第5話 王都2
「な……何とっ」
はっきりと目を見開いて驚くカフィル。
その視線の先には、昌長の手によって挙げられた剛戦士カッラーフの首があった。
「ま、まさかこの豪傑を討てる者が存在しようとは……」
衛士達もそれまでとはまた違った意味で動揺し、驚いている。
しばらく額に穴の空いたカッラーフの首を見据えていたカフィルは、静かに目を閉じて言う。
「承知した、礼はさせて貰う……」
「そやな」
昌長は首を再び布でくるみ、剣と一緒に照算へ手渡す。
そんな遣り取りを眺めつつ、フィリーシアがカフィルへ心配そうに声を掛けた。
「兄上……」
「フィリーシア、無事で何よりだが……王は平原人の手を借りた事を余りよく思われないだろう。申し開き出来るようにしておくのが良いと思うぞ」
「傭兵隊長殿、準備もあるので謁見は明日となる。今夜は宮殿に部屋を用意させるので、どうかくつろいで欲しい」
「左様か、ほな厄介になるわえ」
カフィル王子の渋い声に昌長は軽く応じた。
衛士達が槍を収め、昌長ら月霜傭兵団の5人も刀から手を外し、鉄砲の構えを解いて殺気を消す。
それまで騒然としていた宮殿正門前が、ようやく落ち着いた。
遠巻きに様子を窺っていた森林人達が足早に去り、歴戦の雑賀武者達から発せられていた殺気をまともに受け、かちかちに萎縮していた衛士達も肩の力を抜く。
「では……付いて来るが良い」
カフィルの言葉に、顔をしかめる昌長。
「……昌長」
「おう、わかっちゃある」
佐武義昌が、そんな昌長の陣羽織の裾を僅かに引くが、昌長は手を上げてそれを制してから言葉を継ぐ。
「但し、分宿は止めて貰うでえ。大広間でええよって、皆一緒に過ごすのや」
昌長の言葉に義昌はほっとして後ろへ退き、踵を返していたカフィルは振り返って眉をひそめた。
「それは……それでは歓待とは言えなくなる。食事も用意させるので、1名ずつ部屋を用意させるが如何か?」
「あかんかったら、余所で泊まるわ……行くで」
しかし昌長はあっさりカフィルの提案を蹴り、義昌達に声を掛ける。
背を向け始めた昌長達を見て、ようやくカフィルが慌てた。
「わ、分かった、今は使用していない離れの棟を一つ空けよう、建物の整理に時間をくれまいか?」
「おおきに、それから掃除と飯はいらへん、自分らでやるわ」
雑賀衆は他の戦国大名とはその成り立ちが大きく異なる。
彼らの本質は独立自営の武装農民や武装商人で、稼業は傭兵。
畿内各地の大名はもとより、遠くは中国や四国、北陸や関東にまで足を伸ばし、火縄銃の扱いに精通した傭兵として雇われてきた雑賀武者達。
もちろん、火縄銃以前の時代からの生業である海運業と水軍衆も忘れてはならない。
かつて紀伊水軍として源平合戦の行く末も左右した程に、紀伊は海戦と回船に長けた集団を擁している。
その後裔たる雑賀衆や根来衆は鉄砲傭兵と海運業、それに加えて火縄銃そのものの販売を融合させ、日本各地に売り込んだのだ。
故に昨日の味方は今日の敵、今日の敵は明日の商売相手となる事も多々あり、当然手痛い敗北を喫した相手から恨みを買う事もある。
また支払いが理由で雇用交渉が決裂した場合などにおいて、敵方に奔らせまいと雑賀傭兵を殲滅しようとした勢力も少なくない。
昌長も紀伊雑賀の名主統領として一角の勢力と盛名を持つ身だが、自ら傭兵として日本各地に赴いた、優秀な傭兵隊長でもあった。
特に今回のように、一応の縁は出来てこそいるものの、未だ雇用主となるべき人物の性格や思惑が判然としない場合は用心するに越した事は無い。
フィリーシアは見かけによらず武人気質であり、戦場での恩を多大に昌長達に対して感じている事から裏切る事はないだろうが、国の成り立ちを聞くに、王族といえども地位はそれ程高くない事が知れる。
一方、今現れたカフィルは一定の力を持ってはいるようだ。
今のところ、先程見せたカッラーフの首の効果もあってか昌長の実力を認めているようだが、おそらく王の意向次第によってはあっさり昌長達を切り捨てる。
幸い未だ係累もしがらみも無い雑賀武者達は、身一つで何処にでも落ち延びる事が出来る。
しかしながら、神隠しに遭って間もない昌長達はこの国や周辺の情報を全く持っていない。
道すがらフィリーシアに大まかな風習や制度、気候や民情は聞いて理解しており、また神術を授けて貰ったお陰で、紀州なまりは少し?残ってしまったが、言葉も一応不自由しないようになった。
それでも昌長としては、地理や風土をよりよく知る必要があるので、しばらくは蜥蜴人撃退の恩を売り込んで権力者の近くに位置し、民情や国情、諸外国の情報把握を合わせて行いたい所だ。
カフィルの申し出は一応昌長の要望にかなっており、問題は無いと思えた。
もし妙な位置にある建物であれば、また断れば良い。
「ほないくでえ」
「おう、屋根のあるとこで寝られんのやったら、何処でもええわ」
「まずは掃除やんなあ」
「飯どないしょ」
「おまん、また飯の事かえ……先掃除やて言うてるやんけ」
昌長の号令で口々にそう言いながら再び踵を返した達。
衛士に守られたカフィルが先頭に立って歩き出すが、昌長達はある位置でぴたりとその歩みを止めて動かない。
それは他でも無い、フィリーシアの前。
「あ、あの……どうかしましたか?」
「どないこうもないで姫さん」
「え?」
今まで蚊帳の外だったフィリーシアが、兄王子の後に続かない昌長達を訝って尋ねると、昌長は悪戯っぽい笑みを浮かべ、その背をどやしつけて言う。
「あんたがワイらの雇い主なんや。案内しれくれやんか」
「こほっ……え?私が……ですか?」
意外と強い勢いに前のめりになりつつ咳き込むフィリーシアが驚いて顔を上げると、雑賀武者達は全員が笑顔でフィリーシアを見ていた。
「そうしといたら、戦に負けてもうたあんたの立場もちょっとは良うなるやろ」
昌長の言葉に絶句するフィリーシアへ、雑賀武者達から次々に暖かい、そして戦場を知る者達の声が掛かった。
「負けて逃げ帰るんは勇気要るでえ」
「味方みんな死んでもうたんや、きつかったやな」
「大将やったんやて?えらかったなあ……」
「死んだもんの為にも、まだまだ気張らんとあかんでぇ」
「飯喰え飯……元気に、なる」
戦士の別離。
敗北の惨めさ。
死の無常。
雑賀武者達は戦国の世にあって各地で傭兵として戦うと同時に、自分達の故郷や信条を守る為にも大いに戦った。
織田信長との石山十年戦争にその砲術にて参加し、2度にわたる雑賀攻めにも屈せず戦い抜いた、戦国随一の鉄砲戦士集団。
その一員にして、更にその中でも精強を謳われた的場衆は、誰よりも深く戦場の高揚感と悲哀を知り、経験してきた者達なのだ。
本当であれば、とっくにリザードマンの国へ連れ去られているか、他の戦士達と同じように彼らの食料になっていたはずのフィリーシア。
彼女も王族とはいえ武人、しかも将の端くれとして誇りもあった。
それが無謀な王命の下、戦いに赴くほか無かったとはいえ、子飼いの剣士や射手を多く無為に失い、しかも残酷極まりないリザードマン達に彼らが目の前で餌として解体されていくのをただ見ている事しか出来ず、壊れかけていたフィリーシア。
ただ喰われる時を待つだけとなっていた彼女を救い出したのは、彼ら的場衆であった。
その後、剛強なカッラーフ率いるリザードマン戦士達を苦も無く撃破し、フィリーシアはようやくそこで自分の心を取り戻した。
しかし残っていたのは、自分が敗れたという罪だけ。
たった1回、しかも圧倒的劣勢の中での敗走であったとは言えども負けは負け、処罰と死を覚悟していた彼女をもう一度蘇らせたのは、彼ら異相の平原人傭兵だった。
活力溢れる彼らが、フィリーシアをリザードマンから救い出し、彼の雄敵を打ち破ったのみならず、彼女に死を思いとどまらせた。
「わいらはこの辺の事はいっこも分かれへん、まだまだ姫さんにはようけ世話んならんとあかんよって、まあ……しばらく付き合うちゃってくれよ」
昌長のこの言葉が、抜け殻だったフィリーシアに生きる意味を与えたのだ。
そして今また、この義心溢れる傭兵隊長はフィリーシアの心に触れる言葉を発する。
「まあ、姫さんがよう頑張ってくれたら、わいらも色々やり易いっちゅうもんや」
精悍な顔へ男臭いながらも暖かみのある笑みを浮かべて昌長が言うが、その真意はフィリーシアには十分すぎる程伝わっていた。
剛強な戦士長に率いられた不屈のリザードマン戦士団を苦も無く撃破できる傭兵達は、フィリーシアにのみ従うという事を示し、その立場と名誉を守ってくれるというのだ。
取りも直さず、それは月霜銃士隊の挙げた戦勝もフィリーシアの手柄となる事を意味している。
「マサナガ様……」
雑賀武者達の仕事は金銭主体で、金の切れ目が縁の切れ目の人情とは縁遠い傭兵稼業。
しかし彼らが各地で大名や小名から競って雇われ、そして戦いやその後の一時的な敵地の占領などの措置において大いに頼りにされてきたのは、極めて優秀であり、金銭分の職務に忠実な、それでいて人情の薄い、後腐れの無い傭兵隊であったからではない。
雑賀衆の優秀さや依頼に対する忠実さに対する評価や信頼は、当然あった。
しかし本当の意味で頼りとされたのは、雑賀武者達は傭兵でありながら時には採算を度外視し、惚れ込んだ相手や義心を持った雇用主を盛り立て、最後まで付き合う程の義理堅さや仁義を度々示したからである。
その心が、今フィリーシアに発揮された。
「よっしゃ、行こかい」
先程とは打って変わり、優しくその背を押す昌長に、フィリーシアは感謝の言葉を小さく述べると、昌長達の先頭に立ってゆっくりと歩き出した。
「こちらです」
「おう」
フィリーシアに従い、ぞろぞろと正門をくぐる昌長達。
その姿を振り返って渋面で見ていたカフィルは、衛視の1人にぼそぼそと何事かを指示する。
指示を受けた衛士がさりげなく列を離れるのを鋭く見るが、その後は何食わぬ顔でフィリーシアの後を歩く昌長は、周囲の様子を見回してつぶやく。
「何や色々問題ありそうやんけ……腕が鳴るでぇ」