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第73話 熱走王との戦い2

 シルケンスは自陣へ戻ると、藪の中で緊張した面持ちのまま盾を構える兵達の中から、特に足の速い者を5名選ぶ。

 そしてその5名を自分の前に呼び寄せると、ゆっくりと口を開いた。


「総大将のマサナガから命じられた。我らであの化け物の鳥、熱走王をこの湿地帯にまでおびき寄せて欲しいとのことだ」


 シルケンスの言葉に、選ばれた5名は驚きから息を呑む。

 しばらく無言の時が過ぎるが、意を決したように目を吊り上げた一番年嵩の兵が、強く言葉を発した。


「分かりました。ただ族長、あいつはかなり足が速そうですぜ?」


 その言葉にシルケンスは百も承知だと言わんばかりの態度で応じる。


「もちろん、承知の上だ。別にぎりぎりまで近寄る必要は無い、要はあのアホ面下げたでか鳥をここまで引っ張ってくりゃいいんだ」

「アホ面には賛成だが……そうは言っても、なかなか難しいと思うがね」


 その年嵩の兵士が皮肉を込めて言うと、シルケンスの顔に険が差した。

 しかしお互いにはっきりしたことは言わない。

 このまま実施するのか否かの結論が出ないまま、次いで、別の中年兵士が手を上げつつシルケンスに問う。


「族長。取り敢えず、ここまでと言うことで良いのか?」

「そうだ」


 重々しく頷くシルケンス。

 中年兵士はその顔を見てから周辺の様子を探るように眺め回し、次いで蚕興兵が逃げ惑う、酸鼻を極める平原を見やった。


「俺たちで陣を張ったここまで引きつけてくれとのことか……確かに幸いにもこの辺りは茂みが多い。上手く使えば誘い込めるだろう」

「そうだな」


 素っ気なく答えたシルケンスに愛想良く笑顔を返すと、その中年兵士は最初に言葉を発した年嵩の兵士に言う。


「何とかなるんじゃないか?」

「ふん、湿原やこの草深い土地で俺ら小人族より早く移動出来る者が居る訳がない、やれと言われりゃあ、やってやるよ」

「じゃあ決まりだな……他の者も異存は無いか?言うなら今の内だ」


 年嵩の兵士の言葉を引き取り、中年兵士が問うと、他の若い3人は否やも無く頷く。


「もちろんです!やって見せましょう!」

「俺たちの足を信用して下さい」

「あんなアホ面下げた鳥ごときに追いつかれる道理がありませんや」


 渋面でその様子を見ていた年嵩の兵士に代わり、中年兵士がシルケンスに言う。


「俺らに任せてくれ」

「頼んだ……ここでマサナガらに退却されちまえば、俺達はあの化け物と単独で対峙しなきゃならなくなる……そんな事態は間違っても御免被る」


 シルケンスの言葉に、年嵩の兵が渋面を幾分か和らげて言う。


「ここでマサナガの大将に勝って貰って、少なくともあの化け物を封印するか追い払わないことには、今後この地で安心して暮らせねえってことだな?」

「そういうことだ。まあ、あの化け物や聖教の連中は以ての外だが、タゥエンドリンよりもマサナガの統治の方がましだろうさ」

「違いない」


 シルケンスの言葉を聞き、年嵩の兵士はようやく笑みを浮かべるのだった。


 





「茂みに隠れよ……火縄へ火付けとくんやが、間違っても鳥に気付かれるなよ」


 シルケンスが選んだ5名の小人兵が平原に向かった頃、昌長も配下の銃兵達を配置に付けていた。

 前面に大盾と槍を持った小人兵や獣人兵。

 その間に坑道人銃兵と森林人銃兵を組ませて配置し、更にその後方に弾込を終えた獣人銃兵や平原人銃兵が待機している。

 何れも緊張の面持ちで湿地帯の先にある平原……既に蚕興兵があらかた食い散らかされて静かになりつつある不気味な平野を見つめていた。


「慌てやんでもええで。湿地や沼で鳥共は足を取られるはずや。そこを順次狙うちゃれ。ちっとかいしくじっても気遣い無い、落ち着いて撃ち込めや」


 その指示が流れた後、昌長らの潜む茂みはしわぶき1つしない場となり、ただただ点となっている火種が火縄を焦がす薄い紫煙と、きな臭さが漂うばかりであった。





「ふんふん?何やら美味しそうな臭いがしますが、これは……小人族の香り?」


 蚕興兵を蹴散らし、食い散らかしていた熱走王カンナビスとその一族が、一斉に顔を上げる。

 なぜならこの地に遙か昔から住まい、熱走王が好物としてきた小人族の素晴らしく食欲をそそる体臭がしてきたからだ。

 平原人の固くて臭みのある肉より小人族の柔らかく香ばしい肉の方が熱走王は好みであり、その嗜好を受け継いでいるカンナビスも同じ感覚を抱く。


「おやあ?」


 湿地帯側にある茂みに、5つの影を目敏く見つけたカンナビスが口を半月の形に歪める。

 まともなものではない、怖気を震わずにおれない禍々しい笑みを浮かべ、カンナビスが一言そう言うと、茂みから5人の小人族戦士が飛び出した。


「あははははははは!餌がいたあああああ!ぐえええええええええええええ!」


 歓喜の声を上げるカンナビスを振り返ってみた戦士達が、一様にその顔を青くする。

 思わず潜んでいた茂みを揺らすと、カンナビスが雄叫びを上げた。


「ぐへええええええええ!うええええええええ!」

「うっひゃっ!こりゃダメだ!生理的に受付けねえぜ!」


 小人族の中年戦士が発した言葉に心の内で同意し、背筋に寒気を感じながらも隠れていた茂みから飛び出し、果敢に逃走を図る5名の小人族戦士。

 その背をカンナビスがよだれを飛び散らし、駝鳥の羽を左右に広げて追いかける。

カンナビスの行動や言葉に気付いた周囲の数羽の熱走王が合流し、追跡に加わった。


「ちっ……付いて来るのは10、いや20ぐらいしかいねえな」

「仕方ない……これ以上は危険だ」

「何よりメチャクチャ気持ち悪いぜ!」


 一方追われることになった小人族戦士達は、カンナビスの発する人とも獣とも鳥とも言えない、それらが混じり合った奇声を聞いて肌を粟立てながら必死に逃げる。

 彼らも茂みや湿地帯、河原での移動に慣れているだけでなく、一族の中でも特に足が速く頑健な者達だ。

 彼らが走る速度は決して速くはないが、危なげなくするすると藪や茂み、湿地を縫うようにして走る。

 それをぴったりとカンナビス率いる熱走王が追跡しており、その距離はどんどん縮まっていた。


「くそ、引きつけなきゃいけないとはいえ、これはきついっ」

「喋って息を乱すな!走れ走れ!」


 若い戦士が息を切らしつつ悪態をつくと、すかさず壮年の兵士が窘める。

 いつしか平原を過ぎ、湿地混じりの地域に入り込む小人族戦士達。

 カンナビス達はそれを引き続き追うが、僅かにその速度が落ちる。

 不審に思うまでもなく、足下からは水っぽい泥を跳ねる音と感触がしており、湿地帯に入り込んだことが分かるが、カンナビス率いる熱走王は特に気にすることもなくそのまま小人族戦士を追った。

 しばらく行ったところで小人族戦士が足を鈍らせるのを見て取ったカンナビスが舌なめずりをするが、その顔をすぐに不審の色に染める。


「ふむ?何やら警戒心をそそる臭いも僅かにしますが……どういうことでしょうね」


 それと同時に、いつぞや戦場で感じた火縄の焦げるうっすらとした、極々薄い臭いに熱走王カンナビスが気付く。

 周囲からは小人族を含む、大勢が居るような臭いも同時に漂ってきた。


「ふうううむ?これは……?」


 待ち伏せを疑うカンナビスだったが、今の自分の力をもってすれば何ほどのこともない。

 しかし、警戒すべきことをカンナビスの人間であった頃の記憶が知らせる。

 ほとんど戦いに貢献していない上に、まともに戦闘へ参加していないカンナビスであったが、マトバ・マサナガが使用した雷杖の威力は十分以上に知っている。

 率いた軍勢の指揮もまともに執れないまま、それでも昌長の圧倒的な敷と打撃力に戦慄したカンナビス。


 その際にかいだ臭いを、鋭敏になった嗅覚が掬い取ったのだ。


 カンナビスはその物の焦げる臭いがしてきた意味を理解して、にったりと嫌らしい笑みに顔を歪める。

 いくら熱走王に取り込まれたと言っても、その基本となる思考は残しているカンナビスは、理不尽で身勝手極まりない思考の元で、怨み抜いている相手がこの近くに居ることを悟ったのだ。


「ふふふうふうふう……マサナガああああ……私をこんな姿にした……こんな目に遭わせたあの男とその配下が近くに居ますね……うふうふうふふふうううふ」


 カンナビスは、そう言うと顔を天に上げて奇っ怪な笑い声に似た鳴き声を発した。

 周囲で蚕興兵を食い散らかしている、自分と同じ顔をした駝鳥たちが甘美で歓喜に満ちた人肉食を中断し、カンナビスの元へ集結し始める。


「うふうふふふっふふふふふふ……今の私に敵う者などこの世にいません。マサナガを……軍勢もろともマサナガを食い散らかしてやるとしましょう。ふうふふううふふふう、やああと復讐の機会がやって来ました。私にもようやく運が向いてきたようですねええええエエ!?ギエエエエエエエエエ!!」

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