第61話 カレントゥ城籠城戦7
「……来たで、あの怪我の塩梅は……間違い無い……王さんや」
大櫓の更に屋根の上、津田照算がじっと城門の先を見つめて言うと、芝辻宗右衛門がいそいそと火薬の調合を始めた。
「今日は割合乾いちゃあるので、これくらいでエエですかね?」
火薬の配合を見せる宗右衛門に、照算は一つ頷く。
宗右衛門は素早く調合したばかりの火薬を津田照算の長鉄砲に詰め、更に普段の鉛弾ではなく鉄弾を込めた。
「強装薬に鉄いれましたよって、気い付けて下さい」
「……うん」
宗右衛門の声掛けに短く答えると、照算は宗右衛門の肩に長鉄砲の筒を置く。
「……少し右……もう少し右や……あ、行き過ぎや」
照算の指示で身体を僅かに移動させる宗右衛門。
やがて照準が定まり、照算の目の中にレッサディーンの額がくっきりと浮かび上がった。
月夜に霜の落ちるが如く
ゆっくり、静かに、そっと引き金に置かれた照算の指が絞られ、引き金がカチリと小さな音を立てて引かれた。
軽い音を立て、火縄が火皿に落ちて口薬に火が移る。
瞬間、何時もの3倍にも達する閃光が銃口からほとばしり、次いで白煙が盛大に吐き出され、いつもより重々しい銃声が轟く。
しっかりと宗右衛門に押さえられた銃身はぶれることなく弾丸を放ち、反動を照算が受け止める。
「まあ……こんなもんやろ」
「やりましたね!」
照算が長鉄砲の異常の有無を確かめながらつぶやくと、宗右衛門が笑顔で言う。
最早弾丸の行方が分かっている2人は、その弾道を見ることもせずに帰り支度を始めている。
「……大櫓は狙いやすいが……風も強いし、何より……不安定での、心細うて……あかんわ」
そう愚痴るように照算が言うと、宗右衛門は何とも言えない表情を向けつつ大櫓の屋根から下りるべく準備を始めるのだった。
昌長の場所からも、マーラバント王レッサディーンが大剣を持ったまま照算の撃った鉄弾を額に受けて仰け反る姿が見えた。
東側の城壁に詰めている兵達も同様であり、またレッサディーンの指揮下にあるマーラバントのリザードマン戦士達の目にもそれはしっかりと映り込んだ。
「マーラバント王討ち取ったり!!」
戦士達に抱えられてすぐに後方へ引っ込んでしまったが故に生死の程は分からないが、兎にも角にも津田照算の弾丸がレッサディーンの額に命中したことは間違い無い。
死んだかどうかはこの場合重要ではなく、敵の総大将である王が討ち取られたと信じるに足りる状況があれば良いのだ。
昌長が大声で叫ぶと、あらかじめ示し合わせてあったとおり、月霜銃士爵軍の皆が一斉に叫び出した。
「敵王討ち取ったり!」
「レッサディーンは死んだぞ!雷杖に撃たれて死んだ!」
「敵王レッサディーン討ち取った!」
「レッサディーン王戦死!」
「マーラバント王討ち死に!王は討ち死にしたぞ!」
月霜銃士爵軍が大声で言い回るにつれ、マーラバントのリザードマン戦士達の士気が下がり、中には浮き足だって撤退しようとまでする者も出始めた。
「よっしゃ……そろそろ討って出るで。準備せえ」
昌長の命令で各城壁から兵力が抽出され、東の城門に集まる。
その準備が整うと同時に、南東の方角から懐かしい紀州の法螺貝の音が響いてきた。
「……ようやっと来たかえ」
つぶやく昌長の視界は遙か遠く、月霜の旗印を掲げた軍に向けられていた。
「相当手酷くやられてしまったようですね……」
「しゃあないわ、ここまでは敵の方が1枚上手やったんじょ」
エルフ兵の1人が焼け落ちたサイカの町を遠望してため息と共に言うと、法螺貝を吹き終えた岡吉次は苦い顔ながらもあっけらかんとした様子で言葉を返す。
吉次が支配域で召集したエルフ兵は、実に2000余。
それに自身が率いるエンデ方面軍が1000。
加えて今回は頼もしい援軍もいる。
「早速仕掛けるか?」
フィリーシアと昌長が並ぶその場に後方から現れたのは、サラリエル族の族長トリフィリシンであった。
もちろん、彼は単身でこの場を訪れている訳ではなく、きっちり2000の兵を率いてやって来ているのは言うまでも無い。
これで吉次の率いる兵数はようやく5000程。
強力なリザードマン戦士1万には心許ない数字だが、混乱して敗走間近な軍の後背を衝くには十分な数であろう。
しかも援軍はこれだけではなかった。
「ヨシツグ!大河支流の流路はこっちで押さえたよ!……とは言っても既に昌長が大分手酷くリザードマン達を痛めつけたみたいだけど……」
ヘンリッカが水に濡れた髪を絞りつつ、ぺたぺたと少し間の抜けた足音と共にそう言いながら近寄る。
ヘンリッカが昌長からの使者を受けて率いてきた大河水族の兵は2000。
既にマーラバントの退路となる大河の支流は彼らによって封鎖されている。
エルフ兵や大河水族の兵士を加え、吉次麾下の兵数は約7千。
カレントゥ城に籠もる昌長が討って出る準備を進めている兵が1千余であるから、散々に打ち破られて兵数と士気を落しているマーラバント軍に対し、これで兵の質、量の両方において昌長の優越が確定した。
吉次はにやりと不敵な笑みを浮かべると、慌ただしく動き始めたマーラバントの軍陣を見据えて裂帛の気合いと共に号令を掛ける。
「統領を助けや!励め者共!蜥蜴人共をいてこませえ!すすめや!」
「うぬ!月霜銃士爵の援軍かっ?小癪なっ!」
戦士長の1人が叫ぶがそれは強がり以外の何物でもないのは、自身が一番良く分かっている。
敵方のマトバマサナガが援軍の進撃に合わせて目の前の城から討って出てきたのに、一方の総大将であるマーラバント王レッサディーンは雷杖による狙撃を前頭部に受けて昏睡状態。
カレントゥ城と攻めあぐねる配下の戦士達。
一向に城の攻略が進まないどころか、各方面で手痛い反撃を受けて撃退され、損害を多数出してもいる。
西側の城壁に取りかかった戦士達などは、ほぼ全滅の状態だ。
そこに来て正面攻撃の要であった東側で、前面に出て来たレッサディーンが敵の雷杖によって攻撃を受けた。
主導権を誰が握るかについて本陣においてもめてしまい、全く有効な手立てを取れないままいたずらに犠牲を増やすマーラバント軍。
そうして行き詰まっていたところに敵側、すなわち月霜銃士爵軍の新たな援軍の登場を迎えたことで、その混乱は頂点に達したのだ。
自分達がカレントゥ城をひたすらに総攻めしている最中、選りに選って後背を衝かれたのである。
今まで積極的に外征をしたことが無かったと言うことも悪い方へ働いた。
敵地での情報収集の術がリザードマン達には無いのである。
事前にカッラーフの残党達から情報を得ていたとはいえども周囲に十分な斥候を配置せず、また敵情に詳しい者を帯同してきてもいない。
マーラバントのリザードマン達は外に情報が流れにくい特性を有する反面、外から情報を得る術もほとんど持っていないのである。
故に昌長が周辺各地の勢力に協力を要請し、大河水族を呼び寄せ、新たな領土内で募兵し、サラリエル族を引き込んで戦力を整えていることに気付かなかった。
流石に近隣地域との境目には偵察をおいていたが、それもユエンら獣人の隠密によって難無く排除されている。
「すぐに陣の向きを変えろ!敵の援軍に備えるのだ!」
大戦士長の1人がすかさず指示を出し、戦士長達が慌てて戦士を動かすべく本陣から散っていくが、その動きは精彩を欠いている。
長い時間の力攻めで疲労と倦怠感を深め、戦士達は身体の切れを失ってしまっていたのだ。
それに加えて深刻な食糧不足がマーラバント軍を襲っている。
敵兵が全く出てこなかったため、彼らの最大の食料である肉が手に入らないのだ。
昌長は籠城の際に全ての家畜を含めた食料をカレントゥ城へ運び込ませており、その後も的確な夜襲と退路の確保、無理の無い反撃姿勢を維持し続けたことで月霜銃士爵側に死者はほとんど出ていない。
それはそのままリザードマン達の食料源を絶つことになったのだ。
彼らは戦士達の一部を出して漁労や狩猟に励んで食料を得ようとしたものの、1万ものリザードマン戦士の胃袋を満たせるほどの食料が手に入るはずも無く、とうとう飢えが戦士達を苦しめる事態になっていたのだ。
リザードマンとて穀物や植物を食せない訳ではない。
しかし長年にわたって肉を主食となし、他人族を捕食して過ごしていた彼らに食用植物の知識はほとんど失われてしまっている。
また1万ものリザードマン戦士を養い続けられるような食料源は全て昌長が取り払ってしまっていたし、サイカの町を焼いたことでその最後の機会も自ら失わしめた。
もちろん知識や技能が無いので、リザードマンは植物を調理することも出来ない。
のろのろと陣換えを始めるリザードマン戦士達。
しかしその動きは酷い空腹から鈍く、とても目の前に敵を向かえているとは思えぬものだった。
「不甲斐ない者共め!やっと肉が向こうから来てくれたのだぞ!奮えい!」
大戦士長の1人が鼓舞して回り、一部の戦士達はそれで気を取り直して戦意を持ち直したが、大半の戦士達は力の入らない進退を引き摺る今の状態で強力な敵を迎えてしまったことに絶望感を感じていた。
それでも無抵抗にただ殺される訳には行かない。
戦士達はのろのろと身体を動かして戦列を組み直す。
そこへ昌長率いるカレントゥ守備隊がまず進出してきた。




