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第43話 海洋櫂走

 大河中流域で関船の修繕を済ませ、兵や水手の休養を十分にとった昌長達は、ヘンリッカや新たに加わった大河水族の護衛や水先案内人と共に大河を下る。

 途中立ち寄る泊地や大河水族の集落で歓待を受けながら南へと下る昌長達。

 深海王オルクトバルクスの脅威は遍く水族の上に降りかかっていたことから、それを討ち果たした昌長達は彼らにとって紛う方無き英雄なのだ。

 ヘンリッカら水先案内人の先導と各地の有力者達との折衝が順調に運び、それまでの行程よりも遙かに早く楽に、且つ安全に進む。


 やがて一行は大河の河口に至る。



 大河は流路を広げ支流を呑み込み、また支流や湖沼を数多生み出しながら南洋へと向かっていく。

 やがて河口が視界に入り、その先には波の寄せる外洋が広がっていた。

 懐かしい潮の香りが正面から緩やかに吹く風に乗って昌長の鼻をくすぐる。

 周囲にはカモメによく似た鳥が飛び交い始め、鴫や千鳥と思われる鳥たちが干潟に群れている光景が見られた。

 所々に芦原が広がり、水の流れはぐっと緩くなる。


「これは大きな河やな、明国の長江や黄河に勝るとも劣らん」


 昌長の感嘆の言葉に、フィリーシアが頷きながら答えた。


「ここは大河本流の河口域です。他にも支流や分流の河口もありますが、この場所は最も広い上に大河水族と水族の本家である海洋水族の生息域の境目でもある場所です。彼らにとっては色々重要な場所だそうですよ」

「大河水族と海洋水族は別れたとはいえ同族、ここで民族が1つであった時の事を思い出し、一族の古の結束を確かめる為に年一回会合と祭りが開かれるんだ」


 フィリーシアの後をヘンリッカが誇らしげに補足して説明する。

 見ればあちこちに水族の陰が水面から覗いており、また付近を航行する船舶の数もかなり多い。


「この河口に人族の町は無いのか?」

「ここは大河の本流だからなシゲカタさん、氾濫したら陸人の町なんかひとたまりも無いからね、町は他の支流の河口にならいくつかあるだけだよ」


 自分の問いにヘンリッカが答えると、昌長は頷いて更に問う。


「ほんなら一番近い町でわいらに友好的と思われる町はどこか?」

「友好的な町かあ……」


 今度は微妙な表情で答えを濁すヘンリッカ。

 それはどちらかと言うと苦笑に近い物だった。

 ヘンリッカの視線は船で櫂を漕いでいる獣人達やフィリーシアに向けられている。

 フィリーシアと視線を向けられていることに気付いた水手頭の犬獣人、その名もワゥンはその意味を理解してこちらははっきりと苦笑いしていた。

 そこには申し訳なさがかなりの割合含まれている。

 そんなフィリーシアやワゥン、ヘンリッカの様子を見て昌長が何かを察して聞く。


「なんぞ問題あるんやな。詮無いがおそらくやけど、種族のことやろう?」

「そのとおりだよ。まあこの付近の種族間の軋轢を知らないんじゃ仕方ないけど……この辺りの町や村落は森林人エルフや獣人とは敵対的だよ」

「そりゃまたなんでよ?」


 ヘンリッカの答えに高秀が厳つい顔をしかめて問うと、ヘンリッカは苦笑いしたまま答える。


「1つはエルフとは旧来仲の悪い坑道人ドワーフがこの辺を取り仕切っていること、それから、かつてこの周辺は獣人やエルフ、北の地の平原人の圧力から逃れてきた人族が多いからだよ」


 今でこそまとまりを欠き、他の種族から圧迫を受けている獣人の各部族だが、かつては北方や大陸中央部は言うに及ばず、南方にまでその勢力を広げていた時代がある。

 獣人の各部族はその高い身体機能で戦術の未発達な大陸で優位を占めていたのだ。

 その後は地域ごとに統一が進んだ平原人や森林人の団結力と戦術に敗れることが多くなり、最後はまとまりを欠いてバラバラになって各地で支配を受ける側となってしまったのである。


 平原人や森林人は統一の過程で様々な戦いを経験し、戦術や戦略を練り上げていったが、部族事に纏まっていた獣人達はその様な機会を持つことは無く、また各地の獣人勢力を統一するような思想や指導者も生まれなかった。

 現在はかつての獣人達の中でも特に頑健であったライオネルやウルフェンと言った数部族が残るのみで、後は全て各地で少数部族として被支配者となってしまっている。

 しかしかつて猛威を振るった獣人勢力から早い段階で南へ逃れ出た者達、あるいは統一された森林人や平原人の国家に押し潰された小国の民達は、辿り着いた大陸南岸に集落を築き、そこに元々住み暮らしていた坑道人達と協力して都市国家を築いてゆく。


 彼らは領域国家を作らなかったが都市同盟という形で離合集散を繰り返し、今は大陸南岸の諸都市は緩やかな連合体を作って各地の領域国家に対抗していた。

 交易や都市同士の構想を経て技術力や経済力を身に付け、都市国家は小規模なりともそれぞれが侮りがたい力を持つに至っている。

 今や列強に名を連ねてもおかしくない程の力を手に入れた彼らであったが、この南方の地に逃れた経緯を一切忘れておらず、特に森林人や獣人達に対しては敵愾心を持っている。


 それは差別という形で表出しており、元々森林人とは仲の良くない坑道人の思想もあって、獣人や森林人を主体とする奴隷の保有が最も多い場所でもあった。


「ほう、なかなかの因縁やな?」

「と言っても水族とは交易や航行補助員の雇用を通じて友好的な関係を結んでいるから、私が居る限りは問題ないと思うけどね」


 昌長の返事にヘンリッカが笑顔で言う。

 一方のフィリーシアとユエンは渋い顔だ。


「私達にとっては過去の因縁だけではありません。現在も森林人を目的とする奴隷狩りはこの辺りの国が発祥です」

「海辺の町は意地悪が多いのは前から聞いているぞ」


 平原人による森林人の奴隷狩りが頻発するのは、この南の諸都市国家が高値でそれらを買い入れるからである。

 獣人は森林人と同じく奴隷として狩られてしまう者も居るが、獣人は繁殖力が強いことから南方都市では奴隷同士を婚姻させて新たな獣人奴隷を得ている為に奴隷狩りはそれ程多くない。


 しかしながら獣人が交易するに際し、どうしても都市国家を窓口にせざるを得ない場合、商品を買い叩かれたり酷く欺されたりする事が大半である。

 獣人の里としては珍しく積極的な交易を行っている碧星乃里のユエンは、そのあたりの事情をよく知っていた。


「なるほど、因縁が逆転してるんやな」

「ああ、おまけに商業を主産業としている割には頭が固く、むしろ根深い偏見を持っているはずの坑道人の方が話が通じると思うから、この周辺に寄港するのはお勧め出来ない」


 昌長のつぶやきにリエンティンが、フィリーシアと同様の苦い顔で言う。

 おそらく頭の固いような対応をするのは森林人に対してだけのことだと思われたが、敢えてその事には触れずに昌長はリエンティンの言葉を聞く。


「ほやけどどこぞへ入港せなどうもならん。そもそもわいらがここまで来たんは、その坑道人やら諸都市やらと交易の協定を結び、また工人や職人を雇い入れる為やろう?」


 ひしゃげた大筒を布に包んで持つ鈴木重之が言うと、昌長も頷く。

 そしてヘンリッカに向き直って問いを発した。


「坑道人の主都市まではあとどのくらいある?」

「寄港しないで行くの?」

「いや、それは無理やっちゅうんは分かっちゃある。あくまでも参考よ」

「う~ん、マサナガさん達の船は重いし、まだ10日以上航海しないと辿り着かないと思うよ」


 昌長の補足説明を受けて納得したのか、ヘンリッカがそう答える。

 既に最後の寄港地から10日間が過ぎており、更に10日なるとまず水が保たない。

 そもそも途中で新鮮な水を補給できるという前提で食料や飲料水の積み込みを行っているのだから、当然と言えば当然である。

 昌長はまたオルクトバルクスのような人外との戦闘を考慮して積み荷はなるべく少なくしていたのだ。

 いずれにしても一度は物資の補給と船の補修、更には乗組員の休養が必要であった。


「まあいきなり攻め込むわけにもいかんやろ、取り敢えず最寄りの町へ案内あないしてくれ」

「分かった!河口から海へ出て東だよ」


 ヘンリッカの大きな声に反応して獣人の水手達が腕に力を込め、湊高秀が舵を取るべく船尾に向かう。

 船首へ向かう昌長にフィリーシアとリエンティン、ユエンとヘンリッカが従う。

 やがて見えてきた関船の船首部分、その先には広大な海が広がっていた。

 頂点に緑色の森を頂く群島が海域に散らばり、周辺には漁船や交易船と思われる帆船や櫂船が静かに動いている。

 時折強く吹く潮風に陣羽織を靡かせ、昌長は腕を組んで目の前の海を眺める。


 ようやくここまでやって来た。


 青焔山への遠征で黄竜王を下し、青竜王を開封してその助力を得る事に成功した。

 レアンティアの主導で果たされたカレントゥの復興とその後の発展は、今や基幹都市として十分なものとなりつつある。

 それに加えてエンデの地も引っ張られるようにして住民が戻り、発展している。

 碧星乃里は往事の勢いを取り戻し、それと共に各国で差別されていた獣人達が溢れるように移住してきている。

 深海王の撃破で大河水族は昌長に従い、北海洋と南大洋への河川航路が大河を通じて開けた。

 これから行く坑道人の主要都市で交易に関する協約を結び、火薬の製造を任せる事の出来る人材と鉄砲の製造が可能な工人や職人を確保さえ出来れば、今後の月霜銃士爵領の発展は約束されたようなものだ。


 今や並ぶものが無い程の発展を遂げている月霜銃士爵領。


 その封土は東は青焔山から西は大河流域、北は名も無き平原の南端から南はエンデの地の東端まで。

 昌長の勢力はざっと見積もっても、30万石余。

 ようやく一廉の大名らしい勢力を築く事が出来たが、しかしその支配力が未だ曖昧で弱いものなのは頂けない。

 同盟や協約といったもので結びついている部分も多く、これから支配や統制を強化していかなければならない事を考えると、もうあと一息と言ったところだ。

 大国を相手取っても十分戦える基盤を作りあげるまで、あと一歩である。


「なかなかに長い道のりやったわ。まあそうは言うてもまだまだ道半ばやけどな」

「……まあ、未だ鉄砲や火薬の職人は居てへん。確かに喜ぶんは早いで」

「そうですね、鉄砲の張り立てが上手くいかなかったら、わやです」


 鈴木重之と船底から上がってきた芝辻宗右衛門が昌長の楽観的な言葉を聞き、相次いで辛い台詞を吐く。

 しかし昌長はその2人の心配を鼻で笑い飛ばすと口を開いた。 


「重之、それに宗右衛門よ、心配はいっこも要らんわ。今やわいらは此の世界での一大勢力やで!探したら物好きの1人や2人は絶対居てるわえ」

「マサナガ様、南方の諸都市において、私達森林人に対する偏見と差別には根強いものがあります。今回の交渉で私達は余りお役に立てないかも知れません」


 今度はその背後からフィリーシアが申し訳なさそうに声を掛ける。

 その背後には剣兵長リエンティン、それに彼女に従っている森林人の剣兵達がいた。

 しかし昌長は彼女達にも屈託の無い笑顔を見せて言う。


「まあ、それはそれで仕方あらへん。ただ姫さんには十分な知識があるやろう?それだけ披露しちゃってくれりゃあええんじょ。役に立てへん言う事は少しもないわい」


 そんな会話を交わしながら、ヘンリッカの案内で最寄りの沿岸都市へと向かう昌長の目の前に現れたのは、燃え上がる都市。

 遠目にも激しく立ち上る火炎と黒煙が見える。

 河口に無数にある堆積土砂で出来上がった小島の陰から関船が海へ乗り出した時に、それは突如として目の前に現れたのだ。


「えっ?えっ?これってどう言うことっ?」


 案内したヘンリッカ自身が余りも衝撃的なその光景に狼狽えて戸惑いの声を出す。

 さすがの昌長も、これから訪れようとしていた都市が燃え上がってしまっているのを目の当たりにして、一瞬呆気にとられた。


「あかんな、おい、呆けてる暇ないで高秀っ!宗右衛門は水手共をどやしてこい、姫さんは船室に入ってくれ、重之は皆に戦支度させよ」


 しかし直ぐに我に返った昌長は、先程までに自分同様呆気にとられている周囲の者達に活を入れて操船と戦備を急がせる。

 昌長の目の前で繰り広げられている光景は、正に城攻め。

 昌長達が目標としていた都市をいずれかの勢力が攻め取ろうと、大規模な戦を仕掛けたに相違なかった。

 海岸線に並べられた投石機から大きな石塊が弾き出され、その都市の城壁を打つ。

 城壁の一部はその投石機によるものだろう、既に破られてしまっている。

 破れた城壁の周辺では、剣閃と思しき銀光が激しくきらめいており、兵士が多数出入りしている様子が見て取れた。


「ふうむ、こんな小城を取るには随分大仰な戦備えやなあ……」


 昌長が呟いたとおり、この小都市を包囲している軍の兵士数はどう少なく見ても500を超えている。

 その背後から筋骨たくましい鈴木重之が額に右手をかざしてその様子を遠望して言う。


「統領、これはどうもならんで……寄せ手が大分中へ攻め込んじゃある」

「なるほどの。これは一体どうしたもんか」


 昌長の頭の中では、都市側に参加して大敵を撃退するか、攻め手側に参加して利を得るかのどちらがより自分達にとって利があるかが思案されている。

 やがてそれ程時間を掛けず、昌長の中で結論が出た。


「よっしゃ!わいは決めたでえ!」


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