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第68話 ハーオンシア河畔の戦い2

 翻って攻撃を受けた蚕興国軍は大混乱に陥った。


 あっという間に先頭部隊の中段が50発の弾丸でずたずたにされてしまったのだ。

 その混乱は先頭の部隊全体に広がり、凄まじい轟発音が届いた中段や後続にも不安感や混乱が静かに広がり始めている。

 中段に留まって後続の歩兵を急かしていた灌三丈は轟発音と共に鋭く馬首を返し、その音の発生源である藪を睨み付けた。


「敵襲っ!敵は右前方の藪だっ!」


 灌三丈の意を汲んで叫んだ騎兵は次の瞬間に胸を撃ち抜かれ、血液を噴水のように吹き出しつつもがくようにして前のめりに落馬する。

 その藪からは轟発音と共に凄まじい白煙が次々に噴き上がっており、時折濃い藪を突いて見える閃光と連動している様子が見て取れた。

 そして、その閃光と轟発音、更には白煙の噴き上がる度に、自分が手塩に掛けて育て上げてきた蚕興騎兵が、血飛沫に塗れて倒れる様も見て取れる。


「おのれ……!」


 怒りに頭が真っ赤に染まるのを自覚しながらも極めて冷静に周囲を見回し、他に伏兵がいないと即座に判断した灌三丈。

 雷杖は強力な武器だが、数はそれ程ないはずだ。

 銃兵は訓練不足でまだ戦力化できていないことを、サリカの町にいる聖教の者から情報を得たカンナビス伝いで灌三丈は聞いていたのである。

 未だ後続する雷杖の攻撃はない。

 このタイミングで仕掛けてきたのであれば、自分達騎兵主体の蚕興国軍が思い掛けない雷杖の攻撃で混乱している内に弓兵や弩兵、あるいは歩兵で後続の攻撃を仕掛けるはずだ。


 しかし、未だそうした動きは周囲に見られない。


 そうなれば考えられるのは少数の兵による攪乱と足止めの作戦。

 恐らく、雷杖での不意打ちを仕掛けた後は脱兎の如く脱出を計るに違いない。

 こちらが以後の不意打ちを恐れて慎重に進軍せざるを得なくなることを見越し、足止めの策としてこのような無謀な少数での攻撃を仕掛けてきたのだろう。

 一瞬でそこまで考え通し、灌三丈が声を張り上げた。


「静まれ!狼狽えるな!敵は少数ぞ!騎兵は離れよ!」


 配下からの信頼厚い将軍の雷鳴のような一喝に兵達が何とか動揺を押さえ込んでその指揮下に入るべく整列や点呼を開始し、攻撃を受けた騎兵は、戦友の死体を飛び越えて射程外へ逃れ出るべく動き始める。

 雷杖といえども魔道杖。

 魔道杖であれば、それほど射程は長くないはずだ。

 あの藪から離れさえすれば、攻撃をこれ以上受けることもないだろう。

 聖教から派遣されてきたカンナビス率いる少数の神官戦士は突然の雷杖による奇襲攻撃に肝を潰し、あろう事か自分達の指揮官であるところのカンナビスを輿ごと泥溜まりへ放り投げて逃げ惑っている。


 泥へ頭から放り込まれた形のカンナビス。

 雷杖による凄まじいまでの奇襲攻撃を受けたことと相まって放心状態だ。

 しかし灌三丈とてそれを助ける余裕がある訳ではない。

 今は一刻も早く遠隔攻撃を仕掛けてくる敵との距離を詰め、これを完全に撃滅してしまわなければならない。

 さもなければ、敵の遅滞戦術の罠にはまり込んでしまうことになるのだ。

 そして敵が遅滞戦術を仕掛けてくると言うことは、未だ戦備が十分に整っていない事の証でもあるから、それこそここで打撃を与えなくてはならない。

 さもなければ敵は稼いだ時間で態勢を整えてしまうからだ。


 タゥエンドリンが月霜銃士爵以外の軍を派遣していないことは掴んでいる。

 本軍は聖教との密約によって派遣されてこないのだろうが、リンヴェティ族はおそらく兵が集まり切らず、その戦力整備が間に合っていないに違いない。

 そうと分かればこの好機を見逃す手は無い。

 今目の前の伏兵さえどうにかすれば、月霜銃士爵領まで何とか通り抜けてしまえる可能性があるのだ。

 灌三丈は完全に落ち着きを取り戻した配下の兵達に、気合十分の号令を発した。


「騎兵は迂回して藪の後方に周り込めい!歩兵は泥をものともするな!大盾を前に泥濘をはね除けて漸進せよ!」


 その的確な指示に各部隊が動き始めると、灌三丈は檄を飛ばす。


「ここを抜けばハーオンシアは無事通過出来るぞ!進めっ!」


 灌三丈の叱咤激励を受け、道を昌長の潜む藪へと迂回し始めた騎兵と泥の中へ大盾を構えたまま分け入った歩兵達。

 しかし次の瞬間、今度は迂回しようとした騎兵の側面から銃声が轟いた。


「な、何いっ?」


 湿地帯の細い迂回路を探りながら進もうとしていた騎兵が不意討ちを受け、ばたばたと落馬し、あるいは馬ごと倒れて湿地の泥を跳ね上げる。

 ある者は弾かれたように後方へ飛ばされると、そのまま沼へ派手な水飛沫を上げて落ちてしまい、浮き上がってこなかった。

 またある者は数発の銃弾を騎乗している馬と共に受け、ものを言う暇も無く泥の中へ倒れ込む。


 そして、三度目と四度目の銃声。


 その連続した2回の銃声は遠く、前進し損ねた歩兵が未だ滞留している辺りから響き、後方で叫び声が上がる。

 更に5度目。

 先程と同じような近場から発せられた凄まじい銃声と閃光、白煙が噴き上がり、右往左往していた騎兵がばたばたとまた撃ち倒されていくのを見て灌三丈はようやく自分達が罠にはまったことを知った。


「こ、これは遅滞戦術などではないっ……待ち伏せだっ!」


 灌三丈が叫んで部隊へ後退を命令しようとしたその時、周囲のありとあらゆる藪や土塁、茂みや森から次々に撃発音が轟き、真っ赤な閃光と白煙が部隊に向かって伸びる。

 蚕興国軍に対して全方位から鉛弾が飛来し、逃げ隠れする暇も無く兵達の身体が射線に晒された。

 撃発音の轟きに悲鳴や怒号、必死に部隊を建て直そうとする指揮官の怒鳴り声や、馬のいななきが重なり、蚕興国軍の馬や人が為す術無く倒れ伏していく。

 それでも灌三丈の命令を信じ、泥濘をはね除けて昌長の潜む藪を攻め立てようと試みた歩兵達は昌長の率いる部隊から今度は一斉射撃を浴びて算を乱した。

 大盾を貫通し、鎧を食い破った鉛弾が兵を打ちのめす。

 藪や土塁から閃光がきらめき、白煙が長く伸びると同時に轟発音が重なる。

 櫛の歯が抜けるように戦列を組んでいた歩兵達がばたばたと倒れ、抜けた穴を埋めようと前進し始めた兵に対して更に火縄銃での攻撃が加えられた。


「ええい!狼狽えるな!建て直せ!敵は少数だ!押せい!押し潰せい!」


 そう号令を掛けて兵達を励まして何とか潰走を免れてはいたが、灌三丈ははっきりと負けを悟った。

 少数の足止め部隊などではなく、これが月霜銃士爵の本軍である事は間違い無い。

 泥濘に邪魔されて兵達の進退が思うに任せず、本来最高の打撃力と機動力を持っているはずの騎兵はその機動力を生かせないままただの足手纏いとなって一方的に叩かれている。

 そして敵は1部隊1部隊は少数かも知れないが、少なくともその小さな部隊が無数にある事が攻撃から見て取れた。

 下手をすれば自分が率いている兵数よりも敵の兵数が多いかも知れないのだ。


 カンナビスの、ひいては聖教からの強い要望があったとは言え、このような湿地帯を無理に通り抜けるなどせず、迂回路をとって安全策を講じた方が良かった。

 今それを言っても仕方の無いことだが、敵はハーオンシアにはいないと侮ったのが灌三丈の間違いの元だったのである。

 今更ながら灌三丈は聖教が仕掛けた罠が失敗したことを知った。

 この用兵の妙を見れば、まず間違い無く件の月霜銃士爵的場昌長の仕業であろう。


 そして灌三丈の予想を裏付けるかのように、最初に攻撃を開始した藪から雷杖を手にした異境の武将が姿を現した。


「うぬっ……やはりかっ!」


 彼の異境の勇将は灌三丈や聖教の知らないうちにこの地にまで軍を率いてやってきていたのだ。

 そして聖教の派遣軍を待ち伏せの罠に掛けた。


「このような罠にみすみす掛かってしまうとは焼きが回ったものだ……いや、この場合は素早い伏兵と地形を読み込んだ敵将を賞賛すべきか……」


 悔しさ半分賞賛半分の灌三丈は、その敵将である昌長の姿を見ながら声を張り上げる。


「一旦湿地帯の間際まで退くぞ!歩兵は間道に居並べ!騎兵は先行して安全を確保せよ!」







 的場昌長の伏兵に追いまくられた挙げ句、灌三丈が潰走しかかった兵を纏めて防御体制を構築しようと四苦八苦しているころ、カンナビスは銃弾と悲鳴や怒号が飛び交う湿地帯の泥の中を這いずり回っていた。


「ひ、ひいいいいいいいぃぃぃぃっ!」


 戦場の恐怖を骨の髄まで叩き込まれたカンナビスは、猛烈な攻勢、しかも不意を討って仕掛けてきた昌長の攻撃に耐えることが出来なかったのである。

 最初の火縄銃による銃撃で肝を潰した神官戦士達はカンナビスを載せていた輿を取り落として敢えなく逃げ惑い、その後の攻撃でその全てが射殺されてしまった。

 一方、湿地の泥の中に放り出されたカンナビスはその時の衝撃で短時間気絶していたが、しみこんできた泥水の冷たさに覚醒し、その後は戦場の恐怖にさらされて悲鳴と小便を漏らしながら四つん這いで泥の中を逃げ惑っていて無事だったのである。


「はっ、はっ、はひ、はひいいっ、ひいいいいいいいぃぃぃ!?」


 周囲に血飛沫や味方の遺体が落下し、その合間を縫って逃げ惑うカンナビス。

 やがてカンナビスは戦場から離れ、独り泥まみれになりながら何時しか静かな淀みの近くへとやって来ていた。


「はひっはひっはひっはへっ……ぶへ、ごへえええええっ」


 自分の持てる力を振り絞って逃げ惑ったカンナビスは、その途中で口に入った泥やゴミをくしゃみや咳もろとも吐きだし、激しくむせ込んだ。

 しばらくすると、カンナビスはようやく少しばかり落ち着きを取り戻し、周囲を見回す。

 そこは湿地帯に点在するうっそうたる森林の中で、じめじめとした空気は相変わらずだが、地面はしっかりとしているようだ。

 ちらりと後ろを見れば、灌三丈と件のマトバマサナガと思しき異境の将がにらみ合っている。


 カンナビスは息が荒いままではあるが、その光景を目に焼き付けながらも這いつくばった姿勢である事に疲れ、仰向けに寝転がった。

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