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第42話 大湾処領有

 月霜銃士爵の戦艦、大河中流域にて深海王を討つ。


 この知らせは他ならぬ水族の手によってあっという間に大河流域に広まった。

 オルクトバルクスに捕らえられていた水族の民達は、食われてしまった者達を除いて衰弱こそしていたものの無事救出されていた。

 戦場となった大湾処はたちまち水族の見物人や河川航路を利用する商人達で溢れ、水族の各部族長は族王であるユハニへの挨拶と称し、高位や一族の使者、あるいは自分自身がわざわざ大湾処を訪れ、ついでと言わんばかりに昌長への目通りを願い出ていた。


 そういった水族の各部族との折衝はフィリーシアやリエンティン、そして取り次ぎ役となったヘンリッカに任せ、昌長達は関船の修理と武具の整備修繕に取りかかった。






 かくして、その噂の拡散と共に昌長達によって碧星乃里に近い大湾処の岸へ引き上げられた深海王オルクトバルクスの死骸は、万人の目に触れることとなった。

 横には水族達の協力を得て作り上げた簡易船渠で悠然と関船の修繕をする昌長達。

 深海王の巨体と異相の船の対比は否が応でも周辺諸族や諸国の関心を引く。

 大河の中流域に散見される茂みや藪、そして森や草原から各国の間諜達がその光景を見ては苦々しげに漏らす。


「……月霜銃士隊が水族と結んだか。これで大河の水運は月霜銃士爵の思いのままとなる」

「ドラゴンに続いてクラーケンもかよ……とんでもねえ戦力だなぁ」

「深海王が死んだ……これは……奴らの名声がまた上がってしまう」

「奴らが倒したのはただの竜種や魚種のモンスターではない……クラーケンとは言え領域を支配する王を倒したのだ。厄介だな」

「大陸北部の勢力図が書き換わるか……そして激しく動きそうだな」


 間諜達はクラーケンの深海王が死んだこと、昌長達が大河中流域の水族を味方に付けたことを掴み、更にはその戦力や使用している船舶の様子、主要人物を絵図や暗号で記録し、あるいは記憶して立ち去る。

 それには友好的なものも敵対的なものも、更には忌避するようなものもある。

 期せずも一斉に動き出した間諜達は、両手両足の手に足るような数ではなかった。






 周辺の森からエルフによって選別されて切り出された材木が獣人の手で運ばれ、高秀夫の指揮で水手の獣人とエルフの中で大工仕事に長けた者達が関船の修理を進める。

 また水手頭は義昌と共に水族の商人から水や食料の買い付け交渉をしていた。

 昌長達の周辺には水族の老若男女が物珍しそうに集まり、時には資材の調達や修理の手伝いなどをして過ごしている。

その一方、宗右衛門と重之は火縄銃の手入れを進めていた。


「やっぱりあかんか?」

「あかんですわ」


 重之の問い掛けに鉄砲の清掃と整備をしていた宗右衛門は、重之の抱大筒を太陽にかざしながら何度目かの溜息を吐く。

 オルクトバルクスに痛撃を与えたその抱大筒は、やはり最初に重之自身が見立てたとおりに筒がひしゃげてしまっており、射撃に耐えられなくなっていた。

 南蛮鉄を雑賀で打ち鍛えて筒に巻き込み、常に戦場では重之と共にあったその抱大筒は寿命を思わぬ形で迎えることとなった。


「どうするか、ほかす(すてる)訳にもいかへんしな」

「ほかすんは止めて下さい……万が一にも周りの人間に鉄砲の構造をば見極められたら困りますよって」


 重之が大筒を見つめつつ言った内容を聞き咎めて宗右衛門が言う。

 宗右衛門としても何れ火縄銃の構造や使用方法は解析されるとふんでいるが、それは遅ければ遅い方が良い。

 積極的に自分達から秘密を漏らすことは無い。

 それにここの世界の住人達は火縄銃のことを、昌長や宗右衛門ら雑賀武者にしか使えない魔道の術に拠るものと考えている節があり、積極的に使用方法や製造方法を学ぼうとはしていない。

 昌長もそうだが、宗右衛門も自分達に有利な周囲の勘違いをわざわざ糺してやる気は無かった。

 しかしそれも現物が手元にないが故であり、万が一にも手元にものがあれば何かしら使用する術が無いかどうかを試したくなるのが人の性というもの。

 昌長としても故障品で使用出来ない捨てる物とはいえ、現物がどこかに運ばれて解析されることは避けたいところだ。


「持ち帰って鋳潰すか、それこそ坑道人ドワーフに見せて修繕して貰う他無いですわ。カレントゥへ戻るならともかく、自分、道具はほとんど持って来てへんのです」

「まあそうするか……愛着もあるしな」


 先程は捨てるかと言っていた重之だったが、やはり手に馴染んだ武器は手放しがたいらしく、そう言い直す。

 黙って頷いた宗右衛門は、重之に一礼してから抱大砲をその手に返し、自分は関船の修理現場へと向かうのだった。




「船端の宛て板はそれでは足りやん(たりない)!もっと厚いのにしやなあかん(しなければならない)!」


 薄い板を舷側の穴の開いた場所へ填め込もうとしていたエルフの剣兵に、上甲板で修理の差配をしている湊高秀の怒声が飛ぶ。


「は、はい!」


 それを聞いたエルフの剣兵は慌てて別の板を取りに戻った。


「銃眼は後で刳り込むよってそこは気にせんでもかめへんでえ!」

「はい!」


 今度は獣人の水手が銃眼を避けて板を打ち付けようとしているのを見とがめ、高秀の怒声が再び飛んだ。

 それを聞きつつ宗右衛門は笑いながら船底の修理を慣れた手つきで進めている。

 オルクトバルクスの嘴で穿たれた船底の穴は概ね塞がれており、後は船内の仕上げを残すのみとなっている。

 高秀は操船機能と外殻、船底の修繕を優先して進めており、装甲や壁に当たる部分の修理は少し遅れていた。


 そこに重之と話を終えた昌長が近寄って声を掛ける。


「おう、精が出るな。直りそうかえ?」


 その声で昌長が居ることに気付いた高秀が甲板から顔を覗かせた。


「直らいでか、まあ不慣れなにわか大工が多いよってな、時間は掛かっちゃあら」

「構わへん、こうなったら急いでもしゃあないよってな」


 高秀の答えに昌長は頷きつつ言い、更に言葉を継ぐ。


「しっかり修繕しやんと、この先の難所は越えられへんさけにな」

「ほやけど頭領、道案内が付くんやろう?」

「おう、最後まで来てくれるかどうかまだ分かれへんけどな」


 高秀の言葉に昌長は思案顔ながらも頷き、昨日の出来事を思い出した。

 



「道案内が必要ということでしたな、それでは我が娘を遣わしましょうぞ」

「それは本当か父上?」


 昌長が大河の航行許可を求め、航路案内人の派遣を併せて依頼すると、水族の長であるユハニは即座に娘のヘンリッカの派遣を申し出た。

 あれ程頑なであったユハニだったが、本来なら何の義理も無いはずの昌長達が求めに応じたばかりか、苦心惨憺の大戦の末に大章魚クラーケンの人外生物、深海王オルクトバルクスを打ち破ったのを見て態度を一変させていた。


 そして彼らは月霜銃士爵に対し、支族を含めて全面的な協力を約束したのである。


 同盟と航行権に関する取り決めが概ね快調に終わり、雑談と酒宴の際に出た昌長の申し出、この場合打診であったのだが、その話の中でのことである。

 昌長としては異相の自分達に協力してくれる者の人選をあらかじめしておいて欲しいというつもりだったのだが、ユハニはこれを好機と捉えたらしい。


「我が娘の顔を知らぬ者は大河水族にはおりませぬ故にな、航行権の保証には持って来いですわい。もちろん、水先案内人としてもヘンリッカは大河の流路を知り尽くしております。これ以上の適任者はおりますまい」

「ありがとう父上!」


 喜んで父親に飛びついたヘンリッカ余所に、昌長は戸惑い隠しきれずに問う。


「そやけどお前さんの娘やろう?王族の娘を胡乱な戦船に遣して遠方まで連れちゃってええんかえ?」

「何を仰るか、我が一族の者を数多救って頂いたこの大恩に我らは些かも報いておらぬ。この様な事で報恩となるとは思ってはおりませぬが、せめてもの我らの誠意とお考え頂きたい」


 ユハニとしては報恩の意味と自分達の誠意を示す意味もあったが、クラーケンに打つ手を持たなかった水族の族王として昌長と密接に結びつき、大河中流域での影響力を保持し続けたいという政治的な意図もある。

 それでなくとも各族長や支族の長達は、オルクトバルクスを討ち果たした昌長に酷く、そして早くも靡いているのだ。


 元々強権的な王権者がいる訳ではない大河水族。


 最大の部族であり、南方から移住してきた水族の中でも極めて古い家系であるが故にユハニが水族の族王として認知されているものの、自分の部族以外に及ぼせる力はそう強くも多くもないのである。

 それ故各部族の長は昌長との個別の結び付きを求めて大湾処を訪れ、ユハニはその構図に焦燥感を持ったのだ。

 もちろんそれだけが理由ではないが、政治的な意図も大いにある事は明白であろう。


 ヘンリッカと仲がよく、大河水族とも以前から交流のあるフィリーシアはユハニの意図に薄々気付いていたが、止める理由が無いので黙っていた。

 ユハニの申し出は、月霜銃士爵である昌長にとって願ってもない話であるからだ。

 航行権は他の諸勢力の半額を支払うことで得られたのみならず、大河水族のユハニ族王の娘が昌長自身と懇意と知られれば、大河の航行自体が安定化する。

 大河にはびこる賊徒も流石に水族を全面的に敵に回してしまっては生きていけない。


 後はフィリーシアの思惑とヘンリッカの思惑がかち合わないように上手く調整すればよいのだ。

 あくまでも、上手く、であるが……

 昌長も自分の下へ水族の各部族の長が大章魚見物と称して挨拶に来ている事は知っているし、もちろんそれがユハニの思惑に沿わないものである事も承知している。

 しかし昌長としては大河水族と平和的に誼が結べれば良いだけなので、何処の部族と結ぼうと余り関係は無い。

 ただユハニの部族は最大であるばかりか協力的な族王の一族である所のヘンリッカもおり、敢えて切る必要は無い。

 しかも今回の大章魚退治の件で大いに恩を感じてくれるのであれば、今後の見返りも期待できるところであるし、それに越したことはない。

 昌長はフィリーシアと同じように各種の交渉において大河水族に対して優位な立場に立てるのならば、それはそれで良いと思っているのだ。


「おう、それでは大いに世話になる、これで助かるわ!はははは、気色の悪い大章魚なんぞと大戦おおいくさした甲斐あったわえ!」

「それではマサナガ様っ、フィリーシア、これからよろしく!」

「おう、よろしくなっ!」

「え、ええ」


 ヘンリッカの元気の良い挨拶に機嫌良く頷く昌長。

 その横でフィリーシアが微妙な笑顔で応じ、ユエンが杯越しに恨みがましい目を向けていたのはご愛敬である。





 タゥエンドリン=エルフィンク王国、王都オルクリア


 荘厳な王宮の最奥部。

 未だ夜の明けきらないこの王の間には、王とその側近達が集まっていた。


「首魁のマサナガ・マトゥヴァは船にてフィリーシアらと南への遠征途上か……」


 タゥエンドリン王が呟くように言うと、側近の1人、レウンデルが説明を付け足した。


「大河中流域に巣くっていた深海王、オルクトバルクスが月霜銃士爵、マサナガ・マトゥヴァに討たれたそうでございます。大河水族はこぞって彼の元を訪れ誼を通じようとしているとか……かつてはマーラバントに与し、我らと敵対していた者共ですが、どちらかと言えば我らの側に居る月霜銃士爵に従おうとは、相変わらずの節操なしですな」


 その説明に他の側近達が含み笑いを漏らす。


「しかしながら、これで月霜銃士爵は大河を通じて南海への道を手に入れましたわ」


 のんきな側近達を見て、メゥリンクが苦言めいた忠告の言葉を吐く。


「はははは、船も交易品も無い月霜銃士爵が河川航路を手に入れて何とするのだ?」

「仲の良い獣人でも奴隷として売りに出すか?」


 再び上がる笑声に、メゥリンクは処置無しと言った風情で天を仰ぐ。

 笑いはしばらく続いたが、最後は自然と止んだ。

 なぜなら、王が一切笑っていないからだ。

 側近の1人が広げていた地図を見入る王。

 その目には新たな線引きをされた広大な地があった。


「……気に食わぬ、これであ奴らは西は青焔山、東は大河流域までを手に入れた。カレントゥにエンデの地、それに名も無き平原を加えれば恐るべき程短期間に広大な地をその版図に組み込むことになりかねぬ。ましてや青竜王の同盟者ともなっているのだ、放っておくことは得策ではない」


 タゥエンドリンの北、青焔山からカレントゥ城、碧星乃里、大湾処の順に言葉どおり大河中流域までをその細い節くれ立った指でなぞり切った王が言う。

 そして、大河中流域に達した指月一途その中央部へと戻る。


「……マーラバントの残党共に連絡を付けるが良い」

「王、それは……」


 シーリーンが王の指示に反発しかけるが、その強い視線に射竦められて言葉は途中で消えてしまった。


「構わん、奴らの手で月霜銃士爵を倒せるとは思っておらぬからな。ただ、少しばかり戦力は削いでおかねばならぬ」










 グランドアース大陸中央部、聖都トゥエルンスレイウン


 そこは、荘厳な神殿を連ねた白亜の都だ。

 真っ白な大理石のみを使用した建物。

 曇り1つ無い鏡を底に敷いた水路。

 白色の石柱が沿道を飾り、その柱頭に掲げられている花もまた白い。

 この世界を創造した3聖神を奉る総本山とも言うべき聖都は、決して強権的な宗教でもなく、また熱心な信徒が山の様に存在している訳でもない。

 ただ神はそこに在り、野山や川海と共に在り、人と共に在るもの。

 神の代弁者として存在する大神官が統べるこの聖都には、古の時代より連綿と続く権威と象徴が在るのみだ。

 しかしそれも不可思議な神力を司り続けるだけでなく、かつては血生臭い権力闘争にその宗徒を駆り出したことも在る、歴とした国家でも在った。

 力は衰えたりといえども、また神を生活の中心へ置く者がほとんど居なくなったといえども、神は在り続け、またそれと共に宗教もあり続ける。





 その中心部、大神官の住まう最高神殿の中、秘中の秘である神託の間では、美しい神女がその黒髪を振り乱し、汗を飛び散らせながら激しく踊り狂っていた。

 怪しげな香煙が漂う神託の間の座所。

 目の前で扇情的な踊りを披露されているにも関わらず、その眉をぴくりともさせない老齢の男がじっと黙して座っていた。


「ああっ……!」


 しばらくしてかっと目を見開き、涎を口角から垂らしつつ神女が白亜の床に倒れ伏した。

 びくびくと身体を痙攣させている神女へ、のっそりと立ち上がったその禿頭の男はゆっくりと近寄る。

 そして綺麗に整えられた神官衣が汚れるのも厭わず、汗だけでなく様々な老廃物を垂れ流している神女を抱き上げると、その口元へ耳を寄せた。


「……、……、ゲッソウ……シャク、マサナガ……マトゥヴァ……ハアハア」

「ふむ……」


 それ以上は言葉にならず喘ぐのみの神女を床へ静かに横たえると、男は覆いや天幕を無造作にはね除けて部屋の外へと出た。

 彼の様子を見て慌てて神託の間へと入る下級神官達。

 しかしその禿頭の男は周囲に行動を意に介した様子も無く建物を去る。


「最近現れたという、月霜銃士隊なるおかしな連中がカギか……カンナビスを遣るか」


 それだけを言うと、にたりと凄みのある笑みを浮かべ、禿頭の男、大神官グレゴリウスは自室へと歩みを早めるのだった。

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