第62話 カレントゥ城籠城戦8
「挨拶なんぞしちゃるかえ!ぶち込めや!」
昌長の苛烈な号令で、銃兵達が火縄銃を構える。
そして昌長の言葉どおり、開戦の合図も無いまま、いきなり火縄銃の一斉射撃をお見舞いした。
300丁余の鉄砲から轟発音が轟き、猛烈な白煙と閃光がリザードマン戦士達の視界を埋め尽くす。
音に驚くよりも早く到達した鉛弾が前面にいた戦士達を撃ち倒し、リザードマンが組み上げようとしていた軍陣をくり貫くと、そこへエルフ弓兵の長弓による射撃が重なった。
空が曇るほどの矢が放たれたのは、火縄銃の射撃と同時。
エルフの風術によって強化されて飛来する鋭く威力を増した矢が生き残った戦士達に襲いかかり、その身体に突き刺さる。
いきなりの射撃戦について行けず、リザードマンの戦士長が右往左往して戦列を組み直すべく声をからして号令しているが、恐慌状態に陥った戦士達は、勇武を恃むリザードマンらしからぬ悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
次いで右に展開していた剣兵長リエンティンとカルフィルスに率いられたエンデ剣兵がリザードマンに襲いかかり、左からはリンデンを先頭にしたドワーフの強力な戦士達がリザードマンの軍陣に食らい付いた。
「獣人槍兵!前へ押し出せや!」
火縄銃兵を下げた昌長の号令で獣人の槍兵が前面へ出て戦列を組み、大盾を前にして正面からリザードマンの乱れきった軍陣目掛けて突き進む。
その後方からエルフ弓兵がミフィシアの指揮の下で激しい弓射を繰り返していた。
正確無比なエルフの弓射は戦列に食い込んだ味方を傷付けず、リザードマン戦士達だけを狙い撃っている。
「くそ!固まれ!散らばるな!」
それでもリザードマン戦士長達は周囲の戦士達を呼び集め、小さな軍陣を各所に作って獣人戦士やドワーフの重装歩兵に激しく抵抗を続けていた。
大部分の戦士達が討ち倒され、後方へ逃走し始めている中でもそうして頑強に抵抗している者達を放っておく訳にはいかない。
思い掛けない逆襲を受ける場合があるからだ。
昌長は、そのような激しい抵抗を続ける集団の肝となる戦士長を火縄銃で狙い撃たせることにした。
「物頭をば狙い撃てや!」
その号令で雑賀武者が指揮する銃兵達が、リザードマンの残党集団を攻めあぐねているドワーフ重装歩兵の後方に位置し、火縄銃を構えては戦士長を狙撃する。
エルフの矢を大剣で打ち払い、戦士達を巧みに指揮してドワーフ重装歩兵や獣人戦士を寄せ付けなかった戦士長も、火縄銃の集中射撃には為す術無く命を狩られていく。
そうして一つ一つ抵抗を押し潰しながら戦線を押し上げ、昌長は本陣を前に進め、それまで末端にいる戦士長の働きで何とか維持されていたマーラバント軍の戦陣をとうとう撃ち破った。
最前線においてリザードマン戦士の戦列を撃ち破ったのは、エルフ弓兵の支援を受けた獣人槍兵。
次いで左右から展開していたエルフ剣兵とドワーフの重装歩兵が側面を突破した。
「トカゲ共を皆殺しにせよ!」
「死ねえ!一族の仇敵っ!」
獣人槍兵達は、槍をリザードマン戦士の後頭部や背中に叩き付ける。
背を向けて逃げるリザードマンにも容赦しない獣人戦士達。
今までの鬱屈を叩き付けるかのように、リザードマン戦士達を殺戮していく。
そして後方から迫った岡吉次の軍とサラリエル族の軍が戦いに参加し、遂にマーラバント軍の進退は窮まった。
「……もはやこれまでよ、マーラバントへ退く他あるまい」
「ふざけるな!我らマーラバントが負けるとでも言うのか!」
「猶予はないぞ。敵はすぐにでもここへ雪崩れ込んでくるぞ」
同格の戦士長達が言い争うが、昏倒したままのレッサディーンにはそれを仲裁することも指示を出すことも出来ない。
そして戦士長達の目が地面に置かれているレッサディーンの大剣に注がれた。
もうレッサディーンは死んだも同然の状態であり、レッサディーンの大剣を手にした者こそがマーラバントを統べることになろう。
戦士長の誰もが今この時において戦いは敗北に傾きつつある事は理解していた。
勇猛果敢なはずのリザードマン戦士達が背を見せて逃げ惑い、食料や家畜と馬鹿にしていた獣人族やエルフ族、ドワーフ族が鋭い武器を手に立ち向かってきている。
そして、月霜銃士爵である的場昌長の存在だ。
今も見せつけるがごとく配下の平原人戦士と雷杖を駆使して、抵抗を続ける戦士長達を次々と撃ち破っている。
獣人戦士やドワーフの重装歩兵は後背を気にすること無く前線を押し上げ、時折混ぜられる雷杖の一斉射撃に合わせ、混乱した戦陣にエルフ弓兵の弓射が混じり、混乱に拍車が掛かっていた。
1万を数えた戦士達は既に半数以上が討たれ、あるいは逃走しており、このまま抵抗を続けたところで更に戦士の数を減らす以外に成果はないだろう。
怒りと悔しさで拳を握りしめた戦士長達の横合いで、新たに騒ぎが持ち上がった。
「何事だ!」
言葉を発しないレッサディーンの代わりに、側近の戦士長が傍らのリザードマン戦士に尋ねるが、その戦士も騒ぎの理由が分からずに首を左右に振っている。
戦士長が戸惑っている間に、2人のが本陣へと駆け込んできた。
「王!後方からの軍が迫ってきました!その数おおよそ5000!」
「大河の支流に水族の戦士2000余が我が軍に向けて布陣しているようです!」
「何だとっ?」
もしそれが本当ならば、軍は完全に包囲されつつあり、しかもマーラバントとの連絡路でもある大河支流を大河水族が押さえてしまったということだ。
陸上においてはともかく、水中戦闘においてはリザードマン戦士とて大河水族には全く歯が立たないのは言うまでも無い事だ。
それが今この時に後方へ布陣したというのであれば、味方ではあり得まい。
しかもその敵意は、はっきりとマーラバントを指向している。
「……おのれ水族めっ、とうとう裏切りおったな!」
別の戦士長が悔しそうに言う。
昌長の深海王退治以降は決して友好的とは言えなかったが、曲がり形にもマーラバントと敵対はしていなかった大河水族。
それが今この時になって、はっきりとした敵対行動に出て来たのである。
後方を塞がれ、側面からの攻撃に晒されてしまったマーラバント軍に逃げ場は無い。
「囲みを破って逃げる他あるまい……」
「それ以外にあるまいな」
ようやく逃げることを決めた戦士長達。
しかし果たして今この状態で逃げる場所があるのだろうか?
戦士長達が逃げ道を思い描く間もなく、マーラバントの本陣は轟音と閃光に見舞われた。
「おう、ようやくやなあ……」
そう慨嘆する昌長の目の前、マーラバント軍の本陣と思しき場所が火縄銃の一斉射撃を受けた後、獣人槍兵に踏みにじられた。
カレントゥ城から絶好の頃合いで討って出たことで逆包囲網が成立したが、ようやく壊滅させることができたようである。
おまけに後方の大河支流には、ヘンリッカ率いる大河水族が既に布陣しているから、残党もほぼ残らないだろう。
「ついでにマーラバントは滅ぼしちゃるか……」
昌長は誰に聞かせるともなくつぶやく。
今後は情報収集に力を入れるつもりでいるが、マーラバントに一々後背を脅かされていてはタゥエンドリンに思い切って討って出られないのだ。
いずれマーラバントを征伐するつもりではいたが、王が討ち取られ、主要な戦士達がことごとく討たれて大いに弱った今のマーラバントは攻め時だ。
彼の地はこのグランドアース世界では使い勝手の悪い湿地帯らしいが、昌長ら日の本の民からすれば浅い湿地帯が見渡す限りに広がる土地などというものは、垂涎の地以外の何物でもない。
きっと良い水田となることだろう。
割合北方に位置するようだが、温暖なこのグランドアース大陸であれば問題なく稲は生育する気候であり、入植者を募る必要があるにしてもこれを見過ごす手は無かった。
但しその実現には、その地に住まうリザードマンを完全に排除するか、屈服させてしまわなければなるまい。
昌長が思考を重ねていると、佐武義昌が顰め面でやって来た。
「トカゲの王さん、キミンとこの兵が討ち取ったわ」
「おう、そりゃ大功じゃ。褒美を大いにやらんとあかんな!」
義昌の言葉に昌長は前方のマーラバント本陣を見ながら答えた。
その示した先を見つめた義昌は、少ししてから口を開く。
「……マーラバントを攻め取るか?」
「おう、すぐではないけどな」
「分かった」
昌長の回答に頷き、義昌がその場から去る。
長年の盟友である義昌ならば、昌長の考えを正しく理解していることだろう。
「ほなまあ……これからのこと考えようかよぅ」
獣人族はこのまま追撃戦を主張することだろう。
彼らは長年に渡って積りに積もった怨念もあって、下手をすればマーラバントの主都へただちに攻め込みかねない勢いだ。
一方の昌長としてはエンデ平定に続いての大戦で火薬を大量に消費してしまった今、無理に動きたくないというのが正直なところ。
しばらくは火薬の原料たる硝石の増産と火薬そのものの製造と備蓄、更に弾丸の原料である鉛や鉄の入手を図らなければならない。
鉄砲の製造と他の原料の入手が順調なだけに、昌長としても何とかしたいという強い思いがある。
「……まあええか、とにかくいっぺん話をばせななあ」




