第35話 碧星乃里近郊の小戦2
「よっしゃあ!ええぞ、やれい!」
吉次の号令で一斉に立ち上がった3人の雑賀武者は、こちらに向かって突撃しようとしている蜥蜴人戦士に、一瞬で4丁の鉄炮の狙いを付ける。
そして……
撃発の轟音と白煙が周囲に満ち、閃光の中から鉛玉が打ち出される。
凄まじい勢いで飛来した鉛玉は、あれ程頑強に森林人の矢を防ぎ続けた大盾をあっさり貫通し、その後方に控えていた蜥蜴人戦士の身体を瞬時に砕いた。
「どやおらあ!」
鈴木重之の抱大筒から怒声と共に放たれた大玉は、数名をまとめて撃ち抜き、混乱を巻き起こす。
前線で大盾を運んでいた蜥蜴人戦士が絶叫と共に絶命し、大盾ごと後ろ向きにばたばたと倒れる。
「い、雷の傭兵隊!?」
驚愕にポーロシスは大剣を振り下ろす事を忘れて動きを止めてしまう。
動きが止まった蜥蜴人の部隊を見て吉次が獰猛な笑みを浮かべた。
「今や獣人兵突っ込めい!森林人は弓を射つつ左右に分かれよ!高秀と重之は霰弾込めといてくれい!」
「おうさ!任しとけえっ」
「時機間違えんなや!」
2人の雑賀武者の返事を背に、吉次は自分の鉄砲を素早く背中に背負うと腰の太刀を抜き放って号令を掛け、自分も犬獣人兵と共にポーロシスの部隊に突っ込む。
大盾の防御を失い、混乱している蜥蜴人に向かって犬獣人が吉次に率いられ、2列横隊のまま槍の穂先を揃えて突っ込み、激しく槍を突き込む。
残った大盾が槍の勢いで押されて倒される。
犬獣人の中には邪魔な大盾を蹴倒す機転の利いた者もおり、たちまちポーロシスの部隊の前面は食い破られた。
「立て直せっ!相手は弱々しい犬どもだ!恐れるに足らず!」
接近戦になった事でポーロシスは愁眉を開く。
剣を直接打ち合わせる接近戦であれば、蜥蜴人は強烈だ。
固い鱗と強力な身体能力に物を言わせ、力任せに押し切る事が可能だからだ。
実際、接近戦になった事で蜥蜴人戦士達は何とか混乱から立ち直り、勇気を奮い立たせて剣や鉈を持ち直す。
突き込まれた槍を捌き、繰り出される槍の穂先を持ち盾で防ぐ蜥蜴人戦士達。
「犬共め!」
「奴隷如きが逆らうか!」
罵声を浴びせて犬獣人を威嚇する蜥蜴人達。
しかし、いつもなら萎縮するはずの獣人達は怯まない。
「トカゲに負けるな!押し返せ!」
「親父の敵!」
「何時までも奴隷でいると思うなよ!」
口々に言い返しつつ短槍を力強く突きだし、穂先で鉈の攻撃をいなす犬獣人達。
嵩にかかって攻め込もうとしていた蜥蜴人兵の腹部や胸部に短槍の穂先が埋まる。
「げえええええっ!?」
「ぐはあ!」
固いとは言っても竜程ではない鱗が、鋭い鋼の穂先を受けて突き破られる。
不気味な絶叫と血飛沫を残して前線にいた蜥蜴人戦士が傷付き、倒れていく。
「殺せ!一族の敵を取るんだ!」
リーダーの激励に応じ、犬獣人兵は喊声と共に再び短槍を鋭く構えて突きかかる。
「な、何!?」
思いの外頑強な抵抗に遭い、蜥蜴人達に再び動揺が走った。
そしてその隙を見逃す吉次ではない。
「よう言うたでえ!励めや者共!勝ちは目前や!」
吉次は犬獣人達に檄を飛ばすと、大太刀を振りかざして左右に分かれた森林人の剣兵と弓兵に合図を送る。
蜥蜴人に向かって左右から突然矢が降り注ぎ、剣兵が躍り掛かった。
致命傷は負わなかったものの矢で傷付き、剣兵の攻撃を防ぐべく隙を見せた事で犬獣人の槍に討ち取られる蜥蜴人戦士達。
劣勢に追い込まれて更に前線を下げられた事でポーロシスは悔しそうにうめく。
「くそ、厄介な用兵を!」
「このくらいで驚いて貰うては困るわ!下がれや者共!」
再度の吉次の号令で一斉に下がる犬獣人と剣兵達。
追いすがろうとする蜥蜴人戦士達は弓兵の一斉射撃で足を止められる。
下がった獣人兵に代わって、後方から弾込を終えた重之と高秀が走り込んで来た。
その直後に大太刀を地面に突き立て、火縄銃を素早く取り上げて装填を終えた吉次はポーロシスにその狙いを定める。
名前こそ知らないが戦い振りと指揮振りを見て取り、首領格の者と見定めたからだ。
そして躊躇無く引き金を落とすと同時に号令を下す吉次。
「撃ち込めい!」
再び戦場に轟音が轟き閃光と白煙が火縄銃から吹き出す。
重之の抱大筒と高秀の2丁の馬上筒から霰弾が撃ち出され、悲鳴と共に蜥蜴人がばたばたと撃ち倒される。
「うお!?ぐわあっ!」
とっさに身を投げ出したポーロシスだったが、狙いを修正した吉次の弾を足に受けてしまう。
しかし抵抗もそれまで。
吉次の号令が戦場を支配する。
「攻めよや!ここが攻め時ぞ!勝ちを拾えや!」
火縄銃を背負って地面から大太刀を引き抜いた吉次に率いられ、犬獣人と剣兵が重之と高秀を追い越して突貫してくる。
火縄銃による2回目の一斉射で混乱の極みにあった蜥蜴人は次々に獣人兵や剣兵に討たれ、背を見せた者は弓兵が首筋に強力な矢を射込んで仕留めた。
ほとんどの戦士が脆くも討ち取られ、戦士長のポーロシス自身もまた負傷している。
この時点でポーロシスの負けは決定した。
大太刀を引き上げた吉次が凄まじい速度で倒れているポーロシスに打ちかかる。
「月霜銃士隊、岡吉次参るっ!」
「うぬうう……くそが、平原人めごときにっ!」
辛うじて大剣を振り上げて吉次の大太刀を防ぎ止めたポーロシス。
そして凄まじい膂力で大太刀を跳ね返すと片足で立ち上がる。
「マーラバント戦士長ポーロシス!」
「見事!」
名乗りを上げ、片足ながらも鋭く打ち掛かってきたポーロシスの大剣を躱し様に、吉次は言葉を返しつつその首を大太刀で鋭く打ち抜いた。
ごろりと落ちるポーロシスの首。
しばらく行った所で倒れた身体を眺めつつ、吉次はポーロシスの頭鐶を持ってその首を拾い上げて叫んだ。
「敵将ポーロシス討ち取った!この地はわいらのもんや!追討ち掛けよ!」
喊声が上がり、逃げ腰のリザードマン戦士達が犬獣人兵の槍に突き倒され、エンデ剣兵の流麗な剣術がその首を刈り、エンデ弓兵の矢がその心臓を射貫いていく。
やがて動くリザードマンは居なくなった。
「わいらの大勝ちやで!勝ち鬨上げえ!」
吉次の号令で戦に参加した兵達があらん限りの声を張り上げる。
ここにエンデ解放の狼煙が上がったのだ。
1週間後、ポーロシスの居留地を破壊し、物資を接収し終えた吉次らが帰還してきた。
ポーロシスの居留地を征服した後も周辺の居留地の蜥蜴人を撃破して北東部へ追い出し、吉次は一旦平定を終えてカレントゥ城へと戻ってきた。
併せて吉次は獣人や森林人の移住希望者の受け入れ、彼らをカレントゥ城まで動向している。
「統領、これで碧星乃里を狙う近隣の蜥蜴之輩は概ね打ち破ったで」
「おう、ようやってくれた吉次、差し当たってはタゥエンドリン金貨を50枚、褒美として受け取っちゃってくれ」
「はっはっは、都合銭50貫の働きと評価かえ、実にありがたし!」
昌長は報告に訪れた吉次をねぎらうと同時に褒美を渡す。
「重之と高秀もようやってくれた、それぞれ金貨30枚を貰うてくれ」
「おう、有り難し」
「承知したでえ、統領はなかなか豪儀やのう」
そして同行した重之と高秀にも褒美を渡す。
タゥエンドリンの金貨1枚は、昌長らがいた日の本において概ね1貫文程度の値打ちがある。
これもレアンティアやフィリーシアが黄竜王の遺骸から竜麟や竜骨を取り分けた上で加工して販売したが故に手に入った金銭であり、純粋に昌長の資産だ。
値崩れを防ぐために小出しにしてはいるが、この商取引で昌長は既にタゥエンドリン金貨1万枚の利益を出している。
「……このまま吉次にエンデの地の切り取りを任すか?」
「いや、一旦カレントゥ城の守備をかためてもらう。わいらは先に坑道人と渡りを付けようらえ。船は出来たんか?」
昌長の質問に湊高秀はゆっくりと頷いてから口を開く。
今回の遠征の前に、大工らに部品や構造船の本体の製造を命じていた湊高秀。
帰還後に組み立てと微調整を行い、先頃一応形は出来た。
「1艘だけやが、川船としては十分なもんが出来たわ」
その答えを聞いて昌長は満足げな笑みを浮かべて言う。
「ほな行こうか……道案内は姫さんとユエンでええか?」
「今回はスウエンも連れていかなあかん。坑道人は森林人とはあんまり仲良うないらしいわ。獣人は何処行っても奴隷が多いよって侮られるらしいしな」
控えていた義昌から発せられた言葉に、昌長は首を傾げる。
「しかし姫さんの知識とユエンの影働きは外せやんぞ」
こと交渉事や、この大陸での物の売り買いに関する知識はフィリーシアに頼らねば分からない。
それにユエンの密偵としての能力は、慣れもあるのだろうが他の獣人より数段上だ。
最早この地において忍びのような能力を手に入れつつあるユエンは、自分達猫獣人の一族にも、佐武義昌の指導で調練を施し、カレントゥ忍群の構成に着手している。
義昌は顰め面で首を左右に振った。
「連れて行くんはええ、そうやのうて交渉で表に出すと不利に働かんかと思うてな、あらかじめの忠告や」
「……何ぞ因縁あるんか?」
昌長の言葉に頷きつつ義昌が言葉を継ぐ。
「坑道人は山に穴掘って鉱石をば掘り出し、木を切り倒して炭を作り、その鉱石と炭で鍛冶をして生計を立てる。森林人は樹木を育てて糧を得、枝で弓を張り矢を作る。木を生かす殺すで長年の確執があるらしいわ」
「ふむ、それはまた生き方の根幹に関わるもんやな。わいらがうまい事折り合い付けやなあかんなあ……」
「そうや、なかなかに難しい」
顎の下に手をやって考える昌長に義昌が応じる。
森林人と坑道人の確執がどの程度のものか分からないが、今昌長達にはどちらの協力も必須である。
余りに確執が酷いようなら招聘は諦めて委託に切り替える他無いが、それは同時に月霜銃士達の秘密を知る者が外に出来る事を意味しており、昌長にとっては余り良い事ではない。
「出来れば焔硝造りに長けた者も探したいんやが、坑道人との交渉は骨が折れそうやな」
「余り時間も掛けられへんしなあ」
吉次が昌長に続いて言うと、高秀が口を開く。
「精々ようけ珍かなる物をば持って行って、坑道人の気を惹かなあかんな」
「まあ、それはようけ有るよって気遣い無いわ」
昌長が笑みを浮かべて言うと、義昌と高秀も互いの顔を見合わせて頷く。
「この間ようやく全部はがし終えたわ。肉の方は硝石丘に混ぜ込んだ」
「なるほど……ほな準備しょうか?」
昌長の締めの言葉でその場にいた雑賀武者が立ち上がる。
カレントゥ城は碧星乃里や青焔山からも近く、名も無き平原と大河に接し、更には見晴らしの良い丘の上にある月霜銃士隊の新たな拠点だ。
獣人や平原人の移住者に対価を支払って雇い、昌長の縄張りで現在も建築が進んでいる。
今はまだ土塁と空堀、水堀に掘っ立て小屋といった陣容だが、その内城郭に相応しい構えにするつもりだ。
もちろん、城下町についても構想が済んでおり、最終的には大河の水を引き込んで運河とし、総構えの城砦都市にする計画でいる。
掘っ立て小屋の窓から外を眺める昌長。
眼下には名も無き平原の何処までも続く大地と、とうとうと流れる大河の水がある。
この地をまずは田畑と人で満たすのが昌長の目標だ。
その為にも坑道人の招聘は是非成功させなければならない。
「まあぼちぼち行こうかえ……まだ焦る事は無いわ」
そうつぶやくと、昌長は踵を返した。
坑道人の諸都市国家群は大陸南岸。
再び大冒険が始まるのだ。




