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第46話 シントニア攻防戦2

「な、な、な何だ今の轟音はっ!」


 驚くゲルトンの目の前で、機械弓の操作に当たっていた数名のドワーフ兵が血飛沫を噴き上げて倒れ伏し、機械弓本体も1台が砕かれた。

 轟音に驚き慌てふためくゲルトン配下の兵達に、今度は胸壁上から一斉に投射兵器の攻撃が加えられる。

 内門周辺の弩兵が投槍や手斧で撃ち倒され、正確無比な弓射が機械弓を担当する兵士の目や喉元を襲う。


「こ、これは森林人エルフの矢!?シントニアにエルフはいないはずだぞ!」


 配下の兵士を襲った矢を見てゲルトンが叫びつつ胸壁を見ると、そこにはエルフィンボウを構えて厳しい眼差しでこちらを狙うフィリーシアとリエンティンらの姿があった。

 程なく放たれる風術の加護を得た矢が、ドワーフ兵を次々と貫く。

 そしてその横には投槍を攻城槌を操る兵士に向けて投擲するユエンの姿があった。


「獣人だと!?何故この地に獣人がいるのだ!」


 ゲルトンが叫ぶ間にも轟音と共に機械弓が砕かれ、兵士達が猛烈な投射攻撃を受けて倒れ、正確無比な弓射攻撃で事切れていく。

 シントニアの都市衛兵の投げた手斧が機械弓の弦を断ち切り、煮えたぎった油が内門前にぶちまけられたことで攻城槌を操作していた兵が火傷を負って絶叫する。


「狼狽えるな!弩を前に出して胸壁の陰にいる敵を掃討させろ!」

「させません!敵の弩を狙って連射!」


 ゲルトンの命令で弩を持った坑道人兵が前に出始めるが、自分達の射程に達する前にフィリーシアら10名のエルフ弓兵の猛射を喰らって損害を出す。

 フィリーシアが連れてきた手練れのエンデ族のエルフ弓兵は瞬く間に30名ものドワーフ弩兵を撃ち倒し、更にその倍以上の兵に手傷を負わせる。

 ドワーフの弩兵は盾を構え、あるいは同輩の重装歩兵に守られて内門へと近付くが、その頃には獣人の怪力で投げ下ろされる投槍攻撃に晒されて再び損害を出す。

 それでも何とか射程に辿り着いた弩兵は、憎しみと怒りを込めてその狙いを胸壁の上に定めた。


「放て!」


 鋭い風切り音が響き、威力のある短矢が胸壁に拠って投射攻撃を継続していたシントニア軍へと殺到する。

 大半は城壁や胸壁に当たって事なきを得るが、胸壁の隙間のあちこちで悲鳴や叫び声が上がった。

 13名の都市衛兵が射殺され、1名の獣人兵と3名の森林人兵が絶命したのだ。


「装填急げ!ひるむな!立て続けに射殺せえ!」


 ゲルトンの号令を受け、ドワーフ弩兵は置き盾の陰や重装歩兵の敷く戦列の後ろで短矢の装填を始める。

 しかしながら立ち直ったシントニア側の弓射と投げ槍、手斧の反撃に遭い、ばたばたと兵が討たれた。


 そして3度目の轟発音が轟き渡る。


 胸壁を破砕するべく盛んに攻撃を加えていた機械弓が更に2台粉砕され、その周辺の兵が撃ち倒される。

 大盾や置き盾に身を伏せていようが重装歩兵の陰にいようが、あの轟音が胸壁からすれば屈強な兵達が倒れ、機械弓が粉砕される。


「クソ!なんだあの武具はっ?強力な魔道杖かっ?弩兵!あの平原人の兵を狙え!」


 ゲルトンが悪態をつきつつもその正体を突き止め、昌長らに狙いを定めるよう号令を下す。

 しかしながら、その時には既に義昌や宗右衛門達は胸壁の陰で装填作業に入っており、姿を捉える事は出来ない。


「場所を変えよや!同じ場所から撃つない!狙われるで!そやけど一斉射撃は崩すな!」


 昌長の言葉で胸壁の下を這って進む義昌達。

 そして先程とは別の場所から一気に顔を出すと、一瞬で狙いを定めて引き金を落とす。

 轟音と白煙が噴き上がり、4度目の一斉射撃が加えられた。

 四度よたび、機械弓が破砕され、大盾の陰の弩兵が撃ち殺される。


「ええい、何を怯んでおるか不甲斐ないっ、ためらわず猛烈に反撃せぬか!」


 ゲルトンが怒って号令をかけるが、既に昌長らは伏せた後。

 代わって都市衛兵が数名弩の犠牲になるが、肝心の雑賀武者を仕留められず、ゲルトンは焦り始める。

 敵からの反撃が微弱であった事から内門にまで機械弓を押し出したが、既に10台を下らない数の機械弓が破壊され、それ以上の操縦手が射殺された。

 弩兵の犠牲も馬鹿に出来ない。

 その上極めて厄介で味方の士気を下げているのが、鎧も盾も機械弓の頑丈な本体も貫通し、破砕してしまうあの不思議な武器だ。

 数はそれ程多くはないようだが、昨日までの攻防戦では使用されていなかった事を考えれば、海側から何らかの援軍が入った事が想像できる。


 都市の中に乱入された今の今まで、これほど決定的な力を持つ強力な新兵器を温存しておく理由がシントニアには無いことを考えれば、答えは容易に導き出せた。

 しかも動きを見ている限り、新型の魔道杖と思われる武具を使用している兵はすさまじく練達で一筋縄では行かない。

 昨日までは戦勝気分であった配下の兵達は突然の強力な反撃に遭って命を惜しみ、厭戦気分を持ち始めている。


「こんな田舎都市で足を引っ張られるわけにはいかぬ……」


 他の都市を攻めているライバルの将軍達は、既に都市を陥落させたり降伏させたという報告が入って来ている。

 ゲルトンの攻めるシントニアが本国から最も遠隔であり、大河を渡河する必要もあったので攻撃開始が他の都市よりも遅いという事情もあったが、それでもほぼ同時の攻撃開始である。

 ゲルトンがシントニアで手こずれば他の将軍達が先んじてしまうのは避けようが無い。

 急激に勢力を拡大しているゴルデリア坑道王国において、それは自身の政治勢力を貶めることになってしまう。


「くそ!前に出るぞ!味方の士気を上げねばならんっ」

「将軍、あの強力な魔道杖の射程が分かりません、危険であります!」

「まだ前線は混乱しております!無用の移動はかえって兵に混乱を招きます!」


 本陣を前に進めるべく立ち上がって命じたゲルトンに、副官や護衛の兵士達が制止の言葉をかける。


「若干の危険は承知しておるわ!見ていればあの魔道杖もそれ程長い射程があるわけでない事が分かる。そう易々とやられる事はあるまい。精々弩より若干長いぐらいだからな!それよりも前線の士気低下が見過ごせぬ!良いから本陣を前に進めい!ここで退いては臆病者の誹りは免れん!出せい!」




「来たで来たで……」


 一方の昌長は遠隔にあった敵本陣が動き出した事にほくそ笑んでいた。

 昌長達が入るまで攻撃を受ける一方であったシントニアの弱体振りの印象が強く、かえって好都合となった形だ。

 今までは楽勝気分戦勝気分を持っていた敵兵達は、強烈な反撃を初めて受けた事で戸惑い、味方が撃ち倒される事で怖気を振るっている。

 しかし多勢に無勢、ここで大勢はひっくり返せない。

 何れシントニアは陥落する、それは動かしがたい結末だ。


 しかしその結末を迎えるにはこのシントニアからの反撃を乗り越えなければならないのだが、それはかなり厳しい反撃を受けた後の事。

 命を落とす同輩が増え、大怪我をして後送されている者もいる。

 今までに無かった光景と結果に、戸惑いと嫌気を感じる兵達。

 ゲルトン配下の兵は、せっかくの勝ち戦なのに死んでしまったり、負傷してしまっては意味が無い、そう思い始めているのだ。


 士気の低下は敵側である昌長から見ても明らか。


 それまで身をさらしてまでも射撃していた弩兵が置き盾の陰から出てこなくなり、重装歩兵の漸進が止まった。

 攻城槌に至っては、数度の熱油攻撃の後は放置されたままだ。


「猛将やったら督戦のために必ず前線へ出てくるでえ」


 昌長はそう呟きながら、傍らに居るユエンを手招く。

 ユエンは嬉しそうな笑顔で駆け寄ってくると、すぐに意気込んで問い掛けてくる。


「マサナガっ、何か用か?」

「ユエン、危ないとこ悪いけどよ、義昌に頃合いや良して使い番してくれやんか?」

「わかったぞ、コロアイヤヨシ、だな?」

「おう、間違い無いで。たのんどか」


 マサナガが笑顔で頷くと、ユエンも笑顔を返して身を翻す。

 そして身を低くして城壁を一気に駆け走ると、佐武義昌が伏せているかなり離れた胸壁の影に向かった。


「相変わらずええ身のこなしやな」


 感心して見送ってから、昌長は視線を戻す。

 そこには昌長の待ち望んだ光景、すなわち配下の兵士達に檄を飛ばし、前線を立て直そうとする猛将ゲルトンの姿があった。




「何をしておるか!弩兵は盾の陰から出て一斉に射撃をせんか!まばらに撃つから敵が図に乗るのだ!重装歩兵!10歩分置き盾を持って前に出て敵を威圧せい!それから決死隊を募れ!攻城槌を動かすのだ!」


 前線に到着したゲルトンは怒声を飛ばし、置き盾の陰に引っ込んでいた兵士達を引っ張り出す。


「貴様らあああ!それでも栄えあるネルガド王下ゴルデリア坑道王国の精鋭か!恥を知れ!恥をっ!漸進!」


 ゲルトン直々の督戦で兵士達はようやくやる気を取り戻し、漸進が始まる。

 それに気圧されたかのようにシントニアからの射撃が緩くなった。

 ゲルトンは城壁近くまで迫ると兵士達に停止を命じ、どんと得物の棍棒の先を地面に叩き付けてから大音声を発する。


「敵将に告ぐ!昨日までの坑道人ドワーフとも思われぬシントニアの惰弱な態度とは一線を画し、見違えるような戦い振りであった!天晴れな采配なれど、シントニアの命脈は最早尽きておる!降伏せい!将とその配下については助命し、我が配下に迎えてくれようぞっ!」


 その大音声を聞いた昌長は攻撃を一旦中止させ、自身は胸壁の上にゆっくりと立ち上がった。


「シントニア守護の代将をば務めちゃある、月霜銃士爵の的場源四郎昌長や!ゲルトン将軍の言動ご尤も!お誘いや有り難し!しかし縁あってわいらはシントニアに味方仕つかまつった者故に、その縁をば大事にしちゃらなあかん。よっておまんらには降らん」

「何と!見事な手腕と配下を持ちながら、敗勢の都市に味方する酔狂な士がおろうとは……天晴れな者共よな。しかもそれを最後まで全うしようとは、ますます面白い!」


 昌長の不敵な笑みと答えにゲルトンは大笑してから言葉を継ぐ。


「傭兵など辞め、我に、ネルガド王に降れいマサナガとやら!我らはこの大陸に覇を唱える!お主ならばすぐに我が同輩と成り、一軍を、一国を預けられよう!金も女も名誉も、褒美は望みのままぞ!」

「あほらし、人に与えられる物が面白いわけないやろう?わいらが欲しい物はわいらが手間暇かけて手に入れるわえ」

「うぬ」


 昌長の答えに悔しそうに唸るゲルトン。

 それは昌長を味方に引き入れる事が出来なかった事に対してのみならず、かつては鉱山都市を差配し、ネルガド王と争った過去の自分を思った事も含まれている。

 かつて自分も坑道人の王として覇権争いに加わっていたのだ。

 今の境遇に不満は無いが、一個の男子として思うところもあったが故に、ゲルトンは唇を噛み締める。

 痛いところを突かれたゲルトン。

 しかしそれをさておいても昌長はこの様な田舎都市の攻略戦で失うには余りに惜しい人材だ。


「考えは変わる事もあろう、返答や如何っ?」

「我が尻をば喰らえ!やな。ははは、孫市がよう言うてた言葉や、わいが使うとはな。人生は分からん!」


 感慨深げにその台詞を回答代わりに発すると、昌長はすっと手を上げた。

 かちり

 後方で小さな音がした。

 昌長の台詞に顔を歪めていたゲルトンが、不思議なことにその小さな音に気付いて訝しげにその方向を見る。

 その直後、ゲルトンの額の左側がはじけた。


「将軍!?」


 ゆっくりと後方へ倒れるゲルトンの周辺で怒号と悲鳴が交錯し、将軍の惨状を目の当たりにした兵達に動揺が走る。

 傲然と胸壁からその様子を見下ろす昌長に、副官が叫ぶ。


「くそ、卑怯な!」

「お互い様やろう……もしくは、おまんが手配したんか?あそこに弩でわいを狙うてた奴があるやろう?」


 昌長の指さす方向には建物のがれきが積み上がっており、そこにはフィリーシアとリエンティンの矢を喉に受けてひっくり返る坑道人兵と、その手から滑り落ちた弩があった。


「……うぐ」

「はははははは、まあどっちでも同じや!」


 悔しそうに唸る副官を笑い飛ばしてから、昌長はすっと真面目な表情に戻ると周囲を見回しながら大声を発した。


「聞けい各々方!!シントニア守護隊が一手、佐武伊賀守義昌がゴルデリア坑道王国の将ゲルトンをば討ち取ったり!勝ち鬨を上げよ!」


 両手を開いて高らかに為された昌長の勝利宣言に、シントニア側が沸き立って勝ち鬨を上げ、ネルガド軍は意気消沈する。

 副官は急いで血まみれのゲルトンを自分のマントでくるむと、周囲の兵達に命じた。


「くそ、後退だ!シントニアの外郭まで兵を退け!」




「一刻もはよにこの町を出やなあかん。全員脱出の準備せえ!」


 ネルガド軍が後退した直後、見張りの都市衛兵のみを残して政庁に戻った昌長は、バイデンらに撤退の準備をすぐさま指示した。


「民の脱出はどの程度終わった?」

「まだ3分の1も終わっていない」


 バイデンの答えに顔を歪める昌長。


「急がせえ!時間ないで!」


 ゲルトンを討ったというのに昌長の態度には焦りすら含まれており、微塵も勝利者としての余裕が無い。

 訝りながらも民の脱出に全力を注ぐシントニアの首脳陣。

 慌ただしかった政庁が、より一層の喧噪に包まれ始める。

 それでも今までのんびりしていた分政庁の人間の動きは鈍く、昌長を苛立たせる。

 そんな昌長に、政庁の最上階からユエンと一緒に戻ってきた佐武義昌が声をかけた。


「済まん昌長、わしとしたことが仕留め損じたわい」


 昌長の謝罪に頷き、昌長は言う。


「まあ、そんなところやろう……遠かった上に、あいつ動いたさけにな」


 義昌だけでなく、昌長もゲルトンを仕留められていない事に気付いていた。

 義昌の弾は間違い無くゲルトンの額のど真ん中を指向していたが、ゲルトンが撃発の直前に義昌が火蓋を切る音に気付いて顔を動かした為に狙いが逸れてしまったのだ。

 そうして外れた弾道を通った鉛弾は、ゲルトンの額の角を激しく削り取っただけで終わってしまったのだ。

 分厚いドワーフの頭蓋骨が幸いしたのかも知れないが、とにかくゲルトンは重傷であろうとも死んではいないし、死ぬような怪我を負わせられたかどうかも分からない。

 ただ今日明日で回復する事は無いだろう。

 まだまだ余力のある大国であるゴルデリアの攻撃を跳ね返す術が無い以上、都市を放棄する以外無く、またその機会は限られている。

 しかし今が正にその機会であり、副官の指揮で兵を一時的に退いて包囲が緩んだ今しか脱出の機会は無いのだ。


「ともかく急がせえ、関船も使うてええから一刻でも早うに島への脱出を進めよ。それからナルデンよ」


 昌長は周囲に指示を出すと、忙しく走り回っていたナルデンに声をかけた。


「南岸諸都市への渡りを付けてくれ、月霜銃士爵領への民の移送と工人や職人を含めた新たな移住希望者の募集を掛けるんや。町一個作るんやから人では幾らあっても足らん」

「は、はい……費用さえ工面できれば可能だと思います。幾らぐらい用意できますか?」


 ナルデンの言葉に昌長は呆れて言い返した。


「それはおまんらが払え」

「ご、ごもっともで」

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