第63話 カレントゥ城籠城戦後
マーラバントとの戦が終結して早数ヶ月。
そこかしこで木槌を打つ音やのこぎりが木を挽くリズミカルな音が響く。
ほうきで灰や瓦礫を掃く音、瓦や石塊を投げ捨てる音に、作業の手順を話し合う声や建築手順について指示を出す大きな声が重なる。
荷車や馬車が集められた廃棄物を積み込んでは町の外へ向かい、資材を満載して戻ってくる際に、車輪から大きな音をけたたましく立てていた。
各種の獣人やエルフ、ドワーフや平原人が入り交じって額に汗して働く光景。
それはここサイカ改めサリカの町の特徴を良く表わしている。
サイカという発音はどうもこのグランドアース世界の人々には発音しづらいらしく、最近は民人や兵の間でもサリカと呼ばれるのが普通になっており、何時しか元の名前であるカレントゥもあまり使われなくなってきている。
レアンティアやフィリーシアが発出する文書にも最近はサイカではなくサリカの名称が用いられており、昌長らが本拠としたこの地はサリカの名前が定着しつつあった。
そんなサリカの町は復興の真っ最中。
エルフの職人が木材や縄、石材などの資材を選び抜き、ドワーフが鉄や青銅の道具や建築材料を製造し、獣人の荷運び人が資機材をその怪力に任せて運び込む。
資材や道具、その原料などは昌長らが手配して迅速かつ丁寧に月霜銃士爵領以外からも買い入れられていた。
平原人はその合間合間を補う形で働いており、また水族の水先案内人の先導で河川航路が早くも復活した。
彼らは全員がこのサリカの町に住まう者達。
見てのとおり、リザードマン達が去った後、サリカの町は他ならぬ町の住人達の手によって急速に復興と拡張が進んでいるのである。
リザードマンの攻撃によって甚大な物質的損害を被りはしたものの、住人の心は折れていなかったのだ。
それというのも昌長が兵力不足を認識し、いち早く外郭での防衛戦をあきらめて堅固な城郭での無理のない籠城へと切り替えた事で、人的被害がそれ程でなかったからである。
逆に言えば、それ故にサリカの町は灰燼に帰した。
しかしながら、戦国の世を生き抜いてきた熟練の傭兵将軍が下した判断は間違いではない。
その証拠に町の復興に携わる人々の顔には悲壮感や不安感は無く、希望の笑顔が満ちている。
昌長は復興の指揮を執るレアンティアやフィリーシアを残し、義昌や吉次を始めとする雑賀武者達全員を呼び集めた。
冒頭、昌長が頭を下げる。
「すまん、やむを得やんかったとは言え、城下を焼いてしもうた……おまけに結構な数の兵や民が蜥蜴人にやられたわ」
誰からとも無く目をつぶり、小さく念仏を唱和する雑賀武者達。
そしてそれが終わると、全員が黙ったまま合掌を勇敢な者達へ贈る。
目を開いた雑賀武者達だったが、しばらく言葉無く佇むばかり。
「戦勝碑は、作っちゃらなあかんな」
それをじっと見つめていた義昌の言葉に、昌長はゆっくり頷きながら応じる。
「一番見晴らしのええ所に作っちゃろう」
「せやなあ、あいたらもそれをば喜ばえ」
岡吉次と佐武義昌が言うと、他の雑賀武者も頷いて賛同を示す。
「……ほな城山の北の端へ作っちゃろか」
カレントゥ城の北側、遠くまで見晴らしの良い場所がある。
新しい世界を開くために大地を馳せた者達に相応しい場所だろう。
「派手なもんはいらん、永世に残る物を造っちゃろう」
「承知しました」
昌長の言葉に宗右衛門が静かに応じた。
石に姓名と経歴を記した物になるだろうが、大々的な碑を作ることは誰もが考えていなかった。
雑賀武者はこの世界において異相で異形に過ぎる。
彼らが戦場に倒れるか、はたまた天命を全うするか、それは誰にも分からないが、何れにしても最後の1人がこの世を去った時、おそらく全ては無くなる。
彼らの事績が語り継がれ、もたらした武具や文化、物品が残ろうとも、雑賀武者という存在はその時点でこのグランドアース世界から消え失せるのだ。
しかし逆に言えば、雑賀武者が消えても、それでも残せるものはあるということだ。
国か、歴史か、それとも名声か。
人の世が続く限りは残せるものはある。
たとえ雑賀武者がこの世から消えて失せたとしても、彼らが為したことは消えない。
その一助となる物を残すのだ。
下を向いている雑賀武者へ昌長が声を掛ける。
「徒花ちゅうたかて花やんか、咲けやんわけでも咲かれやんわけでもないわい。咲けば人も見る、触りもするやろう……徒花らしいに、この世をば大いに楽しめちゃろう」
昌長の言葉を聞き、雑賀武者達が顔を上げる。
そこには先程までの悲壮感は無い。
不敵な笑みを浮かべる者、決意の籠もった眼差しを向ける者など、様々な反応だったが、それは彼らがこのグランドアース世界での栄達や活躍を、全くもってあきらめていないことを示していた。
「それでこそわいらの棟梁や!」
「逝った者の分まで気張らなあかんな!」
「おお、わいらに任せちゃれ!大いに引っかき回しちゃろ!」
口々に言う雑賀武者達を見て、昌長もまた不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「取り敢えず北の地の切り取りや、蜥蜴人に邪魔された分の遅れは早うに取り戻すで!」
所変わって焔硝造りをしている月霜城の煙硝倉の周囲。
そこには大きな木樽が並べられ、異様な臭気を放っている。
また、小屋掛けされた場所には、発酵している稲藁や麦藁の山が幾つもある。
そこから少し離れた場所に昌長が現れると、呼ばれていた森林人が口や鼻を覆っていた手ぬぐいを解きながら歩み寄ってきた。
「焔硝はどうや?案配良うに造れちゃあるんか?」
昌長の問いに、足を止めた森林人の1人がため息と共に答える。
「マサナガ様が焦られる気持ちも分かりますが、私が教えられたとおりであればまだ時間掛かるかと思います」
「まだ2年も経っておりません」
次いでもう1人の森林人が言うと、昌長は難しい顔で腕を組む。
それ以外にも古土法による硝石の製造は引き続いて行われており、決して硝石の製作が不調という訳ではない。
加えて青焔山から運ばれる硝石もあり、今のところ火薬の製造が不足している訳ではない。
ただ、早急に使用できる火薬が大量に必要な昌長にとってはまだまだ十分とは言えず、しかも手近なところで手に入らないのは頭の痛いところだ。
「……鉄砲の優位性が生かせやんちゅうのは、ちと苦しいわえ。これからは軍を分けてあちこちにやらにゃならん。玉薬はいくらあってもエエ」
「ほやけど棟梁、焔硝造りに時間は絶対必要やでえ」
焦りを含む昌長の言葉に、付いて来ていた義昌が応じる。
それを聞いた昌長もようやく腕組みをといて言う。
「まあ、しっかりやって貰う他ないわ。頼んだで」
森林人の2人を激励し、昌長は今後の戦略に思いを馳せるのだった。
タゥエンドリン=エルフィンク王国、王都オルクリア、宮殿
「では、マトゥバ・マサナガ月霜銃士爵の排除に王は同意なさると?」
大神官グレゴリウスから派遣された聖教の使者は頭を下げながらもしたから値踏みするような視線をフェレアルネン王に向ける。
その視線を不快に感じたフェレアルネンは強くにらみ返すと、使者は表向き畏まって視線を下げた。
使者は平原人至上主義を教義に掲げ、他人種を亜人と称して排斥をも辞さない聖教の紋章を掲げてタゥエンドリンへと乗り込んできた。
本来ならば王宮に通すような相手ではないのだが、フェレアルネン王は訳あってこの使者を引見することにした。
聖教の使者とエルフ国家の王が対面するのは歴史上初めてのことだ。
使者が畏まるのを見届けてから、フェレアルネン王の側近であるレウンデルが口を開く。
「そうは申しておりません。そちら側の行動に掣肘は加えないと言うことです」
何が違うのかよく分からないといった風情の使者だったが、それを直接言葉にする愚は侵さず黙って頭を深く下げて言う。
「それでは我が方の上神官カンナビスが率います1万の軍勢が、ハルヴェティからリングセルを通過し、ハーオンシアからエンデの地に向かうことをお許し下さいますか?」
「先程も申しましたとおり、掣肘は加えません」
自分の問いに冷たく言うレウンデルを見て、使者は鼻白む。
「そうは仰いましても、はっきりと言葉を頂かなくては我が方が悪者にされてしまいかねません。我が軍がタゥエンドリン領内を通行する権利を頂きたい」
より直接的な表現ではっきりと要望を口にした使者に対して王は渋面となり、レウンデルは慌てて取り繕うように言う。
「権利などは与えませんし、そもそもありません。許可ではありませんか?」
「では許可ならば頂けますか」
自分が誤りを正すために発した言葉にすぐさま食い付く使者を見て、顔を歪めるレウンデル。
困って後方を見ると、渋い顔のフェレアルネンがゆっくりと頷いて言う。
「……よかろう。軍通行の許可を与える」
「王、よろしいのですか?」
フェレアルネンの言葉を聞き、別の側近が尋ねるが、王は黙って頷いた。
「おお、それでは早速この回答を我が聖都に持ち帰りましょう。邪神の使いであるエルフ王が我が聖教の威光に観念して軍の通行権を捧げたと報告することに致します!」
「誰もそのようなことは言うておらん!曲解の上自己都合でこちらの言動をねじ曲げるようなことをするものではない」
使者のあまりに無礼でありながら自身の都合による言葉に思わずレウンデルが反駁するも、使者はどこ吹く風、そそくさと礼をして王の前を下がる。
それを苦々しく見送るしかない廷臣達とフェレアルネン王。
「土耕人どもがっ!」
「王、あの者らは我らには何もして良い、何を言っても構わないという排他的差別主義者です。このような言質を与えればあのように宣伝するのは分かり切っていたではありませんか」
忌々しげに吐き捨てるフェレアルネン王をレウンデルが溜息を小さく吐きながら窘めるが、王は反省した様子もなく言う。
「ふん、まあよい。我らには然程痛手でもない。これで月霜銃士爵を倒せれば安いものよ」
「民に被害が出かねませんが……監視はしないのですか?」
「多少の損害は構わぬ。勝手に通れば良い」
メゥリンクが心配そうに尋ねるが、フェレアルネン王はぞんざいな仕草で手を振りつつ言い放つ。
軍の通過には相応の注意が必要だ。
同盟関係にあっても武力を持った全く別の思惑で動く集団を受け入れるというのは、それ相応の危険が伴うもので、それは主に民に対する暴力となって発現する。
本来であれば監視の軍を置き、糧秣を提供するか輸送の手配を見極め、民との交渉の際は監視の軍が仲介をしてそういった被害が生じないようにするのであるが、フェレアルネンの思惑にそのような発想はない。
それ故にあろうことか同盟どころか敵対関係にある軍隊を自国に、しかも全くの制限無しに引き入れることになってしまったのである。
「些か……心配がありますが」
「王の御意に従います……」
レウンデルやメゥリンクは聖教の軍の国内通過に強い危惧を抱いていたが、結局はフェレアルネン王を説得できずに終わったのだった。
今年も一年間、御支援ご指導頂きまして、大変ありがとう御座いました。
来年も変わらぬご厚情を賜りますよう、どうぞよろしくお願いいたします。
皆様、どうぞよいお年をお迎えください。




