第74話 熱走王との戦い3
湿地帯や沼知の足の悪さに若干速度を落としながらも、続々と集まってくる熱走王の異様な姿形に、小人族戦士や森林人兵士が怖気を振るい、坑道人兵士や平原人兵士が悪態をつく。
火縄銃を構える昌長や照算、宗右衛門らもその行動を見て呆れた声を出した。
「おいおい、気付いちゃあるんやったらちっと避けたらどないや?」
「あんまり足場の悪さを気にしてへんぞ?」
「そうは言うても、足はちょいちょい取られちゃあるで」
泥や汚水を跳ね散らし、時折深みに足を取られて翼をばたつかせながらも、熱走王達はカンナビスの元へと集まって来ている。
息を切らした5名の小人族戦士が、湿地帯の中の丘で足を投げ出し、天を仰いで息を荒げているのを見た昌長が労いの言葉を掛けた。
「ようよう頑張ってくれたのう、お主らの働きは値千金よ」
「はあっはあはあはあ、役目は果たしたぜ……はあはあ」
昌長の言葉に年嵩の兵士が目をつぶったまま荒い息と共に言葉を吐き出す。
それを笑顔で頷き、昌長は最前線へと向かう。
「おう統領。あのデカ鳥共、足場はちっとかい悪いみたいやが、あんまり気にしやんとこっち来ちゃあるで」
「そうか?」
前線で指揮を執る義昌が報告するのを聞き、昌長は藪の隙間から前方を覗く。
確かにカンナビス率いる熱走王達は、歩き難くはしているものの、そのまま前進してているようだ。
「ほう、あの時のいけすかん聖教ちゅうとこの坊主の顔みたいやなあ……奇っ怪な」
「ほんまにこの世のものとは思われへんわい」
昌長の言葉にそう返す宗右衛門の顔はずっと顰め面であるので、カンナビスの異様な顔や表情、そしてその巨鳥の体躯を見てのものかどうか分からない。
昌長は頷きながらしばらくカンナビスらを観察していたが、やがて彼らが乾燥した平原で蚕興兵を追い回していたような、疾走状態にならないことを確認する。
「……まあ、擬態かもしれやんが、あれぐらい足場悪かったら大丈夫やろう」
昌長はそう言うと静かに藪にしゃがみ込み、獣人の伝令を呼び寄せて各部隊への指示を出した。
「次の茂みに来たら、手筈どおり一斉に撃ちかけよ」
「ふうむ、マサナガの雷杖に、どれ程の射程距離があるのか分かりませんからねえ……」
カンナビスはそうつぶやくと、後方にいた熱走王達を前に出す。
自分達の羽や皮が破られるとは思わないが、万が一という事がある。
それに、先程の小人族を使ったのも今思えば明らかに誘いであり、マサナガが曲がり形にも自分達を倒す方法があっての事で有ると考えられたのだ。
戦術や戦略に疎いカンナビスであったが、それくらいの思考は出来る。
しかしながら、それでもカンナビスは自分が融合した熱走王の飽くなき食欲と移動速度、そして圧倒的な身体能力を信じ切っていた。
カンナビスは、昌長らを引き裂いてむさぼり食う自分達の姿を想像し、悦に入る。
いやらしい笑みを浮かべ、口を半月の形ににんまりと歪め、言葉を発するカンナビス。
「うへえっへへへええっっへ、何を企んでいるか知りませんが、神の恩寵と加護を受けた私たちを倒せるとは思わないことですねええええ!?グキエエエエエエエ!!」
カンナビスが最後に両翼を大きく広げ、羽ばたくようにしながら奇声を発すると、周囲に居た熱走王が一斉に泥や汚水を跳ね散らかして走り始める。
「行きなさい!忌々しい神の敵、マサナガとその一党を浄化してしまいなさい!」
そう言うと、カンナビスは最後尾について自分も走り出した。
「来たで!大盾を置け!槍を立てよ!」
カンナビスの奇声と共に始まった、50羽の熱走王による大突撃。
それを見て取ったマサナガは、勢い良く立ち上がって周囲に指示を出す。
小人族や平原人兵士が寝かせてあった大盾を慌てて立て、その隙間を埋めるように坑道人や獣人の兵も混じって槍を前に突き出す。
「森林人銃兵!狙撃始めえ!」
昌長の号令で義昌が背負っていた法螺貝を錚錚と吹き鳴らす。
それに応じて茂みのあちこちから角笛が吹かれた。
「わいらの旗を立てえ!」
次いで発せられた昌長の命令で、平原人兵士が月霜銃士隊を示す月に霜をあしらった大旗を掲げると、あちこちの茂みから幾分小さな同じ紋様の旗が立てられる。
「今こそ励めや者共!化生鳥をば撃ち崩さば、この地における、末代までの誉れなるぞ!」
おおう!
力強く応じる平原人や坑道人、獣人兵に森林人兵を余所に、声を掛けた昌長は小さく舌を出して続ける。
「誉れもエエが、この地の支配をば成し遂げたいよってなあ、いかな化生鳥やちゅうても邪魔もんは早々に討ち滅ぼさなあかん」
「ええ気合い掛けたんやさけ、生臭い話で茶化しよすな……聞かれたら士気下がる、わややでえ」
昌長の言葉を窘める義昌。
しかし昌長は懲りた様子もなく満足げな笑みを浮かべ、意気軒昂とした配下の兵士達を見回してから言葉を継ぐ。
「気遣い無いわ、大分盛り上がっちゃあるさけな」
「まあのう」
昌長の鼓舞で配下の兵士達の士気が高まったことには間違い無いないので、義昌もそれには同意する。
そうしている内に、あちこちで撃発音と白煙が上がり始める。
津田照算の指揮下にある森林人銃兵が装備している、狙撃型の長い銃身を持った火縄銃の発砲が始まったのだ。
熱走王が何かを嫌がるように顔を左右に振り、戸惑ったように立ち止まり、足を踏みならす様子が目に入る。
先頭を進む熱走王達は散発的ながらも顔面に射撃を集中されたことで、相当苛立っている様子がありありと窺えた。
それを狙ってまた正確無比な狙撃が重ねられる。
森林人銃兵の行った、顔面に対する狙撃が効果を発揮し始めた。
「まあ、まずまずの効き方やな」
「効けへんかったら困るやんけ……それでも思うたよりも効き目無いな?嫌がっちゃあるけど、怪我はしてへんみたいやで」
昌長の感想を聞いた義昌が呆れつつ応じる。
しかし当初狙撃で狙ったのは足止めの効果であるのだが、戸惑いつつも熱走王は引き返したり、ましてや逃げたり、そして足を完全に止めたりという事はなく、じわじわと湿地の中を迫ってきている。
それでも森林人銃兵はめげることなく、照算の指揮でしつこいまでの狙撃を継続させていた。
あらかじめ昌長から一見して明確な効果が薄く見えたとしても、あきらめず射撃は継続するように言い含められていたからである。
じわりじわりと奇っ怪な笑みを浮かべ、じりじりと近寄ってくるカンナビスと熱走王達。
「ぐきゃきゃきゃきゃ!効きませんねええ!マサナガ!同じ攻撃しか出来ないとは……無様ですねえ、マサナガあああああ」
率いている熱走王達に手厚く守られたカンナビスが歓喜のあまりに声を上げる。
最初はさすがにあのリザードマン王を打ち破った最大の原動力である月霜銃士隊に相当の警戒心を持っていたカンナビスであったが、今この状況、すなわち月霜銃士隊の誇る雷杖がほとんど自分達に効果を示さないことに気が大きくなったのだ。
それでも足場の悪さは如何ともしがたく、時折体勢を崩した熱走王が集中的に狙われ、身体に弾が達した際の痛みに悲鳴らしき声を上げる。
しかし身体に当った弾のほとんどは効果が無いようで、熱走王が時々水を振り払うように身体を震わせると、ぱらぱらと黒い粒が湿地に落ちて茶色の飛沫を上げていた。
「上手いこと柔らかい羽が玉を受け止めちゃあるんじょ、厄介やのう……」
「顔もほんまもんや無いみたいやな」
カンナビスの顔をかたどっているのだろうが、かなり造形が自由自在だ。
大きな蚕興兵を頭から呑み込んだりもしていたことを考えれば、柔軟性があり過ぎる。
何らかの方法で、人の顔をかたどって化けているのだろう。
「やっぱり本体は胴体やろな、手筈どおりやるで?」
「おう……もうちっと近付いたら、抱大筒の出番じょ」
「むううううう、忌々しい忌々しいマサナガめええええええ!」
顔面への攻撃が勢いを増し、配下の熱走王達がそれを嫌がって足を止める様子を見ていたカンナビスは地団駄を踏む。
普通の平原ならば、どしどしと勢いのある足踏みとなったのだろうが、ここは湿地帯。
泥水が勢い良く跳ね上がり、辺りの熱走王と自分の下半身を汚してしまう。
「むうううううう!?おのれマサナガめえええ!この私を……この高貴なる聖教の神職たる私を泥まみれのみすぼらしい姿にするとは!!許しません!」
食い縛った歯を折りそうな勢いで歯がみすると、カンナビスは眦をつり上げて吼える。
「もう容赦はしません、遊びはここまでです!踏みにじりなさい!!ぐきえええええええええええええええええっ!」
その号令を合図に、熱走王が顔への攻撃を忌避しながらも、泥水を跳ね上げて突撃を再開した。




