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第40話 大湾処の戦い2

 白煙から飛び出した鉛玉は、相手が巨体である事もあって狙い過たず、全てが命中。

 しかし、昌長はオルクトバルクスが低い唸り声を発したのを聞いて鋭く声を発する。

 どうやら抱大筒が打撃を与えたらしいが、小さな鉛弾は効果が薄いようだ。


「弾込め急げ!あんまり効いてへんで」


 昌長の言葉で雑賀武者達が火薬と弾丸があらかじめ合わせられた、早合はやごうを胴乱から取り出した。

 そして未だ薄い白煙を引いている火縄銃の銃口へ早合から火薬を注ぎ、軽く槊状で突き固めると、さっと鉛玉を落とし込む。


『むぐぐう?なんだその魔道杖は!我の身体に穴を穿つとは……小癪な!』


 身体中に小さな傷をこしらえ、そこから僅かに血を流しながらも特に打撃を受けた様子も無いオルクトバルクス。

 確かに見る限りは弾が深海王の身体の奥にまでは達していない。


『ふん、しかし言うだけのことはあるようだな……不思議な武具よ』


 オルクトバルクスは少し不満そうな声色で言うが、雑賀武者達は返事をすることはせずに、再び一斉に銃眼から火縄銃を突き出した。

 それに合わせてオルクトバルクスは2本の足を揃えて自分の前に差し出す。

 それは盾のようにオルクトバルクスの身体を隠してしまった。


「構へんっ、目の前の足からいてこませ!一斉に撃てい!」


 爆音が響き渡り、再び猛烈な白煙と赤い閃光がその中を突いて伸びる。

 力の込められたオルクトバルクスの腕をばちばちと鉛玉が打つ。

 やはり弾は足に食い込みはするものの、穴を穿つには至らない。


『ふん……火魔法で目にも止まらぬ早さで何かの礫を打ち出しておるのか?どう言う原理か知らぬが興味深い……しかし厄介だがそれだけだな』


 オルクトバルクスが2本の腕を緩めること無く、嘲りの響きを持った声で言う。

 ユエンやフィリーシア、それにヘンリッカは今まで向かう所敵無しであったはずの火縄銃攻撃が通用しなかったことで顔を青くしているが、昌長や高秀はこの事態を想定していた。

 軟性の肌を持つ巨大な章魚相手に、幾ら火縄銃を使うとは言っても鉛玉では分が悪いのは分かり切っていたからである。

 かと言って、オリハルコンの鏃が効くかというと、これもまた水中に潜られてしまえばおそらく効果は無い。

 貴重なオリハルコンの鏃を無駄にするよりは、確実な焙烙や万人敵を使う方を昌長は選んだのだ。


「両舷側水手!櫂走!」


 2丁の馬上筒から紫煙をたなびかせたままの高秀から飛んだ鋭い指令が甲板にいる昌長にまで届く。

 船の速度が速まるまでもう少しだ。

 実は戦闘に入ると同時に、高秀が水手達に号令を下していたのだ。

 現在、関船はゆっくりとだが確実に動き始めている。

 今は船足が乗るまでの時間を稼ぎ出さなければならない。

 船足が止まれば、他に寄る辺の無い昌長達の唯一の拠点であり弱点でもある関船が、オルクトバルクスによる水中からの攻撃でやられてしまう。

 水面に出ている今、速度が乗るまで彼の大蛸を水中に潜らせる訳にはいかないのだ。


 幸いにもオルクトバルクスは、火縄銃の攻撃力と原理を見極めようとしている様子。

 昌長はその隙を最大限突く事にする。


「抱大筒!遠慮要らん、ぶちかませ!」

「おう!」


 昌長の号令に間髪入れず、鈴木重之が自慢の抱大筒を横抱きにしたまま甲板の右側に駆け込んだ。

 そして重之の腕に力が漲ると同時に、抱大筒が轟音と共に轟発した。

 殷々たる砲声が轟き、オルクトバルクスの構えた2本の腕に大穴が穿たれる。

 しかし勢いを殺された砲弾はその後ろの身体を撃ち抜くには至らず、鉛玉は軟性の身体に跳ね返されて湾処の水面に派手な水柱を立てたのみで終わる。


『ぬはあっ!?貴様!』


 反射的に穴の開いた足を庇うように引っ込めたオルクトバルクスが怒りの声を上げた。


「今や撃ち込め!」


 昌長の号令でその隙を狙い、3度目の一斉射撃がオルクトバルクスの左目に加えられた。

 特に指示は出していないが、雑賀武者達は相手の弱点を突かんとして同じ思考に至ったようだ。


『があああああああああ!?』


 粘膜に覆われたオルクトバルクスの左目中央部に点が穿たれ、一瞬で白濁する。

 火薬で熱せられた鉛玉を集中して打ち込まれたことで、水分と蛋白質が変異してしまったのだ。


『貴様らああああ、我が目をよくも!遊びは終わりだ!骨も残らぬように捻り潰し、血液の一滴まで喰らい尽くし飲み尽くしてくれるわ!』


 視界を奪われたオルクトバルクスが怒声を放ち、波を立てずにずっと水中に没した。

 そして身体が全て水中に没しきると、泡が1つ、ゆっくり浮き上がり、ぱちんっと割れると同時におどろおどろしい声が響いた。


『1人1人水中に引き込み、生きながら足から喰ろうてやろう……その身を喰われながら絶望しつつ我が糧となるがよい』




「勝負はこれからぞ!漕げや漕げ!」


 大章魚の姿が水中に消えた瞬間、昌長の檄が飛んだ。

 関船はかなりの速さで湾処の中を進むが、あの大章魚の水中における移動速度に比べれば、とても心許ないものである事はヘンリッカらからの説明で昌長も分かっている。

 しかし今は船を捕らえられないことが重要だ。

 そして相手が待ち伏せを得意とするのであればそれを逆手に取る。

 船長の高秀は必死の形相で周囲の水面を見つめ、右前方に巨大な泡と水面の盛り上がりを見つけて叫んだ。


「右手前や!左水手共漕げや漕げ!」


 それと同時に手にしていた舵を力一杯面舵に切る高秀。

 木造の船体が軋み、船が左へと大きく傾きながら右方へと向きを変える。


「きゃあ!」

「ああっ?」

「あわわわ!?」


 フィリーシアとリエンティンが悲鳴を上げてよろめき、次いでユエンが慌てふためいた様子で船室の出入り口に掴まった。

 ずぼっと水中から巨大な章魚の足が数本伸び、左舷側の犬獣人の水手を掴み取った。


「ぎゃん!?」

「うわあ!」

「ああ!助けてくれえ!」

「このぉ!」


 とっさにユエンが持っていた鉈剣を抜いてその内の一本に思い切り切りつけるが、半ばまでを断ち切った所で刃が止まる。

 その足はもだえながら水中へと戻ったが、残りの2本に掴み取られた獣人達は一瞬で胴を巻き取られ、ばきりと背骨ごと押し潰されて水中へと引き込まれてしまった。


「右舷側の水手!1人左へ行け!」


 悔しさに歯を食い縛って水手頭が命じ、左右の漕ぎ手の調整を計る。

 しかし関船の行き足は鈍くなり、章魚足が乗ったことで元々重心が高くてバランスに難のある関船はぐらぐらと左右に揺れた。


「くそう!何処や!?」


 高秀が叫んで水面を見つめるが、それを嘲笑うかのように今度は何の兆候もなしにいきなり右側の水手達を章魚足が襲う。


「いやだああ!」

「あああああ!」

「ぐええぇう!?」


 犬獣人がまた章魚足に掴み取られる。


「おんどりゃっ!」


 とっさに打鈴木重之が腰溜めの体勢のまま、甲板から抱大筒を下方向へ撃ち放つ。

 水中から伸びていた章魚足の1つに穴を開けるが、獣人を離しはしたものの章魚足は怯むこと無くそのまま甲板上の重之を打つ。


「うがっ?」


 打ち飛ばされて反対の舷側に頭を打ち、痛みにうめく重之の元へ昌長が駆けつけた。


「大事ないか?」

「おう……目えから火花出たわ」


 見れば重之愛用の抱大筒の銃身が僅かにひしゃげている。

 しかし銃身の故障はそこを弾が通る火縄銃にとって致命的で、この抱大筒は修理しない限りもう使えない。

 そして修理が完了したとしても、修理の際に加えられたものも含めた金属疲労が重なっていれば、暴発の危険があることから廃棄しか道は無い。


「わいの代わりになったんやな……最後まで役に立つええ大筒やったわ」

「……おう」


 言葉少なく昌長が答えるのを余所に、重之は寂しそうに抱大筒を見た。

 ただの武器であり、持っている武具の1つに過ぎない火縄銃だが、同時に長い付合いがあり,それに応じた深い思い入れもある。

 殊に歴戦の雑賀武者ともなれば戦場での取り回しに信頼の持てる火縄銃を手に入れることが出来るというのは、それだけで熟練者になった証でもあり、一人前の証でもある。

 大筒という他では余り使いこなせる人間のいない得物を選んだのは、重之の体躯と技能の方向性が自然と決めたものだが、それでも彼はこの武器を気に入っていた。


「ふん、これは何としてもあの章魚をいてこまして坑道人に新し大筒をば造ってもらわなあかんな!」

「そうやな」


頭をさすりながら立ち上がった重之の背中を昌長がどやしつけた時、水中から泡が立ち上った。


『ははははははははははははは!!』


 泡が割れると同時にオルクトバルクスの高笑いが響き、一部が傷付いた8本の足が水中から立ち上がると、一斉に関船へと襲いかかった。


「こんくそが!」

「気色わりなっ!」


 宗右衛門や義昌は既に弾を込めていた分を思い思いの足にぶっ放すと、火縄銃を背に背負って腰の刀を抜き放って章魚足に切りつける。

 重之も鎧胴の中から短銃を取り出すと、素早く早合を使って弾を込めて章魚足に撃ち放ち、次いで刀を抜いて切りつけた。

 昌長も火縄銃を撃つとすぐさま背負い、刀を抜く。

 関船の中はたちまち叫び声や怒声と火縄銃の銃声が交錯し、次いで章魚足と渡り合うべく槍や剣を打ち合わせる音が入り交じった。


 フィリーシアはエルフィンボウを構え、鋭い矢を次々と放って章魚足を牽制し、リエンティンがその隙を狙う章魚足を剣で打ち払う。

 スウエンは小剣と焙烙を持ったまま船倉の隅で小さくなって震えており、水手頭の犬獣人は牙を剥いて短槍で迫る章魚足を突きながら叫んだ。


「水手共も戦え!船はもう進まん!」


 その声ではっと何かに気付いた高秀が船端から下の水面をのぞき込んだ。

 高秀の視線の先、ゆらゆらと僅かに揺れる水面の下には白く射潰れた大章魚の目。


「しもた!章魚畜生めが、もう船下に張りいちゃあらいしょ!」


 高秀がうめくように言うのを聞き、昌長は黙って万人敵の導火線を抜き取って脇差を少し抜くと、その柄本の部分で半分程に切り落とす。

 そして元に戻してから、自分の火縄銃用の火種で導火線に点火して蓋を閉じ、その万人敵を肩に担ぎ上げた。


「ま、的場様!その万人敵はどないしますのやっ?」


 宗右衛門が肩の小妖精に次に迫る章魚足の方向を教わりながら刀で渡り合いつつ驚いて尋ねると、昌長はにやりと不敵な笑みを浮かべて答えた。


「章魚坊主がこの下におるんやったら簡単な話やで。投げ込んじゃるんよ」

「や、やめんかい!わいらまで吹き飛ぶぞ!」


 呆気にとられる宗右衛門の代わりに義昌が叫ぶ。


「気遣い無いわ!逆に浅い場所にあのアホがいてる今が好機や、そうらっ!」

「やめえっ……あっ、こいつ!」


 焦って止めようとする義昌だったが、宗右衛門の肩から飛来した妖精に頬をぺちぺちと叩かれ、はっと前を向くとスウエンが足に掠われそうになっている姿が目に入る。

 慌ててその章魚足の先を切り立ててスウエンを解放し終えた義昌の目に、万人敵を関船の間近に投げ落とす昌長の姿があった。


「ああっ!?」


 叫び声を上げる義昌と宗右衛門。

 しかし手を伸ばす彼の努力もむなしく、万人敵は関船の舷側すれすれに落ちて、水柱を上げて水中へと没していった。

 昌長はその様子を見下ろしていたが、何も起こらない。

 昌長が憮然としていると、その様子を見てから慌てて妖精を掴まらせたまま駆け寄って来る宗右衛門。

 その宗右衛門に、昌長は遠慮なく不審をぶつける。


「……おう、宗右衛門。おまんの造った奴、不発か?」

「そ、そんなはずは無いですっ、ちゃんと実験もしちゃありますし、間違いなく爆発はするはずですっ!」


 自分の製造した万人敵を不良品呼ばわりされ、むきになって否定する宗右衛門を見て首を捻る昌長。

 確かに自分もその実検には付合っている。

 それに堺最高、いや日の本一とも言うべき鉄炮鍛冶師の内弟子が仕掛けをしくじるとは考えにくい。

 絶叫と剣戟、章魚足の打撃音が響く中、恐る恐る水中をのぞき込む2人。


 その瞬間、水中から関船の高さの2倍に達する水柱が轟音と共に立ち上った。


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