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第85話 野戦築城

 カランドリン女王メウネウェーナに率いられた連合軍は、荘香城の会議の5日後に進発し、更にその7日後には旬府近郊に到着した。

 周囲に偵察を放ちながら、慎重に目の前の豚人軍に向かう連合軍。

 彼らが途中で見たのは圧倒的な破壊の跡であった。

 村々は焼滅ぼされ、砦は壊滅し、町は破壊し尽くされて人の影は一切無い。

 元は人であったものはあちこちに散らばって居るが、原形を留めているものは皆無だ。

 それは正に食い散らかし。

 合わせて辺りには腐敗と焼け跡の臭気が立ちこめ、未だにくすぶる火種がここも戦場の一部でることを連合軍の兵達に知らしめる。


「オーク共め!」


 テオハン王が吐き捨てるように馬上から惨状を眺めつつ言う。

 旬府の付属城であった場所に到達すると、メウネウェーナは各軍に野営準備を命じた。

 明日にはこの先で旬府を包囲している豚人軍へ打ち掛かることになるだろう。

 今夜はたっぷりと食糧を配給し、よく兵達を休めて移動の疲労を取らなければならない。

 ヘンウェルメセナに命じて各軍へ伝令を派遣しようとしたメウネウェーナの元に、突如客が来た。


「先鋒にいる昌長がここにかい?」

「はい、総指揮官への面談を求めております」


 ヘンウェルメセナから取り次ぎを受けたメウネウェーナは、一旦伝令の派遣を中止して先に昌長と会うことにした。


「総指揮官にってことは、まあ……そう艶っぽい話にはならないだろうねえ」

「当然です」


 やがてヘンウェルメセナに案内され、大きな紙束を持った佐武義昌を伴って現れた昌長。

 目の前の椅子を勧めながら、メウネウェーナは自分の椅子にどっかりと足を開いて座ると早速口を開く。


「で?総指揮官に用件ってなんだい、マサナガ」

「野戦築城と防御戦闘を認めて貰いたいんや」

「ヤセンチクジョウ?防御戦?ここに陣地をこしらえるってのかい?」

「そうや」


 怪訝そうなメウネウェーナの顔を見つつ昌長が手を上げると、控えていた義昌が大きな絵図面を取り出し、ヘンウェルメセナが用意した盾を利用した机の上に広げる。

 いつの間に用意したのか、周辺の地形図がその紙には描かれており、重賢が木片を削り出して作ったと思われるコマをその上にぽんぽんと置いてゆく。

 たちまち連合軍と豚人軍の対陣図が紙上に出来上がった。

 感心しきりのメウネウェーナに、興味深そうに地図を眺めて頷くヘンウェルメセナ。


 その前で、紙の中心部にある、変則形の丘を示して昌長は言う。


「この先にはもう一つ城跡がある。わいらはここを柵と堀で補強して兵を入れたんよ」


 その場所は正に今の連合軍が敷く野営陣形の真正面ではあるが、オーク軍が攻めている旬府からは少し距離がある。

 しかし昌長が自信たっぷりに防御戦を申し入れたことに、メウネウェーナは疑問を感じた。


「……それは相手が攻め掛かってくるのが前提じゃないか?豚共は旬府へ掛かり切りでここまで攻め寄せてくる様子はないよ」

「それは間違うちゃあるで、敵はとうの前にこっちに向かってきちゃあるわ」

「何だって?」


 昌長の言葉に色めき立つメウネウェーナ。

 もしそれが本当ならば、明日この場所で戦闘が突如勃発する事態になりかねない。


「わいらの密偵は優秀やよって、ええ情報をば仰山もってきちゃあるんよ」


 驚くメウネウェーナの前で、昌長は得意げに言うのだった。







 昌長がメウネウェーナの陣を訪れる頃より少し前。


 ユエンは焼け残った麦畑の中を静かに疾走していた。

 配下の猫獣人達も音もなく麦畑の焼け残った場所を選んで走っている。

 その時、ユエンの耳にオークの発する奇怪な言語の声が聞こえてきた。


「シッ」


 静かに歯の間から息を漏らすユエンの合図に気付き、配下の猫獣人達の足が止まる。

 ユエンは全員が間違い無く止まったことを確認してから、そっと麦穂の間から目を覗かせた。

 ここはオーク軍の旬府包囲網の中で、最も連合軍から遠い場所だ。

 オーク軍の歩哨や偵察に見つからないよう、ユエン達は昌長に先行して大きく旬府の西側へ回り込んでいたのだ。

 ここ数日、オーク軍に特別な動きは無かったが、連合軍が野営を敷いた頃から動きが慌ただしくなってきている。

 そして今、オーク軍の陣形の形は深夜にも関わらず激しく動き始めていた。

 オーク軍が指向するのは、北方。


「これは……マサナガ達に向きを変えているなっ?」


 ユエンがその陣形変更を見て取って小さく言うと、周囲に散っていた猫獣人の密偵達が戻ってきた。


「敵はカタパルトを持った少数の兵を都市に貼り付けて、ほぼ全軍が向きを変えているみたいだよ」

「オークの王様が大きな剣を振って、指揮を執ってるみたいだよ」


 口々にユエンに報告する猫獣人達。

 ユエンも満足そうにその報告を聞くと、きっと敵の方向を見据える。

 槍や大剣を持ったオーク達が右往左往し、次第に陣を整えていく。

 そして、しばらくするとすっかり陣形を変え終えたオーク達は、足音を轟かせて北、すなわち連合軍が野営をしている場所に向かって進軍を始めた。


「ユエン、もう十分だ……敵は昌長に攻め掛かろうと体制を整え終えている」

「昌長も無理はするなって言ってた」

「オーク共に見つかればただではすまないぞ。早く引き上げよう」


 配下の猫獣人達が口々に言うのを聞き、ユエンは静かに頷いた。


「引き上げるぞ、マサナガに知らせなくちゃ!」


 ユエンの言葉に頷きを違いに交わし合い、猫獣人達はそろそろと麦畑を後ずさる。

 そしてしばらくした所で、ぱっと身体の向きを変えて走り出した。


「全員無事?」

「大丈夫だ」


 配下の猫獣人の1人が返した言葉に笑みを浮かべ、ユエンは直走るのだった。






 こうして昌長は、ユエン達猫獣人の優秀な働きによってもたらされた情報を元に、メウネウェーナの本陣を訪れたのだ。

 この情報を聞いて、メウネウェーナは顔を青くする。

 現在連合軍が野営しているこの場所は、丘陵地で防御に適してはいるものの、野戦には向いていない。

 丘が所々にあって指示や伝令が伝わりにくい上に、軍全体の様子が掴みづらいのだ。

 一方の敵は、連合軍が高台にある為に高低差の不利はあるものの、平原からの進撃なので、自軍全体はよく見通すことが出来る。

 大軍同士がぶつかる場合、戦況の確認は一刻を争う。


「今夜じゅうに出発するか……いや、兵達の疲れは未だとれていない」


 メウネウェーナが思案しているところへ、昌長が口を挟む。


「まあ今夜に到着するような話とちゃうさけよ、まだ気遣い要らん……ただ、会戦は無理やいしょ、防御へ切り替えた方がエエで」

「ううむ……」


 確かに現在は配置どおりに野営陣を敷いており、敵が近くなったので連合軍は各部隊共に万が一に備えてきっちり野営陣地を構築している状態だ。

 若干の手を加えれば、陣地戦に切り替えることは可能だろう。

 メウネウェーナは、各陣地に籠もって戦う体制を取れば、多少軍陣把握を犠牲にしてもおつりが来ると判断した。


「では、直ちに防御戦へ移行するよう配置と野営陣の改造を始めよう」

「それがええ。相手はこっちがそれを知らんと、のこのこ進軍を開始した出鼻を叩こうと思うちゃあるさけ、逆手にとって陣地に籠もっちゃれ……ほんな、わいらは先行させて貰うで」

「……分かった、では諸侯には敵の接近と昌長の先行はあたしから伝えておこう。増援は必要か?」

「要らん、わいらだけでやる」

「承知した……それではよろしく頼む」


 義昌はその言葉を合図に地図を片付けようとしたヘンウェルメセナを制止し、その地図へ木炭の欠片で線を引き、コマをピンで留める。


「まあ、こんな案配か」

「ふむ、各陣地を壕と柵で繋ぐのか……なるほど」

「やり方は任せるわ、ほなあとでな」


 昌長はそう言うと、不敵な笑みを見せてからメウネウェーナの前から立ち去った。









「……何を考えているのだ?」


 昌長がいなくなった後、メウネウェーナは昌長の意図を思案する。

 あのような目立つ場所に突出して陣地を築けば、敵の標的になるのは明白だ。

 昌長が敵を自分達の部隊に引きつけようとしているのは分かるが、その意図が分からないのである。


「いずれにしても諸侯共に伝えねばなるまい、ヘンウェルメセナ!」

「はい、既に諸侯には使いを出しております。左翼にはテオハン王とガボン傭兵隊長を配し、騎兵中心のエンテン王には予備部隊に回って頂きます」

「うむ」


 その回答に満足そうに頷くと、メウネウェーナは椅子から腰を上げる。


「気は進まんが、諸侯の尻を煽ってやらねばな!」


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