第82話 闇との戦いの開幕
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「武勇の誉れ高い月霜銃士爵マトゥバ・マサナガ様には、我がタゥエンドリンの先鋒を是非にも任せたいとの王の言葉でございます」
次いで告げられたシーリーンの言葉に昌長は顔にこそ出さなかったものの、不信感を感じていた。
今までまともな援助をせず、未耕作地の自由開拓権と、敵に奪われた土地の自由裁量権という名ばかりの褒美を与えた王の言葉である。
それでなくとも王女を救った月霜銃士隊を冷遇した王だ、信じろという方が無理だろう。
ましてや戦う相手の勢力や実情を知らせる事無く、いきなり冒頭に先鋒を務めよとは幾ら上位者であっても無礼に過ぎる上に無茶な要求を突きつけて来ている。
黙ったままの昌長を見て、シーリーンは決まり悪そうな顔をしている。
彼もこの要求が王の意趣返し、もしくは昌長に対する嫌がらせ、もっと言えばその勢力や戦力を削る為に為されたものである事を知っているのだろう。
そしてそれを態度に表わしてしまう者を使者として派遣してきた事にも、昌長はタゥエンドリン王の裏の意図を感じ取った。
ここで昌長が出兵を断れば、今度は反逆罪として昌長を断罪し、討伐の軍を差し向ける腹であろうことは明らかだ。
昌長としては軍事的に優位であり、戦での勝利は間違い無いと考えているものの、支配する予定のタゥエンドリンが昌長とは異なる森林人の国であることも忘れてはいない。
万が一にも民人から怨嗟を向けられたり、不審の念を向けられてはまともな統治がおぼつかない。
それでなくともフィリーシアを傀儡に仕立てようとしているのだから、昌長としては今後を考えるとここで王との決定的な対立は避けたいところだ。
「……マサナガ殿、我がサラリエルも私が2000の兵を率いて戦場に出る事になる。おそらく大半の国は今回の救援要請に応じるだろう」
シーリーンの説明を補うように、そして取りなすようにトリフィリシンが言う。
闇の勢力は千年の昔に森林人、坑道人、獣人、平原人の連合軍によってグランドアース大陸から駆逐された。
とはいえ彼らは滅びることなく、未だ侮れない力を保持し続けている。
何処の国であろうとも闇の勢力からの攻撃を受けた時は、たとえその時に戦争状態にあったとしてもこれを一旦取り止め、救援に軍を出すことが古の協定により取り決められているが、ここ数百年はそんな取り決めが履行されることもなく、平和な時代が続いていたのだ。
しかし今正に世界の危機が訪れた。
「世界の危機に立ち向かわない国や為政者はいないことだろう」
トリフィリシンが言葉を継ぐと、昌長は感心したように頷いて言った。
「なかなかの仕組みやで」
個々の連合や同盟でなく協定。
闇に関する脅威が生じた時には戦いの最中でもこれを取り止め、一致団結して対処する。
まるで雑賀荘の惣国一揆のようだ。
普段は領主同士、村同士、郷同士非常に仲の悪い雑賀だが、外敵にあたる時は指揮官を選出して一致団結して戦うのである。
つまり昌長達にはその考えや協定を受け入れられるだけの素地があったのだが、流石に大陸規模の惣国一揆が存在するとは思わず、昌長は驚いたのだった。
昌長の発した感心の言葉でシーリーンが固めていた身体から幾分か力を抜く様子が昌長の目に映る。
そしてシーリーンは力強く言う。
「雷杖を持つマサナガ殿ならば、きっと大功を上げられることでしょう!」
それを聞いてげんなりした表情を見せる昌長。
そしてとことんタゥエンドリン王のやり方に嫌気がさした。
おそらくシーリーンは昌長の名誉心などを煽って参戦を承諾させろと王から命じられているのだろうが、いかにもあからさま過ぎる。
この緊急事態に昌長を挑発して怒らせても構わないと本気で考えているのだろうか?
シーリーンの態度はわざとらしい部分もあるが、会話している限り彼の性格は隠し事が出来ないものなのだろうと分かる。
昌長を挑発するための人選であって、これが王自身の采配というのであれば素晴らしいものだ。
王本人でなくとも側近にそこそこのやり手がいるのだろう。
しかしそれ故に王、いや王の率いるタゥエンドリン上層部の思惑が透けて見えた。
王は月霜銃士爵を合法的に潰したいのだ。
これは気を付けなければ本当に、そして確実に使い潰される。
昌長が義昌と目を交わし合い王への対処方法について思案していると、フィリーシアが先んじてシーリーンに問う。
「しかしそれは本当なのですか?この時代に闇の時代に駆逐された、西のオークが現れたというのですか?」
フィリーシアは王女であるがエンデの守備を命じられており、王配下の将であることから今回の召集とは無縁ではない。
フィリーシアの問いに、シーリーンは顔を伏せて回答する。
「それは間違いございません。実際に我が方の偵察隊が候担国がオークの手によって壊滅的な打撃を受け、候担国の主都が攻囲されている事実を確認しております」
「タゥエンドリンが総力上げて兵を集めたら3万から4万ちょいというのがええとこやろうかの?」
「そんなもんやろうなあ……」
その横で言う昌長に義昌が応じる。
昌長はそのままシーリーンに視線を移して問うた。
「その、豚人とやらの兵の強さはいかほどか?数は?棟梁は?」
「オークの強さはリザードマンと同格の武力です。しかしそれよりも巨体でタフで、大怪我をしてもなかなか死にません。彼らはリザードマンと違って鎧兜を身につけますし、魔術を操る者も多い。指揮しているのはオーク王バルバローセン。ただ存在が知られているのみでして……この者がどの様な性格をしているのか、どの様な戦術をとるのか分かりません」
一見淀みなく行われたシーリーンの説明であったが、昌長にごまかしは通用しない。
隠している事実があることは、これで分かった。
昌長は凄みのある笑みを浮かべ、シーリーンの目を見据えて再度問う。
「数を言わんか」
その言葉で身体をびくりと震わせるシーリーン。
しばらくの沈黙の後、シーリーンは昌長の強烈な視線に負けて下を向くと、肩を落として口を割った。
「……およそ10万です」
「な、10万だと!?」
「そんな大軍が……それで先鋒などっ!無茶苦茶です!」
観念したようにその事実を告げたシーリーンの言葉の内容のあまりの酷さに、トリフィリシンとフィリーシアが目を剥いて叫んだ。
月霜伯領の兵は根こそぎ集めて1万余り。
獲得した領土の防備を考えれば、無理をしても半分の5千が限度だろう。
「承ったと王に伝ええや」
しかし昌長はあっさりと承知の返事を返す。
「なっ、何故ですかっ!?」
「正気かマサナガ殿っ」
フィリーシアとトリフィリシンが色めき立ち、昌長が渋い顔を更にしかめ、話を持ってきたシーリーン自身も息を呑んでいる。
アスライルスはその様子を面白そうに眺めているのみで、特に口を出す気は無いようだ。
昌長は王の使者であるシーリーンを見て言葉を継ぐ。
「但し、や……わいら先鋒は独自行動を取らせて貰うで」
昌長率いるのはグランドアース大陸において他に類のない、火縄銃兵を主体とした特異な軍である。
故にその特性や弱点をタゥエンドリン王が把握しているはずもなく、用兵について昌長は独立して行う事を申し入れたのである。
もちろん王の無茶な命令によって自分達が磨り潰されてしまう事を防ぐ為にも、独立した指揮権の確認と承認は必要不可欠だ。
「なんも好き勝手したいんとちゃうで、全体の指揮には従う。わいらの雷杖をば上手いこと使うんに、雷杖のことをよう知ってるわいらが指揮を執らなあかんだけの話よ」
昌長の理由説明が妥当な者だと感じたシーリーンは、素直に頷いて応じる。
「承諾や約束はこの場で出来ませんが、問題はないかと……月霜銃士爵様の意向は王にお伝え致します」
タゥエンドリンとして軍を集めるのであれば、当然それは王が指揮を執るだろう。
しかしながら戦乱から長い期間離れてしまっていた為、またそれぞれの独立性が強い為に、タゥエンドリンの軍指揮権は明確な統一がなされていない。
王の諸侯の1人である昌長にも、その配下の兵については独立した指揮権が認められているのだ。
昌長もそれは事前にフィリーシアから聞いて知っており、シーリーンの回答は当然と言えば当然のものであった。
「ほいたら、こんどの大戦の軍指揮は誰が執るんよ?」
「それは……もちろん王でございますが、基本的に諸侯や諸氏族はそれぞれに指揮権を付与されております」
シーリーンが怪訝そうな表情で言葉を返す。
しかし昌長の言わんとする所はそこではないので、首を左右に振って言う。
「そうやない、大敵に対して各国の軍が集まるんやろう?全体の指揮は誰が執るかと聞いてるんや」
「それは……」
さすがにそこまで把握はしていなかったシーリーンが言葉を詰まらせる。
諸侯や諸氏族でさえ指揮権を認めているのだ。
国家単位で統一した指揮権を確立するという発想自体がないので、シーリーンは戸惑っているのである。
結局は寄せ集めとしかならない事が、これではっきりした。
これは、雑賀の惣国一揆が外敵に対しては棟梁を選出して軍の指揮権を一本化したのとは大きく異なる。
逆に指揮権が個々に設定されている状態のままというのであれば、グランドアース大陸全体にとっては良くないことかも知れないが、昌長にもやりようがある。
シーリーンが去った後、昌長は演説を打つべく主な者達を集めた。
王女のフィリーシアと剣兵長のリエンティン、弓兵長のミフィシア、シントニアのリンデンとバイデン、大河水族のヘンリッカ、そして青竜王領からはアスライルスが参加し、碧星乃里からはユエンにタォル、ワゥンがやって来た。
昌長配下の雑賀武者で今回の大戦に参加するのは、佐武義昌を参謀役に、津田照算と鈴木重之の3名。
岡吉次は旧マーラバントの仕置きと防備に忙しく、湊高秀は大河水族と連携して水系の守備を任せなければならない。
芝辻宗右衛門については、今回カレントゥ城の城代に任命してこの地の守備と各種物資の輸送を担当させることになっている。
何れも一騎当千の雑賀武者達。
彼らはそれぞれが部隊を率いることになる。
昌長は全員が揃ったことを確認すると、かっと目を見開いて大声を発した。
「ええかあ!此度の戦は大陸の諸国や諸族がこぞって参加する大戦中の大戦や!わいらの腕の見せ所やでえ!用意は素早く確実にせえよ、せっかくの品物をばわやくちゃにせんようにきっちり運びよし!慌てんでも敵は大軍や!ようよう支度せえ!此度こそ名前の上げ所やぞ!」
昌長の檄で兵達の士気は高まり、歓声が上がる。
そして兵の訓練や準備の手に気迫と力がこもった。
昌長は兵達に気力が満ちるのを感じて満足げな笑みを浮かべ、傍らの義昌に向き直る。
「義昌おまんは今回の戦の筆頭奉行をばやれ、ワゥンとミフィシアは奉行や」
「……承知したわ」
「了解です」
「手を尽くそう」
3人はそれぞれ昌長の言葉に答えると、早速準備に取りかかるべくその場を離れる。
「姫さんと剣兵長は、わいの警固を兼ねて本陣に詰めてくれ」
「分かりました」
フィリーシアが頷きながら答えると、その後ろでリエンティンも力強く頷く。
次いで昌長はユエンに声を掛けた。
「ユエンよ、猫獣人の忍び衆を直ちに候担国へ遣れ……その途中の道中もよう調べとくんやで?」
「分かったぞマサナガ!」
鈴木重之に体術をみっちり仕込まれた獣人の密偵達。
彼らの動きは以前にも増して凄みと切れを増し、今や重之でさえも4本に1本を譲る程になっている。
彼らはユエンの元に集められ、月霜銃士爵領の暗部と諜報を担っていた。
ユエンが密偵達を選ぶべくその場から離れる。
その他の者達も戦準備の為にその場を慌ただしく離れ、望楼には昌長とアスライルス、それにフィリーシアが残った。
待ち望んでいた大きな戦いが始まる。
しかし当初の予定とは大分狂ってしまった。
これから国盗りを始めようという時に、まさかの闇の勢力の登場。
昌長が進めていた諸勢力に対する攻略準備も一旦中止を余儀なくされる。
「……ちと予定とは違うてしもたがまあええ、いよいよの大戦や」
「ふふふマサナガよ、余裕ではないか?」
昌長の漏らした言葉を聞き、それまで黙って見ていたアスライルスが含み笑いと共に、その身を昌長の側へと寄せる。
むっとして身体を動かすフィリーシアをちらりと挑発的な視線で牽制し、アスライルスは昌長の耳元へ息を吹きかけるようにして囁いた。
「何なら妾が昌長の為に豚人共を焼き払ってやろうか?」
「それはせんでもええて」
昌長は苦笑しつつアスライルスの提案を断る。
「青竜王殿の力も限界があるやろう?10万は大概やで」
「さすがだな、知っていたか……マサナガは全く油断ならぬな」
昌長の言わんとする所を察し、アスライルスの嬉しそうな笑みが深くなる。
昌長の言うとおり竜とて万能でも無敵でもない。
強力ではあるが力は使えばなくなるし、身体を動かせば疲れもする。
以前はそれで失敗して封じられる羽目になったのだ。
第2第3の黄竜王が現れないとも限らない。
それにアスライルスは封印から解かれたばかりで、頭脳はともかく力は戻り切っていないことから全力にはほど遠い力しか発揮できない状態なのだ。
昌長は薄々その事情を察しており、アスライルスの提案を断ったのである。
「妾が本来の力を取り戻す頃には、マサナガは大陸を統一し終えておるわ」
「青竜王様……」
その事実を淡々と告げたアスライルスに、フィリーシアがいたたまれない表情を向けるが、アスライルスはあっけらかんとしている。
「まあ、人の身に我が身を移すのもそう悪くはないから気にするな……マサナガよ、力衰えたりと言えども妾は竜王。豚人如きに遅れは取らぬぞ?」
しかし昌長は青竜王の提案を再度断り、口を開く。
「青竜王殿には、ちっとかい(ちょっと)変わった兵を率いて貰いたいんよ」
「ほう?」
興味を引かれたアスライルスの視線を誘導するように、昌長が人差し指を月霜城の郭の1つへと動かす。
「ほれ……あそこに居ちゃある奴らや、ちと運ぶん難儀やよって、青竜王殿が手伝うてくれりゃあ助かるわえ」
「ふふふふ、承知した」
昌長の言葉と、その兵達を見てアスライルスは楽しげに笑い声を上げ、依頼を承知したのだった。
数日後、早くも出陣準備を整えた月霜伯配下の兵達が、月霜城に集結した。
雑賀鉢を意識した兜に、小札を重ねた錏と胴丸形式の緑色に統一された日の本風の鎧。
腰には剣を差し、手には坑道人が丹精込めて製造した火縄銃が黒光りしている。
装具も日の本の鉄砲武者に倣い、胴乱や口薬入れ、弾丸入れを腰回りに付け、火縄を肩に掛けている。
背には10日分の糧秣と毛布、鍋などが詰まった背嚢がある。
筆頭奉行に任じられた義昌は滞りなく出陣準備を整え、最後の仕上げを急がせる。
実際に小荷駄や補給物資の準備をするのは、補給担当と城代に任命された宗右衛門だ。
「森林人兵と坑道人兵は各隊に分散して配置、犬獣人は小荷駄隊へ行ってください……そこの秣は荷馬車の角へ積んだってください。先々では金銭で糧秣を購入出来るようにしやなあかんので、銭函も準備してくださいよ」
てきぱきと台帳片手に各隊や各部署に指示を下す宗右衛門。
その肩には小妖精が止まり、宗右衛門の台帳をその指示によってめくったり、閉じたりすると同時にインク壺や筆を持ってきたりと忙しい。
兵の編成、部隊長の選定、武器防具の準備と整備、加えて予備品の用意、食料や飼料、水の補給、軍馬と荷馬の調達に小荷駄隊の編成、火薬の梱包、弾丸の準備、早合の制作、柵と柱と土木工具の準備が、手堅い義昌と実務的な宗右衛門の指示と交渉によって整えられていく。
今回昌長は自領においては防備を固めることとし、兵2000を与えて芝辻宗右衛門を城代に任命した。
一方の昌長が率いていく兵は、フィリーシアの兵500を加えて総勢5500名。
雑賀武者は昌長を入れて3名だ。
その内、鉄砲を持つ兵は実に3000名。
坑道人と森林人、獣人を主体とした火縄銃兵である。
昌長は今回騎馬兵は少数の伝令要員のみを確保しただけで、兵科として運用する気はなかった。
もちろん考えあってのことであるのは言うまでもない。
「出陣じゃ!」
昌長の号令で兵達の間から喊声が上がる。
月霜の旗が翻り、隊列を組んだ兵士達がゆっくりと進み始める。
月霜銃士隊が大陸中に武名を轟かせる、闇の勢力との戦いはもう間もなくである。




