表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/107

第4話 王都1

光神歴4317年6月中旬、タゥエンドリン=エルフィンク王国、カレントゥ城


 森林人エルフの造り上げし白亜の小城。

 この表現が最も似合う優美なカレントゥ城とその周辺は、かつてタゥエンドリンの王族が治めるのが慣例の、極めて地味豊かで気候穏やかな富強の土地であった。

 しかし、グランドアース大陸全土が戦乱の気運を高めつつある近年、タゥエンドリン=エルフィンク王国の東北に位置するこの地は単なる国境紛争の地へと転落し、住む者もほとんど無い閑地と化す。

 かつての豊穣な大地は名も無き平原と呼ばれるようになり、灌水源となっていた湖水や河川はリザードマン国家、マーラバントの侵略で荒れ果てた。

 カレントゥ城も辛うじて使用されている白大理石の色合いを保つのみで、精巧な彫刻や浮き彫りも手入れされずに割れ欠けるばかり。

 時折リザードマン戦士団が森林人の地へ進撃路する途中、休憩の為に使用する程度の廃城となっていたのだ。

 そんな、荒れ果てたかつての白亜の城にやって来たのは、フィリーシアに案内された的場昌長達7人の月霜銃士隊である。

 フィリーシアを先頭に意気揚々とこの地へやって来た昌長ら月霜銃士隊の面々。

 しかし石造りとはいえども、その余りに荒れ果てた城を見ては、さすがの昌長達も苦笑を禁じ得ない。

 悪竜や深水の化け物が跳梁跋扈し、闇の勢力の残党が出没し、悪鬼妖物があちこちに巣くう文字通り化外の地に昌長達は封ぜられたのだ。


「わいらも嫌われたもんやなあ」

「申し訳ありません、マサナガ様。この様な辺地をお願いする事になろうとは思いもよらず……私の力が足りないばかりにっ」


 昌長の言葉にすかさず謝罪の言葉を発したのは、この国の王女であるフィリーシア。

 彼女は昌長達と縁を持ったことを理由に、この地までの案内役を命じられたのだ。

 その姿は、昌長達と初めて会った時のような薄く透けるような下衣一枚のみといった物ではなく、緑色のしっかりとした鎧を身に纏っていた。

 加えて背には森林人の愛用する黒曜石の鏃を使った矢がたっぷり入った矢筒を背負い、手には長弓、エルフィン=ボウがある。

 そして、これまた以前と違うのは、フィリーシアには30名程のエルフィンボウを持つ射手と、同数の剣士が付き従っている事だ。


「姫さんのせいとちゃうやんな?」


 フィリーシアの言葉に昌長が首をひねる。

 そして、カッラーフ率いるリザードマンの精鋭戦士団を撃破した後、タウエンドリン=エルフィンク王国の王都での出来事を思い出すのだった。



 光神歴4317年5月末、タゥエンドリン=エルフィンク王国、王都オルクリア


 森林人の国であるタゥエンドリンの王都オルクリアは、開都500年を誇る伝統溢れる古都であり、また現在この国と民を率いる現実世界の中に在る王都でもある。

 森林人の国らしく街区は葉を青々と茂らせた大木に溢れ、包まれている。

 建造物は木々に紛れ、木々と共に在り、木々と融合しているオルクリアの都。

 清浄な香りと空気の満ちた、まさに森林人の枢要の地であった。

 木漏れ日のきらめく中、板の敷き詰められた街路を歩き、昌長達はフィリーシアの案内でこの王都を訪れたのだ。


 7人の少数ながら一応の隊列を組んで歩く昌長達に、都の森林人達は好奇の目を向けて来はするものの、フィリーシアが先頭を歩いている事で、特に不審の目を向ける事も無く、逃げ出したりする者も居ない。

 明らかに武装した、しかも森林人とは異相の武人達を引き連れているにも拘わらず、子供達までが寄って来る。


「姫さん、なかなか人気と信用があるみたいやんか?」

「そうでもありません」


 昌長の言葉を否定しながらも、フィリーシアはまんざらでもなさそうに言うと、自分達を見ている周囲の森林人達に手を振ったりしている。

 そこにはリザードマン戦士に囚われ、昌長達に救われるまで絶望し、すっかり全てを諦めてしまっていた者の姿は無く、自身と慈愛に溢れた王族の姿があるのみだ。

 フィリーシアに手を振り返す森林人の子供達を見て、昌長は感心したように言う。


「上に立つもんの人気があるっちゅうんは、ええこっちゃ」

「……だと良いのですが」

「ん?」


 昌長の言葉に憂い顔で含みのある様子で応じたフィリーシアに眉をひそめる昌長だったが、その意味を問う前に周囲が騒がしくなり、そちらに気を取られる。

 それは他でも無い、雑賀武者達。

 今まで見た事も無い王都の様子に惚けていたのだが、ようやく魂が現実世界に戻ってきたらしく、周囲の物を見て騒ぎ始めたのだ。


「あれ見てみい、姫さんと同じ耳してるで。ほいでから皆肌が白過ぎへんか?病気や無いやんな?」

「これ木の板かいな?道じゅうにひいちゃあるで?」

「は~大したもんやなあ~森の中に町があるんやんな?町が森に溶け込んじゃある」

「せやな、それ以外にええ言い様あらへんわ」

「……美しい場所だ」


 口々に感心の言葉を発しながら進む昌長達に、フィリーシアがその白皙の顔に美しい笑みを浮かべて振り返り、嬉しそうに言う。


「皆さん、ようこそタゥエンドリンの王都、オルクリアへ」








 オルクリア中心部、タゥエンドリン宮殿、正門前


 王宮まで特に何の障害も無くオルクリアの町中を進んできた昌長達一行だったが、さすがに王宮前ともなると誰何を受ける。


「止まれ!ここはタゥエンドリンが王宮の大門前である!武装して進む事はならん!」


 細身ながらもよく鍛え上げられた身体を前に出し、短い槍を構えて言う森林人の衛士。

 門の中や詰め所からは、昌長達を遠くから観察していたのだろう、続々と衛士が槍を構えて出てきた。

 全員が緑色の鎧兜にマントを身に付けており、50名程度の衛士がたちまち大門前に団列を作って身構える。

 王都の門ではフィリーシアが一緒に居ただけで特に何の制止も受けずに入れただけに、昌長達は訝しげにその様子を見る。

 ただ直ぐに戦闘を始めると言ったような様子は見受けられないので、昌長達は歩みを止めるのみで、刀を抜いたり、火縄銃の弾込めをしたりはしない。

 そうして昌長達が戸惑っていると、突如として衛士達が槍の穂先を一斉に向けた。


 さすがの昌長達もいきなり武器を向けられては心穏やかにとはいかない。

 ほぼ全員が気色ばみ、槍相手に下がらず、逆に火縄銃を手に踏み込んで行く。


「何や何や!?おい、何しさらすのや!わいらは敵やないでっ」

「蜥蜴人おっぱらっちゃったんやろ!」

「刃向けんなや、危ないやんけ!」

「おう、おまはんら、何してるんかよう分かっちゃあるんやろうな!?」


 そして口々に罵声に近い抗議の声を森林人衛士にぶつけた。

 しかし衛士達はその抗議にも動じる事無く、武器をしっかりと雑賀武者に向けて牽制すると、ちらりとフィリーシアを見た。

 その意味ありげな視線に昌長は気付いたが、敢えて何も言わず、衛士達の態度に驚き戸惑っているフィリーシアに囁く。


「姫さんよ、何か心当たりあらへんか?」

「そ、それは……しかしそれは私個人の問題で、リザードマン戦士を撃破して下さった、国の恩人であるマサナガ様達には関係ないはずです」


 フィリーシアの返答で、何か因縁がある事を察した昌長は小さく頷いた。


「ほいたらわいに任しちゃれ」

「えっ?」


 驚くフィリーシアの横に並んだ昌長は、自分の前に居並んだエルフの衛士達を睥睨すると、義昌達に目配せを送ってからさっと右手を挙げた。

 それまで口々に不満をならしていた義昌達であったが、昌長の合図でずさっとその背後へ整列する。


 戸惑うフィリーシアを見て、昌長は前に出る。


 言葉はフィリーシアの神術の力で、雑賀武者全員がこの地の物を解するようになっているので、問題は無いだろう。

 昌長はゆっくりと上げていた手を下ろすと、拳を握って腹に力を込めて息を大きく吸い込み、そして大音声を発した。


「我らは月霜銃士隊!ここなる姫君の危機を救い、敵を撃破した後にこの地へ送り届けたる者なり!」


 空気が震える程の大音声に、衛士は動揺して槍の穂先を揺らし、隊列を乱すが、そんな姿を気にした様子も無く、昌長は再び大声を発する。


「然るに!衛士を居並べ、我らに無礼を働くは如何なる理由からか述べよ!述べねば姫君は我らが連れて、礼を知りたる戦士の居る蜥蜴人の国に向かうであろう!」


 昌長の言葉にフィリーシアがはっとするが、昌長が悪戯っぽく笑みを向けてきた事でそれがはったりである事を察し、大人しく引き下がる。

 しかし衛士達はそうはいかず、明らかに動揺の度合いを深めた。

 そして、間を置かずに1人の衛視が門の中に消える。

 それを見ていた昌長はにっと笑みを浮かべた。

 おそらく責任者を呼びに行ったのだろう、これで話が進むはずだ。

 衛士が門内に消えて間を置かず、1人の背の高い森林人が現れた。


「我は月霜銃士隊が統領、的場源四郎昌長!」

「……カフィル・タゥエンドリン、第3王子だ」

「ほう、王子さんかえ?」


 自身の名乗りに応じた人物が意外と大物であることに、昌長が僅かに目を見開く。

 そのカフィル王子は昌長らを顰め面で見回すと、溜息を一つ吐いてから言葉を発した。


「……平原人の武人か、大声でこの王都の静謐を揺るがすとは許しがたいが、我が妹の命と誇りを救いし恩に免じて許す」

「なんやえらっそうに」

「イケスカンやっちゃな」


 後ろにいる吉次らがぼそぼそとつぶやくのを聞いて昌長は苦笑を漏らすが、その後黙り込んでいるカフィルへ不敵に口角を上げ、尊大な態度で言い返す。


「それだけやったら足りへんで、あんたの妹姫さんはもっと値打ちあるはずや」

「ほう?」


 それまでの顰め面を少し緩め、興味深そうに応じるカフィルへ、昌長は言葉を継ぐ。


「見た感じ、兵を率いて戦えるんは、そんなようけ居れへんのやろ?ちゃうか?」


 途端に再び顰め面に戻って黙り込むカフィル。

 昌長はこの王都に来た時から感じる、妙な雰囲気が間違いではなかった事を確信した。

 戦乱の時代を迎えようとしているにも関わらず、どうにも正面から向き合っている様子が無い王都。

 加えて、戦いに対する良い意味での高揚感や興奮が無く、蔓延しているのは倦怠感と厭戦気分。


「なるほど、統領。信長の前の京の都とよう似てるんやな」

「そうや」


 直ぐ後ろで義昌がささやくと、昌長が小さい声で応じる。

 繁栄を謳歌し、束の間の平和を享受し、求めながらも迫る戦乱や武力、暴力には抗いようのない京と都人達。

 京や都人の持つ、厭世観というか、気怠げな雰囲気にこの王都はよく似ているのだ。

 おそらく自主的、積極的に戦いを展開しようという意思に欠けているのだ。

 それは取りも直さず、戦いを指揮出来る高位者がほとんど居ない、あるいは全く居ないという事だろう。


「この姫さんはワイらが手え貸したとは言え、蜥蜴人の戦士長討ち取ったでえ~」

「何!?」


 初めて表情を明確に動かして驚くカフィルに対し、昌長は照算から受け取った布に包まれた丸い物と肉厚な片刃剣を示した。


「蜥蜴人の統領の持っちゃあった剣や、見た事あるかえ?」

「こ、これは……剛戦士カッラーフの剣っ……!」


 剛戦士カッラーフは、最近の北東国境で大いに蛮勇を振るった戦士長である。

 リザードマンの精鋭戦士団を率いてタゥエンドリンの国境を侵し、各部隊を撃破してしまい、事実上北東国境を無法地帯に変えたのは彼だ。

 国境で猛威を振るったリザードマン戦士長。

 ようやくマーラバントの侵略の意思に気付き、戦いに本腰を入れ始めたばかりのタゥエンドリンは、未だ体制が整っているとは言いがたい。

 第一陣の増援にと王の肝いりで送り出したフィリーシア率いる近衛弓兵団も、敢えなくカッラーフに敗れてしまい、打つ手を失っていたタゥエンドリン。


 そこに謎の平原人による傭兵団が現れ、フィリーシアを救い出したばかりかカッラーフ率いるリザードマンの精鋭戦士団を簡単に打ち破ってしまったのだ。

 本来であれば礼を尽くして迎え入れるべき相手だが、王やその側近達の差別意識、森林人至上主義が平原人の傭兵団を軽んじてしまう。

 カフィルとしては、傭兵なのだからそんなに付き合うのが嫌なら、雇用だけの業務的な付き合いに終始して、上手く戦力と考えて利用すれば良いと思うのだが、それすらも王は嫌がっている。

 かつての大国意識のなせる態度なのか、今や国土はそれなりに広くとも、列強からは一歩引いた地位にしかない中規模国のタゥエンドリンに、味方を選り好みしている余裕は本来無いはずなのだ。

 カフィルが国情に頭を悩ませていると、昌長が声を掛けてきた。


「王子さんよ、これも如何かえ?」


 んっと昌長の言葉に反応して視線を移したカフィルは、それを目にした途端凍り付いたように動きを止める。

 果たして、布を取った昌長の手にあったのは……


「な……何とっ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=221566141&size=300
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ