第49話 カレントゥ城下町の発展1
南方遠征から2か月程がたち、カレントゥ城周辺の開発や造営も随分と進んできた。
シントニアの住人達もほぼ全員が移住を終え、大陸全土に逃れていたエンデの民や、犬獣人、猫獣人を中心に各地からの獣人族を主体とする逃亡者も定着しつつある。
また、大河から水路を引いて外堀と為すと同時に、名も無き平原への灌漑用水として活用すべく工事が進んでいる。
その工事を差配しているのは、農事奉行に任命された岡吉次である。
岡吉次は織田信長の太腿を撃ち抜いた歴戦の雑賀武者であると同時に農民であり、また醸造家でもあった。
雑賀五搦の中でも農業生産力の高い南郷の出身で、若い時から農事に勤しんできた。
雑賀武者のならいとして幼少期から鉄砲稽古に励んできたが、彼の頭の中には常に田畑のこともあった。
明や朝鮮を攻める倭寇に参加する為、また交易の為に薩摩国(鹿児島県)や土佐国(高知県)を経由して大陸に出かけた際も、交易品の他に進んだ大陸の農業書を手に入れることを楽しみにしていた程である。
故に彼は直接的な農事のみならず、農業設備の普請方法や農法にも通じていた。
そしてそれを活かした味噌や醤油、酒などの醸造にも長けている。
農事の知識を生かし、紀州においてもため池や灌漑用水路の掘削や普請に活躍していた吉次は大河の分流の1つに目を付け、ここに堰を設けて水量を確保して名も無き平原へと水を導入することにしたのである。
そして近くの低地に水を導引したのだ。
大河の水を注がれた低地は池となり、その池から更に吉次は水路を張り巡らせるつもりでいる。
最後はカレントゥ城をぐるりと周回させ、碧星乃里の池へ排水路を設ける予定だ。
「大分出来てきたな」
「おう、まあ人さえおったらこの平原で100万石は米がとれるで」
巡察に出ていた昌長から声を掛けられると、吉次は厳つい顔をほころばせて答える。
その手には鉄砲ではなく、新たに作られた鍬があった。
もちろん身に付けているのも雑賀製の鎧兜ではなく、こちらの世界にある一般的な服装で、七分丈の貫頭衣に短いズボンといった出で立ちだ。
「獣人共の働きぶりはどうや?」
「ああ、身体は無茶苦茶ええで……頭はあんまりええ無いけどな」
「はははは」
最後は昌長の後ろにいるユエンを気にしてか、小さな声で言う吉次。
笑う昌長に対して吉次は服に付いた泥を払い落とし、額の汗を腰にあった手ぬぐいで拭きながら言葉を継ぐ。
「素直やし何より体力と力があるわ。ええ農民になるでえ」
水路を掘り、石を積んで堰を作る獣人達を眺めて言う吉次は鍬を置くと、背中に背負った背嚢から図面を取り出し、昌長に見せて言う。
そこにはカレントゥ城周辺の内、北と東側を主体とした図面であったが、水路を示すと思われる水色の線が縦横に引かれており、完成した部分については朱書きされている。
昌長が見るに、水路は3分の1くらいが完成した形だ。
「城の北から東を主に開墾してるんやが、まあ順調や。作物は米と稗に粟、大麦、小麦やな。水路のたらん丘陵地は団栗やら枇杷やらを植えちゃある」
「水害は大事ないか?」
吉次の説明に頷いてから昌長が尋ねると、彼は手を左右に振って言う。
「気遣い無いわ。ここの大河の氾濫の仕方は緩いらしい。紀ノ川みたいに何もかも押し流す感じやないみたいやで。それは地形を見たら分かるし、獣人らも言うてた」
「そうだぞマサナガ、あたしはずっと住んでるけど水があふれたことはほとんど無いぞ」
吉次の言葉にユエンが同調する。
大河は勾配が緩く、ここ碧星乃里やカレントゥ城辺りは中流域である事もあって水量が増えて水かさが増すことがあっても、洪水といった形にまでは至らないのだ。
それに、周辺の湿地が溢れた水を受け止めるので、陸側にまで水が押し寄せてこない。
それはグランドアース大陸北部の気候が安定していることと無縁ではないだろう。
故郷の紀ノ川は度々大洪水を起こし、甚大な被害を流域にもたらしてきた。
特に下流域にある雑賀荘は幾度も酷い水害に遭っており、雑賀の者達であれば河川の氾濫の恐ろしさが身に染みている。
野分け風や梅雨、秋の長雨によって起こる水害の恐ろしさをよく知るだけに、昌長は大河の氾濫を気にしたのだが吉次は心配ないと言う。
「ヨシツグ様の言うとおりです。大河は溢水する事はあっても決水を起こすことはありません。少なくともここ数百年は氾濫していませんね」
「一千年以上前に一度切りじゃな」
昌長が振り返ると、付いて来ていたフィリーシアと人の身に変身した青竜王アスライルスが答える。
「まあそうは言うたかて堤は作るけどな」
吉次が考えているのは洪水を大河の流域の範囲において防ぎ止める物ではなく、流水や溢水を逸らす形のものである。
堤が守るのは農地と町のみで、それ以外の場所へ水を逸らしてしまうのだ。
「ほうか、ほな頑張ってくれよ」
「おう、百万石目指して気張るわえ」
笑顔で手を振る吉次を後に、昌長達は城下町へと向かう。
カレントゥ城の城下町の廃墟を整理し直して構築している途中であるこの新興都市は、そこに住まう者達によってサイカと呼ばれていた。
昌長は特に名前は決めておらず、町が完成した暁には何か良い名前をと考えていたのだが、ここに集まった森林人のエンデ族や犬獣人や猫獣人達は、昌長達雑賀武者の出身地である雑賀の名称を町に対して自然と使い始めたのである。
ちなみに町にはカレントゥ城を中心として城壁が設けられており、いわゆる総構えと呼ばれる縄張りが為されている。
この縄張りを差配したのは、都市奉行に任じられた佐武義昌である。
義昌は雑賀衆の中でも有力者である統領衆を務めていたこともあり、城砦の縄張りや建造には持論を持っている
殊に砦造りに才能を発揮しており、豊臣秀吉の紀州征伐においてもいくつかの砦や城の建設に関わっていた。
残念ながらそれらの城や砦は豊臣の大軍によって全て磨り潰されるように陥落してしまったが、こと火縄銃を使用する防御設備の建築や構造物の設計においては名人の域にある。
その佐武義昌が縄張りして改築されたカレントゥ城は、外見こそ違えども正に日の本の城郭であった。
町を囲む石垣を基盤とした城壁は、グランドアース世界にある都市城壁のように高くはないものの、各種の堀と組み合わせて構築されており、乗り越えるのには困難を伴う。
二階建て方式で建築された城壁にはそれこそ多数の銃眼が穿たれており、今は弩や機械弓が配置されているところであるが、何れは全て火縄銃に転換する予定である。
空掘は深く広く作られており、現在は水を入れていないが、吉次の用水路が完成すれば大河からの水が導入される予定だ。
また城壁には一定間隔で日の本式の櫓が設けられており、ここが異相の町である事を際立たせていた。
カレントゥ城本体は低い丘の上に築城されており、こちらも外城壁同様の防御設備と更なる工夫が凝らされている。
寄せ手に対して射撃を集中させる為の虎口や櫓、二段に設けられた銃眼、石の詰められた壁、空堀が地形に合わせて巧みに配置されている。
労働力は主にマーラバントを始めとする各地から逃げてきた獣人達に拠る。
彼らに食事と居所を給付する代わりに、城や農地、都市の造営に従事させているのだ。
総構えの壕を穿つ作業を差配している都市奉行の佐武義昌は、石積み作業を監督している所に昌長の訪問を受けた。
「精が出るな、義昌よ」
「おお昌長か、今の所とは何も気遣い無いで」
ふっと弱い笑みを浮かべて応じる義昌の背中を、昌長は強く叩く。
「千石堀は気に病むなや、今度ここで失敗せんかったらええんじょ」
「ああ、そうやな」
そう答えはするものの、義昌の表情は暗い。
豊臣秀吉の紀州征伐軍との前哨戦となった和泉国千石堀城の戦いにおいて、紀州惣国一揆勢は無残な敗北を喫している。
初戦こそ勝手知ったる城と地形を生かし、無尽蔵とも言える鉄砲と弾薬を存分に使って十万の豊臣軍先鋒に死者数千名を数える大打撃を与えたものの、忍び衆の裏攻撃により煙硝倉が大爆発。
僅か一日にして千石堀城は爆発四散して焼け落ちた。
ほとんどの雑賀武者や根来僧兵は爆死し、残った者達は火薬を失って抗戦の術をなくすと最後の突撃を掛けて全滅したのである。
そしてその千石堀の城の設計と築城に関わっていた佐武義昌は、当初は自分の設計に自信があっただけに、見落としていた弱点を突かれて焔硝倉が焼き討ちされ、敗北のきっかけを作ってしまったと未だ悔やんでいるのだ。
「何遍も言うがあれはおまんのせいとちゃう。相手が一枚上手やったんや」
「焔硝倉の入り口が敵方に向いててもか?」
「そうや」
力強く応じた昌長の言葉に懐疑的な視線を向ける義昌。
千石堀城の煙硝倉の入り口は北向きで、攻め手の豊臣軍側に開いていたのである。
これは火薬の出し入れを素早く出来るようにとの配慮であったが、結果的に裏目に出たことは否定できない事実だ。
その焔硝倉の出入り口目掛けて伊賀衆や陰働きの忍びが火矢を放ち、結果周囲にこぼれた火薬に当たった火矢の炎はそのまま火薬のたっぷり詰まった焔硝倉に導かれた。
水切り溝や虎口を設けてさえいれば、この様な悲劇は防げたはずである。
しかし二度目は無い。
ここでは自分の持てる技術の全てを費やし、このグランドアース大陸最高の城郭を建築するのだ。
「……今度はしくじらへんわ」
「おう、頼むで!」
佐武義昌の目に力が戻り、立ち直った事を確認した昌長はその背をもう一度叩いてから立ち去る。
誰にもでも失敗はある。
しかし、それがいかに高い代償を支払ったとしても、学べば二度目はきっと無いのだ。
石炭と木炭の炎。
熱せられた鉄や銅の熱気。
ミスリルやオリハルコンを打ち鍛える坑道人鍛冶師達の、暑苦しい程の体温。
全てのものが熱を放つ鍛冶場を訪れた昌長達は、その熱気に辟易としながらも、楽しそうに働いている坑道人達を眺める。
その中でも一際流麗な腕前を見せているのは、元シントニアの職長であるナルデンと、ドワーフに交じって鉄を打つ宗右衛門であった。
ナルデンは、打っていた鉄を別の職人に任せ、汗を腕で拭きつつ立ち上がる。
その際に昌長一行を視界に捉えた。
「おお、マサナガ殿!」
「調子よさそうやなナルデンよ」
「おかげさまで、青焔山からの各種鉱石搬入も滞りなく進んでおります……あ、これは青竜王様、ご機嫌麗しゅう」
「うむ、苦しゅう無いぞ」
昌長に挨拶しつつ、その背後にアスライルスの姿を認めたナルデンは、慇懃に挨拶を送る事を忘れない。
荒くれ者の多い坑道人であるが、ナルデンは少し毛色が違うようで、どちらかというと排他的な気風のある坑道人でありながらも彼は他種族と積極的に交わっていた。
今は堺一の鉄炮鍛冶師である芝辻清右衛門の直弟子である芝辻宗右衛門と共に、鉄砲の張り立て(製造)を行ってもいる。
「鉄砲はどないや?」
「ようやく生産のめどが立ちました。今は職人を選んで1日10丁から30丁を目標に制作しております」
昌長の問いに淀みなく答えるナルデン。
それは一昨日宗右衛門から昌長が聞いた数と一致している。
「ようやく鉄砲の数が揃うな」
「あのような異相の武具を作るのは初めてですが……私達に鍛冶の分野において作れないものはありません。お任せ下さい」
そのナルデンらに鉄砲鍛冶を伝授した芝辻宗右衛門は、現在坑道人の職人達に混じって奮闘中であった。
「ちゃうちゃう!そこは均等に巻き付けやなだめです!歪まさない!」
「うるせえぞ、若僧!そんなこたあわかっとるわい!」
「ほなちゃんとやって下さいっ!……自分はもっとしっかり削らんといかんですよ!」
「いちいちうるさいぞ!ソウエモン!失敗などせんわ!黙って見とれっ」
「何を言いますかっ!鉄砲に関したらあなた達は未だ素人に毛え生えた程度の腕前ですやん!!あっ、そこの自分!絡繰り発条はもっと丁寧に付けやなあかんですよっ!」
「一々指図するな!自由にやらせろっ」
鉄砲筒の巻き付けと接合作業をしているドワーフの鍛冶師に注文を付け、更には穿孔作業と組み立てをしている鍛冶師に注意をする宗右衛門。
「適当にやるもんやないです!」
「誰にモノ言っとるんじゃい!」
決してケンカしているわけではないのだが、ただでさえ騒々しい鍛冶場で騒がしいことこの上ない。
因みに、この鍛冶場では既に数百名の坑道人が働いている。
昌長が堺の鉄砲工廠を真似て作った、月霜銃士爵の直轄工廠だ。
もちろん鉄砲以外の武具や防具、民具や農具も製造しており、他に人の住まない北の地で随一の高度な技術と生産量を誇る金属製品の工廠となっている。
また、鉄砲の銃床は森林人の木工細工師が製造した物を使用しており、木工所は鍛冶場に隣接して設けられている。
件の木工所は少し距離を取ってあるので鍛冶場の喧噪は届かないようになっていた。
熱気も凄ければ騒音も酷いので、静穏を好む傾向のエルフ職人の邪魔にならないよう、近からず遠からずといった位置取りをしたのである。
最初はエルフの作った部品を使うことに難色を示していたドワーフたちだったが、今は宗右衛門の意見を素直に容れている。
既に鉄砲は100丁を超える数が生産されており、今はその調整と兵への配布、調練が行われている最中だ。
「まあ、活気があるんはええ事やな」
「それはそうなのですが……」
宗右衛門と坑道人の鍛冶師の遣り取りは、もはや意見の遣り取りの域を超えている。
双方が職人気質で頑固故に収拾が付かないのだ。
「まあ、ケンカになったら教えてくれよ」
「心配はご尤もですが、それはないでしょう。双方ともより良い物を作ることに熱意を持っているだけですからね」
昌長が冗談半分に言うと、ナルデンはケンカへの発展に関してはきっぱり否定した。
その言葉を聞いて昌長は笑みを浮かべる。
「何処の時代にも凝り性は居るものだな」
「……本当に大丈夫でしょうか?」
感心した様子で言うアスライルスとは対照的に、フィリーシアは心配そうにドワーフの中にいる宗右衛門を見ていた。
しかし激論を戦わせているものの、つかみ合いに発展するような雰囲気は無い。
「気遣い無い、行こうらえ」
それを見ていた昌長は苦笑して付いて来た者達に先を促すのだった。




