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第70話 熱走王復活

「諸兄らは現状を正しく理解しているのか?」

「な、なにっ?」


 馬鹿にされたことを何故かそこだけ敏感に察知して気色ばむ将官達を余所に、灌三丈は湿地帯の方向を見る。

 そこからは未だ味方の兵が轟発音に追われるようにして這い出してきており、今回の待ち伏せによってこの聖教軍が甚大な損害を受けたことが容易に見て取れた。

 三度溜息を吐く灌三丈自身も腕や足には軽いとは言え多数の傷を負っている。

 一番酷いのは他でも無く、月霜銃士爵的場昌長から受けた一撃だ。

 鉛弾がこめかみをかすめたときに顔を削り、勢い余って兜の緒が千切れてしころが吹き飛ばされてしまっている。


 身体は血泥や怪我から流れ出た血で真っ赤だ。


 それに比べて集まって来た将官達は泥にこそまみれているものの怪我らしい怪我はしておらず、敵から攻撃を受けた途端に泥の中を這い回ってここまで逃げてきたことが見て取れた。

 灌三丈はそんな将官達と自分の姿をこれ見よがしに見比べる。

 さすがにその意味する所を察したのか将官達が居心地悪そうに視線を落とし、身じろぎし始めるのを見てから灌三丈は口を開く。


「敵は少数ではないと思うが、追撃出来るような態勢には無いだろう」

「はっ?」

「……それは如何なる意味ですか?」


 全くもって敵情を把握していない将官達に灌三丈は呆れて額に手をやる。

 恐らくいきなり攻撃を受けたことで我を失って逃げ惑い、敵情観察どころではなかったと見える。

 しかし、灌三丈は敵の態勢や数量をおぼろげながら掴んでいる。

 まず、待ち伏せをしていた相手は強力な雷杖を多数保持しているようだが、歩兵主体で騎兵をほぼ有していないことは容易に知れた。

 湿地帯で音も無く伏せている者達に馬は不要で邪魔な上に、大きな馬体を隠す場所も無い。

 そして待ち伏せの方法が周囲の藪や土塁に50から多くても100程度の兵を分散して配置していた。

 これは雷杖の閃光をとっさに数えることが出来たからで、正確ではないが大体の数は把握することが出来た。


 我ながら良くあの状況で観察出来たと思うが、普段から冷静に事に当ることを旨としている灌三丈ならではであろう。

 その灌三丈の見立てでは雷杖の配備数は1部隊に20から50程度。

 そして近接戦闘に向かない兵器を持った兵を、丸裸で配置するとは考えにくい。

 白兵戦闘用の兵を多くて同数、少なくて半数程度は併せて配置しているだろう事を考えれば、見た限りの数を敵の兵数とすれば、待ち伏せ場所は40ほど。

 単純に計算して敵の兵数は4000、予備がある事を考えれば5000程度ではないかと灌三丈は判断していた。


 それに追撃してくるにしても分散配置している兵の集結が必要であり、陣換えもしなければならない。

 またいくら大打撃を与えたとは言っても、歩兵のみの編制で騎兵が半数近くを占める総勢一万の聖教軍に正面から打ち掛かってくるとは考え辛い。

 敵の攻撃の主体はこの待ち伏せにあり、追撃まではしてこないだろうというのが灌三丈の見立てだが、それもこちらの損害次第である。

 灌三丈が物覚えの悪い盲目的信徒である各部隊長達へその説明をしている内に、配下の兵が報告を持ってきた。 


「灌将軍!」

「うむ、こちらの損害は?」


 灌三丈の問いに、兵は少し言い淀む。


「……ここまで到達出来た兵はおおよそ7000名、戦闘可能な残余の兵は6000を切っています。馬を保持している騎兵は2000名が残っています」

「何と……何と言うことだ」


 灌三丈が唇を噛み締めてその報告を聞いていると、集まっていた将官達の顔から血の気が引く。

 少なくとも、あの待ち伏せ攻撃で3000名近くが討たれたのだ。

 重傷者を後送してしまえば、後に残るのは6000名に足りない程度の敗残兵のみ。

 相手は待ち伏せを成功させ、武功を上げて意気盛んな5000の兵。

 その内恐らく半数は雷杖を持っている。


「情勢は極めて悪いな……」


 灌三丈がぽつりと言うと将官達の顔が更に蒼白となった。

 優位であった兵数差が埋まり、しかも敵の持つ強力な武具である雷杖に対するべく用意した騎兵が大打撃を受けてしまって使い物にならない。

 恐らく的の大きい馬が多数撃たれてしまったためだろう。

 灌三丈がどうやって軍を建て直すか思案していると、将官の1人がぽつりと言った。


「灌将軍、上神官カンナビス殿は何処に?」

「そういえば、お姿が見えませぬな?」


 将官の言葉で、ようやく気付いたのか周囲を見回す将官達へ、灌三丈はのんきな者だと思いつつも頭を振りながら応じた。


「敵の待ち伏せを受けて神官戦士が撃ち倒されてしまった。その時に輿から湿地へ放り出されたところまでは見ていたが、その先は分からぬ」

「な、何と言うことだっ!?」

「上神官殿までがっ?」

「おお、神よ……お救い下されい!」

「上神官殿が行方知れずとは大事ですぞ!すぐさま捜索せねばっ!」


 口々に勝手なことを言う将官達に兵は呆れ果てている。

 灌三丈も頼りになる者が1人もいないこの現状に頭を抱えたい気持ちになった。

 敵の強力さを全く鑑みずに反撃しようと息巻いていた将官達が、名目上の総指揮官でしかない軍事的には無能なカンナビスの行方不明という事態に取り乱し、おろおろしている。


「上神官殿を探すにしても、敵が撤退しなければどうにも出来ぬ」


 灌三丈がそう言うと、将官達が絶望的な顔をした。

 それまでのマトバマサナガという大敵との戦いは何だったのかと言うくらいの、絶望的な表情だ。

 しかし灌三丈としては今後の策を行うにあたってカンナビスがいない方が良い。

 これから灌三丈が執る策は、聖教には決して受け入れられないからである。


「……後は一時的な講和を結んで相手と話し合いをする他無い」

「それは許す訳には参りませんね」


 灌三丈がその策を口にした途端、将官達の後方か他ならぬカンナビスの声が聞こえた。

 灌三丈がしまったと思い、将官達がその登場に喜色を浮かべて声のした方角を振り返る。

 しかし次の瞬間、兵を含めた全員が凍り付いた。

 時が止まったようになったその場に置いて、やはり冷静さを保っていた灌三丈が問う。


「じよ、上神官殿……その姿は何の冗談ですかな?」


 指さして問うた先には、カンナビスの顔を持った巨大な駝鳥が地面から這い出して来る姿があった。


 カンナビスの顔を持った巨大駝鳥は、ぐにゃりと醜悪にその顔を歪め、笑声と共に言う。


「おほほほほほほ!私の姿など、どうでも宜しい……灌三丈!とうとう馬脚を現したな?そして他の者共、ご苦労だったな。私は無事だ」


 ずるりと地面から完全に這い出したカンナビスの顔を持った巨大駝鳥は、余りにもおぞましいその姿を見て硬直している、近くにいた将官へ不気味な笑みを向ける。


「か、カンナビス殿?」


 辛うじてそれだけ言ったその将官に、カンナビスはゆっくり近付いた。

 周囲の者がその異様さに呑まれている中、カンナビスの顔はにたありと笑みを浮かべる。


「何、心配は要らない……私は絶大なる力を手に入れた。マトバマサナガなど、私が呑み込んでしまいましょう。それにあたって灌三丈将軍、あなたを軍の指揮から外します」

「……何の権限があってその様なことをされるのですかな?第一、あなたは神に仕える身であろう?その様なおぞましい魔物に身を任せるようなことはあってはならないはずだ」


 カンナビスに反発する灌三丈の発した言葉の内容に、将官達は戸惑う。

 確かにカンナビスは上神官であると同時に、この軍の名目上の総指揮官である。

 しかしながら実質的に軍の指揮を司っているのは、実戦経験豊富でありながら庶務や実務にも長けている蚕興国の将軍、灌三丈である。

 今までも軍指揮の全ては灌三丈が取り仕切ってきているし、そこに齟齬は無かった。


 敢えて言うならば今回の待ち伏せを受けたことぐらいだが、それとて最初灌三丈は湿地帯を通り抜けることを危険視し、反対していたのである。

 それを強行した挙げ句に待ち伏せを受けてしまう事態を招いたのは、他ならぬカンナビスであった

 カンナビスの目的は月霜城への早期の到達であり、その目的から言えば、湿地帯の通り抜けとハーオンシア州の通過は決して間違ってはいないが、灌三丈が考慮している敵の存在を全く無視した作戦である事は否めない。


 軍人として、また将官として、周囲の者達は灌三丈の作戦や方策、指揮能力が申し分ないことは分かっている。

 灌三丈は自分に無いものを全て持っている上に、それを遺憾なく発揮しているので余計に分かるのだ。

 しかしながら自分達は聖教の軍であり、聖教の上位者の言葉は絶対だ。

 故に灌三丈も反対を表明しつつもカンナビスの指示に従ったのである。


 そしてそのカンナビスが強行した策は最早破綻した。


 しかも敗戦という最悪の形で、である。


 今は素人で、更に訳の分からない生物と化したカンナビスの指示を受けている場合ではなく、練達の将官である灌三丈の指揮によって速やかな軍の立て直しを図るべき時であると、無能は無能ながら将官達は考えていた。

 しかしカンナビスは自分の変わり果てた姿など一切頓着せず、上神官そのままの態度で将官達に接し、命令を下してくる。

 灌三丈のカンナビスに対して発せられた言葉は、将官達の意見を代弁してもいた。


 即ち、カンナビスは既に背教の徒。

 その意味するところはおぞましい古代の魔物に身を任せた悪魔である。


「どのような経緯があったか知らぬが、その様な姿で聖都に戻ることも出来まい。どこなりと消えるが良い」


 灌三丈の次いで発せられた言葉にも、カンナビスは動じないどころか、その羽毛で覆われた胸を張り、両方の手羽を広げて誇らしげに言う。


「何を世迷い事を言っているですか?私は神の意志を実行するべくこの姿になったのですよ、灌将軍。大神官グレゴリウス様も認めておられます」

「世迷い事を言うな化け物め、自分の姿を知っての言葉か?どこをどう見ても化け物にしか見えぬ」


 自分の言葉を切って捨てた灌三丈に対し、怒りを覚えたらしきカンナビスの顔の額に青筋が浮かぶ。

 しかし自分は神の信徒であり、更に言えば上神官である。

 薄汚い将官ごときに蔑まれたぐらいで怒ってはならない。

 そう思い返したカンナビスは、そのまま羽を広げた格好で灌三丈の説得を試みる。


「……この姿のすばらしさを理解しないとは、信心が足りませんね」

「信心が足りないのは貴様だ、上神官ともあろう者が魔物になぞ身を委ねおって……かつてであったとしても人間であった者に対するよしみだ、見逃してやるからさっさと立ち去れ」

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