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第56話 カレントゥ城籠城戦2

 リザードマンの戦法は、力押しのみの単純で稚拙なものだ。

 元来湿地帯に暮らすという事もあって、攻城器具の類いは所持しておらず、火も余り使えない。

 武器防具の類いにあっても、湿地帯の地勢特性とは無縁ではなく、防具は革製や布製、蔦や木製が主体で金属はあまり使用しない。

 加えて武器は錆びにくいオリハルコンやヒヒイロカネが用立てられる上級戦士を除き、下級戦士は黒曜石などを使用した槍が主流である。


 それでも頑健な身体と強靱な体力に剛力、鱗による高い防御力はそれら技術的な劣勢を覆して余りあるものだ。

 闇の勢力に属していた時は、専ら最前線での野戦要員として活躍しており、攻城戦や防御戦闘の時はオークやコブリンにその主役を譲っていた。

 グランドアース大陸の湿地帯に自分達の国を作ってからは、攻められる事だけを気にしておれば良く、また湿地帯という特殊な地形に作られたリザードマンの国を攻めようとする国家も今までは無かった。


 他人族の勢力にとって、湿地帯は攻めるのが非常に困難な地形であると言う事以上に、攻め取った所で値打ちのある土地でないという理由の方が大きいだろう。

 しかし時代が変わり、それまで一定だったリザードマンの人口が増加し始めた。

 そのせいでリザーバントというかつてのリザードマンによる湿地帯の統一国家は北のシンランドと南のコーラバントという2つに分かれ、更にコーランドから新天地を目指して山脈を越えた一族が、その地にマーラバントを立てたことから3つのリザードマン国家が並び立つ状態となる。

 最近までは小競り合いこそ絶えなかったものの、それでも一応の安定を見ていたが、マーラバントの有力戦士長であったカッラーフが第4のリザードマン国家建国を夢見てエンデの地へ攻め入った事から状況は動き出した。


 残念ながら当のカッラーフは月霜銃士爵という思い掛けない者の邪魔によって命を落とし、その配下は四分五裂となってしまう。

 それでも他地域、しかも他人族が治める土地を攻め取るという発想を生んだカッラーフの思想は、リザードマン達に確実に影響を及ぼしていた。


「カッラーフがわずか数百の手勢で出来た事が我らに出来ぬはずはあるまい」

「我らマーラバント本国の戦士団が、カッラーフなどと言う半端者とは違う事を証明しましょうぞ!」

「いかにも!あのような見かけ倒しの城など、我らリザードマン戦士の武勇の前に意味などありませぬ!」

「早速攻め掛かりましょうぞ!」

「月霜銃士爵軍の雷杖など恐るるに足りませぬ!」


 配下の戦士達が、レッサディーンの言葉に気勢を上げる。

 その言葉の内容は、何れも威勢の良いものばかりで悲観的な意見を述べる者はいない。

 追従が一切無いかと言われれば、それは少しはあるだろうが、しかしながらリザードマン戦士達の気持ちは言葉と裏腹ではない。

 今まで寡兵のカッラーフが成し遂げた事や、リザードマンの武勇を考えれば、彼らの楽観論は決して根拠の無いおかしな思想ではないからだ、

 レッサディーン自身もカレントゥ城を見て厄介だとは思ったが、それだけである。


 攻略できないとは思っていないのだ。


 もちろん、それだから攻略をあきらめるという気持ちは一切なかった。

 レッサディーンの鼓舞に応えるマーラバントのリザードマン戦士1万名。

 士気は大いに上がり、しゅうしゅうというリザードマンの興奮した呼吸音が重なって周囲は異様な気勢に包まれる。

 カレントゥ城からは探りの使者も発せられず、また備えがあるとは到底思えない程静まりかえっている。


 軍兵の動員が為されたのかどうかも怪しい程だ。


 リザードマン戦士の強力さはグランドアース大陸に住まう者であれば誰もが知っており、レッサディーンはカレントゥ城の様子を自分達に対する恐怖からのものであると考える。

 試しにリザードマンの術士達に火炎弾や水弾を城門目掛けて撃たせたが、マジックキャンセルすら仕掛けてこない。

 次々とカレントゥ城の土塀や城門にリザードマン術士の魔術弾が炸裂する。

 それを満足そうに眺めていたレッサディーンは、配下の戦士達に向き直るとオリハルコン製の大剣を大きく振りかざして号令を下した。 


「平原人の寡兵など蹴散らしてくれる!進めえええいっ!」


 そして1万の大軍はそれを合図に、カレントゥ城へ正面から攻め掛かるのだった。




 不気味な喊声を上げて正門に攻め寄せるリザードマン達。


 ただその歩みは陸地に上がっている事から決して速くはない。

 昌長は落ち着いてリザードマンの軍勢を眺めると、静かに命令を下す。


「アホ共が油断しくさって正面から来ちゃあらいしょ……ええか、初撃は鉄砲でやるで。その後は弓と弩で相手が引くまで撃ちまくっちゃれ」


 昌長は術攻撃がカレントゥ城の外壁に為されているのを見て、エルフ術士兵達にはあえてマジックキャンセルを掛けさせずに待機させていたのだ。

 幸いにもリザードマン達はカレントゥ城の軍勢がなりを潜めているのを逃げ散ったか恐れをなしているか、自分達の都合の良いように解釈してくれたようだ。

 エンデの攻略作戦でリザードマン相手に戦い続けてきた昌長。

 激しい攻防を彼らと繰り返すにあたって、リザードマンには戦術や戦法といったものが乏しい事に気付いていたのだ。


「あ奴らは前に進むか後へ引くか、ほいでから乱戦しか知らへんのや」


 つぶやくように言う昌長の目に、リザードマン戦士が鋭い歯の生え揃った口を大きく開いて威嚇する姿が映る。

 黒曜石で出来た穂先を付けた槍を振りかざし、簡素な蔦製の鎧を身にまとったリザードマン戦士達がゆっくりと駆け寄って来ている。


 確かにこの時期に攻め込まれたのは間が悪かった。

 物見を怠っていた訳ではないが、裏を掻かれた感は否めない。


 岡吉次がエンデ方面軍1000を率いてエンデ地方の治安回復に出陣したばかりで、兵が少ないところへ来て青竜王アスライルスは自領である青焔山へ戻り、現在は政務に励んでいる。

 しばらく昌長と共にいたことから長く領地を離れていたので、政務が滞っていると言う事だった。

 各方面に対する領地の管理と勢力拡大に力を注いでいる矢先、リザードマンの侵攻が行われたのである。

 大河水族にはリザードマンの軍勢に関して情報を提供するように求めていたが、どうやらマーラバント軍は最近疎遠な大河水族の勢力圏である大河本流を避け、名も無き平原を踏破してここまで進撃してきたようだ。

 彼らリザードマンは、遅くなるとは言え陸上移動も可能だからこそ、そのような行動が取れたのだろう。


「まあここまで攻め込まれたんはしくじりやが、まだ挽回出来るわえ」


 再びつぶやいた昌長の目の前に、リザードマン戦士が突貫を仕掛けた。

 リザードマンの術戦士による攻撃が再び行われたことで爆発音が響き、城門や外壁が激しく揺さぶられる。


「火縄は絶対濡らしたらあかんで!」


 水弾による攻撃が繰り返され、外壁の屋根の上に水が落ちる音を聞いて昌長は銃兵達に鋭く注意する。

 銃兵はその命令を聞き、慌てて火縄や火蓋を確かめ、水飛沫から火縄銃を守るべく自分の身体を覆い被せたり、マントで覆ったりしていた。

 その爆炎と水飛沫の後方から、攻城槌を担いだリザードマン戦士が現れる。


「難儀なやっちゃ」


 それを見た昌長の口から苦い声で言葉が漏れる。

 リザードマンの使用している攻城槌は、本格的な台車や攻城塔による物ではないが、人が担ぐ形式の物は軽く取り回しが容易なため、意外と厄介なのだ。


 しかも数が多い。


 見ただけでも50本以上の攻城槌が用意されている。

 丸太を削り出しただけの物だが、脅威に変わりはない。

 昌長は苦渋の決断を下す。


「銃兵は一撃かましたら、町の衆へ警告して城まで退くんよ。ほいで途中で町の衆をば出城まで引き連れちゃれ……これは外郭は破られてまうわ」






 レッサーディーンは、カレントゥ城外郭の城門目掛けて一気に突っ込む部下の戦士達の後ろ姿を満足げに眺めていた。

 至近距離からの術攻撃に加えて、下級戦士達が攻城槌を縄で担いで駆けてゆく。

 決して速くはないが、確実で重々しい足取りでリザードマン戦士の攻城槌隊が壁を登るべく早駆けを競う戦士達と共同で城門へと向かう。


 そして攻城槌が正に城門の扉に叩き付けられようとしたその時。


 猛烈な撃発音が轟き、真っ赤な閃光が外壁に穿たれた銃眼から伸びた。


 草原の草が暴風に薙ぎ倒されるがごとく、リザードマン戦士達が軒並みばたばたと倒れ伏し、辺り一面が戦士達の血煙で煙る。

 攻撃を受けたリザードマン戦士で、言葉を発せられた者は誰もいない。

 悲鳴は愚か、うめき声すら発せられなかったのだ。

 丸太製の攻城槌が投げ出され、ごろごろと力なく転がってそれを担いでいた戦士の死体で止まった。

 城門前へ殺到したリザードマン戦士達は虚ろな瞳で天を見つめたまま、一言も発せずに折り重なるようにして倒れている。


「何だとっ!?」


 後方で驚愕の声を上げるレッサディーン。

 レッサディーンの周囲に居並ぶ上級戦士長達は、その余りの凄惨な光景に声を出す事すら出来ずにいる。


「こ、これが雷杖……っ!」


 レッサディーンが怒りと衝撃のない交ぜになった声色を発する。


 たった一撃。


 マーラバントはたったの一撃で、数百の勇猛で果敢なるリザードマン戦士達を失ってしまったのだ。

 土煙が晴れ、リザードマン戦士達の無残な骸が味方の目に晒される。

 血と土が混じった泥をまぶされた先駆けの戦士達の死体があった。

 勇猛な事では人後に落ちないリザードマン戦士達が無言で立ち尽くす他ない程の惨状。


 城壁の内部より火縄銃から発せられた白煙がたなびく中、足の止まったリザードマン戦士団に今度は弩の短矢と弓から放たれた矢が降り注いだ。

 風術で強化されたおなじみのエルフ弓兵による攻撃と、南岸諸都市で使用される事の多い、ドワーフ兵の弩攻撃が一斉に行われる。

 油断していた、と言うよりも火縄銃によるあまりにも劇的な攻撃の衝撃から立ち直れないでいるリザードマン戦士の虚を突き、降り注ぐ矢の雨。


 エルフの正確無比な弓射を目や喉元、口の中に受けて倒れるリザードマン戦士達。

 続いて強力な弩の短矢がリザードマン戦士の身体を傷付ける。

 しかし明らかに先程行われた、強力無比で異質な雷杖による攻撃とは違って、激しいとは言えこちらは見知った攻撃だ。

 そしてそれを受けて倒れる戦士達がいる一方、ようやく同胞を撃ち殺された事による怒りの感情が湧いてきたリザードマン戦士達。

 それは後方にいるレッサディーンらも同様で、怒りに我を忘れた上級戦士達が自分の大剣を抜き放って前線へと向かう中、レッサディーンは怒声に近い命令を放つ。


「殺し尽くせ!この城にいる者達は皆殺しにせよっ!」


 その命令に呼応したリザードマンの上級戦士達が咆哮し、下級戦士達が喊声を上げて城門へと殺到する。


 そして2度目の雷杖攻撃は為されなかった。


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