第76話 熱走王との戦い5
「うぎいいい!?何たる侮辱!マサナガあ!むごたらしく殺して食い尽くしてやるぞ!」
「今も身動き取れやんのに何の冗談じゃ?面白ないで、出直せや」
「うぎいいいいいいい!?」
顔の血管が何本も浮き出てくるカンナビス。
ふんと鼻を1つ鳴らして視線を外す昌長を見てカンナビスは更に激高し、意味不明の奇声を発する。
昌長はその様子を一瞥してから陣内の一時的な混乱で弾込めが遅れていた坑道人銃兵頭へ声を掛けた。
「弾は込めたか?」
「おう、ちいっと焦ったが、完了じゃ」
抱大筒を構えて言う坑道人銃兵頭に、昌長は頷いてから命じる。
「ほんならあのアホ共に燻べちゃれ。この距離やったら外さんやろ?あいつらの身体は硬うて弾は貫通せえへんさけ、遠慮なしに撃て」
「承知!」
坑道人の銃兵頭はそう力強く昌長の志治に応じると、躊躇無く抱大筒の引き金を引き絞った。
凄まじい撃発音が轟き、白煙と真っ赤な閃光が伸びる。
ドワーフの手で練り上げられた鋼鉄製の弾が、火薬に弾き出されて砲口から射出される。 そして火薬によって与えられた力と、打ち鍛えられた鋼鉄の堅さがカンナビスの腹部を打ち据えた。
「ぐっはあ!……お、おのれマサナガ……ぐえはっ!?ぐえべ、ぐえええっ!」
銃兵頭に続いて発射された鉄玉を相次いで喰らい、カンナビスが悲鳴と血を周囲に撒き散らす。
カンナビスは呪詛の言葉を吐こうと試みるが、余りの痛みと打撃に中段を余儀なくされただけでなく、そのまま体勢を維持出来ずにごろりと地面に転がった。
「ぎええええええええ!?」
「ぐぎゃああ!?」
「ぎえっぎいいいい!」
「げへええええ!?げべっ!」
他の場所からも、熱走王の上げる奇っ怪な悲鳴が聞こえてきた。
獣人や平原人の槍で牽制されていた熱走王達が、至近距離から抱大筒の攻撃を受けて悶えているのだ。
カンナビスを模した顔をいびつに歪め、痛みに絶叫し、血を吐いて地面に倒れ伏す配下の熱走王達を見て、カンナビスは顔を痛みとは別の意味で歪める。
「ぎぎぎぎ……ゆ、許しませ……べへ!?」
怒りの言葉を吐きながら立ち上がろうとしたカンナビスだったが、それは意外な方法、顔面への狙撃、によって阻止された。
遅れて届いた銃声と共に、風に乗った涼やかな声が昌長の耳に届く。
「マサナガ様、私たちが化け物共を牽制致します」
遠方から感心している昌長に術を交えて声を掛けてきたのは、森林人の銃兵頭。
抱大筒による最初の攻撃で戦場が白煙に包まれてしまい、視界が妨げられたことで一時的に射撃を中断していた森林人銃兵達。
しかしその後熱走王達の一部が陣内に乱入し、更には昌長がそれを阻止したのを見て取り狙撃の隙を狙っていたのだ。
他の陣地においても立ち直り掛けていた熱走王の顔面に、森林人銃兵による正確な狙撃が加えられている。
顔に銃弾を受け、それを嫌がり悶えて隙を見せた熱走王の1羽の腹部を目掛けて獣人兵が槍を鋭く突き出した。
槍の穂先は熱走王の腹部の羽毛が薄くなっている部分をするりと通り抜け、あっさりとその腹を引き裂いた。
鮮血と共に内臓を地面にぶちまける熱走王。
それまで鬱陶しそうに左右へ振っていたカンナビスを模した顔が、驚愕に変化した。
一瞬後、絶叫が爆発した。
「な……!?」
配下の熱走王が発した絶叫を聞いたカンナビスも、驚愕してその発生源を見る。
カンナビスの視界に天を仰いで絶叫する熱走王の姿が映った。
限界まで首と舌を伸ばし、喉を震えさせながらあらん限りの声を放っていた熱走王はやがてゆっくりと地面へと倒れ伏し、憤怒の表情のまま事切れた。
場が止まったように感じられ、カンナビスを含めた熱走王達のみならず、昌長側の兵士達も余りの出来事に声を失う。
「何をグズグズしちゃあるんじゃ!転して腹をば突き通せや!」
昌長の大声を聞いて我に返った兵士達が慌てて槍を持ち直し、エルフ銃兵の狙撃やドワーフ銃兵の攻撃で打撃を受けて怯んでいた熱走王達へ突き掛かった。
太い足を払われ、倒れて晒した腹部を突かれ、斬られる熱走王達。
その度に奇っ怪な悲鳴と共に熱走王が地響きを立てながら悶え、鮮血と腸が地面に飛び散り落ちる。
槍兵達は怯まず、控えに回っていた槍兵達も加わって熱走王の腹を力任せに突きまくる。
この容赦の無い攻撃は、それまでの火縄銃による一斉射撃や抱大筒による身体への打撃と相まって、熱走王達にとっては正に致命傷となった。
照算が包囲を突破しようとした熱走王の顔面に銃弾を浴びせ、そして義昌が周囲の銃兵に倍する速度で装填作業を継続しながら叫ぶ。
「腹じゃ!この化け物鳥共は腹が弱点じゃ!転かせて腹をば突き倒せや!」
それを聞いた兵士達が、口々に叫んで味方に熱走王の弱点を知らせる。
「化け物は腹が弱点だ!腹を狙え!」
「化け物鳥を引き倒せ!腹を突け!そこが弱点だぞ!」
「腹を狙え!腹が弱いぞ!」
銃兵によって牽制され、その隙に足を狙われて転び、腹を露わにしたところを、槍や剣で突かれ、斬られる。
そうして陣内へ入り込んだ熱走王は、次々に討たれていく。
「お、おのれマサナガ!またしても!」
「何がまたしてもや、お前が勝手に逆恨みして襲いかかって来ただけやないか。アホか」
目を怒らせ、唇を噛み締めた憤怒の表情で怒鳴るカンナビスに取り合わず、昌長は装填の終わった火縄銃の銃口をその額の中心へと無造作に向ける。
「くっ……馬鹿の1つ覚えの雷杖ですか!?煩わしさはありますが、そんなもので私の命は奪えませんよ!」
昌長の行動を見て、嘲るように言うカンナビスだったが、昌長はしっかり銃身と銃把を握り込み、普段と違って自分の体勢をしっかりと整えてから引き金を落とした。
どん
今までの火縄銃とは異なり、腹に響くような、地響きのような重々しい撃発音。
そして、抱大筒並みの爆発的な勢いで発せられる白煙と閃光。
昌長の後方に退いていた右足の踵が地面に埋まり、肩や身体に受けたその衝撃の強さに、流石の昌長も顔をしかめる。
白煙が微風によって払われ、一瞬姿が見えなくなったカンナビスが再び視界に入る。
そこには、顔を驚愕の表情に変えたカンナビスがいた。
「な……なに?」
ぽつりとつぶやくカンナビス。
昌長から銃口を向けられていた額、そのど真ん中にぽっかりと丸い穴。
「強薬や、まあ、鉄砲が傷むむよってあんまり使えへんのやけどな。オリハルコン製の弾もついでに入れたんじょ」
昌長は普段より火薬の量を増やして発砲したのである。
しかも火縄銃の破損限界ぎりぎりを見極めて装填していた。
当然威力は相当上がっており、加えて黄竜王を撃破した際に使用したオリハルコン製の鏃を改良した弾丸を使ったのである。
額の穴から一筋の血が吹き上がり、やがてそれはどおっと言わんばかりの勢いで噴出し、カンナビスの顔を赤く染めていく。
「な、何と言うことですか……」
力なく座り込む様に倒れていくカンナビス。
昌長は火縄銃を下ろしながらそれを見る。
やがて倒れ伏したカンナビスはその目から徐々に光を失い、最後は白くなって完全に命を失った。
同時にカンナビスの顔を模していた熱走王にも異変が起こる。
「な、何だ何だこれは?」
「うへっ、気持ちワリイ!?」
大盾を構えて熱走王達の陣内への侵入を防いでいた兵や、陣内に侵入した熱走王と対峙していた兵達が驚愕の声を相次いであげた。
カンナビスの顔が溶け落ち、首を失った熱走王が次々と倒れていったのだ。
「む、根っこが枯れたということか?」
「どうもそうみたいやな」
小人族の長であるシルケンスが顔をしかめて気持ち悪そうに言うと、元々顔をしかめている重賢が応じた。
カンナビスの身体は次第に溶け始め、昌長がゆっくりと近付いた時にはほぼ完全に消滅してしまっていた。
「何とも奇っ怪なこっちゃな」
「そう言えば……熱走王は首を切られて封じられたと伝承にあったな……代わりの首をあの平原人に求めたと言うことかもしれん」
昌長の感想に、今度はシルケンスが応じる。
熱走王が突如倒れ、そしてその身体が消え失せてしまったことで、軍兵に若干の混乱が起こるが、昌長が出した号令によってすぐにそれも回復する。
「勝ち鬨を上げるんや!」
昌長が火縄銃を掲げながら出した号令で、兵達が歓声を上げ、雑賀武者の音頭で勝ち鬨の声を上げ始める。
「「「えいえいえい!」」」
「「「おうおうおう!」」」
湿地帯に雄々しくこだまする勝ち鬨。
一頻り勝ち鬨をあげた昌長は、熱気が僅かに収まるのを待ってから次の指示を出した。
「よっしゃ、このまま残った蚕興兵共を降伏に追い込むでえ!すすめや者共!」
おうおうおうおう!!
昌長の号令で、湿地をものともせず武者押しの声を上げつつ前進する兵達。
それによって熱走王によってもたらされた陰気や鬼気が払われ、さわやかな微風が湿地の茂みを揺らすのだった。




