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第8話 王都5

 今まで感じた事の無い貞操に対する危機感と同時に、強く賢い異性に惹かれる獣人の無意識な感情が身体を反応させたのだ。


「あ、余り見ないで欲しい……だが、その……あなただけならいいぞ」


 その感情に戸惑いつつ、しかし悪い気持ちでも無いこの不思議な感情に身を任せ、ユエンは思わずそう言った。


「ん?」

「統領、重之の殺った奴持って来たで」


 その仕草と言葉の意味について尋ねようとした昌長の下へ、高秀がずるずると何かの襟髪を掴んで引きずってきた。


「あ、やっぱりか」


 昌長が見れば、その手によって引きずられているのは、果たして大きな蜥蜴人リザードマンであった。

 片方は左胸に風穴が開いており、もう片方のリザードマンは頭を吹き飛ばされており、それぞれ真っ赤な血筋を地面に引いている。

 身に着けているのは少し前に昌長らが打払った蜥蜴人の物と同様だ。

 それを見た獣人達がざわめくが、吉次達に再び押さえ込まれた。


「ふうむ、この前撚ひねった奴らと同じ装備やな」


 納得の声を上げ、並べて置いたリザードマンの死体を検分している昌長に義昌が言う。

 検分しているふりをして話を進める昌長と義昌。


「猫又見た時はちっと肝が冷えたんやが……まあ、統領の言うたとおりやな」

「おう、わいも焦ったわ……せやけどまあ、これではっきりした」


 獣人の姿を見た時、昌長と義昌はこの国の権力者が刺客を差し向けた可能性を考えたのだが、重之が討ち取ったのがリザードマンであった事で、ひとまずは昌長の予想通りであった事に安堵する。


「この国の援助を得られんままで自立すんのは、まだまだキツイからなあ」


 つぶやくように言うと、昌長は女獣人に向き直る。

 そして、今度はその引き摺られて来たリザードマンの死体を食い入るように見ている獣人に、少し間を空けてから声を掛けた。


「名前は?」

「……ユエンだ」


 昌長の言葉に、振り向く事無く応じる女獣人。


「ほう、ゆえん、か……ではユエンに聞くが、あの蜥蜴人リザードマン共に雇われてこの様な影働きをしたんか?」


 昌長が事切れた2人のリザードマンを示して言うと、ユエンと名乗った女獣人は唇をかみしめてリザードマンの死体をにらみつけてから、声を絞り出す様にして言う。


「……雇われて、ではない……強制されたからだ」

「強制?」

「里が……奴らに抑えられている。逆らえば残った者は皆殺しだ」

「ふん、なるほどなあ」


 その辺りの事情は、フィリーシアから教えられたとおりだ。

 おそらくリザードマンとの戦いに敗れ、支配下に入らざるを得なかったのだろう。

 思案顔の昌長を余所に、ユエンは悔しそうな顔で言葉を継ぐ。


「戦士長の剣を取り戻す、敵に……ましてや異種族の平原人に奪われたままでは不名誉極まりない事だ。だから取り戻す手伝いをしろ、そう言われた」

「ほう、そしてこんな所までなあ……ご苦労やな」

「私たちはリザードマンの軍の雑用係としてこの近くまで連れてこられているんだ。別にわざわざ里から出てきた訳じゃない」


 昌長の言葉に、ユエンはぷいっとそっぽを向いて応じる。

 先程自分の言葉を無視された事に、自分でも不思議な事だが少し腹を立てたのだ。

 しかし昌長はつんけんした様子のユエンに対し、首をかしげただけで質問を続ける。 


「報酬はあるんか?」

「……我らと一族の命だ」

「ん?」


 顔をしかめて自分をじっと見る昌長に、顔を赤らめつつもやるせない感じの溜息を吐いたユエンが言葉を継ぐ。


「成功すれば、喰わずに命を保証すると言われた。だが……失敗すれば私たちの里の者達は、リザードマンの餌になる」

「……蜥蜴人はえげつないのう」


 昌長に代わってユエンの言葉に答えた義昌は、顔を思い切りしかめている。

 宗右衛門はその光景を想像してしまったのか、酸っぱい顔をしている。

 昌長はユエンの発した言葉に対して思案顔。


「統領?」


 訝る義昌を余所に、昌長はユエンに近付くとその縄を解きに掛かる。

 突然の昌長の行動に、ユエン達獣人だけでなく吉次らも驚く。


「統領、どないするんで?衛士も来たで」


 王宮の方角から近付いて来る松明の群れを示して屋根から問う照算に、昌長は左手を左右に振って言う。


「考えがある、まあ任せとけ……ユエン、お前、我らに使われんか?」

「えっ?」

「おい、あの大剣持って来い、それにここの蜥蜴人の腰の剣も外せ」


 更に驚くユエンを余所に昌長が指示を出すと、宗右衛門が建物に向かい、カッラーフの大剣を持って戻って昌長に手渡した。

 昌長は死んだリザードマンの腰から鞘ごと外した剣を二振り、吉次から次いで受け取ると、カッラーフの大剣と併せて自由になったユエンの腕にドサリと預ける。


「持って帰れ、それで仕事は仕舞い、お目付役の死んだんも言い分け立つやろう」

「ど、どうして……」

「そうやな、まあ詳しい話は明日しようや……持ち帰りの刻限はあるんか?」


 呆然と剣を両手で持ったまま言うユエンに、昌長は指示を出すと共に尋ねる。


「いや……特にない、見張り役が居たからな」

「それはええこっちゃ、そしたら明日、我らの謁見が終わり次第に合流するよってに、北門の近くで待っとけ。我らの格好は珍しから、出てきたら直ぐ分かるやろ……衛視が来る前に早う行け」


 昌長が指さす方向には、大分近くなった松明の光があった。

 躊躇している時間は無いと判断したユエンは、吉次や義昌に戒めを解かれた配下の獣人に、それぞれ1本ずつ剣を背負わせると踵を返した。


「……良いのか?」

「まあ、逃げてもかまへんで。我らにとって得も損も無いからな」


 なおも躊躇っているユエンを手でしっしっと追い払う昌長。


「今のは傷付くぞ」

「嫌やったら早う行けや、もっぺんやるで?心配すんな、信用はしとる」

「分かった……恩は必ず返す、裏切りはしない」


 昌長が腕を組んでユエンを軽くにらむが、ユエンははにかみながらそう言うと素早く闇の中へ身を翻した。

 その後に音も無く続く獣人達。

 そしてその姿はあっという間に見えなくなった。


「統領。蜥蜴人が付いて来てへんかったら、寝首掻かれとったかも知れんな」

「そうやろう?忍びとしてはいっち使い勝手のええ連中や、こっちへ引き込んじゃらよ」


 自分の言葉に昌長がそう応じると、義昌は顔をしかめた。


「忍びにすんのか?」

「いずれ我らだけでは手が足りんようになる、使える味方は多い程ええやろう」


 その言葉に義昌は更に顔をしかめた。


「そんな味方を募って、こんなとこでどないにするつもりや?日の本やないんぞ」

「知れた事や、この地で天下取るんや、お前は取りあえず国持ちにしちゃろう」

「……気でも触れたか?」


 自分の構想に対して更に更に顔をしかめて言う義昌へ昌長は笑みを向けて言葉を継ぐ。


「失敬な、大真面目やぞ……紀伊では団栗の背比べやったからな、血縁地縁のしがらみで雁字搦めやったよって、よう身動き出来へんかったけど、ここやったら要らんしがらみも無いさけに、自由気ままで切り取り次第や……まあ、手始めに姫さんの力借りつつ後腐れの無い蜥蜴人をば潰しちゃろうかい」


 昌長が言葉を終えた時点で、衛士を引き連れたカフィルが現れて詰問口調で質問した。


「何があった?凄まじい音がしたぞ、傭兵隊長殿!」

「おう、王子殿下、こっちへ来てくれへんか」


 昌長は手を挙げるとカフィルを自分の近くに呼び寄せ、高秀の前のリザードマンの死体を示した。

 それを見てカフィルが息を呑む。


「王宮だけやなしに、町全体の警戒を強うした方がええで」

「……承知した。死体は引き取らせてもらうぞ」


 昌長の言葉に頷き、そう言いつつ周囲の衛士に指示を出して、死体の搬送と警戒の強化を指示するカフィル。

 死体を見てしまった衛士の中には嘔吐いて居る者もおり、動きは決して良くないもののカフィルは冷静に周囲を観察しており、その指示は的確で無駄が無い。

 この無愛想な第3王子は、見かけとは異なりなかなか有能な人物であるようだ。


「おい、但し!持ち物は戦利品やから、我らでもろうといたからな」

「……分かった、それくらいは認めよう」


 腰の剣が無い事に気付いたカフィルは溜息をついて昌長の主張を受け入れ、更に衛士に袋財布や短剣などを検めさせてから昌長へ引き渡すと、直ぐに踵を返した。


「客人を危険な目に遭わせるとは申し訳無い。今後はこの様な事が無いように努力する」

「まあ相手のあるこっちゃ、しゃあないやろけど、次はしっかりしてくれよ」


 カフィルの言葉にしれっと応える昌長の背を、義昌は呆れた顔で見るのだった。

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