第75話 熱走王との戦い4
「おう、いよいよやな?」
そうつぶやく昌長の前では、抱大筒を抱き込むようにして構えている坑道人銃兵が、大盾の合間合間にいるのが見えた。
「準備はええかあ?」
「おう、いつでも来い!」
昌長の言葉を聞いて即座に、そして自信満々に応じたのは坑道人の銃兵頭。
その腕には黒光りする、自作の一際大きな抱大筒がある。
「おう、頼むで。おまはんら坑道人やないと、その大きさの大筒は手で扱えやんよってな」
「ふはははは!棟梁はよう分かっておられるわい!まあ、見ておってくれい!」
豪快に笑って言う坑道人の銃兵頭。
その周囲に居た坑道人銃兵達も、不敵な笑みを浮かべて前を見据えている。
やがて昌長の目に、熱走王の先頭が射程内に入ったことがすぐに知れた。
と言うのも、抱大筒の射程を分かり易くするため、その射程ぎりぎりにある茂みや藪の一部を刈り取ってあるからである。
しかし、昌長はまだ発砲を命じない。
「ぐえええええ!」
「ぐきえぐきえぐきえええええ!」
「ぐおええええ!」
「ぐわっぐええっ!」
カンナビスの顔をそのままに、虚ろな瞳を鈍く光らせた熱走王が左右の羽を広げてまるで羽ばたくような格好で突っ込んでくる。
それでも昌長はまだ発砲を命じない。
最前線で大盾を構えている小人族の戦士が顔を引きつらせ、槍を構えている平原人や獣人の兵士達が顔を青くする。
それでも昌長は発砲を命じない。
やがて、狙撃を繰り返している森林人銃兵に動揺が走り、坑道人銃兵が冷や汗を垂らして身じろぎし始める。
しかし昌長は発砲を命じない。
「ぐっきえええええええ!」
先頭の熱走王が、死んだ目のまま人肉の甘美な味を思い出し、歓喜の笑みと声を上げ、大盾を蹴破ろうとしたその時。
裂帛の気合いを乗せた昌長の号令が響き渡った。
「撃ちやれや!!」
昌長の号令が戦場に響き渡ると同時に、落雷も霞む凄まじいまでの撃発音が昌長の陣営から轟き、長く龍の舌のように伸びた銃火と、火山噴火と見紛う白煙が沸き起こる。
ドワーフ銃兵の抱大筒が一斉に鉄玉を吐き出したのだ。
筋力に優れたドワーフに併せて作った、通常の抱大筒よりはるかに大きい大口径の抱大筒。
しかもそれに使用するのは、散弾ではなく大きな鉄製の丸弾である。
いくら頑健で力のあるドワーフといえども、人である以上限界があるが、その限界ぎりぎりまで威力を高められた抱大筒による一斉射撃が、激走する熱走王に対して加えられたのだ。
勢い良く飛んだ鉄弾は概ね熱走王の下半身に向かい、そのぶっ太い足や胴体下部に次々と命中する。
そして鉄弾は、熱走王の皮や羽を打ち破る事が出来ないまま、湿地帯にその鉄で出来た身を落下させ、汚い汚泥を跳ね上げた。
「なるほど、貫通はせんなあ」
「まあの……そやけど、大分効いたみたいやで?ほやさけ大勢には全く影響ない、なんも気遣い無いわ」
昌長の感心した声に義昌が応じるが、2人の声に焦りの色はない。
その2人の前で身体や翼、そして最も目立つ太い足を不自然な方向に曲げられた熱走王が苦悶の声を上げ、カンナビスの顔をいびつに歪めつつ泥の中に倒れ込む様子が次々と視界に入ってきたからだ。
それと同時に前方から悲鳴とも叫びとも取れる奇っ怪な声が聞こえてくる。
「グギエエエエエエ!?」
「アギエエエゲイエエエ!?」
「ゴウワアアア、グエエッグエベヘエ!」
「ギイェッ!?」
玉を跳ね返された時点で怖気を振るっていた坑道人銃兵達。
しかし目の前で苦しんで倒れ、奇声を発しながらばたばたと力なく泥を跳ね上げてもがいている熱走王を目の当たりにして戸惑っている。
熱走王のあるモノは片足が明後日の方向に曲がっており、またあるモノはカンナビスを模した顔の口から血を流して呆然としている。
またあるモノはひん曲がった翼を力なく落とし、その横では別のモノが膝を折って泥水の中に為す術無く座り込む形で立ち往生している。
何れも様子のおかしい熱走王達は、流血するような明らかに目で見える外傷はほとんど無いにも関わらずその交戦能力をはっきりと失っていた。
先頭付近を走っていた熱走王は外れ弾があったにも関わらず、ほぼ全てがその有様だ。
「な、何が……弾は跳ね返されておるぞ?」
銃兵頭のこぼした戸惑いの色濃い独り言が終わるかどうかというところで、昌長がしびれを切らした。
「何ぐずぐずしちゃあるんじゃ!下がって弾込めやんかい!!」
昌長の怒声混じりの号令に我に返り、慌てて後方へと下がる坑道人銃兵達。
しかし驚愕し、そして戸惑っているのは何も坑道人銃兵達だけではない。
最前線で正に熱走王の突撃を受けようとしていた小人族戦士や、槍を構えていた獣人や平原人兵士、それに熱走王の顔面目掛けて狙撃を必死に繰り返していた森林人銃兵も同様だ。
それを見て取った昌長は、間髪入れずに大声を発する。
「弾跳ね返されたかて気遣い無いわえ!玉薬で弾き出したあがいな大きな鉄弾をばまともに喰らうて無事で済むわけないわい!骨なり腸なりがイカレたんじょ!」
昌長の発した言葉の内容を聞いて我に返った兵士達がはっと熱走王を見る。
そして熱走王の足や翼が明らかに骨折したと分かる様相を見せていることや、内臓をやられたと思しき熱走王が口の端から血を流していることで、昌長の言葉の正しさや自分達の攻撃が十分な効果を上げたことを知った兵士達の士気が回復する。
「おのれマサナガああああああ!おのれおのれえええええええ!ぐきええええええ!」
しかしカンナビスも傷を負った熱走王を乗り越えさせて新手を前に出す。
カンナビスの表情は先程までの優越感に浸りきった傲慢なものから一変し、怒りと不満に溢れかえった、憤怒の表情。
新手の熱走王が倒された仲間をまるで見捨てるかの如く、その体躯を乗り越えて迫ってくるのを見て取った昌長は素早く刀を抜いて振り上げた。
「抱大筒に繋ぐで!2組!前へ出え!」
昌長の号令で下がったドワーフ銃兵に代わって、六匁と十匁の通常型の火縄銃を持った平原人銃兵で構成された隊列が前に出た。
「ええかあ!抱大筒の弾込め終わるまでの時間稼ぎや!剥き出しの足と首狙うんじゃ!奇数番は足!偶数番は首!」
昌長の指示を受けた平原人銃兵の持つ火縄銃の銃口が綺麗に上下へと分かれる。
熱走王が再び突撃を敢行しようとしたその時、機先を制すべく昌長が号令を下した。
「撃ち込めや!」
再び轟轟たる撃発音が響き渡り、湿地帯は閃光と白煙に彩られる。
茶色の水面に鮮やかな紅の銃火が反射し、苦しんで暴れる熱走王の立てた波や撃発の際に生じた衝撃波で生じた波紋が入り交じり、辺り一面を赤く照らし出す。
噴き上がった白煙に混じって漂う硝煙の臭いが鼻をつき、前面で熱走王の突破に備える兵士達の鼻腔と網膜を刺激した。
「1組!弾込めどうじゃ!?」
昌長の怒鳴りつけるような質問に、坑道人銃兵の頭が額に汗を浮かべて怒鳴り返す。
「間もなくじゃ!」
「早うせえ!間あないでっ……2組下がれ!弾込めしとけ!」
身も蓋も無い催促を返すと次いで射撃の終わった2組の銃兵達を更に後方へと下げ、昌長は白煙の向こう側の様子を窺う。
「ちっ、風が吹いてへん、発砲煙が晴れやんぞ」
いかに打撃を与えたとは言え相手は化け物である、これでとどめを刺せたとは到底思えない。
ましてや2射撃目は通常弾での攻撃だ。
抱大筒で随分と弱らせたとは言え、通常の大きさの鉛弾での攻撃では効果についていまいち信用出来ない。
しかも視界が悪いと狙いが付けられない。
闇雲に撃って何とかなる相手ではないのは誰もが承知しており、確実な射撃をするには自分達の発した発砲煙が邪魔になるという事態。
「昌長よ、煙がどないかならんとうかつに撃てやんぞ……」
「分かっちゃある」
義昌が顰め面で行った注意にそう返しつつ昌長は目を凝らすが、一斉射撃で発生してしまった白煙はなかなか晴れない。
そうして昌長が次の射撃をどうやって行うべきか思案し始めたその時、目の前の小人族戦士が構えている大盾が宙に弾け飛んだ。
「うわあ!?」
「ひえっ!?」
小人族戦士が倒れ、槍を突き出していた平原人兵士の隊列が乱れる。
「マサナガアあああああああ!死いねえええええええええ!!」
満身創痍。
正にその表現が相応しい様相のカンナビスを先頭に、何羽かの熱走王が陣内へ飛び込んできたのだ。
熱走王の分厚い足で大盾を蹴破り、槍をへし折り、周囲の兵士達を文字通り蹴散らして昌長を目指して一直線に疾走するカンナビス。
とっさに周囲を見れば他の陣地でも数こそそれ程でもないが、熱走王が陣地内へ侵入するのを許してしまっているようである。
大暴れする熱走王達であるが、予想外の打撃を受けたことで兵士に食い付くような余裕はないらしく、必死に蹴り上げ、暴れて兵士を蹴散らしている。
そんな熱走王の顔面に後方から鉛弾が命中した。
「グエっ!?」
「ふん……」
熱走王を怯ませた一撃は照算のものであった。
そしてその一撃を皮切りに狙撃が次々に命中する。
狙撃に徹していたエルフ銃兵は白煙で射撃出来なくなり待機していたが、陣内に熱走王が侵入したのを見て取り狙撃を再開したのである。
「ぬうううっ、忌々しい耳長どもめええええええええっ!」
カンナビスも顔面に何発かの小口径弾を受け、痛みに顔をしかめながらののしりの言葉を発する。
「焦んな!大盾は隊列組み直して仕切りをきっちりせえ!槍兵は鳥をば囲み込むんや!」
昌長の号令で、小人族戦士が大盾を持ち直し、後に続こうとした熱走王を必死に食い止める一方、平原人や獣人の槍兵は陣に入ってしまった熱走王を取り囲んで槍を突き出し、その隙を突いて攻撃し、牽制を繰り返す。
行動を完全に抑制されてしまい、せっかく陣内へ躍り込んだにも関わらず、カンナビスはそれ以上昌長に近づけなくなってしまった。
「おのれマサナガめえええええ!!殺してやるうううう!ぐええええ!」
「ふん、坊主や化生はどこの世界でも執念深いのう……まあ、お前は両方やよし、しゃあないんかのう?」
カンナビスの絶叫を浴びせられるが、昌長は気にした様子もなく鼻であしらう。
それを聞いたカンナビスがぶち切れた。




