第52話 聖教からの使者
昌長達が町造りと城造り、加えて農地の造成や港湾整備、交易路の開拓に勤しんでいるその最中、奇妙な一団がサイカの町を訪れた。
「……上神官様、あれに見えるのが月霜銃士爵の住まう城とその城下町、サ・ウイィカの町でございます」
「ふむ、未だ途上とは言えなかなか発展している町だな。これは期待が持てそうじゃ」
先触れの役目を果たす、白い1本吹流しを捧げ持つ女神官が白いフード付きの長衣を取ること無く振り返って言うと、後方において馬に乗る正神官、エウセヴィウスはにんまりと笑みを浮かべた。
恰幅は良いが、だからと言ってでだらしなく太っているわけではない。
聖職者らしい穏やかな顔付きと相まって、ふくよかな身体付きが人に安心感を与える、そういった雰囲気の持ち主である。
高位の神官である証明に、金糸の聖教紋章が胸元に入った白の長衣を身に付け、手には宝飾杖がある。
彼が大神官グレゴリウスに呼ばれ、仰せつかったのは田舎も田舎、しかも獣人や森林人が主体の地域への赴任であった。
理由を尋ねれば、最近北方で噂に上る謎の勢力、月霜伯銃士爵に対する諜報と布教が目的だという。
現在の大神官グレゴリウスは野心家だ。
かつての聖教の力を取り戻さんとあちこちに手を回しており、今回の正神官であるエウセヴィウスの月霜銃士爵領派遣もその一環であろう。
グレゴリウスが言うに、月霜銃士爵本人であるマトゥバ・マサナガは平原人であるという。
しかし新興勢力であるが故に、兵はそれなりに整えることが出来ていても、そもそも存在が希少な治癒術士や神術士の数が不足しているに違いないと言うことで、そこに入り込む余地があるとグレゴリウスは考えたようだ。
一応の主君であるタゥエンドリン王とは水面下で対立関係にあり、緊張は徐々に高まっていることも分かっていた。
本国と緊張関係にあればおそらく森林人の治癒術士などは月霜銃士爵の元に派遣されていないだろうというのが聖教側の予想であり、その予想は概ね合っていた。
森林人には全くもって受け入れられていない聖教だが、月霜伯銃士爵に味方をして恩を売り、聖教の布教や聖教国の国力増強に繋げたい大神官グレゴリウスは、正神官という聖教でも数名しかいない高位の神官を北の辺地に送り込んだのだ。
エウセヴィウスは正神官であるが故にお付きの者達も多く、かなりの大所帯だ。
護衛の神聖騎士や従歩兵を含めれば100人にもなる一大使節で、グレゴリウスの力の入れようが分かる。
やがて一行は工事中の壕に渡された橋の前に到着した。
「止まれっ、何者か?そしてこのカレントゥ城に何用か?」
「ほう、犬獣人共が統制を取って……のう」
ばらばらと門から出て来た犬獣人の兵を見て目を鋭く細めるエウセヴィウス。
その後方において門衛奉行を務めるのはリエンティンだ。
エンデ族の戦士長であり、剣の腕前もさることながら槍や弓の名手でもある。
そして昌長は耐久力と膂力に優れ、上位者の指揮や命令を良く聞く犬獣人は槍兵として最適だと考えており、既に門の衛士には犬獣人の兵を選んでいた。
リエンティンは自分達エルフをはじめとした平原人以外の人種とは犬猿の仲である聖教の紋章を見て取り、警戒と不快感を抱きつつも平静に観察しつつ再度声を発する。
「今一度問う!目的と身分を明らかにせよ!」
それまでのんびり馬車を走らせていた商人達が慌てて街道から逸れ、後方からはリエンティンの放った早馬によって事情を知った援兵が続々と現れる。
最初の門衛と合わせて100名ほどの月霜銃士爵の兵が揃った。
矢倉に銃身の長い狙撃用の火縄銃を装備した森林人の兵が居並び、門の前には坑道人の重装歩兵と抱大筒兵、更にその左右に分かれた犬獣人の槍兵が揃う。
「森林人に猫獣人、犬獣人……何と坑道人もか?少ないが平原人もおるな……」
エウセヴィウスは感心したように月霜銃士爵軍の戦備と兵士を見つめる。
「あれが……雷杖か?」
「おそらくは……術流は感じられませんが。形状から間違い無いかと」
再度のエウセヴィウスの言葉に、先触れの吹流しを持っていた女神官が応える。
「エクセリア、挑発するでないぞ」
「承知しております」
剣吞な気配を纏い始めた先触れの女神官、エクセリアに注意すると、エウセヴィウスは馬から下りて列の先頭へと向かった。
「我らは聖都トゥエルンスレイウンから参った使者、聖教正神官エウセヴィウスと申す。月霜銃士爵殿にお目通り願いたい」
「……左様か」
エウセヴィウスの口上を聞き、取り敢えず敵対的ではないと判断したリエンティンはすぐさま昌長宛てに使い番代わりの猫獣人を走らせた。
リエンティンとしては昌長と聖教を関わらせたくはないが、ここは月霜銃士爵領であり、自分は門衛の統括を任されているとは言え、本来はフィリーシア共々間借りしている身分である。
昌長に判断を仰ぐ他無いのだ。
「……なるほど、身のこなしの素早い猫獣人を伝令になあ。上手い使い方じゃ」
「獣人は信用できません。森林人や坑道人も同じです。それらに与する平原人も同様です」
エウセヴィウスの感心しきりな言葉に、静かな反発を見せるエクセリア。
目の前の戦列に並ぶ、坑道人や森林人にも余り良い感情は持っていないことが、言葉だけでなくエクセリアの視線からも窺える。
聖教は獣人や蜥蜴人に否定的な見解を持っている事とも無縁ではないが、エゥセヴィウスは苦笑漏らして言葉を継いだ。
「差し当たって我らの教義は伏せよ。月霜銃士爵には是非とも味方になって貰わねばならん。双方に都合の良いことだけを吹き込むのじゃ……差し当たってはな」
「承知しております」
「色仕掛けも含めて手立てはいくらでもある。その際は頼むぞ」
「それも……承知しております」
目を伏せつつも長衣のフード部分を取るエクセリア。
その下から現れたのは、つややかな長い黒髪を後ろに撫で付け、切れ長の目とくっきりとした細い眉、ほっそりとした頤に鼻筋の通った美人。
しかし目に冷たい光がある為か、どちらかと言えば怜悧、と言った言葉が似合いそうだ。
エクセリアはその冷たい視線をリエンティンに向けながら言った。
「その為に使節の半数は女にしてあるのですから。無論,その役目を果たせる男もおります」
「まあ、わしの知ったことではないが、無理はするでないぞ?ぼろが出れば全てご破算じゃからの」
「承知しております」
エクセリアの冷たい言葉に、エウセヴィウスは肩をすくめて応じるのみだった。
昌長とエウセヴィウスの会見は、概ね穏やかに進んでいた。
昌長はフィリーシアと照算を伴い、エウセヴィウスはエクセリアを始めとする見目麗しい女神官を数名引き連れての会談。
エウセヴィウスがまず望んだのは聖都との連絡拠点をサイカの町に作ることと、交易に関する協定を結ぶことである。
そして、最後に申し出たのは術士の提供。
「ほう、術士なあ?」
「……聖教の術士ですか、あまりお勧めはしませんが」
昌長の言葉に傍らのフィリーシアが眉を僅かにひそめて応じる。
かつて聖教が猛威を振るっていた時代を直接知るフィリーシアは、聖教がどんな悪辣な手段でも神の名の下に実行したことを知っているのだ。
神が許せば人の意思や制止は意味をなさない。
そんな危うさをもって世界を席巻した聖教は、やがてその悪辣さに愛想を尽かした民人に見捨てられ、各国からの支援や支持を失って衰退した。
今は聖教が盛時のような勢力拡大を目指すような情勢に無いが、それでも一度その思想はグランドアース大陸中に浸透し、本来救うべき民人を大いに苦しめたのである。
力を失ってからは原点に立ち返り、表向きは民人の救済にのみ意を注ぐようになったことから、再び平原人を主として大陸中央部で信徒を増やしているようだが、元々排他的な所のある宗教であるので、森林人や獣人が多く暮らす大陸の北方や西方、それからドワーフの多い南方では逼塞したままだ。
フィリーシアの不信感たっぷりの視線を平然と受け流し、エウセヴィウスは口を開く。
「しかし、実際問題として治療術士や神術士を始めとする術士はタゥエンドリンから得られていないのではありませんか?」
「……それは」
「そうでしょう?ですから、私どもがその不足分を補います。ご心配なく、他意はありません。あくまでも交易や布教において便宜を図って頂く見返りでございますな」
自分の言葉に詰まるフィリーシアを見て、エウセヴィウスは笑みを浮かべて言葉を継いだ。
タゥエンドリン王は既に月霜銃士爵領への援助を打ち切ってしまっている。
またそれだけに留まらず、隊商や武具の提供もやめてしまった。
エンデ族のごく少ない術士以外に術士はおらず、フィリーシアはサラリエル族などに要請して有志を募っているが、戦乱の世となり各勢力が兵や術士を大規模に動員し始めている現状で貴重な術士を確保するのは難しくなりつつある。
怪我や病気の治療が出来る治療術士は元より火炎術士や氷結術士、風撃術士、雷撃術士は、特に大規模な戦場において必須の者達だ。
坑道人や蜥蜴人など術士が極端に少なく、またあまり活用していない者達との戦闘ばかりだったので、昌長は未だその重要性を認識し切れていない部分もある。
しかし、これから戦乱の世に打って出るにあたって、せめてそれらの術による攻撃を防御出来るだけの術士を確保しておきたいフィリーシアは、思うように術士が集まらない状況に苦慮していたのだ。
聖教の申し出は渡りに船と言えるが、しかし問題があり過ぎる。
間違い無く聖教の息の掛かった者を軍内部に入れてしまうと言うこと。
聖教の狙いが、エウセヴィウスの言動とは裏腹に、明らかに自分達の影響力拡大を狙っていること。
そしてその聖教は、森林人や坑道人、獣人の存在を下等なものであると暗に示していることである。
聖教の術士を入れることによる不利益が、利益を遙かに上回ること著しいのだ。
悩むフィリーシアの姿を内心ほくそ笑んで見つめつつ、エウセヴィウスはにこやかな笑顔のまま言葉を継ぐ。
「フィリーシア様の御懸念はごもっともでございますが……聖教はかつてのような排他主義掲げて皆様方と争うつもりは毛頭ありません。ご安心を」
「そう言いつつあちこちに間諜めいた神官を派遣しているようですが?」
「それこそ誤解ですぞ」
鋭いフィリーシアの指摘にも、動じること無く応じるエウセヴィウス。
実際、青竜王領や月霜銃士爵領の平原人区域や集落には聖教の神官が入り込んでいることが把握されていた。
しかし今のところ積極的な布教活動はしておらず、孤児救済や貧民救護と言った事業を行っているだけだ。
怪しいと言えば怪しいが、かと言ってはっきりと敵対している訳ではないので、フィリーシアやレアンティアは対応に苦慮していたのが正直なところである。
そんな報告は当然昌長も受けており、昌長の第一印象はキリシタンと同じだなというものだった。
キリスト教国の植民地獲得のための尖兵。
それと同じ匂いを昌長は聖教の神官達に感じていたのである。
「……布教はまあ認めちゃる。ほやけど術士は要らへんわ。間に合うてるさけな」
「それは有り難きことでございますが……本当に術士は要らぬと?」
「マサナガ様、術士を得るつもりがないのであれば布教を認めるべきではありません。聖教は排他的に過ぎます」
相次いでエウセヴィウスとフィリーシアが発言するが、昌長はうっすら笑みを浮かべたまま応じない。
その沈黙を持て余したエウセヴィウスが術士の派遣について発言しようとしたその時、昌長は徐に口を開いた。
「但し、聖都とやらへわいらの使節を常駐させることが条件やで」
「常駐……ですと?」
その言葉に不穏な物を感じ取って問い返すエウセヴィウスに、昌長はこともなげに答える。
「無論や、おまはんらの使節がわいらの町に常駐するっちゅうんやったら、わいらも使節を送るわ。それが対等の関係ちゅうもんやろ……因みに言うとくけど、わいらの使節は坑道人と獣人と森林人になるなあ」
「そ、それは!」
流石に顔の皮の厚いエウセヴィウスもこの提案には顔を青くする。
聖教は積極的に発信することを辞めはしたが、他人種排斥を掲げていることには変わりないのだ。
もちろん聖都の住人は全て聖教の宗徒。
他人種に良い感情を持たないといったレベルではなく、嫌悪感や憎悪感を持っている。
その他人種排斥の教義を持つ聖都に、昌長は事もあろうに他人種の使節を常駐させろと言い出した。
どんなトラブルが発生するか、火を見るより明らかであるし、もしそのトラブルが退っ引きならないものであった場合、月霜銃士爵はあっさり敵に回ってしまうだろう。
そしてそのトラブルは間違い無く起こる。
エウセヴィウスは聖教でも他人種に対して融和的な指向の持ち主だが、それでも教義の基本は基本。
教義を曲げることは出来ないし、絶対ありえないことだが教義が変われば平原人の宗徒全てを失うことにも繋がりかねない。
「……それはお断り致します」
「ほうか、ほいたら交易も何も無理やな。わいらの町は見てのとおり森林人や獣人が主体やし、それが受け入れられやんのやったらわいらは何も出来やんわ。照算、高僧殿はお帰りや。案内しちゃれ」
「承知」
傍らの照算にそう声を掛けると席を立とうとする昌長。
照算はエウセヴィウスらを外へ案内すべく、無表情のまま立ち上がる。
「そ、それはお待ち下さい月霜銃士爵どの。月霜銃士爵領には平原人もおりますでしょう。そのもの達を使わして頂ければ……」
今までの交渉と合意を躊躇無く全てご破算にしようとしている昌長に、エウセヴィウスは冷や汗を掻きながら言葉を発する。
しかし昌長はたった一言。
「そんなことはせえへん」
昌長のにべもない言葉に、エウセヴィウスは絶句する。
しばらく汗を掻きつつ思案を重ね、エウセヴィウスは結論を出す。
「……分かりました、では布教は致しません。国として交易と通信を主に致したい」
「分かったわ。ほな青竜王領の村落に入り込んだ神官どもも引き上げさせえよ」
「承知しました……」




