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第57話 カレントゥ城籠城戦3

 所は変わって、マーラバント軍1万余の攻勢に晒されているカレントゥ城。

 マーラバントの初撃を火縄銃の一斉射撃によって撃退した的場昌長。

 しかしこれ以上の外郭での抗戦は益無しとみて、すぐに町の住民達を本城へ避難させると同時に、自分達も撤退を開始する。

 夜陰に紛れ、外郭には少数の兵を置いて、その代わりしっかりかがり火を焚かせ、撤退を悟られないよう手配りをした重幸。

 さすがのマーラバント王、レッサディーンもこの昌長のとった引き上げの鮮やかな手管には舌を巻く。


 それでも昼頃には異常に気付き、すぐさま攻勢に出たマーラバント軍は無人の外郭を打ち破ってサイカの町へと入った。




「まさか昨晩の内に綺麗さっぱり居なくなっているとはな……してやられたか」

「……王、町は如何なさいますか?」


 つぶやいたレッサディーンに、側近の1人が声を掛けた。

 レッサディーンはしばらく考えてから、ゆっくりと周囲を見回す。

 綺麗に整えられた街路に、水路。

 多数の家屋が建ち並び、広場や公園が随所に設けられた、見事な異相の町並み。

 ここグランドアース大陸において初めて形作られた和風の町並みを見て、レッサディーンは感心したような素振りでしゅうしゅうと息を漏らす。

 しかしその目に感銘を受けた様子はない。


「ここまで作るのはさぞ骨が折れたであろうな」

「……はあ?」


 意味が分からず、首を捻る側近に苦笑を残しつつ、更にレッサディーンは別の側近へと質問を投げかける。


「住民はいかほど居たのか?」

「町並みから判断致しますに、3万はいたかも知れませんな」


それを聞き、また包囲されたカレントゥ城の本城を遠望しながらレッサディーンは再び頷いてから言った。


「そうか、では3万もの家畜小屋は我々の主都に用意してやろう、ここはもう必要なくなるというわけだ……」

「では?」


 側近の期待するような眼差しに不気味な笑みを向け、レッサディーンは命令を下した。


「ああ、平原人がよくやるように、焼き払ってやれ……良く焼けるように壊してからだ」


 歓喜の声が兵達の間からわき起こり、リザードマン達は周囲の家屋を破壊し始め、たちまちそれらを打ち崩す。

 そしてしばらくすると、サイカの町のあちこちから火の手が上がり始めたのだった。



「やられてしもたわ、トカゲ共は火い使えへんて言うてたけど、そう思い通りにはいかんなあ……」


 カレントゥ城の守郭の1つにこもる的場昌長は苦々しげに顔を歪めて言う。

 そして大きな溜息をついた。

 エルフやドワーフから、リザードマンはあまり火を使いたがらないと言う事を聞いていたので、あえて町を明け渡し、防御力の高い城に籠城する事を選択したのだが、そう上手くはいかなかったようだ。


 今、眼下にあるサイカの町は、火に包まれ始めている。


 東側の家屋がリザードマンに破壊され始めたのを見て、何と悠長な破壊の方法をとっているなと感心していた重幸だったが、やがて上がり始めた火の手を見てその行動の意味を理解したのだ。


「家壊して火い付けるて、まあなかなか頭の回りよるこっちゃ」


 重幸の言うとおり、破壊された家屋から火の手が上がり始めており、既に延焼も始まっている。

 程なくしてサイカの町は灰燼に帰すだろう。

 苦労して築いてきた町が、今日この時をもって焼き払われてしまうのだ。

 住民の悲嘆は察してあまりある。

 現にあちこちでうめき声や悲鳴が上がっているのが昌長の耳に聞こえてきていた。


「マサナガ様……」

「ん?おう、姫さんか、母御殿も……やられてもたなあ」


 カレントゥ城の復興に人一倍意を注いでいた王妃レアンティアとフィリーシア。

 故郷の復興にも繋がる事業だけに熱を入れていたのだが、これで全て灰燼と帰した。

 ドワーフや獣人、エルフに平原人の区別なく、このサイカの町で暮らしていた人々が、自分達が一生懸命になって作り上げてきた物が火に呑まれていくのを目の当たりにして、思わず声を漏らしてしまったのだろう。

 このサイカの町を作り上げてきた住民は、一度リザードマンに逐われてしまったタゥエンドリンエルフのエンデ族、そしてゴルデリアに故郷を滅ぼされたシントニアの住人、更には各地で虐げられていた獣人達が主体。

 一度ならず戦火を経験した事のある彼らにとって、それは悲嘆以外の何物でもない。


「マサナガ様、どうしようもないのは分かりますが……」

 

 レアンティアは悲哀に満ちた表情で懇願するのを、昌長は頷いて応じる。


「次はこうならんようにするわ。今回はこらえちゃってくれ」


 サイカの町に集まった者達は、再び自分達の居場所が奪われ、希望が失われてしまう羽目になったのだ。

 防ぎ止めたい気持ちは十分以上にあっても、その手段がない。

 敵の大軍を前にしてサイカの町へ討って出る事も無謀であるし、火の手が盛んになりつつあるこの時に、討って出たとしても、まともな戦いにすらならないだろう。

 その何かを為したいのにそれを成し遂げる力が自分にないという、もどかしさと悔しさ、悲しさのない交ぜになった感情が彼らを襲う。


 拳を握りしめ、涙を流しながら自分達の町が消え去っていくのを見る住民達。

 そしてそれを静かに見つめつつ、昌長は再び溜息をつく。


「昌長よ……どないすんじゃ?」

「まあ、かわいそうやけど、今はどうも出来やんわ。しっかりこらえて城籠もりする他ないで……兵不足でトカゲ共に打ち掛かる事も出来やんしな」


 義昌が傍らのレアンティアとフィリーシアを気にしつつが話しかけてきたが、彼のいる方を見ないまま昌長は答える。

 昌長の眼下には、広がり初めてサイカの町を呑み込まんとする火炎の波があった。


「ほやけど……ほんまに何とかしやなあかんな、吉次には伝令を送ったんやろう?」

「それは抜かりないわ」


 義昌の答えに頷き、昌長はフィリーシアらを促して場を離れるのだった。




 数日後、早朝。


 黒煙を上げつつ赤々と燃えるサイカの町。

 若干弱くはなったものの、町を埋め尽くす業火は数日間も消えることなく、未だ町を燃やし続けているのである。

 住民や兵達は灰となってゆく町を悔しそうに眺めながらも、叫び声を上げるでもなく、怒声を挙げるでもなく、ただただ辛抱強く時を待つ。

 焦げ臭い臭いが辺りに充満し、さらに漂ってきた煙で周囲の視界には薄く霞が掛かっている状態だ。


 しかし火勢は確実に衰えており、それに併せてマーラバント軍がカレントゥ城の主郭に向かって漸進を始めている。

 マーラバント軍には余裕があるのか攻撃を焦っていない様子で、ゆっくりと包囲網を狭めてきていた。




 眼下に広がる焼け野原と黒煙、更には赤い炎を眺めつつ、カレントゥ城の郭を歩く昌長と義昌。

 カレントゥ城は戦国を知る昌長らしく非常用と言うには膨大な量の食料や生活用品が備蓄されており、籠城の継続には何ら問題はない。

 しかし長期間にわたる籠城は、まず肉体よりも精神に打撃を与える。

 敵に包囲されているという圧迫感や恐怖感、打開策の無いままの籠城による閉塞感、そして精神に対する打撃は士気の低下を招き、ひいては肉体への打撃へと繋がっていく。

 ましてやカレントゥ城には兵士だけでなく、サイカの町や近隣村落にいた数万の住民が避難しているのだ。

 彼らの消耗や不満は、決して馬鹿には出来ない。


「……ようよう燃えたのう」

「ほやけど燃え種はもうありません」


 昌長の感想めいた言葉に、芝辻宗右衛門が応じる。

 しばらく燃え残った町並みを見ていた昌長は静かな声で言う。


「まあ、深夜には完全に消えるやろ」

「……そうですね」


 ぶるりと身を震わせた宗右衛門が短く応じた。

 その様子に薄い笑みを浮かべ、昌長はカレントゥ城の主郭へと向かう。


「民人は大事ないかえ?」

「大分、焦れちゃある。特に女子供はあかん……戦場の経験のない者だけやない、トカゲ人に対する恐怖心が尋常でないんや」


 昌長の質問に、調練を担当している関係から町の住民達と交わることの多い鈴木重之が回答すると、ふと目をユエンへやった昌長が沈痛な表情で頷いて言う。


「掴まったら食われてまうさけな」

「ああ、そうやで」


 負けて捕虜になるというのではない。

 マーラバントのリザードマンに掴まれば、まず間違い無くエルフやドワーフ、獣人は食料扱いだ。

 その恐怖は察してあまりある。

 しかし今のところ昌長達はマーラバントの軍勢に有効な反撃を行っておらず、一方のマーラバント軍は包囲のみならず直接攻撃を企図しているためか、徐々に城へと近付きつつあった。

 それを毎日見せつけられている住民の恐怖は、いやでも増してきているのだ。

 リザードマンが他人族を喰らう光景を見たことのある義昌は顔をしかめた。


「……えげつないのう」


 そうつぶやくと義昌を余所に、昌長は傍らの津田照算を振り返って言う。


「照算、敵の大将をやれるか?」


 驚いて顔を上げた照算の目に昌長の不敵な笑みが映る。

 一瞬呆気にとられた照算であったが、昌長の発した言葉の内容を理解し始めると、普段は物静かな無表情が多い顔を笑みで満たして応じた。


「おう……任せよし」


 起死回生の逆転劇を狙う。

 それはすなわち、津田照算による大将首の遠距離狙撃。


「トカゲの大将をば討ち取れやんくてもええさけによ、怪我さえさせちゃりゃええ。上手いこといったら撤退する。あかんでもそれに乗じて反撃じゃ」

「承知しましたわ、ほいたら皆に声掛けてきますわ」


 昌長の説明に宗右衛門は嬉しそうに笑うと走り去って行く。

 その後ろ姿を笑顔で見つつ昌長は次いで近くで自分と照算の遣り取りを目を丸くして見つめていた獣人兵を呼び付けた。


「おい、そこの!そうや、おまはんや!おまんとこのキミンとタォルに言うて来てくれ、夜になったら来ちゃってくれてよ……おい、おまんも、リンデンとバイデン殿へ夜になったらここへ来るよう言うてこい」


 獣人達の指導者であるキミンとタォルを呼ぶように言いつけた昌長は、それに加えてドワーフ兵を呼びリンデンとバイデンを呼びにやらせる。

 そして指示を終えると傍らに居るフィリーシアに笑顔のまま言う。


「姫さんにも討って出て貰うかもしれやんから、覚悟決めてくれ」

「はい、お任せ下さい」



 一斉反撃に備えて指揮系統や今後の方針を定めておかなければならない。

 未だ炎の残るサイカの町を眺めつつ、昌長は覚悟を決めた。

  





 その日の夜、昌長の元にはシントニアからの移住者の代表格であるリンデンとバイデン、それにナルデンがやって来た。

 少し遅れて碧星乃里の指導者であるタォルとキミンも現れ、ほぼ同時にサイカの町に住むエンデ族らエルフの代表カルフィルスが現れた。

 既にレアンティアとフィリーシア、その直属のミフィシアとリエンティンがいる。

 カルフィルスはかつてエンデ族長の下で戦士長を務めたこともある剛の者だ。

 エンデの地がマーラバントの奇襲を受けて敗退して以降は、タゥエンドリンやカランドリンで傭兵として働きながら家族や親類を養っていたが、昌長によるエンデ再復を聞きつけてオラクリアから一族を引き連れて移住してきていたのである。

 そんなサイカの町を動かす面々に相対するように立つ昌長の横には5名の雑賀武者、津田照算、佐武義昌、芝辻宗右衛門、湊高秀、鈴木重之がいる。

 彼らを目の端に止めながら昌長はゆっくりと口を開いた。


「わいらで今日夜討ちを掛ける」


 気負いなく発せられた言葉に、雑賀武者達は不敵な笑みを浮かべ、相対していたサイカの町の主立った者達は身を固まらせる。

 その言葉の衝撃に言葉すら発せられないバイデンやタォル、カルフィルス。

 昌長の目に覚悟を見て取ったカルフィルスが短く尋ねる。


「月霜銃士爵殿、本気か?」

「本気やで」

「ふむ……無茶だな」

「マサナガ様、いくら何でも危険過ぎます。お考え直し下さい」


 剛の者と自他共に認めるカルフィルスが再び短く指摘し、続いてフィリーシアが何かを押し殺すように言うと、昌長は不敵な笑みを浮かべたまま頷く。


「無茶は承知の上での話や。ここで一撃加えやんと城の士気が保てへんし、相手が嵩にかかって攻めてきたら危なくなる。敵の本陣へ一撃かまし込んで怒らせるんが目的よ」

「粘っていればヨシツグ殿の軍が背後を突く……か?」

「そのとおりや、と言いたいところやが、吉次に預けちゃある兵は一千程や。多少の奇襲の効果など関係なしに、蜥蜴人の大兵が呑み込んでしまうわえ」


 昌長がカルフィルスの言葉に難しい顔で応じる。

 昌長の言うとおり、1万の軍にたかだか1千程の軍が奇襲を掛けても然程の効果はなく、攻めあぐねて時間が経ち、体勢を立て直されればそのまま兵力の差で磨り潰されてしまうことだろう。


「こちらへ引き付けようというのですか?」


 フィリーシアが言うのは、奇襲を仕掛けることでマーラバント軍の怒りをかき立て、彼らがカレントゥ城への攻勢を強めさせるよう仕向ける、背後の警戒が疎かになるようにすると言うことだ。

 しかし昌長の考えはそれだけに留まらない。


「まあそれもあるけどな、本陣襲われて下手人がカレントゥに逃げ込めば、そのまま放置では面目立たんやろ?怒って大将が前に出て来たらこれはもう占めたもんや。ここにいてる照算が一発でカタを付けるわい」

 

 つまり、背後の岡吉次さえも場合によっては囮にするということだ。

 昌長の目的は、敵大将の狙撃であるというのだ。


 しかしそれは昌長達6名の雑賀武者の命と引き替えになりかねない。

 生還の保証は無いのだ。

 むしろ、生きて帰れる可能性の方が低いかもしれない。

 カルフィルスやフィリーシアと昌長の短い遣り取りでそれを察したバイデンが、呆ける者の中でいち早く立ち直って言った。 


「なっ、何を言うのですか!あなた方が死んでしまっては意味がない!」

「そうですぞ!この町を、この領土をここまで大きく発展させたのは、あなた方ではありませぬか!」

「あなた方がいなくなっては、町が立ちゆかなくなってしまうっ」

「エンデの地を復活させたのはマサナガ様、あなたなのですよ?」


 バイデンに続いてキミンとタォルが慌てて言い募り、レアンティアが愁いを含んだ声色で苦言を呈す。


「そんなことはないわえ」

「せやなあ……もうわいらがおれへんでも……いけるやろう……か」


 そういうのは、佐武義昌に津田照算。

 次いで火縄銃の点検をしていた鈴木重之が言葉を引き継ぐ。


「おまはんらよ、わいらがおらんでももう立派にやっていけるわ」

「……張り立てはおせちゃったですから、鉄砲の作り方は最早気遣いないです」


 芝辻宗右衛門がバイデンを見ながらゆっくりと言った。

 続いて農事方を担当する昌長がキミンに近寄り、その肩を軽く叩きながら口を開く。


「新し畑はよう、土をば肥やしてよう混ぜ返しちゃれよて、吉次が言うてたわ」


 的場昌長が続いて言うと、それを合図に雑賀武者達は全員が火縄銃を担ぎ直して、横一列に並んだ。

 覚悟を決めた雑賀武者の顔を見たサイカの町の面々は、それ以上掛ける言葉を失う。


 昌長らも死ぬつもりは微塵も無い、しかし死地にゆくのだ。


 雑賀武者の顔に厳しさや悲壮感は無い、死地に赴くというのにその表情はむしろ穏やかで朗らかなもの。

 昌長らの顔には覚悟と気概だけがある。


「まあ、死ぬつもりはあらへんさけに気遣い要らん」


 昌長が顔に笑みを登らせてそう言うと、気合いの入った命令を下した。


「行くでえ!わいらの力を今こそトカゲ共に見せつけちゃれ!わいらの名声をば大陸中に轟かせるんじょ!」


 おう!


 昌長の言葉に雑賀武者達が応じる。


「月霜銃士爵殿……」

「マサナガ様」


 呆然と言葉を発するカルフィルスとレアンティア。

 他に集まった面々は言葉も無く立ち尽くすのみだ。


「ほな、行ってくら」


 最後にその言葉を残した昌長は、5名の雑賀武者とともにカレントゥ城の裏手へと向かうのだった。

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