第71話 熱走王復活2
灌三丈も古代に君臨した巨大駝鳥のことは知っている。
むしろ平原人であるならばその悪辣な魔物のことを知らない方が珍しいのだ。
古の昔、闇の勢力と結託して平原を我が物顔で支配していた、知恵ある巨大駝鳥。
彼の者らは熱走王という凶悪な首魁を中心にして、平原人が多く暮らすグランドアース大陸西部で一大勢力を誇った闇の者達である。
闇の勢力がグランドアース大陸から駆逐された後、平原人の多大なる努力と犠牲を代償にして熱走王は封じられ、その配下の巨大駝鳥たちは退治されたのだ。
その熱走王が封じられた場所や方法は残念ながら現在に伝わっていないのだが、図らずもカンナビスの姿を見た灌三丈は、このハーオンシア川流域が熱走王終焉の地であったかと勘違いしてしまう。
ここはなるべく早く、しかも穏便にカンナビス……今や熱走王と融合したこの化け物を立ち去らせるのが上策。
下手に関わりを持ってしまえば何があるか分からない。
ただでさえ負け戦の最中、ここで余計な混乱の元を抱え込むことは避けたい。
熱走王自身も狡猾で奸智に長け、また人を騙すことを得意としていたと伝え聞く。
おそらく戦場の恐怖にやられていたカンナビスは、熱走王の甘言にまんまと乗せられてしまったのであろう。
最早救う術は無いだろうし、たとえ救う術があったとしてもカンナビスは闇の勢力に属する魔物と融合してしまっている。
これを分離するなどと言う事が出来ると灌三丈はとても思えなかった。
「早く去れ!」
「まあそういきり立たないで戴きたい、灌三丈将軍。私も今までとは違ってお荷物にはならないと思うのだよ、分かるかね?」
「……何が言いたい?」
機嫌良く言うカンナビスに警戒心も露わな灌三丈が問うと、カンナビスは軽やかに将官達が集まっている場所へ走り込むと、その1人1人の肩へふわりと羽を投げかける。
「今まで神の御意志を実現するべくよく頑張ってくれた……御苦労だった」
「むうっ?いかぬっ!皆の者っ、その化け物から離れよ!」
何かに気付いた灌三丈が呆けてカンナビスを見ている将官達に警告を発し、次いで伝令兵を呼び集める。
「伝令兵っ、すぐに兵を呼べ!あの化け物を討つのだ!」
将官達は灌三丈の警告の意味を理解できず、呆然としたままカンナビスの行動を見守り、またカンナビスもそれに乗じて将官達へと近付いていく。
カンナビスは焦った様子もなくゆっくりとした動きで小柄な将官の背後に立つと、その肩へ他にしたのと同じように羽を置いて言った。
「ご苦労だから……私の糧となれ!」
その言葉の瞬間、カンナビスの口ががぼりと大きく開き、小柄な将官を丸呑みにした。
カンナビスの口が人の数倍にも広がり、次いで喉が人の形に膨らみ身体へと下っていく。
為す術なく嚥下された将官。
直後、恐怖が爆発し、将官達が逃げ惑った。
「ば、化け物だっ!?」
けっけっけっけと奇っ怪な笑みを浮かべて将官を丸呑みにした喜びを表現すると、カンナビスの顔をした巨大駝鳥は悲鳴を上げて逃げ惑う将官を蹴り殺し、踏みつけて次々と飲み込んでいく。
「ぎゃあっ、喰われるっ、助けてくれえっ!」
「ああっ、化け物だあっ!」
「うぎゃーっ!誰かあ!!」
悲鳴を上げて逃げ惑う将官達。
灌三丈が呼び集めた兵達も、余りにも異様なその光景に度肝を抜かれている。
咄嗟に槍や剣を構えているが、その穂先は動揺と恐怖で小刻みに揺れていた。
「うぬ!化け物めがっ!やはりか!」
左足で押さえつけた将官を喰らおうとしたその巨大駝鳥の首元に、灌三丈が腰の剣を抜き放って切りつける。
羽が数枚散り、はげ上がった首元に浅い切り傷が出来るが大して打撃を与えられない。
驚く灌三丈にぐえっと叫び声を上げた巨大駝鳥は、忌々しげにカンナビスの顔を歪めてその姿を見た。
「灌三丈……カンサンジョウ、神に代わって罰する……刑罰は、食い散らかしの刑だっ!ウケケケケケケ!」
一方、湿地帯での待ち伏せ攻撃で見事蚕興国軍主体の聖教軍を破った昌長達は、灌三丈の予想通り待ち伏せ場所から兵を集結させている最中。
ただ灌三丈の予想と違ったのは、既に斥候を放って聖教軍の様子を詳細に確認させているということと、兵達の行動が素早く集結が終わりつつあるということ、それに隙あらば追撃を仕掛ける心積もりであるということだ。
昌長は湿地帯を抜ける間道と通じていない乾燥した3カ所の台地へ兵を集め、銃兵には所持している火縄銃の清掃と手入れを命じる傍らで斥候を派遣する。
また徴募したての白兵戦用の兵については、点呼を行うと共にそれぞれを銃兵の守備に再度均等に割り振った。
彼らは結局聖教軍が逃げてしまったために活躍の場面が無いまま戦意をためている。
「マサナガ様、出番を今度は頂きたいのですがねえ」
「気遣い無いわ、次はどっちに転んだかて激戦じょ。突撃の機会はあるやろう」
徴募兵の取り纏め役となっている、ハーオンシア川流域の土豪で有力者の1人であるシルケンスの言葉に昌長は応じる。
シルケンスは小人族であるが身体の大きさといった不利を全く感じさせない武芸者だ。
また、俊敏さと軽快さが最大の武器である小人族の私兵をよく鍛え込んでおり、その私兵ごと昌長の配下に加わって新規徴募の兵の中心となったのである。
「まあ、それは間違いなさそうですな」
「期待しててエエで」
2人が豪快な会話を交わし、お互いの顔を見合わせて笑いあっていると、程なくして兵の点呼と集結が終わる。
それと同時に獣人族の斥候が戻ってきた。
「どうよ?」
「……何か、正体の分からない化け物が敵の本陣に現れたとかで、将官達が何人も喰われちまったみたいです」
斥候役の獣人兵とすぐに会って敵陣の様子を聞いた昌長に、その獣人兵は困惑した様子で探ってきた時の様子を語る。
「いくら異界や言うても突飛過ぎやせんか?何かの見間違いとちゃうんか?」
「う~ん、化け物ですか?それは何の冗談です?」
昌長と一緒に報告を聞いていた義昌が顔を思い切りしかめて言い、更に宗右衛門が疑問の言葉を発すると、現れた小妖精が宗右衛門の右耳を引っ張って注意を喚起してから、耳打ちするように宗右衛門の耳孔へ何事かをささやいた。
「な、何じゃ?……ははあ、そりゃほんまなんですか?」
「小妖精は何て言うてんのよ?」
得心した様子の宗右衛門に昌長が興味深そうな様子で問うと、宗右衛門は顔をしかめてから言う。
「何でも、カンナビスとか言う聖教の神官には古い巨大な鳥の化け物が封じられちゃあったらしいんやが……その封印が解けてしもたみたいなんよ。敵陣は大混乱らしいわ」
「ほう?そりゃ難儀やが……そうも言うてられやんか」
その言葉は先程の獣人の斥候の言葉とも一致することから、状況に間違いは無さそうだと判断する昌長。
宗右衛門が小妖精から更に詳細な情報を聞き、昌長に対して伝達していると、シルケンスが顔を強張らせてその会話に口を挟んだ。
「……神官に封じられている鳥の化け物……それにそれが闇の者と言うのであれば、あくまで昔話やおとぎ話の類いだが知っているぞ」
「それは何者じゃ?」
「かつてあらゆる平原を荒らし回った、熱走王と名乗る巨大な駝鳥を長とする闇の魔物の集団だ……お伽噺に過ぎないと思っていたが、小妖精が目の前にいて情報を伝えてきたとなると、真実だろう……あまり良い真実とは言えないのだがな」
シルケンスは宗右衛門の肩に乗る小妖精を見ながら言うと、肩をすくめながら言葉を継ぐ。
「そのお伽噺が真実ならば、敵に回して得のある相手じゃねえ。撤退をお勧めするぜ」
「そうは言っても、相手が逃がしてくれるかどうか分かれへんやろ」
シルケンスにそう言うと、手元の火縄銃を点検する昌長。
そして火蓋や火縄の状態を確かめてから、装具や武具、鎧兜の状態を点検しつつ胴乱の中の火薬や弾丸を確認する。
その様子を見ていた義昌が昌長に聞く。
「……おい、どうするんじゃ?」
「決まっちゃあらいしょ」
にんまりと笑みを浮かべた昌長は、そう返答すると配下の兵達に指示を飛ばす。
「エルフ銃兵は鉄玉、ドワーフ銃兵は散らし玉、平原人の銃兵は鉛弾を込めえ……玉薬は強めで込めよ」
昌長は強装薬の装填を命じると、自分の火縄銃にも多めに黒色火薬を装填する。
義昌もその様子を見て、諦めたように装填作業を始めた。
シルケンスは、昌長らの戦支度を見て驚愕する。
「おい、正気か?相手は闇の化け物だぞ?」
「そうは言うても、放っといたらこの辺をば荒してくさるやろ?兵の整っちゃある、今の内に退治しちゃらなあかん……それに、今やっちゃったら、敵陣の者も取り込めるかも知れやんしな」
昌長は驚くシルケンスに獰猛な笑みを向け、配下の兵達に号令を降す。
「化け物退治じゃい!油断すんなよ!」




