たことに、昌長は既に何度目かになる説明をしつつ、大きな溜息を吐く。

 先程の昌長の陣地に加えられた攻撃は、敵にとって正に小手調べ。

 予想外の損害を被ったことには間違い無いが、連合軍の陣を攻めるにあたって、邪魔な昌長の陣地を軽く排除しようと油断して攻撃してきてくれたからこそ撃退が叶ったのである。


 そして昌長の陣を攻めざるをえないのは、野営陣が堅固であるからこそ、である。

 丘陵地に作られた堅固な野営陣は、正面突破を狙うにしても、左右から攻めるにしても非常に邪魔なのだ。

 正面突破なら真っ向から昌長の陣地とぶつかることになり、左右から攻めようとすれば横槍を入れられてしまう。


 なので、連合軍が健在で堅い守りに徹している限り、敵は強力無比な昌長の陣を攻撃して攻略せざるをえないのだ。

 昌長が今の反撃力を維持し続ける限り、オーク軍が連合軍を打ち破る可能性は皆無。


 そしてオーク軍は不意を打とうと連合軍の攻撃を優先したことがここで裏目に出てしまっている。

 今再び、旬府の攻囲戦をするべく本気の撤退を開始すれば、連合軍に後方から食い付かれてしまうことになる。

 そのためオーク軍は連合軍に打撃を与えるか、撤退に追い込まない限りは旬府の包囲に戻れなくなってしまった。


 しかしこれが今、この時点で野営陣を出ての会戦になれば、その諸々のオーク軍に不利な条件が崩れてしまう。

 敵は野営陣や昌長の陣地、もっと言えば丘陵という地形を気にせずに大軍の利を生かした包囲攻撃が可能になる。

 そして後背に堅固な陣地を控えるという条件を失った昌長は、自陣で孤立してしまうことになる。


 そうなれば全方位からの攻撃を受け続けることになり、早晩、月霜銃士隊は全滅の憂き目に遭うことになるだろう。

 それに連合軍が敗走した時点で昌長だけが抵抗を続けても無駄であるし、何よりオーク軍が大軍を生かして兵糧攻めにかかってしまえばそれこそ手も足も出ない。


 敢えて有利な現時点の情勢を崩す必要など何処にもない。

 ある程度今のまま戦いを継続し、オーク軍に打撃を与えてから会戦に持ち込むべきであろう。


「追撃は賛成できやん」


 昌長は再びにべもなく言う。

 しかしそれで収まらないのは連合軍の王達。

 今のままでは昌長に名を成さしめるのみで、自分達は良い案山子扱いだ。



「貴様あ!手柄を独占する気か!」


 そんな王達の気持ちを代弁したテオハン王の怒声に、昌長は涼しい顔で応じる。


「独占はするつもりないわえ、ほな陣を変わっちゃろうか?」

「うぬ……!?」


 テオハン王もそれなりの軍才を持つ王。

 昌長の率いる月霜銃士隊の力があってこそ、あの孤塁を守り切れるのだということは十分に理解している。

 倍以上の弩兵や弓兵がいても、同じような活躍は出来ないだろう。

 そしてあの狭い反撃力を秘めた砦に倍もの兵を入れれば、それこそ運用や移動に齟齬が出かねない。

 少数の兵でも威力を発揮できる、強力無比な雷杖を自由自在に操ることが出来る月霜銃士隊であるからこそ、孤塁での防御戦に活躍できるのである。


 テオハン王としては、月霜銃士隊によって大打撃を受けたオーク軍を追撃し、より大きい打撃を与えたい所であるが、肝心の昌長は追撃戦に消極的だ。

 地方伯に過ぎないという侮りの気持ちもあって、威圧的に接したのだが、どうやら失敗したようだ。

 テオハン王が昌長に対する態度を変えるべく思案を巡らせていると、フェレアルネン王が冷めたい視線を昌長に向けて口を開く。


「貴様の思惑などお見通しだぞ、マサナガよ」

「ん、思惑やてえ?」


 訝る昌長を余所に、フェレアルネン王は蔑みを多分に含んだ顔で言葉を継いだ。


「大方上手いことをいって手柄を独占し、戦後の発言権を高めるつもりであろう……浅はかな平原人辺りの考えそうなことじゃわい」

「……フェレアルネン王、先程から言葉が過ぎますぞ」


 さすがに平原人そのものを貶めるようなフェレアルネンの言葉に、弘昌国王のサルードが窘める。

 そしてサルードはふむと言いつつ顎に手をやると、その場にいた王達へ提案を出す。


「月霜伯の言い分もよく分かるが……背を向けているオークを見逃すのも惜しい。追撃に関してはやる気のある者だけで行ってはどうかね?」

「劣勢であるにもかかわらず、軍を分けるだと?正気か?」

「それやったらまだ全軍で追撃した方がエエで……時間が掛かるかどうかだけで、どっちも仕舞いは全滅やろうけどよ」


 サルード王の言葉にメウネウェーナが強く反発し、昌長は皮肉混じりに一応制止する。

 しかしその提案に頷いている王達を見て、昌長は諦めの言葉をつぶやいた。


「これはあかんわ……」

「総指揮官として追撃は認めるわけにはいかない」


 メウネウェーナがきっぱりと王達に宣言するが、既に王達の意思は固まっている。


「女王よ、わしはそなたの指揮から外れさせて貰うぞ」

「なっ……何を言っているっ、まだ戦いは始まったばかりだというのに正気かいっ」


 フェレアルネン王の言葉に、メウネウェーナが目を吊り上げて怒る。

 しかしフェレアルネン王がメウネウェーナから距離を取ると、その場所へテオハン王、サルード王、ガボン傭兵隊長、上神官グレゴリウスが移動した。


 その位置取りは正に対峙。


 眦をつり上げているメウネウェーナの側には、エンテン王、トリフィリシン、ネルガド王、族長ドゥリオ、族長ガウロン、昌長らが集まる。

 図らずも差別主義の強い国家と、種族融和的な国家が分かれた形だ。


 ここに早くも連合軍はその統一性を失った。


「では我らは軍を纏めてオーク共の追撃に移る。貴殿らは指をくわえて見ているが良い」

「くっ……!この危急の時に一致団結しないでどうするんだい!」

「老婆のたわごとなど聞き飽きたのでな、わし達は行かせて貰う」


 メウネウェーナが最後の説得をしようと試みるが、フェレアルネンは取り合おうともせずにそう暴言を吐くと踵を返した。

 それに続く王とその側近達の背を見送り、メウネウェーナは唇を噛み締める。

 翌朝、フェレアルネン王に率いられた約半数の連合軍は野営陣を出たのだった。



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